彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

6/2(火) 葛西詩織②

「なっちゃん、掃除ないよね。虎蛇行こ」


 授業の終わりと同時に、前の席の七瀬が振り向いて言った。


「オッケー。いちごは?」


 斜め前の席、いちごにも声をかける。


「わーん今日はバイト。ごめんようっ」


 すまなさそうにパンパンと手を合わせて拝まれる。


「たぶんそのジェスチャー、だめなやつだと思うぞ」



 いちごを見送って、俺たちも教室を出た。帰宅する生徒の声よりどうしても雨音が気になってしまう。


「それにしても、ちゃんと虎蛇には参加するんだな」


 最初はあんなに面倒臭がっていたのに、意外にもきちんと七瀬は練習に参加している。


「だって雨だし。作業できないから」
「まあ無理だよなあ。これじゃあ」


 窓から外をのぞくと、グラウンド一体、水たまりがボコボコとできていた。


「それに手伝ってもらってる以上、こっちも参加するよ」
「へー。お前にそーいう心づかいがあるとは意外だったなあ」
「失礼なっ。“やられたらやり返す”がうちの家訓なんだから!」
「それちょっとニュアンス違わね?!」


 頭の上にプンプンと可愛い擬音が出てるけど、言ってることは超ガラが悪い!


「だからなっちゃんがもしあたしを傷つけようものなら、一族総出でフルボッコなのよ」
「あ、ニュアンス合ってましたね! 絶対何もしない! お嬢さんを大切にします!!」
「こら、どさくさに紛れて求婚すな!!」


 楽しく虎蛇に向かった。




「あれ? 葛西先輩、帰ろうとしてない?」


 渡り廊下で七瀬がふと正面を凝視した。昇降口まで歩いて行くと、葛西先輩は靴を片付けているところだった。


「あれは……止めたほうがいいよな……」
「まかせた〜」


 七瀬に背中を押され、よろけそうになりながら先輩の元へ歩いた。
 今日、連絡が届いてなかったのかな。それとも予定があるんだろうか。
 どっちでもいいか、聞けばいいし。


「葛西先輩っ!」


 靴を履き替えて歩き出そうとする寸前で、葛西先輩を呼び止める。


「小鳥遊くん」


 いつも通りの癒しフェイスが俺の名を呼ぶ。


「どうかされました?」
「今日虎蛇の集合がかかってたんですけど、連絡行ってますか?」
「知ってます……けど……」


 うおい、知ってたんかい!


「今日は……といいますか、体育祭が終わるまでしばらくは家の事情で行けなくて……」


 不自然に目を伏せた。


「そうなんですか、1週間も!? 大丈夫ですか。大変ですね」
「……」
「あれ、先輩?」


 今度は唇を噛んでふるふるしてる。


「だって……わたしがいても、邪魔になってしまうだけですから」


 諦めているような、突き放すような。自虐的な表情だった。
 先輩の顔をまじまじと見ていると、ばつが悪そうに目をそっと上げた。


「なんでそんなに悲しそうなんですか?」
「っ!」


 先輩は怒られた子供のように身をすくませた。
 うーんこれ、俺がいじめているように見えるな……。早急に話をつけたい。


「運動したことないなら知らないかもだけど、プレイヤーはマネージャーがいて真価を発揮するんですよ。ドラッカーのマネジメント本、読んでないんですか?」
「読みました……けど」
「さっすが。まあ俺は読んでないっすけどね」


 先輩は高度警戒態勢のまま、俺の顔色を伺っている。


「先輩、今日の家の用事って急ぎですか?」
「それは……」


 俺はわざとらしく肩を落としてみせる。


「俺たち、リレーの練習できるところがなくなっちゃって探さなきゃダメで。なんかいい案ないですかね。……助けてくださいよ、先輩」

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