彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

7/21(火) 小鳥遊知実

「おはようございます、検温ですよ〜」


 朝食前、部屋でまったりしているところに、ワゴンを押しながらほんわかした雰囲気の女性看護師さんが入ってきた。


「よっ! 待ってましたっ!」


 隣のザキさんが茶々を入れると、入ってきた看護師さんは細い目のまま、わかりやすく苦笑いをした。


「あんまりはしゃいでると、体温上がっちゃいますよ〜?」

「俺はいつでもエミちゃんにお熱だぜ!」

「もお、篠崎さんたら〜。めっ!」


 めっ!て。ママみ深いな!
 可愛くたしなめながら、看護師さんは篠崎さんに体温計を渡した。


「おあついのう。エミちゃん、ザキくんをもらってやってくれんかのう」

「やだあ琵琶さん。私はもらわれたいほうですよ〜?」


 はやし立てるおじいさんたちにも体温計を渡していく。そして俺のベッドの前にワゴンを置いた。


「初めまして。佐倉エミです。よろしくね、こ、ことりあそび、くん?」

「あ、タカナシ、て読むです」

「え、えー!?」


 目を白黒させている看護師さんの手から体温計を引き抜く。


「あらあ……。タカナシくんてキラキラネームなの?」

「ちげーよ! 苗字苗字!」


 彼女は納得いかなさそうな顔でネームプレートを凝視している。まあ、あんま読めないよな、この苗字。


「キラキラネームってなんじゃ知っておられるか?」

「キラキラ……スター性があるということか?」

「さすがよく知っておられる。エミちゃんは勉強家だのー」


 向かいのベッドのおじいさん3人がキラキラネームについてあれこれ言ってる。


「呼びにくいならなっちゃんでいいです」

「なっちゃん?」

「うん。学校ではそう呼ばれているから」

「そっか、うんわかった。私はエミでいいですよ。みなさんもそう呼んでくれてるから」


 聖母のような眩しい笑顔を見せる。なんだこの安心感……。ナイチンゲールの生まれ変わりかな。
 彼女は背中を向けると、ワゴンの上で何か用意を始めた。


「じゃー、なっちゃんは採血が必要なので、左腕出してください〜?」


 ワゴンの上には採血用の枕が見えた。そういうことか。座ったまま腕を差し出す。腕にチューブが巻かれ、ささっと手際よく採血の準備がされる。


「ちょっとだけチクッとしますが、我慢してくださいね〜」

「へいへい……」


 ガキじゃないんだから。別にそんな諸注意


「あら?」


 いってえええええええ!!!?


「どうして?」


 ずぶり。

 いっ!! 違う、たぶんそこも違う!!!
 腕を引き抜きたい!が、ここで動かすともっと悲惨なことになるぞ! た、耐えろ俺。大丈夫だ、死ぬわけじゃなし!!


「~~~~~~っ!!!」

「んー。がんばれ、わたし!」

「エミちゃんエミちゃん、ここ入りそうじゃない?」

「あ、ほんと〜。ここ太いですね。ありがとうザキさん♪」

「いいえどういたしまして」


 なんで患者に刺すところ聞いてんだこの人ーーーー!!!


「ふう。できましたよ。おつかれさまでした〜」


 やりきった顔のエミちゃんが去った後に腕を見ると紫色の班が、3カ所できていた……。


「フフ。少年よ。残念だったな」


 満足そうな顔でベッドに戻っていく隣人。


「……知っていたなら教えてくれればよかったのに」


 思いっきり恨めしそうな顔で見てやった。


「まあそう言うな。患者が看護師の成長を助けるんだよ。人助けだと思って!」

「うう。患者ってかくもつらいものだったのか?」

「しっかしエミちゃんの困り顔、やっぱり可愛いよな~」

「って、ザキさんが見たいだけじゃん!」


 このやろう! 俺の痛みへの我慢と引き換えに自分本位の愉悦を得ようだなんてなんという不届き者だ!


「邪心の塊めーーー!」


 ベッドの上に立ち上がって、はたと気づく。
 入り口で例の、昨日の黒髪少女がそっと俺を見ている。


「……」
「……」


 二人して見つめ合う。動こうとしないそれは、さながら猫のようだ。
 それなら……。


「っとう!」


 俺はベッドから飛び降りて、裸足で入り口に走った。


「!!!!」


 俺の奇行は読めなかったらしく、少女はひるんでその場で固まっていた。早送りした貞子よろしく、這うようにして入り口の少女に飛びかかる。
 しかし少女も固まったままではない。捕まる直前で後ろに飛び退き、伸ばした手から逃れた。そのままダッシュで逃げて行く。
 チッ! あとちょっとだったのに!
 病室の入り口で立ち上がり、少女の後ろ姿を目で追う。
 少し離れた廊下の曲がり角で、振り向いてこっちを見ていた。猫だな。


「……」


 こうなったら……。


「チッチッチッチ」


 呼び寄せてみた。


「……?」


 お、こっち見てるぞ。いけるか?


「チッチッチッチッチッチッチ」

「……」


 お。身体ごと振り向いた。


「あっ! コラ小鳥遊くん! なに女の子相手に舌打ちしてんの!!!」


 女の子の頭上。ナースステーションから看護士さんが顔を出して声を上げる。


「ち、ちがうっ、誤解だー!」


 大声に我に返ったのか、女の子は走って行ってしまった。
 ……ああ。また失敗した。

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