彼女たちを守るために俺は死ぬことにした
5/20(水) 葛西詩織②
バランス感覚がなくなり、座ったまま頭をひじで支える。
「お、お水……!!」
日野が叫んでいる。
「そうですね。小鳥遊くん、お薬ありますよね? お水持ってきますから出せますか?」
手探りでかばんの中から薬を取り出し、錠剤を口に含んだ。葛西先輩に渡されたコップを日野が口元に運んでくれる。それに口をつけてから、呼吸を正すようにつとめた。
「ちょっと本当にどうしたのよ。保健室に行く?」
「……いや大丈夫だから」
薬を飲めば落ち着くはずなんだ。
「今日は全員揃わない日だし、チュン太が動けるようになったら解散にしようか」
どうにか歩けなくもなさそうだったので、俺は立ち上がってかばんを手にした。
正直今日のはひどい。
後ろから関取にどつかれ続けているような感じで、もはや平行感覚がない。
でも、もうこれ以上、この人たちにこんな姿を見られたくない。
「大事になってごめん。先帰るよ。水、ありがとうございました」
「チュン太」
部屋を出ようとすると、会長に呼び止められた。
「他人行儀はよしなさい。あたしたち、……仲間なんだから」
「うん、ありがとう。じゃあまた明日」
手をあげて、ドアを閉めた。
仲間、か。彼女がそんなことを言うとは思わなかった。
「大丈夫……ですか?」
一緒に部屋を出た日野が、俺の顔を覗き込んでくる。
「うん大丈夫。さっきはありがとう。たまにあるだろ、頭が急に痛くなってすぐ治ること」
「……そうですか?」
「とにかくもう治ったから。平気平気」
嘘だけど。
「良かった、一安心です。ところで会長さん、どうしてチュン太って呼ぶんですか?」
「……チュンチュンうるさいから、チュン太なんだと。中学生のころからのあだ名なんだよ」
「ぷふっ! 妙案!」
「うるせー」
軽く日野の額にグーパンで制裁を下す。日野は楽しそうに笑った。
それから自然に、視線が廊下の窓へと移る。3年生のリア充系男女が数人、中庭のベンチに集まって遊んでいるのが見えた。
「あたし、あきらめてたんです。高校生活を楽しむこと。でも、でも……」
そしてにっこりと微笑んで俺を見上げる。
「知実くんのおかげで、自分のための楽しみが増えました!」
本当に幸せそうな顔をしている。
「なんかふつーの高校生っぽいですね、あたし!」
純粋な好意が痛い。
確かに、なんとかしてやりたいって気持ちはあった。けど、もともと俺は自分のために。カフェの後任を押し付けるのと、虎蛇の勧誘ノルマのために声をかけただけなのに。
『それでもいいんです!』って、言うんだろうな。
後ろめたくて目を合わせられないのをごまかすように、ロッカーにつくと下足を乱暴に床に放り投げて履き替えた。
┛┛┛
校門まで出ると、日野は時計を確認して俺を見上げた。
「一度知実くんを家に送ってから、下の子たちを迎えに行ってきますね」
そっか。今日から日野のバイトが始まって、俺んちにちびっ子が来るんだっけ。
「いいよ、俺は平気だし」
「なんてことを言うんですか! また倒れると心配ですし、みなさんに顔向けできません!!」
「いやだって動けてるだろ、ホラ。むしろ一緒に小学校に迎えに行こうか?」
「そんなのもっとダメです!」
「じゃあ日野は迎えに行け。俺はひとりで帰る」
「でも……」
小学校の方向に無理やり日野の背中を押すと、やっと観念した。
「……わかりました。では、後ほど」
「おう後で」
何度も振り返りながら、日野は小走りで去って行った。
まったく、俺なんかに気をつかわなくていいのに。
坂を下りようと進行方向を変えると、後ろから来た人とぶつかりそうになって、思わず身をかわした。
「っ!」
「す、すみません」
謝ってから相手を見ると、葛西先輩だった。
先輩が落としたかばんを拾うが、中身が入ってないのか、とても軽かった。
本当に生きてる感じがしない人だな。
「大丈夫ですか? 骨折れてませんか?」
かばんを渡すと、先輩はにこりと笑った。
「こんなことで折れるわけないじゃないですか。小鳥遊くんのほうこそ大丈夫ですか?」
「いや、先輩細いからすぐ折れそうなんですけど。それにまさか俺が……大丈夫じゃないと?」
「ゴキブリ並みに平気そうです(笑)」
「それはちょっと傷つく!!」
顔を見合わせて笑った。この人、冗談も言えるんだ。
「小鳥遊くん、体調は……」
と、真面目な表情に変わった。俺も茶化さないように、真面目トーンになる。
「だいぶマシです。スミマセン」
「そう、ですか。でも大事を取ってくださいね。私も持病持ちなので、よく分かります」
身体が強くないってそういうことなのか。だからさっきも冷静だったんだ。
なんか仲間意識というか。親近感。
「ありがとうございます。ところで先輩ひとりですか?」
「あ……そうです、ね」
? 歯切れの悪さに違和感を覚えたけど、気にせずに続けた。
「家こっちですか? 俺も……」
「じゃあ、私はこれで。ご機嫌よう」
ぺこりと頭を下げたかと思うと、そそくさとひとりで歩き出してしまった。
俺と同じ方向なのに。もしかして避けられた?
ゴキブリ並みといわれたときには痛まなかった心が、今はちょっとうずく。
いやいや、彼氏と待ち合わせかもしれない。そりゃ男と歩けないよな、迂闊迂闊。……今度、聞いてみよっと。
「お、お水……!!」
日野が叫んでいる。
「そうですね。小鳥遊くん、お薬ありますよね? お水持ってきますから出せますか?」
手探りでかばんの中から薬を取り出し、錠剤を口に含んだ。葛西先輩に渡されたコップを日野が口元に運んでくれる。それに口をつけてから、呼吸を正すようにつとめた。
「ちょっと本当にどうしたのよ。保健室に行く?」
「……いや大丈夫だから」
薬を飲めば落ち着くはずなんだ。
「今日は全員揃わない日だし、チュン太が動けるようになったら解散にしようか」
どうにか歩けなくもなさそうだったので、俺は立ち上がってかばんを手にした。
正直今日のはひどい。
後ろから関取にどつかれ続けているような感じで、もはや平行感覚がない。
でも、もうこれ以上、この人たちにこんな姿を見られたくない。
「大事になってごめん。先帰るよ。水、ありがとうございました」
「チュン太」
部屋を出ようとすると、会長に呼び止められた。
「他人行儀はよしなさい。あたしたち、……仲間なんだから」
「うん、ありがとう。じゃあまた明日」
手をあげて、ドアを閉めた。
仲間、か。彼女がそんなことを言うとは思わなかった。
「大丈夫……ですか?」
一緒に部屋を出た日野が、俺の顔を覗き込んでくる。
「うん大丈夫。さっきはありがとう。たまにあるだろ、頭が急に痛くなってすぐ治ること」
「……そうですか?」
「とにかくもう治ったから。平気平気」
嘘だけど。
「良かった、一安心です。ところで会長さん、どうしてチュン太って呼ぶんですか?」
「……チュンチュンうるさいから、チュン太なんだと。中学生のころからのあだ名なんだよ」
「ぷふっ! 妙案!」
「うるせー」
軽く日野の額にグーパンで制裁を下す。日野は楽しそうに笑った。
それから自然に、視線が廊下の窓へと移る。3年生のリア充系男女が数人、中庭のベンチに集まって遊んでいるのが見えた。
「あたし、あきらめてたんです。高校生活を楽しむこと。でも、でも……」
そしてにっこりと微笑んで俺を見上げる。
「知実くんのおかげで、自分のための楽しみが増えました!」
本当に幸せそうな顔をしている。
「なんかふつーの高校生っぽいですね、あたし!」
純粋な好意が痛い。
確かに、なんとかしてやりたいって気持ちはあった。けど、もともと俺は自分のために。カフェの後任を押し付けるのと、虎蛇の勧誘ノルマのために声をかけただけなのに。
『それでもいいんです!』って、言うんだろうな。
後ろめたくて目を合わせられないのをごまかすように、ロッカーにつくと下足を乱暴に床に放り投げて履き替えた。
┛┛┛
校門まで出ると、日野は時計を確認して俺を見上げた。
「一度知実くんを家に送ってから、下の子たちを迎えに行ってきますね」
そっか。今日から日野のバイトが始まって、俺んちにちびっ子が来るんだっけ。
「いいよ、俺は平気だし」
「なんてことを言うんですか! また倒れると心配ですし、みなさんに顔向けできません!!」
「いやだって動けてるだろ、ホラ。むしろ一緒に小学校に迎えに行こうか?」
「そんなのもっとダメです!」
「じゃあ日野は迎えに行け。俺はひとりで帰る」
「でも……」
小学校の方向に無理やり日野の背中を押すと、やっと観念した。
「……わかりました。では、後ほど」
「おう後で」
何度も振り返りながら、日野は小走りで去って行った。
まったく、俺なんかに気をつかわなくていいのに。
坂を下りようと進行方向を変えると、後ろから来た人とぶつかりそうになって、思わず身をかわした。
「っ!」
「す、すみません」
謝ってから相手を見ると、葛西先輩だった。
先輩が落としたかばんを拾うが、中身が入ってないのか、とても軽かった。
本当に生きてる感じがしない人だな。
「大丈夫ですか? 骨折れてませんか?」
かばんを渡すと、先輩はにこりと笑った。
「こんなことで折れるわけないじゃないですか。小鳥遊くんのほうこそ大丈夫ですか?」
「いや、先輩細いからすぐ折れそうなんですけど。それにまさか俺が……大丈夫じゃないと?」
「ゴキブリ並みに平気そうです(笑)」
「それはちょっと傷つく!!」
顔を見合わせて笑った。この人、冗談も言えるんだ。
「小鳥遊くん、体調は……」
と、真面目な表情に変わった。俺も茶化さないように、真面目トーンになる。
「だいぶマシです。スミマセン」
「そう、ですか。でも大事を取ってくださいね。私も持病持ちなので、よく分かります」
身体が強くないってそういうことなのか。だからさっきも冷静だったんだ。
なんか仲間意識というか。親近感。
「ありがとうございます。ところで先輩ひとりですか?」
「あ……そうです、ね」
? 歯切れの悪さに違和感を覚えたけど、気にせずに続けた。
「家こっちですか? 俺も……」
「じゃあ、私はこれで。ご機嫌よう」
ぺこりと頭を下げたかと思うと、そそくさとひとりで歩き出してしまった。
俺と同じ方向なのに。もしかして避けられた?
ゴキブリ並みといわれたときには痛まなかった心が、今はちょっとうずく。
いやいや、彼氏と待ち合わせかもしれない。そりゃ男と歩けないよな、迂闊迂闊。……今度、聞いてみよっと。
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