彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

7/13(月) 葛西詩織⑤

 ……。
 許されるだろうか。
 言い訳にならないだろうか。
 不安を胸に、口を開いた。


「……順位無効です」

「え?」

「順位にすら、ならなかったんです」


 放課後、職員室でもらった小さな紙を先輩に渡す。


「テスト最終日、熱が出て休んだんです。先生にも成績にはならないって言われたけど、頼み込んで、どうしてもって。金曜に再テストを受けさせてもらって」

「……これは?」

「全科目の合計点。で、赤い数字が……もし最終日のテストを受けてこの点数が有効だった場合の、仮の順位」


 告げた瞬間、先輩が右手で口を抑えた。
 五百蔵もいぶかしげに、紙に視線を落とす。


「結果がすべて……その通りです。俺は結果にさえ辿り着けなかった」


 悔しくて、拳を握りしめた。


「先輩が楽しみにしてくれて、自分の時間を割いてまで教えてくれたのに。体調管理ができないばっかりに全部無駄にして、情けないっ」


 身体の内側から震えが起こる。
 テスト最終日。本当は行こうとしていた。途中までは歩けていたんだ。
 でも、家の階段を降りたところで記憶がなくなって。気づいたら夜だった。
 母親にも心配をかけてしまって、テストも取り返しがつかないことになって、俺は——。

 右足を少し下げ、そのまま地面に膝をついた。膝立ちのまま頭を垂れ、太ももに添えた拳に力を込めて震えを押さえつける。


「お願いします。先輩を合宿に行かせてください」

「小鳥遊、くんっ」


 泣いてしゃくりあげながら名前を呼んでくれる。
 先輩は温かい人だなあ。そんな先輩に、どうしても思い出を作って欲しい。


「はははは! こんな紙切れで私の同情を誘い、許しを乞うつもりかね? ははははは!! ずいぶん小賢しいマネをする」


 五百蔵の威圧感に気圧されそうになる。やっぱり大人の男にそこまで言われると、きついな。


「鹿之助! でも、小鳥遊くんはちゃんと頑張りました。だって、この紙にも4位って! 彼はもともと……」

「私は彼のもともとの成績を知りません。どれだけ順位が上がったかも関係ない。お嬢様は1位しかお取りにならないので、たかだが4位がすごいとは思いませんが?」

「そんな。それは鹿之助のほうがずるいですっ!」

「そうでしょうか? しかもこの紙がなんだというのですか。これは“if”。“もしかしたら”の世界の戯言たわごと。彼が順位表に載っていないのをご自身でもご覧になったのでしょう。彼は4位などではない・・・・・・・・・・!」


 涙を拭いながら、先輩が言い返そうとしてくれる。しかし五百蔵はそれを許さない。


「私が不愉快なのが、この“もしかしたら”を見せてきたことだ。“順位がない”。それが事実ですべてでしょう。だったらこの4位は見せるべきではない! まったく子どもだ、男らしくない」

「違う!」


 俺は叫んだ。膝をついたまま、無様な格好だけど。それだけは否定しなければならない。


「違う、それでどうにかとか、免罪符になんかしようと思っていない。純粋に、先輩に見せたかったんだ」

「私、に?」


 俺を信じてつきっきりで勉強を教えてくれた優しい先輩。今だって自分を省みずに、かばってくれて顔を余計ぐしゃぐしゃにしている。
 そんな彼女を失望させたくない。その一心が俺の糧となっていたのだから。


「先輩があんなに教えてくれたのに、順位も出なかった。じゃ失礼だから。だから再テストを受けた。先輩が教えてくれたから、俺なんかでもこんなに点数が取れたよって、見せたかったんだ」

「……っ!」

「やっぱ先輩はカンペキだった。すごいよ。でも俺は落ちこぼれだからさ。やっぱ、どっかでボロが出ちゃうんだよね」

「そんなことないから、そんなこと、言わないでください……」

「そんなことだよ。だからこそ、俺はさ」


 けじめをつけようと思うんだ。


「待って! ねえ鹿……!!」

「先輩、だまってて」


 抗議しようとする先輩を止めた。


「大丈夫だから」


 先輩の命令で無理やり五百蔵に許可をとっても、後々トラブルが発生するだろう。
 誰も悪者にはしない。全員が納得しないとだめなんだ。
 胸の前で拳を握りしめて、先輩はかすれた声で叫ぶ。


「でも、小鳥遊くんの言葉じゃ鹿之助は考えを曲げません!」


 まったく。そんなに信用がないのかね。……たしかにテストはダメだったけど。ちゃんとね、奥の手を持っていたりするんだよ。


「先輩は俺に頼っておけばいいんですよ。だって俺、副会長ですよ? エライヒトなんだから。違いますか?」


 にっと笑ってみせる。先輩はやっと落ち着いたらしく、涙を拭ってうなずいてくれた。


「違わない、です」

「よしよし。ご聡明っす」


 一瞬だけ、いつもの軽いノリが戻る。安心してくれたならそれでいい。


「……」


 五百蔵は依然黙ったまま、やり取りを静かに見ていた。


「そもそも俺の存在がネックなんだったら……」


 すまん野中。誘っといてあれだが、お前も留守番だ。


「答えはシンプルだったわ」

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