彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

7/13(月) 日野 苺②

 店内の客の姿はまばらだった。どうやら今日は暇らしく、話を切り出すにはタイミングがよさそうだ。


「あらあら、お帰りなさいみんな。お茶でも飲む?」


 キッチンから母親が出てきて、テーブルに案内してくれた。


「いちごちゃんも今日はこんなだし、ゆっくりしてからでいいわよ」

「ありがとうございますっ」


 3人でテーブル席に座る。すぐにグラスが目の前に置かれて麦茶が注がれた。
 汗だくで乾き切った喉を一気に潤し、ふううう。と、深い息をつく。母親は笑いながら、再び麦茶を注いでくれた。


「もうすぐ夏休みだけど。いちごはバイトどれだけ入るの?」


 まあ、善は急げということで。俺の問いかけに、母親は不思議そうな顔をした。


「いちごちゃんが入れるだけでいいわよ?」

「あれ? 毎日じゃなくていいの?」

「もちろん毎日でもうれしいんだけど、夏休みはもうひとり、アルバイトさんを探そうと思ってるのよ」


 今度はいちごに向かって優しく語りかけた。
 実際に働いていたから分かるのだが、夏休みの忙しさは、平日の比ではない。
 去年3人で回していたときは休憩もろくに取れず、夏休みになにもいい思い出がない。むしろ早く夏が終われとばかりに呪っていたくらいだ。
 そんな反省を生かして、今年、いちごと3人で回すのはさすがに無謀と考えたのだろう。


「じゃあ、2〜3日くらい抜けても平気ってことか」

「あら? なにかあるの?」


 興味津々な目つきで俺たち3人を見比べる母親。


「言ってやれ、音和!」

「サチおばちゃん、あのね、合宿をするの!」

「合宿? 3人で? どこで?」

「虎蛇会の親睦を深めるためにやることにしたんだ。凛々姉や野中も一緒だよ。たぶん誰かの家でやると思う」


 すかさず補足を入れる。


「そうなの? ステキね! 場所が困ったらウチでもいいわよ。お店閉めればいいんだし!」

「いやそれはちょっと! カフェつぶれちゃう!」


 と、キッチンの奥から父親のツッコミが聞こえて、母親はぺろっと舌を出し、片目をつむって見せた。


「事情は分かったわ。行ってらっしゃいよ、いちごちゃん。いつも助けてくれてありがたいけど、年相応に遊んで欲しいなって気持ちもあるのよ」

「そんな、サチさん……」


 ずっと黙っていたいちごがゆっくりと顔を上げる。


「それに去年の知の二の舞にはなって欲しくないし」

「もう、あんな悲しい思いは誰にもさせたくないんじゃ……」

「え、去年なにかあったの??」


 俺と母親は示し合わせたように、絶望感を漂わせて首を振った。
 フン。今年は人数が多くて去年よりもラクっぽいがな。その分、せいぜいビビっているがよい!


「今年は知ちゃんは働かないの?」


 空気を破るように、音和が無邪気に当たり前のことを聞いてきた。俺と母親は、とっさに顔を見合わせる。


「??」


 音和は不思議そうな顔で麦茶を飲んでいる。


「あー、知は、ねぇ……」


 母親がチラチラと俺を伺う。何も策が無いなら口を開くなよ……。


「ああそう、知は自分探しの旅に出るのよ!」

「おいなんだよそれ!」
「なにそれ、音も行く」


 俺と音和の声がかぶった。自分探しの旅って、俺そんなアツめのキャラ違うじゃん!?


「あれ? 行かないの?」

「行くわよ、ねえ知?」

「ちょっ、まっ……」

「行かないなら、合宿はなしよ」


 って、なんだそれー! だいたい自分探しの旅って、人から言われて行くようなもんじゃないよな!?

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