彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

9/16(水) 穂積音和④

 ┛┛┛



「穂積は?」

「ひとまず保健室。今先生が車回してくれていて、俺も病院につきそってくる」

「そう……」


 安堵のため息とともに、うろうろしていた凛々姉は自分の椅子に座った。
 詩織先輩や七瀬、虎蛇で作業していた文化祭実行委員の人たちも、口々によかったと無事を喜んでくれている。


「チュン太、ちょっと」


 凛々姉に呼ばれて側に寄ると、口を隠すように手を当てたので、少し膝を折って顔を寄せた。


「……あまりこういうことは言いたくないのだけど、ちょっと困る。今、虎蛇から問題は出したくない」


 その言葉に、一気に頭が沸騰するように熱くなった。思わず机を叩いてしまい、一斉に俺たちは注目の的になる。


「ははは……あははははは!」


 だけど、怒りを吐き出さないように注意すればするほど、口から乾いた笑い声がこぼれるばかりだった。


「……ごめん。今、それはない……」


 音和、大怪我するかもしれなかったんだぞ。もっといたわってあげたっていいだろ。
 今までみんなで仲良くやってたじゃん。あれは嘘だったのか?


「頭冷やしてくる」


 自分の荷物を手にして、虎蛇を飛び出した。誰の顔も見れなかった。



 ┛┛┛



 病院の待合いで音和の担任と待っていると、仕事あがりのおじさんがやってきた。
 担任にはお礼を言って先に帰ってもらい、おじさんは俺の隣に腰かけた。かなり憔悴している様子だ。


「あの子がこんな無茶なことをやらかすとは、思ってもみなくてね」


 今までおとなしくてケンカもしないし、いじめられても黙っていたようなやつだもんな。


「はは。その分、自己表現できるようになったってことじゃないですか?」

「でもたくさんの人に迷惑をかけてしまったのは、悲しいよ」


 おじさんは体を前に倒して丸め、指を組んで大きなため息をついた。


「ともかく、知くんがいてくれて良かった。僕ひとりだと、どうしていいかわからなくて……」

「……」


 おじさんはいい人なんだけど、こういうところが苦手だ。


 おばさんが家を出て行ったあと、おじさんは一人で音和を育てた。
 おじさんがさらに仕事に打ち込むために、幼い音和はよくうちで預かるようになっていた。
 きっといろいろなことを忘れたかったのだろう。でもそのせいで、顔を合わす日も話す日も減っていて、今ではかなりぎくしゃくしているように見えた。


「最近、音和と一緒にメシ食べてます?」

「ああ。家にいるときは、なるべく」

「音和、なんか変わったことありますか?」

「……いや、特には」

「学校の話とか聞かないですか?」

「実は最近、食卓でもあまり会話もなくてね……。ははは、思春期なのかな」

「……」


 と、このように放任というか楽観的なところがある。俺が過保護になるのも、必然だと思う……。


「とにかく、今日くらいは学校の話聞いてあげてください。木にのぼるなんて普通じゃないですから」

「あ、う、うん……。頑張ってみるよ」

「いや頑張るっていうか、絶対すよ」

「わかった……」


 視線は泳いでいるけど。自分の娘のことだし、なんとかしてくれと切実に願う。

 廊下の向こうから音和が歩いてくるのに気付いた。俺の視線をたどり、おじさんも頭を向ける。
 ゆっくり歩いてきた音和が、俺たちの前に立った。


「……心配かけてごめんなさい」


 うつむきながらつぶやいた。


「本当お前はどうしようもないな。でも、大事にならなくてよかった」


 顔や腕、足にたくさんの絆創膏を貼られて、申し訳なさそうにしている音和に苦笑する。


「……先生も知くんも心配してたぞ。迷惑かけた人たちに、明日きちんと謝りなさい」


 おじさんが優しく叱りつける。音和は顔をあげることなく、こくりと頷いた。


「それじゃあ今日は帰ろう。知くんも乗って行きなさい」


 おじさんが立ち上がり、先を歩く。
 音和は顔を上げて、その背中を不安そうに目で追っていた。そんな彼女の頭に、優しく手を乗せた。


「帰ったら、ちゃんとおじさんと話せよ」

「ん……」


 今度は背中をポンと押して、歩くのを促す。
 暗い表情のままの彼女を見て、闇はまだまだ深いことを思い知った。

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