呪われた英雄は枷を解き放つ

ないと

10 一章を終える前に

 その男は街から離れた山地の、小さな小屋の中に住んでいた。

 窓辺の椅子に優雅に座っているその男の手には、読書でもしているのか、古びた本が開かれている。

「・・・歴史が変わったね」

 不意に、その男はつぶやいた。

 優しく頭に響くような声色が夜の空気に溶け込む。

「いやぁ、誰にも気づかれずにアイアン・アントを送り込むのは大変だったよ。神子と呪い子を遭遇させるのもなかなかに手がかかったね」

 続けざまに独り言をつぶやいているのかと思えば、その隣にもう一人の男が座っていた。

 その男は机に置かれているワインを手に取り、つぶやき返した。

「そうは言うが一番苦労したのは俺だろ」

「あぁ、カール君には感謝しているよ。この計画にも全面的に協力してくれているし、今回の報酬は僕の方から増やさせるように言っておくよ」

「ふん。仮にも世界一有名な魔物捕獲家カール・シャンドルフなんだぞ。本当ならいくら報酬があっても働かないが、そんな俺を動かすお前もなかなかヤバい奴だな」

「あハハっ、自分で有名って言うのかい?まぁ、確かにそうなんだろうけど。なんにせよ、これで本来より六年は時間が短縮されただろう。これは非常に大きな進歩だ。改めて礼を言わせてもらうよ、カール君」

「礼なんざいらねぇよ。・・・じゃあ、俺はこれで失礼するぜ」

 空になったグラスを置きながらそう言い、カールは席を立ち、小屋を出て行った。

「全くカール君は相変わらずせっかちだねぇ。もう少しゆっくりしていけば良かったのに」

 つまらなさそうに男は呟き、本に視線を戻した。

 段々と、男の口角が吊り上がっていく。

「・・・あぁ、本当に真面目に取り組まなくちゃいけないんだけどね、これからが楽しみで仕方がないよ。特にもう一人呪い子が近くに居たのは予想外だった。いやぁ、押しつけられた仕事も案外やってみると楽しいものだねぇ」

 そう言って、男は席を立ち上がった。

 そして去り際に一言。

「ーーさぁ、まだまだ本番はこれからだよ、アルト・・・君」

 深夜の森の中、男の呟き声はどこにも届くことなく、静かに掻き消えた。

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