彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

6/25(木) 葛西詩織④

 とりあえず、なんとなく察したのだけど。


「もしかして、先輩が一緒に帰ってくれなかったのって」

「お迎えが恥ずかしくて……」


 目に涙を浮かべて先輩はうつむいた。


「お、お嬢様を泣かせるとは……っ!!」

「だから、やめなさいっ」


 男は先輩に袖を引っ張られて、子どものようにおとなしくなった。


「彼が小鳥遊くん。虎蛇会の副会長なの。そうだ、小鳥遊くんがね、夏休みにみんなで合宿をしましょうって誘ってくれたの。素敵でしょ!」


 葛西先輩はいつも以上にニコニコしながら、五百蔵いおろいにしがみついていた。それは普段の落ち着いた姿とは違って、年相応の少女のように可愛らしくて拍子抜けするほどだった。
 でも、五百蔵の顔は全然晴れていなかった。なにかを考え込むような仕草をしたのち、どういうことだという目でふたたび俺を睨みつける。
 今度は俺も負けずに五百蔵を見返した。まだ決まってないことだけど、ここでしっかりしないともっと見下されそうだしな。


「虎蛇会がメンバーの親睦を図るために、夏の合宿を計画したいと思っています」


 鼻で笑うと、五百蔵は先輩の肩を優しく叩いた。


「お嬢様。こんなに暑い中、そんなこといけません。お体にさわります」

「大丈夫ですよ、みなさんがいますし……」

「彼もいるのでしょう? 男と一緒だなんて奥様が卒倒されます」

「いえ、男の子がいたほうが安心でしょう?」

「男が安心? それはこの鹿之助も納得できません。この年の頃の男は皆危険! それにどうせ遊んでばかりで成績も良くないのでしょう」


 う……。それはごもっともなご意見です。


「……そんなことありません」


 先輩??


「小鳥遊くんは……とても成績優秀です!」


 え、なにそれどこ情報? 結構なフェイクニュースですよ!?


「だから大丈夫なんです……」


 やはり嘘が苦手なのか、声に勢いがなくなっていく。五百蔵は黙って見守っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「おい、君」

「小鳥遊だけど」

「もうすぐ期末考査があるね」

「? ああ」

「そこで結果を見せなさい。本当によいならば、君を信じよう」


 うんと、それって。
 俺の成績次第で、先輩が合宿に行けるかどうかが決まるってこと?


「そんな、小鳥遊くんを巻き込むなんて……」


 すっかり泣きそうな先輩の手を五百蔵は優しく取る。


「詩織お嬢様を悪い虫からお守りするためには当然の課題です。さあ帰りましょう」


 校門のすぐ脇に停まっていたシルバーのレトロな車の後部座席に、先輩が押し込まれる、はたから見てると誘拐のようだ……。
 車のエンジンがうなった直後、後部座席の窓が開き、先輩が顔を出した。


「小鳥遊くん!」


 近づこうと足を踏み出すが、車は動きはじめていた。


「明日の放課後、図書室に来てください!」


 そのひとことだけ風に乗って届く。

 車が行ってしまった校門前はいつの間にか、なにもなかったかのように平穏さを取り戻していた。

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