秘密のカンファレンスー冷徹俺様ドクターは加減が分からないー

悠里ゆり

1.予想外の展開

 パタリと大学時代に使っていた教科書を閉じる。もはや何度読み返したか分からないその教科書はページの角がすり減ってきている。書き込んだ文字、引いたマーカーがもったいなくて買い替えるなんてことはしないのだが。もう少し大切に扱わなければならないのかもしれない。
 明日から憧れの神ノ院病院の看護師として働けるようになった七瀬薫ななせかおるは国家試験に合格しても、日ごろの勉強を怠ることはできなかった。これは私が大学時代に追試ばかり受けていた名残だろう。そもそも追試を受ける羽目になるような大学生活を送っていた自分が悪いのだが。いや、これからは違う。これからはあんな勉強をさぼるような生活するわけにはいかない。
 そう、これからは勉強することが一段と増えていくのだ。これからが私のキャリアに影響するのだ。
 ピコン、と小気味よい通知音がベッドの上に置かれたスマホから鳴った。内容は開かずともわかるが、習慣というものは怖いものでスマホを手に取り通知内容を確認する。やはり母からであった。
「彼氏を作れだなんて…母さんもやめてほしいよ。」
 大学生活で勉強をしてこなかったからといって遊び歩いていたわけではない。勉強に費やすことなどなく、色恋沙汰に現を抜かしていたわけでもなく、友達と遊び歩いていたわけでもない。では何をしていたのかといえば、バイトで稼いだ金をそのまま乙女ゲーム、BLに費やし、部屋でゴロゴロと過ごしていただけなのだ。そんな私に彼氏がいた経験なんてものはない。それに母も危機感を感じているのか会うたびに「気になる人はいないのか」「早く彼氏を作れ」だのとうるさくなった。最近では毎日のようにメールが届く。スマホの通知もすべて母が埋め尽くしている。それだけ交友関係が少ないというのにいきなり彼氏を作れだなんて無理な話である。私にはそんなものに割く時間はない。交友関係を広げるよりスチルをコンプした方が良いに決まっている。BLで心をいやす方が良いに決まっている。私にはそちらの方が有意義に思える。この職業を選んだ以上、休みは限られてくる。もちろん夜勤も入ってくるので私の推しに割ける時間も限られてくる。
 そして勉強もあるのだ。これからは勉強することが山のようにあるのだ。この国試からの勉強の習慣はつけておいてよかったと思う。あそこから変われたのだから。新人は使い物にならない。どこの業種でも新人は使い物にならないとは言われているが看護師の場合は文字通り「使い物にならない」のだ。学校でも注射針の扱い、点滴の扱い、緊急時の対応などのことは教わる。しかしそれは模型を使っての勉強だ。生身の人間相手に行って練習してきたわけではない。資格を得られたからこそ、ここから生身相手に練習するのだから本当にこれからは勉強する内容が増えていく。私はただの看護師として終わりたくはない。どんどん勉強して、資格を取って、キャリアを形成していきたい。彼氏なんぞ作っていたらそんなことはできない。キャリア形成もできないし、推しとの時間も限られる。私は看護師として成り上がって、彼氏(二次元)といちゃつき、彼氏(二次元)同士がいちゃついているのを眺めたいのだ。資格を取り、上を目指す。そしてオタ活にも全力を注ぐ。自分で思っておいてもどうかと思うが、私はそんな看護師ライフを送りたいのだ。
 そんなことをふわふわと考えながら明日の用意ができているか確認する。病院から支給された真新しいナース服、アルコールやら何やらを入れておくカバン、基準値が分かりやすくなっている新人看護師向けの手帳…一通り確認してベッドにもぐりこめば眠気はすぐにやってきた。少し張り切り過ぎて根を詰めすぎたのかもしれない。スマホに早めのアラームをかけて手元に置く。初日から遅刻はしたくないのだ。そんな風に明日を不安と楽しみを抱えながら瞼を閉じた。


 その日はすっきりと目が覚めた。準備のおかげもあり、荷物をささっとまとめて病院に向かう。大学の時とは違う寮での一人暮らしだが特に問題はない。環境が変わったといってもワンルームなのは変わらないのだから問題がある方がおかしいのかもしれないが。徒歩5分で着く職場は都内にあるということもあり、朝は通勤や通学で行きかうものが多い。そんな彼らを横目に見ながら職場につく。インターン、説明会、面接と何回も着た場所ではあるがこれから働く場所となると新しい建物見えるのだから不思議なものである。
 以前のオリエンテーションにもあったように指定された場所へ移動する。広い会議室にはすでに何名か集まっていて、席に座っている。指定の席があるのか分からないがとりあえず前方の方に向かえば前から詰めるように指示があった。他人の隣に座るのは多少抵抗があるものの、指示されたとなれば座るしかない。しぶしぶ同じ新卒採用であろう女の子の隣に座る。隣の女の子はいかにもきらきらとして可愛い。栗色のお団子頭がよく似合っている。看護師の髪形は大体が同じようなものなのだが、私の安いシャンプーとリンスでまとめられた髪と比べてしまうと勝手に気分が沈んでいく。同年代の女の子はどうも苦手だ。私とは違う世界に住んでいる気がする。きっと私と同年代の普通の女の子はタピオカやらパンケーキなど食べて彼氏や友達とリア充しているのだろう。同じ看護師、同じナース服を着ていてもこういうところに劣等感を感じてしまう。
「ねえ。」
いや、そもそも同じ人種ではないのだ。私が乙ゲー、BLに毒される人種であるならば、彼女たちはそれと同じようにパンケーキとタピオカに毒される人種なのだ。よってそこに劣等感を感じる必要はない。それにただ彼氏(三次元)か彼氏(二次元)が付随するかの違いなのだ。いうなれば私にも彼氏がいるということになるのではないか?そうだ。無理して交友関係を広げて彼氏を作らなくても私には彼氏たち(二次元)がいるではないか。ならばこんな劣等感なんぞ感じる必要がない。そうだ気を持ち直せ、薫。初日からこんなんではこの先の仕事も、
「ねえってば。」
「はいっ!?」
「さっきからずっと話しかけてるのに、全然気づかないんだもん。緊張してるの?」
「え゛っ!…す、すみません。少し考え事を…。」
 急に話しかけられてビクッとする。栗色のお団子頭の女の子がこちらを向いていた。まさか相手から私に話しかけてくるとは。だがこちらもやられっぱなしではいけない。いくら乙ゲーとBLに大学生活をささげていたといえども、あの女ばかりの看護学部を切り抜けてきたのだ。初対面の女との会話ぐらい軽く流せるのだ。
「さっきからずっと呼んでるのにー。…もしかして話しかけられるの嫌だった?」
「いや、そういうわけではないんですが、」
「敬語なんて使わなくていいよ。私22だし。あ、もしかして年上…」
「私も22です!どうぞよろしくお願いいたします!」
「フフ、同い年なら敬語じゃなくてもいいのに。私、田畑唯たはたゆいっていうの。貴女は?」
「私は七瀬薫と申し…っていうの。よ、よろしく。」
「あはは、慣れないかな?私こっちに来てから友達一人もいなくて。薫はどっからきたの?」
「えっと、都内の学校からで…唯さんはどちらの方から?」
「唯でいいよ!私は新潟から。雪と米と酒がおいしいんだよー!」
「へぇ、じゃあ就職に合わせて上京してきたの?」
「うん!一度は東京で過ごしてみたくってねー。親に大反対されちゃったけど。」
 てへという効果音が似合うように彼女が笑う。それにつられて私も笑顔になれた。彼女の言う通り私は少し緊張しすぎていたのかもしれない。こっちに来てから日が浅いから友達がいないと言っていたが、私ともこんな風に楽しく話せるのであれば彼女にはすぐに友達ができるだろう。天性の陽キャというやつだろう。私にこれだけ優しくしてくれるのだから私も頑張らなければ。
 唯との会話もそこそこに、院長、部長、師長が現れた。そのままオリエンテーションになる。インターンの時に聞いた話とほぼ同じ内容なのだがやはり聞いておくべきことなのだろう。まあ看護師という職はインターンなくとも就職できてしまうのでこういった話もしておかなければならないのだろう。メモ帳を開いてオリエンテーションの資料にもペンを走らせる。これからのことはしっかり聞いておくことに越したことはない。
「それでは、所属先の発表を行います。まずは6-1病棟…」
 と、ここで部長の話も終わり、所属先の発表に差し掛かる。病院によっても新卒の所属先の決まり方は異なるが、この病院は新卒の所属希望先を聞いてくれる。それが私にとっての魅力の一つであった。他の病院では2年間の病棟毎の研修、ローテーションで研修を受けたのちに配属部署を決めることがある。私は最先端の医療を学びたくてここに来たのだ。ローテーションでの研修など私には耐えられない。
「12-1病棟、七瀬薫さん。」
「はい。」
 12-1病棟。心臓外科病棟だ。神ノ院病院がこの国でひときわ脚光浴びるのはここに理由がある。この病院の花形ともいえる病棟だ。この病院が心臓外科の医療を作っているといっても過言ではない。小躍りしそうになるぐらい嬉しい。歓喜が表情に出ないようにするのに努めるが、表情が緩んでしまう。
 病棟毎のオリエンテーションもあるので、同じ12-1病棟に配属されたらしい人たちのもとに行く。席に座って病棟オリエンテーションが始まるのを静かに待つ。
「薫ー!私たち同じ病棟だね!」
「あ、唯。同じだったんだね。よろしくね。」
 「うん、こちらこそー!」と気の良い返事をすると今度は他の子にも話しかけていった。こんな風に人に話しかけられるのはあまり得意ではないのだが唯ならば悪い気はしなかった。この子となら友達になれるかもしれない。大学のころからのぼっち生活をここで続けようとも思ったが、職場ならば数年、数十年と付き合っていくことになる。これからは母の言ったように交友関係を広げていってもいいのかもしれない。
(また、アレ・・を繰り返すのか?)
 心の中の私が言った。そうだった。私はまた間違える所だった。今度は間違えないと誓ったのだ。いくら大学で追試ばかり受けてきたとしてもそう何度も間違えるわけにはいかない。人とは適度に距離を取り、適度に付き合う。それが私をここまで連れてきてくれた処世術なのだ。
「んで、この子が薫。さっき隣だった子!」
 唯の声ではっとする。いつの間にか私たちの周りには新卒の子が私たち以外に二人いた。紹介された手前何も言わないのは良くない。
「な、七瀬薫です。よろしく。」
「へぇ~、そんな偶然もあるんだな。俺は長谷光樹はせみつきってんだ。男性看護師は珍しいかもしれねえが、よろしくな。」
「薫ちゃんね~!私は高梨奈々子たかなしななこ。一回留学で一年休学してるからみんなより一個上ってことになるかしら。よろしく~」
 「え、奈々子さんって留学してたんすか!?」「そうなの~」と会話が続いていく。これ以上ここに新卒の子が来ないということはこの12-1病棟の新卒はこの四人ということなのだろう。皆良い人そうだ。私とは生きる世界は違うかもしれないけれども隠していけば問題はないだろう。いい感じに話を合わせて、あんまりかかわらないように。誘いは断り過ぎない。これさえ守っていけば繰り返すことはない。そう自分に言い聞かせる。
 それにしても長いオリエンテーションだ。楽しそうに話している彼らを見るのは悪くはない。だがやはり早く終わってくれた方がありがたい。帰ったら今日のことを復習して、彼氏といちゃつきながら彼氏たちがいちゃついているのを眺めたい。某イラスト掲示板が恋しい。
「…では、これでオリエンテーションは終わります。ここからは各病棟の師長から説明があります。それに従ってください。」
 これで全体のオリエンテーションが終わった。師長らしき人が私たちに挨拶をする。それにあわせてこちらも頭を下げる。師長による院内施設、病棟施設について説明があるとのことで私たちはそれに続いた。
 院内は都内の大学病院ともあってやはり大きい。何度も来ている場世ではあるが今日からここで働くスタッフの一員となることを考えると体の芯が熱くなるようにこみあげてくるものがあった。配属先の希望はなかったが、この大きな病院で働けるということは私にとって大きな意味を持っている。最先端の医療器具、術式…様々なことを学べると思うと嬉しく思う。まずは新人看護師として使えるようにならなければならないが、それを踏まえても本当に楽しみだ。
「あ、薫。あれ見て…!」
 唯に声をかけられて目をそちらにやる。多くの医師たちに囲まれて話している中でもひときわ目立っている男性がいた。各医師と話し合っている彼は周りの医師の中で最も若い。知っている。彼こそこの神ノ院病院の『若き心臓』。天才心臓外科医。
久遠蒼くおんあおい先生…!」
「すっごい!生で見ちゃった!!あぁ今日一日元気でいられるぅ~!」
「う、うん…すごいね。あんなに若いのに。あんなに多くの先生連れて…」
「さすが『若き心臓』って感じね。噂には聞いてたけどやっぱりかっこいいわぁ…」
 唯が感嘆の声をあげるのもわかる。若くして数々の手術を成功に修め、地位も名声もある、顔立ちも良いお医者様だ。この病院で手術を受けたがる患者の多くは久遠先生目当てだといっても過言ではない。
「ふぅん…あれが久遠先生か。たしかにイケメンだな。」
「光樹は見たことないの?」
「ああ。名前だけは知っていたがな。ま、でもこれから嫌というほど会えるんじゃねえか?俺たちの配属、心外しんげ(心臓外科)だし。」
 そう、光樹の言う通りだ。私は彼のもとで学んでいきたいと思ったからこの病院を志望したのだ。本当に12-1病棟に配属されてよかった。そうでなければ意味がない。私は必ず看護師としてキャリアを積んで、必ず上に立つ人間になる。そう決めている。
「ちょっと~?唯に光樹に薫~?置いてかれるわよ~?」
「やべ、奈々子さんが呼んでる!俺たちも行こうぜ!」
 師長と奈々子さんがエレベータに乗ってこちらを待っていた。慌ててそれに乗って師長に謝罪をする。初日からやってしまったかと思ったが、師長も「久遠先生に初日からお会いできるとは幸運ですね!」と何やら喜んでいた。やはりお会いできる時間も少ないのだろう。であるならば今日会えたことに感謝しよう。
「久遠先生は、腕は確かなんだけどねぇ…」
 師長が話し出す。
「何か、問題があるんですか?」
 唯がすかさず質問をする。私としても聞いておきたいところだ。『若き心臓』と呼ばれるほどの腕を持つ外科医に何かあるのだろうか。
「久遠先生は…うーん、世界に誇れる心外の先生だけど、性格がね…」
「え!じゃあ噂は本当だったんですか?」
「あら、噂になってるのかしら。少し恥ずかしいわねぇ…まあ院内じゃ有名よ。冷たくて厳しくて、患者についてすぐ答えられなきゃもうなんて言われるか分からないし。ドクターもナースもみんな怖がってるわ。」
「そ、そんなに怖い先生だったんですね…」
「まあ医療に失敗は許されないから、それぐらい厳しいほうがいいんでしょうけど。あなたたちももし久遠先生が診てらっしゃる患者さんの担当になったら気を付けることね。」
 師長が苦笑いしながら言った。師長でもこれだけ恐れられているとは。天才外科医と呼ばれるだけに、やはりそれだけレベルが高い物を求めるのだろう。怖い先生でも、いつかはそのとなりで技術を学べるようになりたい。そう思いながら師長の後についていった。


 1日のオリエンテーションが終わり、ナース服から着替える。今日は私たち新卒の歓迎会を行ってくれるのだという。そこで今日私たちがドレスコードを守れと言われた意味が分かった。病棟のすべてのスタッフが参加するというわけではない。夜勤があるという先輩看護師さんは「楽しんできてね!」と快く送ってくれた。こういった飲み会には参加しないがわたしのセオリーだったのだが今回ばかりはそうはいかない。唯たちは嬉しそうに先輩の誘いに乗っていた手前、私だけ断るというのはできない。それに初日からなんて我儘なんだといわれてしまう。気がする。ああ、私の彼氏たち。少しの間お別れだ。明日からは必ず会いに行くよ。あと勉強もする。
「薫、準備できた?」
「うん、大丈夫だよ。」
「よしじゃあ飲み会へゴー、だね!」
 唯に手を引っ張られて院外へ出る。先に準備ができていた奈々子さんと光樹は職員玄関の前で待っていた。それに合流して会場へと歩みを進める。4月だというのに外は冷えていた。春物のコート一枚では耐えられるか分からない。急ぐように会場へと向かう。飲める場所は都内ということもあり非常に多い。だがやはり大手の病院の歓迎会でもあるので会場は大きなホテルとなっていた。
「新人看護師だけじゃねえんだってな。」
「光樹なんか知ってんの?」
「ああ。さっき先輩から聞いてきた。なんかいろんな業種の人も来るみたいだぜ。」
「じゃあそこでお医者様とも出会えたり…!?」
「んだよ。唯は医者と結婚するのが目的で看護師になったのか?」
「えぇ~別にいいじゃん!そういう人多いし。夢ぐらいみさせてよ~。」
 唯のように医師と結婚を夢見て看護師になろうとする者も多い。実際そういったケースも多いのだからあながちチャンスがないとは言えないのだ。私も一度は考えたことはある。だがそれは妄想の中だけに抑えていた。そもそも大学ですら友達と呼べる存在がいないのに、医師に近づくなんてできるわけがない。(二次元では何度も近づいたり、いちゃつかせたりしている。)学びとしてなら変な緊張をせずに近づけるというのに。
「ほら、ここみたいよ。」
「ほ~…さすが天下の神ノ院!歓迎会も豪華だな~!」
「あら、光樹は来たことないの?」
「奈々子さんは来たことあるんすか?」
「まあ…バイトとしてだけど…。」
「あそこでバイトしてたんすか!さっすが留学してるだけあるわ~!」
「留学とバイトは関係ないと思うけど…」
 ホテルの中に入るとエントランスには『神ノ院病院主催・新人歓迎会』と書かれた看板があった。やはり豪華である。スタッフに促されるまま中に入る。光り輝くシャンデリア、立食形式なのだろうか、各テーブルには椅子がなく、その上には豪華に盛り付けられた食事が置かれている。のるほど。これだけ豪華な食事が用意されているなら来てよかった。彼氏たちには悪いが、ここは楽しませてもらおう。勉強もなにも今日からしなければいけないわけでもない。所詮今日はオリエンテーションしかやらなかったのだ。勉強は新人研修が始まってからでもいいだろう。
「えー、ようこそ。神ノ院病院へ!今日から皆さんと働けること、非常に楽しみにしておりました。今日は先輩たちのおごりです!遠慮せず楽しんでください!乾杯っ!」
 幹事らしき人の音頭により歓迎会が始まった。そう言えば歓迎会とはどのようなことをすれば良いのだろうか。今までこのような会を避けていたため、勝手が分からない。
「薫っ!先生たちに顔覚えてもらうチャンスだよ!一緒に行こ!」
「えっ、歓迎会ってそんな感じなの?」
「いやそういうわけじゃないけど…もしかして薫、こういうの初めて?」
「うん…あんま参加したことないっていうか、参加したくなかったっていうか…」
「よし、じゃあこの唯ちゃんと一緒に歓迎会の何たるかを学ぼうじゃないか!」
 「こっちこっち!」と唯に手を引かれるまま会場内を少し早めに歩く。周りの新人、先輩たちはきらびやかな衣装で楽しそうに話している。そんなものを見ていると、私が場違いのように思えてくる。だが、引かれる手を振り払って帰る勇気もない。私はそのまま連れていかれるしかない。
 手を離されて、唯がゆっくり歩き始める。目的のテーブルが近いのだろうか。私も唯に合わせる。
「突然失礼いたします。私、本日から12-1病棟配属となりました、田畑唯です!本日はこのような場を設けていただきありがとうございます!」
 唯が頭を下げる。突然のことで驚きはしたがここは私も習って自己紹介をしなければならないだろう。
「お、同じく12-1病棟配属となりました、七瀬薫です!よろしくお願いします!」
「ほぉ~君たちが今年のナースか。なかなか元気がいいな。心外は病態が複雑な患者も多いから大変かもしれんが、私たちも力になるし、期待している。これからよろしくな。」
 心外の先生方だと、その時点でやっと気づいた。急いで近くに合ったビール瓶を取りその先生に酌をする。「ああ、悪いね。」ビールで満たされたコップをその先生は一気に飲み干すと、今度は私にも注いでくれた。正直ビールは好きではないが注いでもらった以上飲まなければならない。一口含んで軽く笑んだ。やはり苦い。
 適当に挨拶をして元のテーブルに戻ろう。そう思って一言唯に声かけようと姿を探す。だが、先ほどまで近くにいたはずの唯の姿はなかった。あたりを見渡すと、唯が遠くの方で若い男性と楽しそうに話しているのが見えた。なんてコミュ力だ。こんな短時間であんな大勢と話すなんて。これではテーブルに戻り、消えるように帰ることができないではないか。先生もこちらが話すのを待っているのかにこにことこちらを見つめている。気まずいのでテーブルに置かれた食事に手を伸ばした。おいしいはずなのに味がしない。
「まあ、君たちみたいな子はやっぱりあの先生が目当てなんだろ?」
「んぐ…あ、あの先生とはどなたでしょうか?」
「君も知ってるだろう?あの『若き心臓』だよ。」
「あぁ、あの久遠先生ですね!存じています。」
「そう。天才外科医の久遠蒼先生。私よりもずっと若いのに今じゃ日本の心臓治療の第一人者だ。当院の誇りだよ。」
「それほど素晴らしい先生なのですね。」
「ああその通り!…と言いたいところなんだが、やっぱり嫉妬してしまうなぁ。いくら性格が悪くても、腕もよければ顔もいい。その一つぐらい私に分けてくれてもいいと思わないかね?」
 ははは、と笑う先生につられて笑った。そういえば久遠先生は今日来られないのだろうか。まあ無理な話か。あれだけ評判が良いとなるとさぞ疲れることだろう。やはり師長が言っていた通り、今日見かけることができたのは幸運だった。と、思っていた。
「ああ噂をすれば。ほら、あれだよ。あれが久遠先生だ。」
 先生が指さす先を見ると、そこには端正な顔立ちで誰とも話さず、ワインを飲んでいる久遠先生がいた。あの先生の周りだけ壁でもあるのだろうか。あそこの周りだけ誰もいない、奇妙な空間があった。
「会うのは久しぶりだなぁ!よし、君も一緒に挨拶に行こう。」
「ええっ!ですが…」
「大丈夫大丈夫。なにもそんな怖い人じゃないさ。…まあ怖いけど。とにかく明日から会うかもしれない先生だろ?ささ、行くぞ。」
 いわれるがままについていく。なんだか今日はこんなことが多い気がする。確かに久遠先生とお話しできるならしてみたいが、今の私なんてどう見ても免許取りたてのピヨピヨ看護師だ。そんな私が久遠先生なんかと話したらどうなるかなんてわかっている。嫌われてゴミのような目で見られるのがオチだ。やっぱり無理にでも帰って彼氏たち(二次元)に癒してもらえばよかった。
 そんなこんなを考えているとどんどん久遠先生に近づいていく。ああもう仕方がない。なるようになればいいのだ。
「お久しぶりですな。久遠先生。」
「ああ、佐々木先生。ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
「元気ですよ~!いや、先生の評判は素晴らしいですな~!先日もあの症例数が少ない患者を…」
「ありがとうございます。自分ではまだまだなつもりですが。…そちらの方は?」
「この子は今日から入った新人看護師君だ!えっと、名前は…」
「なな、七瀬薫ですっ…よろしくお願いします!」
「七瀬、か…君があの…うん。よろしく。」
「はい…!」
 緊張で声が震えてしまった。近くで見るとやはりかっこいい。やはりイケメンは三次元で見ても良い。二次元で目の保養をしてきた私だが、これであと5年は生きていける。怖いといった評判もあるようだが今のところそういった点は見えない。
「かおる~、どこ~?」
 遠くの方で唯が呼んでいる。そちらの方へ向き手を軽く振ると唯がこちらに気付いたようで小走りに走ってきた。
「探したよ~…って、久遠先生っ!?」
「そうだ。君は?」
「わ、わわわ私、本日より12-1病棟配属となりました田畑唯です!久遠先生のもとで働けることを心より楽しみにしておりましたっ!」
「そうか。では頑張れ。」
「は、はい…!」
 唯の目が今日一番に輝いている。無理もない。こんなにもイケメンなんだから。私もイケメンに大勢がなければああなっていたのかもしれない。私がああならないのは日ごろの訓練(彼氏たちとのいちゃつき)のおかげだろう。コミュ力の塊、田畑唯は臆することなく話しかける。
「私、本当に久遠先生にあこがれてこの病院に来たんです!」
「そうか。俺にとっては新人なんてどれも一緒だがな。それに1年目は本当に使えない。」
「あ、あはは…勉強の方も頑張りますので、どうぞご指導ください!」
「俺が教えるまでの間、お前が辞めていなければな。」
「ははは、は……辞めさせられないよう頑張ります…。」
 なるほど。これが冷たいといわれる理由か。唯のコミュ力を持っても全く打ち解けない。それどころか壁を作り上げて、相手を殺しにかかるようだ。噂は間違いではない。私が最初にいい感じで話を終えることができたのも、あまり彼に話しかけることがなかったからだろう。
 だがそんな久遠先生の冷徹にも関わらず、久遠先生と話したいと考える子は多い。こちらの様子に何人かの子が気づき、近づいてくる。どれも可愛い子ばかりだ。私も話したことだし、あの子たち囲まれてしまう前に早いとこ家に帰ろう。そう思い、佐々木先生(?)と久遠先生に軽く会釈をしてその場から立ち去ろうとした。
「待て。」
 小声で呼び止められ、久遠先生が私の手を周りから分からないようにつかむ。その手が妙に冷たくて、ひどく恐怖を感じる。全身に汗が噴き出るのが分かった。そのまま耳元で先生が囁く。
「振り向くな。…このホテルの裏に1台、シルバーの車がある。そこに行け。わかったらこちらを向かずに首を一回、縦に振れ。」
 なぜ、そんなことを言うのか。全く分からない。しかし、冷たく命令する声に私は逆らうことなどできない。振り向かないように、ゆっくりと首を縦に振った。
「…俺は5分後にそこに行く。走っていくな。自然に行け。車のそばから動くな。」
 「行け」という言葉とともにすっと手を離された。何が起きたかわからない。しばらく固まっていると後ろから舌打ちが聞こえた。怖くなって走りだそうとするが、走るなと言われた手前、そんなことはできない。ゆっくり、自然に。言われたとおりに。
「あれ、薫帰るの~?」
「あ、いや…ちょっとお手洗いに寝…。」
「おっけー!またね!」
 嘘をつく必要などなかったのに、ついてしまった。もう言われたとおりにやるしかない。一体何を考えているかなんてわからない。だがそうするしかないのだ。

「秘密のカンファレンスー冷徹俺様ドクターは加減が分からないー」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • 77mjsk

    続きに期待です!

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