転生までが長すぎる!

兎伯爵

訓練生 In ダンジョン 1

 誰しも、一度は思ったことがあるのではないか。


 時を操れるようになりたい、と。


 例えば、宿題に手を付けないまま、夏休みの終わりが見えてきた時。
 例えば、うっかり夜更かしをして、目を覚ましたら「あれ!?」という時間だった時。
 例えば、試験中に一つの問題に手こずり、気付けば他の解答が空欄のまま、残り時間が五分を切っていた時。


 焦燥、危機感、どうしようもない絶望の感情。
 人は追い込まれた時、己の分を超えた力を望む。


 だが、時間がないなどという言葉は、無知な子供の戯言だ。
 大人になれば、そんな言い訳は通じない。


 だからこそ、一部の社会人にはある特殊能力が備わっている。


「仕事が……」


 仕事、仕事、仕事。


 俺がその力を手に入れたのは、就職してからのことだ。
 ある日、押しつけられた仕事がどうしても終わらず、定時を迎えた日。


 当時、まだ順法精神というものが会社に備わっていると幻想を抱いていた俺は、上司に言われたのだ。


「君、知っているかい? ――タイムカードを切ってしまえば、時間は進まないんだよ?」


 発想の転換。
 社会人にとって、時間は絶対的ではなく、数字の上でしかないと知った。


 ――その瞬間、俺は時を操る術を手に入れたのだ。




 そして、今も同じあの時と同じ感覚を味わっていた。


 窮地に陥った時、人は劇的に変わることがある。
 残業に忙殺され、深夜に謎のハイテンションに襲われるように。


「これが……俺の力」


 目の前には敵がいる。
 俺など一呑みに出来そうな、巨大な怪物だ。


 仲間がたくさん死んだ。
 油断してやられた者。対話を試みてやられた者。ヒャッハーと叫びながらやられた者。


 無数の屍を積み重ねた先に、俺は己の力を自覚した。


 ――目の前には、完全に動きを止めた敵がいる。


「オーバータイム(残業時間)」


 時間を操る。
 それが俺の、修練の果てに手に入れた力だった。



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