異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

232話 恋バナう

 背後からドカンズドンと騒音が聞こえる。あとでキアラさんに頼んで部屋を元通りにする必要があるかもしれない。
 京助と天川を小さい部屋に入れるとひと悶着起こしそうだとは思っていたが、まさかこの数秒で起きるとは……。

「京助君の魔力、だいぶ高くなってない?」

「もう私は知らん」

 冬子はため息をついて、ふと思い出したことを空美に聞いてみる。

「それにしても、木原が抜けた穴はどうするんだ?」

「……へぇ、惚れた男に尻尾振って自分勝手にチーム抜けた人がそんなこと言うんだへー」

 物凄い殺気と怒気に満ちた声で言われる。何というか、異世界に来る前……教室で見ていた彼女とは全然違う。
 というか惚れた男に尻尾振ってとは……物凄い言われようだ。なんて言い返してやろうか……と言葉を選んでいると、美沙がにっこりとほほ笑んだ。

「京助君の方が素敵だからしょうがないじゃん。ねぇ、冬子ちゃん」

「はぁ!? 明綺羅君は最高なんですけど!?」

「そ、そうですよ!」

「煽るな美沙!」

 美沙の煽りに空美と追花がヒートアップする。

「明綺羅君はイケメンだし運動神経いいし強いし頭いいし優しいし!」

「そ、それに……その、私たちのことを第一に考えてくれます、し……絵も上手!」

「冬子ちゃん! 京助君のプレゼンをどうぞ!」

「自分でやれ! ……というかイケメンかどうかは受け手によるし、頭の良し悪しなら京助も一定以上の基準を満たしている。優しさは……独特だが、ツンデレの範疇だ」

 冬子もやむなく応戦する。天川がイケメンではない、とは言わないが京助の方がかっこいい。
 美沙がさらにふんとドヤ顔になる。

「それに強い……とか言ってるけど、私たちの京助君は最っ強なんだよ!」

 そして思いっきり拳を握り、何故か甲を見せつけるようにガッツポーズをする美沙。なんでそんなポーズを。

「あと、京助は異世界に来てから楽器が出来るようになったぞ! 上手だぞ、マリトン!」

「アキラ様でしたら楽器くらいできますわ!」

「いや明綺羅君出来るかな……ってティアー王女!」

「アキラ様のプレゼン大会だと聞いて参上いたしましたわ!」

 何故か参戦するティアー王女に一瞬ひるむものの、冬子は気を取り直して京助の美点を探す。

「というか、アキラ様の方が弱いというのは聞き捨てなりませんわ!」

「いやー、客観的にみて京助君の方が強いと思いますよ? だって京助君がこの王都で倒した敵の数は尋常じゃないですよ?」

 確かに全自動魔物殲滅ルンバ魔法を作っていた京助が倒した魔物の数は、騎士団と勇者を束にしても敵わないくらいだろう。

「質に関してなら、明綺羅君は……その、敵のリーダーっぽいブリーダっていうのと、それと大きなチェーンウンディーネを倒してるよ!」

 追花が言うが、冬子の方もそれを鼻で笑う。

「そもそも結界を破壊したのは誰だと思ってる?」

 ふっ……と笑うと追花が反撃する。

「あ、あれは皆の力って……言ってたじゃないですか」

「九割は京助だ」

 言い切る。

「それにホップリィも倒したからな。ブリーダとどっちが強いのかは分からないが」

 冬子がそう言うと、美沙は……少しモジモジして頬に手を当てた。

「それに京助君は……魔族の洗脳で囚われた私を救ってくれたし」

 言ってから「きゃっ、言っちゃった」とか弾んだ声を出す美沙。冬子と空美がそれに固まっていると……追花も憤慨したように声を張り上げる。

「わ、私だって、私だって! 明綺羅君から、助けてもらいました!」

 そして睨み合いになる二人。一方の冬子、空美、そしてティアー王女は……無言で見つめ合うと、お互いの肩を叩いて励まし合った。
 何というか、皆も苦労しているのだろうなと思った。


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「で、結局なんだっけ」

 天川をロープでぐるぐる巻きにし、天井から吊るし終えた俺たちは取り敢えず武器をしまった。

「このリア充の処刑方法で御座ろう」

「あー、そうだったそうだった。それじゃあ一人一つずつ刑を執行していこう」

「待て、清田! 人は一回しか死ねない!」

「安心して、天川。自分から『殺してくれ』って言うような目に合わせるから」

 俺がそう言ってにっこり笑うと、難波と志村も楽しそうに頷いた。天川はミノムシみたいになって揺れながら命乞いをしているが、誰一人その声には耳を貸さない。

「と、というかそもそも! 井川は嫁が! 難波は昨日出来たばかりの彼女がいるんだろ!」

「オレが生涯愛すのは真奈美だけと決めている。お前みたいな誰彼構わず手を出す最低の外道と一緒にするな」

「俺は……やっぱモテる奴はムカつくからな!」

 すかした態度の井川と、ニッコリ笑う難波。

「ぐっ……清田! お前も佐野を含め、女性陣と同棲しているんだろ!」

 天川の苦し紛れのセリフを俺は鼻で笑う。

「チームメイトだからね。社員寮みたいなものだよ」

「やっぱ清田も吊るすべきじゃないか?」

「よし吊るすで御座る」

「ふん、俺は天川と違って三対一だからとやられるような間抜けでは――」

 無い、と言いかけたところで志村がボソッと耳打ちしてくる。

「拙者は新井がお主に何を言ったか知っているで御座るよ? バラされたいで御座るか?」

 ――結局、二匹のミノムシが出来上がった。

「で、天川はどうしたいの」

「その格好で微塵も動揺しないのは流石だな清田……」

 天川がなんか言っているけど、俺はスルーしてため息をつく。

「告白されました……なら、もう付き合えば? 気を持たせてのらりくらり躱すのが一番最低の仕打ちだよ」

 自分のことを棚に上げて天川に言うと、彼はうーんと悩まし気な顔になる。

「それは……そう、なんだが……実は、だな。直接言われたのは初めてなんだ」

「「「「えっ?」」」」

 皆の声が重なる。そりゃそうだろう、何せあのジャ〇ーズにスカウトされたことがあるようなイケメンだ。成績優秀、頭脳明晰。男女分け隔てなく優しい、どこに出してもおかしくない学園の王子様。
 その天川が……告白されたことが無い?

「その、だな……あー……」

 無茶苦茶言いよどむ天川。俺は縄の結び目に水を流して摩擦を緩め、するりと縄抜けをする。燃やしても良かったが、流石に遊びでロープを燃やすバカもいまい。

「志村、この縄ちぎっていいか?」

「もったいないのでダメで御座る」

 そう言われてガックリと肩を落とす天川。器用な魔法を使えない勇者は困りもんだね。

「でも意外だな。お前はモテるもんだと思っていたが」

 井川の評に難波も頷く。

「いや、うむ……それに関しては否定しない。小さいころから好意を向けられることは多かった」

「モテることを自覚してるイケメンほどムカつくものは無いね」

「同感だぜ」

「……モテてるのに気づかない最強の槍使いもいるようだが」

「俺以外の槍使いって俺の師匠くらいしか知らないんだけど、流石は勇者。人脈が広いね」

 天川が不服そうな顔で揺れている。ミノムシ状態のイケメンっていうのもなかなか絵になるもんだね。

「話が脱線してるで御座る。で、何を困ってるんで御座る」

「まー……モテる奴がムカつくのは確かだけど、この世界って別に一夫一妻制じゃないだろ?」

 難波が俺の方を見るので、腕を組んでから頷く。

「貴族や商会の偉い人とかだと、二~三人、奥さんがいるのは珍しくないね。AGでも奥さんが何人かいるのは見たことあるかな」

 俺の知り合いにいないせいで忘れがちになるが、こっちの世界は一夫一妻制ではない。噂でしか聞いたことは無いが、一応一夫多妻だけじゃなく、一妻多夫もあるらしい。
 一般人の多くは一夫一妻で生きているだろうし、それが普通だろう。しかしルールとして決まっているわけじゃない。

「宗教観や倫理観の違いだろう。オレは受け付けないが、別にそれを天川に押し付けるつもりもない」

「男の夢で御座ろう、ハーレム」

 志村のセリフに首を振る天川。

「俺は……少なくとも、戦いがもう少し落ち着くまでは考えたくない、な」

 複雑そうな顔の天川。

「ちなみにもう一人のハーレム王の意見は?」

「そんな奴が――」

「そのくだりはもういいで御座る」

 井川の問いと志村のため息で、俺は頭をかいてからさっきの騒動でぶっ壊れたソファの残骸に腰掛ける。

「俺がハーレムかどうかはさておいて。俺は好きな相手が他にも好きな人がいるのは嫌だ。そして、自分がされて嫌なことは人にしちゃいないって習ったよ」

「……シンプルで御座るな」

「答えはいつだってシンプルさ」

「俺もその考えに異論があるわけじゃない。だが、まあ……昔から、それこそ幼稚園くらいから俺を巡ったバトルとかもあってな……。だから極力、そういうのは気づいても誰ともいい雰囲気にならないようにしていたんだ」

 モテる奴にはモテる奴の苦労があるわけね。

「つまり、今までは周囲が牽制しあって自分のところに直接想いを伝える人がいないように振舞っていたけど、追花から告白された、と」

「それで、周囲も当然自分のことを好きだから……抜け駆けとかで大変なことにならないか不安だ、とそういうことで御座るか?」

 俺と志村の言葉にうなずく天川。

「彼女の気持ちに応えなければ、もちろん彼女は気まずくなって俺たちのパーティーから抜けることになるだろう。だが彼女の気持ちに応えれば……」

「他の、お前に惚れている連中のモチベーションもコンディションも下がる、と」

「なんていうか、モテる奴の悩みって感じだなぁ」

 難波が呆れたようにその辺の残骸(おそらくテーブル)に腰掛け、とどめを刺してしまいその場に頭からひっくり返る。
 頭を押さえてうずくまる難波は取り敢えず置いておいて、活力煙を咥える。火をつけて煙を吐き出し……吊るされている天川に目をやる。

「どうするの?」

「どうしたらいい?」

 知るかよ。
 と、言いたいところだが……今、勇者パーティーが解散すると後々面倒なことになるかもしれない。ただでさえ木原がアンタレスに来るとかになっているんだから。

「追花に『今は気持ちに応えられないけど、暫くは告白したことも周囲に隠して俺たちにずっと力を貸してくれ』って言ったら?」

「拙者が追花ならその場でビンタするで御座る」

 俺もそうすると思う。

「誠実に接するしかないだろう。チームの和をとるなら追花を切るしかない」

 井川が割とドライなことを言う。

「一人切るか、空中分解するかだ。答えはシンプルなんだろ、清田」

「まあ、現実的に考えるなら俺もそう思うよ」

 数字っていうのは分かりやすい。誰が見ても比較できる。

「無論、そこに感情が挟まらないなら、だけど……」

「ああ。……俺は、出来れば皆で戦いたい。誰かを切り捨てるような考え方じゃ……きっと、そんなの俺の求める正解じゃない。皆が納得できる答えを出したい。そのために傷つくのは、俺だけでいいはずだ」

 無茶苦茶カッコいいことを、宙づりにされながら言う天川。何とも言えないダサさだが、突っ込むのも野暮か。

「何とも言えないダサさだな、天川」

「言うなよ井川。俺も思ってたんだから」

「う、うるさい!」

 井川と難波が言っちゃったので、取り敢えず俺も頷いておく。

「ま、天川のダサさは取り敢えず置いといて……じゃあそのために何が必要かな」

 俺が言うと流石に皆が黙り込む。そりゃそうだ、流石に俺たちの人生経験じゃこんな案件を解決したことは無い。

「ちなみに、想いを告げられた時は何て返したの?」

「……何も、言ってない。いやそれどころじゃなくてだな」

 あー……。

「もうそれ、もう一回追花から言われるまで何も言わなかったらいいんじゃない?」

「流石にそれは失礼だろう」

「いや返事一切してない時点で既に失礼じゃね?」

 難波に言われてへこんだ表情になる天川。

「もう正直に言ったらどうだ。『戦いが終わるまではそんなこと考える余裕がない』と」

「先送りにしかならないかもだけど、そうだね」

 結局無難なセリフしか出てこず、皆でため息をつく。天川は真面目だね。

「っていうかなろうチート系主人公なんだから、すべての女は俺のものだぜ! って抱くものだと思うんだけど」

「天川ってどっちかというと、主人公の当て馬として召喚される勇者っぽくないで御座るか?」

「あー……」

「何の話だ、というかそろそろ縄を解いてくれ」

 天川の縄をほどき、皆で部屋の片づけを始める。

「キアラ呼んで全部直してもらうかな」

「相変わらず便利で御座るなぁ」

 無事だったものを元の位置に戻し、壊れものを一か所に集める。

「まあ、なるようになるしかないか……」

 ため息をつく天川だけど……俺は俺で、少し考えることが出来てしまった。

(……状況から考えると……)

 うん、きっと、俺は天川と似たような悩みをいずれ抱えることになってしまうのだろう。少なくとも新井は俺のことを好きだって言っているし。
 他の皆の普段の言動も……きっとそういうことだし。

(あれ? どうするんだ俺これ)

 恋心が分からないとか言ってる場合じゃない気がしてきた。
 俺は内心の焦りを表に出さないようにしながら、一つ咳払いする。

「あー……天川。お前、初恋とかって……ある?」

「どうした、京助。お前が恋バナなんて」

 志村が素で驚いてるけど、気にせず天川の方を見る。天川は少しだけ腕を組んでから……頬を染めた。男が顔を赤くするな。

「たぶん、幼稚園の時の先生だな」

「一番つまらない答えがきたで御座る」

「こいつあれだな。修学旅行で『好きな人誰~?』って話してる時にアイドルの名前出したりお母さんの名前出したりしそうだな」

「空気を読め」

「もげろ」

「もげろってなんだ清田!」

 俺はさっきまで天川を縛っていたロープで天川の足を打ち付けると、はぁとため息をつく。

「そういうお話をしてるんじゃないんだよこっちは」

「お前が初恋とか言うからだろうが! というか凄い痛い……」

 勇者様が涙目で足をこすっている。

「そういうのが無しなら……たぶん、中学の時の先輩だろうな。憧れのまま終わってしまったが」

 ああ、なんか確かにそれは天川っぽいね。

「じゃあ今、周囲にいる女性で一番好きなのは誰?」

「……たぶん、一緒にいて一番心地よいのは呼心だろうな。彼女のことは、憎からず思ってる」

「あれ? そういや、清田って前まで空美のこと好きじゃなかった?」

「それ冬子にも言われたけど、どこからそんなことになったのか」

「あっ……その、清田、すまん。ただ、人の心って言うのは自分でもコントロール出来ないものだから……」

「マジな雰囲気で謝るのやめてくれない!?」

 今度は背を打ち、ため息をついてから活力煙を咥えた。

「じゃあ志村の初恋は?」

「拙者は小学校のころ、一緒だった美穂ちゃんで御座る。背が低くてお人形さんみたいだったで御座るよ」

「だからロリコンなんだね」

「だから拙者はロリコンじゃないで御座る! ああもう、井川はどうなんで御座るか!」

「オレが好きなのは生まれた時から真奈美だけだ。難波、お前は?」

 この中で一番ヤバい恋愛観を持ってるのは井川じゃなかろうか。

「俺は……んー、誰かなぁ。ユラシルほど好きになった人はいねえけど……んー」

 うんうん唸ってから、ポンと手を打った。

「幼稚園かな、もう名前忘れたけど」

「引っ張った割につまらない答えだね」

「るせぇ。そういうお前はどうなんだよ」

「俺は無い」

 煙を吸い込み、吐き出す。風魔法で換気しつつだが、狭い室内だと結構煙たいね。

「無いって清田……」

「やっぱり何か心因性の病気か? バイア〇ラ使うか?」

「だからなんでそんなもの持ってるんだよ井川は!」

「……真奈美は、結構夜激しくてな」

 ちょっと照れたように言う井川の顎に左アッパーを叩き込み、天井にめり込ませてからふむと腕を組む。

「そんなに珍しいかな」

「いなくはない、レベルだろうか」

 難波が天井にめり込んだ井川を救出しながら、ケラケラと笑う。

「いいじゃん、別に。俺もユラシルと付き合うまで恋だの愛だのなんて考えたことなかったし」

 お気楽なことを言うが、そんなもんだろうか。

「親しい女の子はいなかったのか?」

「冬子以外だとパッと思い出せないかな」

 別に友人が一切いなかったわけじゃないから人に対して興味が無いわけじゃないと思うんだけど。
 活力煙の煙を吸い込み、輪っかにして吐き出す。

「まあ京助殿は、人間関係の情緒が小学生並みで御座るからな」

「喧嘩売ってるなら買うよ。っていうか人間関係まで広げられると流石の俺も傷つく」

 そこまでじゃない……と思いたい。
 とはいえ、今の天川の様子はしっかり確認しておこう。俺も同じ問題に直面するのかもしれないのだから。

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