彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

6/27(土) 葛西詩織③

 駅前の時計の下にある小さな花壇のへりに腰掛けていた。ここまでどうやって歩いてきたか覚えてない。
 そろそろ約束の時間が迫ってる。気持ちを入れ替えないとな。


「……って、いつからいたんですか」

「おはようございます」


 いつの間にか、人ひとり分あけた隣に、葛西先輩が座っていた。


「声かけてくださいよ……」

「まだお約束より早いし。考え事をされている小鳥遊くんのお時間をいただくわけにはいかないです」

「ノーー!! 気を! 使わないで! ください! 少しでも早く会いたかったのに!! 先輩は違うんですか!?」

「いえ、そういうわけでは……」

「遠慮イラナイ! ドシドシ声カケル! 『だ~れだ?』デモイイノヨ!!」

「ごめんなさい。待ち合わせって慣れてなくて、どうしたらいいのか……」


 俺の剣幕に、おろおろと手を合わせて縮こまる先輩だった。
 よし。エンジンかかってきたし、そろそろ行きますかね。

………………

…………

……


 並んで、徒歩5分ほどの図書館へと向かう。


「そういえば、私服で会うの初めてっすよね?」

「そうですねっ」


 隣をチラりと盗み見る。

 先輩のほっそりした身体を包むのは、腰の高い位置をリボンで縛った薄い紫のロングワンピース。レースのリボンのついた大きな麦わら帽子の下は、長い髪の左サイドだけ少しつまんで、白いリボンで留めた完璧なお嬢様スタイルである。
 俺のファッションについては誰も興味ないだろうから割愛しておく。


「ふふ、私服って照れますね。昔はTシャツとショートパンツで出かけるような子だったんですけど」

「意外! いつ頃ですか?」

「小学校低学年くらいのときですよ」

「へー。音和も昔はそんな格好してたけど、よく男に間違われてたな(笑)。でも先輩ならそんなことなさそうだ」


 あいつは男に間違われる度に大人に噛み付いて大変だったから(特に俺が)、ショートパンツ禁止令出したっけな。懐かしい。


「……それ、わざと言ってますか?」


え? あれ、なんか怒ってる?


「いえ……えっと、気にさわったなら謝ります、すみません」

「……最低です」


 最低……ッ!? 先輩に怒られるの、かなりショックだわ……。
 音和は仲良いし愛があるけど、先輩からしたら、いない人をおとしめてるように聞こえたかもしれないな、反省……。


「小鳥遊くんは、どんな小学生だったんですか?」


 背中に滝のように汗をかいて黙っていると、先輩が話をふってくれた。ホッとしつつ、顎に手をあてて考える。


「……いつも音和がいたなあ……」


 学校だけじゃない。家にいるときも、外で遊ぶときも、ずっと。


「あいつ友だちいないから、だいたい俺と遊んでたんだよなぁ」

「音和さんとは長くて深いお付き合いなんですね」


 あれ? そういえばさっきから音和のことしか話してなくね?

<もしかして:俺も音和以外に友だちがいない>

 こ、こんな寂しい事実、知りたくなかった……。嫌な思考を取り除くように頭を振って、仕切り直す。


「なんか昔の記憶って曖昧っすね! つっても、つい最近の気もするのになあ。先輩はなにして遊んだかとか覚えてます?」

「そうですね、私も記憶があんまり……」

「家はずっと隣町?」


 確か先輩の家って、ふたつ先の駅だった気が。


「ほとんど、そうです」

「そっかあ。その頃の先輩も見てみたいなあ、目に入れても痛くないの体現だったんだろうなあ〜」


 頭も良くてキレイでお金持ち。隣にいても、どこか手の届かないような高貴な存在。普通なら交わることのない世界に生きる俺と先輩。今、こうやって話せているのは虎蛇のおかげだ。
 でも小学生のときなら——。住む世界なんて、関係なかったんじゃないだろうか。子どもって簡単に、誰とでも仲良くなれてた気がする。
 まあ、過去はどうでもいいか。今こーやって仲良くできているんだから。


 のんびり雑談をしながら歩いていると、目的地の図書館まであっという間だった。
 先輩が入り口で立ち止まる。その気配を感じて数歩先で止まって振り返ると、先輩はまっすぐに見据えたまま言った。


「恥ずかしいけど……私、小学生の頃、初恋をしたんです」

「へえ、早熟ですね」

「ふふ。女の子ならそうでもないですよ。ただ……やっぱり初恋は実らないものなんですよね。それ以来、恋がわからなくなって……」


 と、寂しそうにうつむいた。
 昨日言いかけた話の続きだろうか。前は聞けなかった話が聞けて、一歩前進した気分になる。
 それにしても、不器用で誠実な人だよなあ。あんまりにも真っ直ぐすぎて可笑しくなった。


「んもー! よりどりみどりですよ、先輩なら。これからこれから!」

「そんなことないです。私、ネクラだし」


 はあもう、これだよ。自分のこと過小評価しすぎでしょ! まったく宝の持ち腐れだ!


「ずるい! 俺が先輩なら男をたぶらかすね!!」

「え……」

「学校の男をまずは虜にする。目につく男は全て、選り好みはしない。そして詩織帝国を作るのだ……」


 だいたいアニメとかに出てくるこういう帝国にはイケメンしか出てこなくて、無の顔になるからな、主に俺が。フツメン以下も大切にして欲しいという願望も入り交ぜてみた。
 麦わらのつばが上がって顔が見えた。口なんて半開きで、ぽかーんとして。そして、クスリと笑ってくれた。


「下劣な小鳥遊くんに私の魂が乗っ取られないように、死守しないといけませんね」

「本好きならもっと言い方をマイルドにしてくださいませんかねえ!」


 くすくすとお互いに笑い合って歩き出す。

 図書館のドアが俺たちを歓迎するように自動で開く。
 一歩敷地に入るだけでひんやりとした空気が身にまとわりつき、その温度差に夢心地だった。

 さて、今日も午後まで頑張るとしますかね。

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