レベル500のなろう作家~上を見上げたらキリがないから取りあえず現状を向上させることに終始します~

逢神天景@小説家になろう

絶望の星は明け方に輝く

 ズギューン! ズギューン! と銃声が鳴り響く中、一人の男が足を庇いながらのろのろと走っていた。


「はぁっ、はぁっ……あー、くそっ、ここまで追ってくるかよ」


「向こうに逃げたかもしれん! 追うぞ!」


 足音が遠ざかっていく。いったんは、窮地を逃れられたらしい。
 ……だが、またすぐに追いつかれるだろう。そう思いながら、自らの足を見る。
 弾丸に抉られ、血塗れになっている足を。


(チッ……気持ちは10代の頃と変わんねぇつもりなんだがな、やっぱり歳には勝てねぇか)


 男は、ため息を1つつくと、先を切り落としたシガーを咥えて、火をつける。


「ふぅ~……さて、やるか」


 懐から鎮痛剤……というか、日本では非合法な、吸うだけで気分がよくなる薬をを取り出し、注射する。ラリるかもしれない? 何を言ってるんだ。短期的とはいえ、ラリんなきゃ、今からやることで死んでしまうかもしれないんだぞ。


 何はともあれ、これで大分痛みが和らいだので、男はナイフで素早くズボンを引き裂き、銃創部分を露出させる。
 そしてピンセットを使って無理矢理弾丸を摘出し、強引に血を止める。これで、あと少しは保つだろう。


 男は深く息を吸い込み、シガーの煙を堪能してから、さらに懐から注射を取り出す。
 それは、日本ではないこの地――アメリカ――でも非合法な、男の組織ではゾンビ薬と呼んでいる薬だ。
 ゾンビ薬と言ったって、別に本当にゾンビになるわけではない。ただ、数十分の間、痛みを一切感じず、さらに精神が高揚して、しかも動体視力や反射神経なども上がるというだけだ。もっとも、使用後は二度と起き上がれない身体になる者が殆どだが。


 男は、その薬を既に人生で二回も使っていた。使う度、もう二度と使うまいと思うのだが、やっぱり、最後に頼るのはこの薬になってしまう。


(……とはいえ、さすがに、コレがラストになるだろうなぁ)


 その薬が入った注射器を見ながら、男はふと今までの人生を振り返った。45年間に渡る、自分のクソのような人生を。


 控えめに言っても、クズとしか言いようのない両親の間に産まれた。父親はギャンブル狂い、母親は男狂いで、男の家はその母親が愛人(失笑)から貢がせた金で暮らしていた。
 虐待に次ぐ虐待の日々に嫌気がさした男は、13歳の時に父親を殺して家を飛び出した(母親は既に別の愛人の家に行ったきり帰ってきていなかった)。
 無論、人を殺しておいておめおめと学校に通えるほど、法治国家日本は甘くない。学校には行かず、スリや強盗をして日銭を手に入れ、橋の下で寝るという生活をしていた。


 15歳になって、運良く(?)ヤクザに拾われ、人並みの生活を手に入れたが、そのすぐ次の年には鉄砲玉として抗争相手の組に突撃させられた。
 しかし、男の悪運はここから始まる。
 拳銃一丁で敵の組長のタマをとり、しかも自分の組まで逃げ切れたのだ。
 組では英雄とされ、なんとたかが16でありながら、幹部の座にまで一気に上り詰めてしまう。絵に描いたようなサクセスストーリー。
 ……とはいえ、成功する者もいれば、失敗する者がいるのがこの世の常。男の成功を嫉んだ者が、男を殺そうと濡れ衣を着せてきたのだ。
 絶体絶命の窮地に追い込まれた男だが、どうにか仲のよかった別の幹部に匿ってもらうことができて、なんとか中国へと逃げおおせたのだ。


 こうしてどうにか中国へ逃げられたものの、肝心の金を持っていなかった。だが、ここでも彼の悪運が発揮される。
 なんと、チンピラに絡まれていた女性を助けたら、それが中国の中でもトップクラスのマフィアの幹部の娘だったのだ。
 その幹部から拾ってもらい、殺し屋として働くこと数年、男はかなりの腕前になっていた。


 そのマフィアの中でも、トップクラスの腕の殺し屋となった男だったが、なんとマフィア同士の抗争のせいで、またもや路頭に迷うことになってしまう。


 とはいえ、ここまできて男も学んだ。自分の生きる世界は、裏なのだと。


 こうして開き直った男は強かった。フリーの殺し屋として、数々のマフィアや、裏組織を転々とし、時には傭兵として戦い、いつしか男は裏の世界ではかなりの人間が知るような人物になっていた。
 いろいろな国を回った。アメリカ、イタリア、ロシア、イラク、果ては南アフリカ共和国まで。とにかく、求められるところに行き、その場で出来た仲間達とともに、戦った。
 無論、そんな生活をしていれば、かつての仲間が敵に回ることもあった。しかし、そんなことで手を抜いていては自らの命が危ない。だから、男は手を抜くことなく、ターゲットを殺していった。


 そんな生活を送る途中、行きずりの女と関係を持ったこともあった。しかし、男は裏の世界で生きる身。どれだけせがまれようと、裏から足を洗ってと言われようと、男は女を泣かせた。


 そして、もう10年も前になるか。今の組織に拾ってもらった時、一人の少女と出会った。その少女は、なんと自分の娘だと言う。母親が死んだら、この人を頼りなさいと言われていたのだと。
 母親の名前を聞くと、確かに10年前に関係をもった女性の名前だった。DNA鑑定をしたわけじゃないから確実なことは分からないが、まず間違いなく自分の子どもだろうと、微かに感じられた父親の本能のようなもので、分かった。
 たかが10歳の子どもが、母親を亡くした気持ちはどれほどのものだろう。そう思った男は、その娘を引き取ることにした。
 娘を連れて世界を転々とするわけにもいかないので、今の組織に骨を埋める覚悟を決めた。しかし、それでも男は裏の世界から足を洗わなかった。ココが、自分の唯一生きられる場所だと言って。


(……ああ、マルコ達はどうしてるかな)


 過去の回想を終えた男は、銃の点検をしつつ、自分を犠牲にして逃がしたまだ若い仲間達のことを思い出す。


(マルコの奴、この仕事が終わったら足を洗って罪を償って、田舎に帰るって言ってたっけ。ジャンの奴は、コレが終わったら結婚するって言ってたし、ジュードなんて、明日彼女とデートっつってたもんなぁ。今頃、ちゃんと逃げれてるかね)


 カシュン、と無針注射を打つ。ドクン、ドクンと心臓が鼓動を刻む毎に、全身に力が行き渡っている感覚がする。コレを使うのは3度目だったが、やはり、いい。麻薬にハマるジャンキー共は、毎度こんな感覚を味わえているのかと思うと、少し羨ましくなってしまう。……末期かな。


 ふぅ~、と息を吐く。足音が近づいてきている、もう少しか。


「いたぞ!」


 バッと敵が不用心に姿を顕した瞬間、裏の世界に堕ちて、男が初めて握った銃であり、無二の相棒であるグロック17が火を吹く。造影剤が投入される以前の、旧い銃だ。
 最初は慣れなかったが、今や自分の手のように感じるし、整備中などで別の銃を握っていると、不安で眠れなくなってしまうほどだ。


 2発、3発と撃つと、三人が倒れる。まだまだ腕は鈍っちゃい無い。若造には負けない。


 足の痛みなんてもう感じない。ならば、走れる。走れるならば、走る、走る。囲まれたら終わりだ。敵の援軍が来るまでに、なんとしてでも包囲から抜け出さなければ……っ!


 更に撃つ。男のグロックから銃弾が発射される度に、一人、また一人と敵が倒れていく。
 殺してしまっては意味が無い。足や肩などを狙い、治療すれば助かるようにするのだ。そうすれば、相手は怪我人を助けるための人員を割かなければならない。すると、こちらを追ってくる人数を減らせるというわけだ。


 ――このまま逃げ切れるかもしれんな。


 そう思った瞬間だった。何の前触れも無しに、男のグロックが突然撃ち抜かれる。


「!?」


 銃声が遅れて届いた。つまり、これは狙撃されたということに他ならない。
 ……走り回る俺のグロックだけ撃ち抜くだと? 本当に人間かそいつは。


 だが、たとえ相棒がいなくなったからといって、負けたわけではない。男は素早く身をかくし、次の狙撃に備える。


 とはいえ、今の狙撃は誰だ? 特殊部隊の隊員でも中々出来ることじゃあないぞ――


「バロン西郷が敵の武器の破壊に成功したらしい! 今だ、捕らえるんだ!」


 ――よりにもよってそいつかっ!!!


(バロン西郷……裏社会の伝説までいるだと? おいおい、たかだか俺風情にどんだけ一生懸命なんだよCIAは……待てよ、本当にCIAなのか?)


 ここはアメリカだ。しかも、男のことを生け捕りにしようとしている。
 敵対する組織ならば、男を生け捕りにしようなんて考えないはずだ。それだけ、男には実績がある。さっさと殺そうとするだろう。生け捕りになんてしたら、男のバックの組織が黙っちゃいない。下手したら男を取り戻すために全面戦争が起こるかもしれない。そして、万一全面戦争になった場合、男の組織に勝てる組織なんてアメリカには存在していない。何処の組織も、好き好んで自らの組織を壊滅させたくはないだろう。故に、他の組織という線はない。
 男を生け捕りしようとするということは――組織を敵にまわしても平気な者、つまり国家が絡んできているということだ。そして、アメリカで国家が絡んできているとなると――パッと思いつくのは、FBIかCIAだ。そして、FBI如きが男と、その後ろにいる組織を狙うはずもない。となると、消去法でCIAだと思っていたのだが……


(バロン西郷なんていう伝説を呼ぶくらいだ。よほど俺を捕らえて組織の全容を吐かせたいらしいな。だが、こっちがそちらの思惑通り動くと思うなよ?)


 男は地を這うように動き、未だに自らに気づいていない敵の背後に回る。
 そして、一人の喉を素手で掻き切る。


「しまっ!」


 もう一人が男に気づいて銃を向けるが、もう遅い。男は素早く銃のトリガーの内側に指を入れて、発砲を不可能にした後、眼球に指を突き刺し、引き抜く。鉤爪のように曲げた指で人体の急所を引き裂く武術――男が、裏で生きるうちに身につけた武術の1つだ。
 他にも、銃を使った近接戦闘や、足や拳の打撃メインで戦う武術も使えるが、もっとも殺傷能力が高いのがこの武術だった。故に、普段はなるべく使わないようにしているのだが……ことここに至っては仕方あるまい。遠慮無く使わせてもらう。


「ガァァァ!!」


 そのまま銃を奪い、撃ち殺す。


(よし、これで――)


「随分と手こずらせてくれたな」


 男が多少安堵の息を漏らそうとした瞬間、こめかみに銃口を突きつけられた。


「……おいおい、いくら運だけで生き抜いてきた雑魚とはいえ、30年間裏で生きてきた俺に気取られずに背後に立つだと? 何モンだテメェ」


 しかも、ゾンビ薬によって感覚が強化されている状態の男に、だ。
 相手の方を見ないまま問う男に、銃口を向けている者は、綺麗なイギリス英語でこう答えた。


「00セクションの、ナンバー5とでも言えばいいか? バロン西郷、ハウンド、デスデーモン、そしてうちの007とも互角と言われる裏の世界の生きる伝説、『Despair』よ」


 00セクション……MI6だと!? そんな、奴がなんで俺なんかを!?


「おっと、妙なそぶりを見せるなよ。バロン西郷は未だにお前を狙っているし、しかも――」


 さらに、男の周りに、二人の男女が増える。


「――00セクションのナンバー3、9も来ている。さすがに007は呼べなかったがな」


(おいおい……世界最強クラスと呼ばれる00セクションの連中が三人に、バロン西郷? なんだこれ、俺が逆立ちしたってどうにもなんねぇぞ)


 男は、半ば諦めたような笑みを浮かべる。


(どうやら――ここまでらしいな)


 力なく倒れ込む。その間もピッタリと銃口は頭にくっついている。やれやれ、どこまでやるんだコイツらは。こんな奴らを相手に逃げ切るなんて、たぶん全盛期の時でも無理だ。


「どんな絶望的な状況下でも逃げ延び、その後かならず相手に絶望を与えるところからついたコードが、『Despair』、か。とはいえ、さすがにこの状況はどうにも出来まい?」


 その通りだ。しかも薬も切れてきた。文字通り、打つ手無しだ。


 男は、懐に手を入れる。


「おい、余計なことをするな!」


「……シガーを吸うだけだ。捕まったらこんなことも出来なくなるんだ、最期に一服くらいいいだろ」


 そう言って、口に咥えて、火を付ける。


(……メアリー、ふがいないオヤジで悪かったな。お前には何にもしてやれなかった。とはいえ、お前の彼氏であるジュードの野郎はにがしてやったぞ。……お前らは必死に隠してるみたいだったが、仮にも父親の目を誤魔化せるわけないだろ? ……まあ、ジュードの野郎は信頼出来る。俺の代わりに、そいつに幸せにしてもらってくれ。それと、アンジー。悪いな、お前の気持ちに応えてやれなくて。ただ、俺達の娘だけはなんとか二十歳までは育てた。幸せな生活を送らせてやることは出来なかったが……そう不自由はさせなかったつもりだ。これから、たぶん幸せになってくれると思う。俺もそっちに行く。そしたら、20年前の続きをしよう。たっぷりと、な)


 ふぅ~……と、煙を吐き出す。紫煙はゆっくりと空へと立ちのぼり、消えていく。


(あとは……そうだな、相棒グロックよ。先に逝かれちまったが、俺もすぐ逝く。また戦うことがあったら一緒に戦おうぜ)


 そう思いながら、ピッ! ……とシガーを空へ放り投げる。005や、他の00ナンバーの目が、一瞬それを追った瞬間を見逃さず、男は手榴弾を取り出す。無論、自爆するためだ。


(俺のチンケな命と引き替えが、00ナンバー三人か。まあ、悪くねぇんじゃないの? 世界最強クラスを三人も殺せるんだし)


 手榴弾のピンを引き抜く瞬間、男は、十何年かぶりに、日本語を口から紡ぐ。辞世の句を詠める程教養も無いので、偉人のパクりだ。


「曇りなき 心の月を さきたてて 浮世の闇を 照らしてぞ行く」


 意味なんて覚えていない。この句を詠んだのが、伊達政宗ってことは覚えちゃいるが。


「しまっ――」


 005が慌てて動こうとしているが、もう遅い。ピンは抜いた。これは改良版で、ピンを抜いた瞬間爆発するようになっている。


「あばよ、クソッタレな世界。もしも生まれ変われるなら――今度は、お天道様に顔向け出来る、まっとうな行き方をしたいぜ」


 男の目の前で小さな太陽が産まれた。


 この瞬間――裏世界で伝説となっていた男、「Despair」の45年の生涯は幕を閉じた。

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