転生までが長すぎる!

兎伯爵

訓練生 In ダンジョン 3

 鬼ごっこだ。
 アメーバみたいな動きで、背後からスライムが追いかけてくる。


「あああああ!」


 スライムから伸びた触手が、仲間を捕らえる。
 そのまま引きずられ、男はスライムに呑み込まれた。


「くそ! ベルマークがやられた!」
「やべぇぞ! 行き止まりだ!」


 袋小路に行き着き、俺たちは足を止めた。
 道順も分からず逃げ続けた結果だ。


「死なないって前提があっても、すげぇホラーだな、コレ」


 何人も人間を食べたことで、スライムはさらに巨大化している。
 色が不透明だから、中がどうなっているかは分からないが、見たくもないからありがたい。


 スライムによって、通路はほとんど塞がれている状態だ。
 もはや逃げ場はない。


「こうなったら、全員で特攻かますくらいしか……」
「いえ、その必要はありません」


 どこか悟りを開いたような表情で、イガグリ頭が答えた。


「ようやく、この訓練の意味が分かりました」
「訓練の意味?」
「窮地に追い込まれた時、人は覚醒する。つまりはそういうことですよ」


 イガグリが両手を頭上に掲げ、何やらふらふらと頭を揺らし始める。


「聞こえる……聞こえます……! 声が!」
「ヤバい電波受信してんの?」
「これが――スライムの声! 分かりますよ! 彼女はこう言っています! 『ゴハン……ゴハン……』」
「スライムに雌雄ってあんの?」
「私は性別不明の生き物は女性として認識する主義です」
「ヤベぇヤツだ」
「ともあれ、言葉が分かれば交渉も可能なはず! 聞いてください! スラ」
「あ」


 ぱくん、と。
 イガグリがスライムに食われた。


 青年の体が不定形生物の中に消える。


 本当に言葉が分かったのかどうかはともかく……
 知性とかなさそうだし、言葉が通じてもどうにもならねぇよな。


「なるほどなぁ! そういうことかよ!」


 ただ、イガグリは決して無駄死にではなかった。
 ヤツの行動は、結果として他の者にヒントを与えたらしい。


 今度は金髪の男が、スライムの前に躍り出た。


「王道じゃねぇか! ピンチの時に覚醒! オレ様が主人公だぜ、ひゃっはー!」
「たぶん主人公はひゃっはー言わないぞ」
「食らえ! 覚醒した俺の力、サイレント・サンダー!」


 パチン、と音を立てて、男の髪が逆立つ。
 全身をパチパチ言わせながら、金髪はスライムに突っ込んだ。


 そしてそのままスライムに食われた。


 静電気を操る能力だろうか。
 ちょっと出力が足りなさ過ぎたようだ。


 さらにまた一人。


「いける……! 今の僕ならば! 影よ、ワルツを!」


 長髪男の足元で、影がぐにょぐにょと動き出す。
 さながら、踊るかの如く。


 効果はそれだけだった。


 当然の如く、そいつはスライムに食われた。


「ロンゲまで……!」
「クソ、なら俺の番だ! うおおおおお! 吠えろ、我が咆哮! わんわんわんわん! ――きゃうんっ!」


 ある者は犬っぽく吠えながら食われ、


「まだまだぁ! 変身! レッ――」


 ある者は変身の途中で食われ、


「チクショウ、よくも仲間を! 必殺――! あ」


 ある者は何も出来ずに食われた。


 謎のエフェクトや効果音を発生させながら、一発芸的な能力を行使し、次々とスライムに食われていく。


 駄目だ。
 ビックリするくらい、しょーもない能力しかねぇ。


 これならいっそ、全員で玉砕覚悟の突撃をした方がマシだったかもしれない。


「そして気付いたらほぼ全滅という」
「ど、どうしましょう?」


 生き残りは俺ともう一人。
 小学生か、中学生くらいの男の子だ。


 散々、餌を補給したからか、スライムは更に大きくなっている。
 今からアレを何とかするのは無理だろう。


 デカくなりすぎて、動きが鈍ってるのが唯一の救いか。


「しゃーない。俺が気を引くから、適当に逃げな」
「え? で、でも」
「教官の指示は三時間生存。一人くらいは生き残らないと、後で何言われるか分からないだろ」
「それなら、ボクよりあなたの方が……」
「大人には子供を守る義務があんの。ほら、行く行く」
「は、はい!」


 少年が駆け出すと同時に、スライムに剣を投げつける。


「こっちだ、原生生物!」


 どうやってこちらを認識しているか知らないが、スライムの意識がこちらに向いたのが分かった。


「うお、あぶね!」


 俺がスライムの触手をかわしている隙に、少年が巨体の脇を通り過ぎた。


 その背中が見えなくなるまで、鞘やら石やら投げつけて時間を稼ぐ。
 数分ほど持ったのは、味方の人数が減り、回避スペースが生まれたおかげだ。


 だがすぐに限界が来た。
 剣も投げ捨てたし、素手でどうにかなるはずもない。


 壁際まで追い込まれた俺の体を、スライムの触手が掴む。


 終わった。
 死ぬまで秒読み。残り数秒の命。
 流石に、諦めの感情が胸を支配する。


「まあ、最低限の仕事はしたかな」


 だが、引き寄せられ、食われる直前――生前の記憶が蘇った。


『仕事というものはね、一時的に減りはしても、なくなることはないんだよ』


 社会の常識。
 上司の言葉を自然と思い出した。


『どれほど時間をかけても、仕事はなくならない。なら、どうするか。仕事がなくならない以上、手段は一つ。時間を操るんだ』


 死んだ魚の目をしたその人は、笑顔で言い放ったのだ。


『君、知っているかい? ――タイムカードを切ってしまえば、時間は進まないんだよ?』


 そう。
 社会人にとって、時間とはあくまで数字の羅列に過ぎない。
 真の社畜は、時間すらも支配する。


 そのことを思い出した時、世界から色が消えた。


「これが――」


 音もなく、色もない世界。
 俺の体を捕らえたスライムも、動きを止めていた。


「俺の、力」


 時間制御。
 圧倒的な万能感の中、俺は一人だけ、時間の檻から自由だった。


 しかし、ふと気付いた。


 今の俺はスライムに捕まっている。
 自分だけが動ける状況でも、そもそもこの有様では抵抗のしようがない。


「……あれ? これ、どうしようもなくない?」


 触手を振り解こうとするが、全く動かない。
 どうしよう、この手詰まり感。


 そして、もう一つ忘れていた。
 今際の際は残業マスターの俺だったが、最初からそこまで長く、仕事を続けられたわけではない。
 時間の積み重ねが、俺に残業耐性をつけさせたのだ。


 超能力も同じだ。
 どれほど強大な力も――いや、強大な力だからこそ、最初から十全に扱えるはずがなかった。


 きっかり十秒。
 俺自身の体感で十秒が経過した瞬間、敵が動き出した。


「あ」


 馬鹿は俺だ。
 これまで散々、他の転生候補者の末路を見て来たのに。


 ぱくり。


 都合の良い奇跡が起きるはずもなく、俺はスライムの餌食になった。
 現実は厳しい。



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