異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

225話 晴々なう

 意識が薄れゆく。
 ぼんやりとしたまま――肉体が落下していく。どうやら、魔力を使い果たしてしまったらしい。
 マズい、と思って足のジェットを起動させるが、体に力が入らない。このままだと死んでしまう。
 助けて、と声を出すことも出来ない。それほどに消耗している。
 ああ、死ぬのか――衝撃も葛藤も無くぼんやりとそう思った瞬間、ふわりと温かい腕に抱きとめられた。

「ヨハネス、お願いね」

『カカカッ、アイヨォ!』

 何かが体の中をまさぐる。服の下、ではない。文字通り体の中だ。神経という神経が逆立つような気色の悪い感覚の後……なぜか、ぼんやりとしていた意識がハッキリとしだした。倦怠感も、肉体の負荷も消えていないが……まるでぐっすりと十二時間熟睡した後のように意識がクリアになったのだ。

「えっ……あっ……え……?」

 そこでやっと、自身を抱きとめていたのが清田君であることに気づく。彼はニコリともしないまま瓶を二本取り出した。

「取りあえずコレとコレ」

 口に瓶を突っ込まれる。清田君の、太くて、固いものから……何かを流し込まれて、無理やり飲まされる。
 考えて、ちょっと破廉恥な自分が恥ずかしくなった。魔力回復薬と、体力回復薬らしい。
 ドバドバ流し込まれたそれを何とか飲み干すと、清田君は少しホッとした表情になった。

「OK、取りあえず生きてるね」

「……え、っと……?」

「具体的に説明するとかくかくしかじかでね。命を救わないといけなかったから、ちょっと手荒な真似をした」

 清田君の口から、魔族の影響を受けたせいで、自分がどれほど危険な状態だったのか聞かされる。
 ゾっとすると同時に……その操られていた間の記憶が蘇ってくる。殺すと宣言したこと、無茶苦茶に魔法を撃ったこと、そして――

「あぅっ……」

 ――彼に、告白してしまったこと。
 しゅぼっ、と顔が赤くなったことが自分でもわかる。清田君はそんな美沙をジッと見つめたまま……着地。同時に水で椅子のようなものを作ってそこに美沙を座らせてくれた。

「えっとね……取りあえず、先に謝罪からかな」

 清田君は少し気まずそうにほほを掻きながら頭を下げた。

「ごめんね、塔での出来事。……嘘は、ついてないつもりだ。でも、君にここまで思い詰めさせることになるなんて思ってなかった」

「そん……な……わ、たし……は、き……よた、君、に……救、われ……て」

 清田君は首を振ると、もう一度頭を下げた。

「いや……うん、その後置いていったし。誠実な対応じゃなかったと思う。本当にごめん」

 ああ、確かに帰ったのは……凄く、傷ついた。
 でも同時に、そのおかげで……清田君に、認められて一緒に行きたいと思えたから……。

「あー、上手く言えないな。もっと、こう……ちゃんと、したいんだけどなぁ」

 清田君は本当に困った不慣れな様子で……言い方は悪いが、まるで高校生の彼に戻ったような風にたどたどしく喋る。

「新井を、その……あー、救って、って言われたんだ。君の努力を間近で見ていた人たちに。君が頑張って手に入れた実力に、向き合って欲しいって」

 美沙はややフラフラな体に鞭を打ってどうにか笑顔を作る。

「清田、君……」

「あと、さっきも……ごめん。新井の気持ちを何にも分かってないまま、いろいろ聞いちゃった」

 ぺこりと頭を下げる清田君。本当にさっきまで美沙の一撃を全て捌いた彼なのか怪しくなってくる。
 清田君は顔をあげると……申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

「さっき、俺は君ののろいを解くって言ったよね。どうだったかな、最後の一撃は」

 最後の、一撃。
 本当に本当に――殺すつもりではなった一撃。頭の中の靄が最高潮に達し、何かに突き動かされるように放ったあの最大魔法。
 冷静に考えれば、彼に認められたいなら殺してはダメなのだ。殺した相手からどう認められようというのか。
 それでも、何故かあの時は彼を殺さなくてはダメなのだと思考が固定されていた。
 そんな美沙が全力を込めて撃った一撃。未熟な頃ですら、ゴーレムドラゴンを半壊に追い込んだ『捨て身の魔力』による魔法。『バアルシファー・ヘルフロスト』。
 これ以上ない一撃は、三色の魔力を纏った清田君によってあっさりと粉砕されてしまった。

「あの魔法は……冬子にも、キアラにも、リャンにもシュリーにも見せてない。俺の切り札で、現時点で最強の魔法だ。君の全力に対して、俺も全力で――」

 がふっ。
 いきなり、清田君が血を吐き出した。ビックリして立ち上がろうとし――自分も体力が限界だったことを思い出し、その場に倒れる。
 清田君は水を出してその血を洗い流すと、美沙をよいしょと立たせてくれた。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫、は……こっちの、セリフです! な、なんで血を吐いて――」

「いやぁ、ちょっとオーバーしちゃったかな、時間。そうじゃないとあの魔法を粉々に出来るわけもないけど。ま、それだけ全力だったってことだよ」

 君の全力を受け止めるには、こっちも全力が必要だった。
 清田君はそう言って、笑う。戦闘中に見せた苛烈な笑みじゃない。純粋で、優しくて……。

「今度は本心から言うよ。君は、強くなった。俺が全力を出さねば止められないほどに。俺の全霊の魔法は――君の今までの努力に見合うものだっただろうか」

 こくりと頷く。
 だって、そうだろう。
 誰にも見せたことが無いような最強の魔法、使うと体に負荷がかかる諸刃の剣。それほどまでに誠実に力を見せてもらっておいて――文句など、不満など。
 つぅ、と頬を涙が伝う。彼と王都で再会してすぐに言われた、挨拶のような言葉とは違う。美沙の全力を受け止め、その上で贈られた言葉。
 嬉しくないはずがない。
 涙が出ないはずがない。
 だって、そうだろう。
 その言葉をかけられるために、自分はずっと力をつけてきたのだから――

「それ、じゃあ……!」

 美沙が何を言いたいのか察したか、清田君は少しだけ気まずげな顔になりながらも……一つ頷いた。

「うん。少なくとも、実力の面において君がうちのパーティーに入ることを否とは言わない。いやまあ、別にうちのパーティー実は実力で選ばれてるわけじゃないけど……」

 腕を組み、空を仰ぐ清田君。

「ただ、うちのパーティーは、俺を含めて人に言えない秘密を持っている。バレれば今まで通り生活出来なくなるような秘密を」

「わ、私……秘密を、漏らしたりしません……! だって、私! 清田君のこと……好き、なんですよ?」

 言ってから照れる。でももう一度言っているのだから、今更恥ずかしがることでもない。
 清田君は少しだけ照れたように顔を赤くしてから……申し訳なさそうに首を振る。

「うん……そうだと思う。そうだろうと思う。でも……俺は、未だに臆病さが抜けなくてね。そうだね、って出来ないんだ。これはもう性分みたいなものだ。長く過ごした人じゃないと信用できない。相手の人となりがどうこう、とか印象の問題じゃないんだ」

 それに、と清田君は美沙に一本の煙草を渡す。いや……確か、活力煙。

「正式なパーティー入りは俺の一存で通すわけにはいかない。……試用期間、ってところかな。仮入隊してもらって、皆からOKが出たら正式に……っていうのはど」

「はい!」

 食い気味に答えると、清田君は少し驚いたような顔になった後……もう一度笑みを作る。
 清田君は取り出した活力煙を咥え、とんとんと唇を叩いたので……美沙も活力煙を咥える。
 美沙が咥えたのを確認すると、清田君は指を鳴らす。ぽっ、と先に火が灯り、煙が肺の中を満たしていく。
 ふぅ~……と大きく吐くと、少しだけ体が軽くなったような心地になった。ああ、よく効く……。
 心が軽くなる。さっき晴れた靄とは別の靄が今、晴れた。
 ああ、これが――彼の言う、呪いが解ける感覚……。

「活力煙、美味しい……です、ね」

「うん。俺も好きなんだ、それ。……それで、その……新井の、気持ちに対する答え……なん、だけど……」

 途端に口ごもり、今日で一番言いづらそうな顔になる清田君。その態度で流石の新井も全てを察する。

「冬子ちゃん……ですか?」

 彼が何かを言う前に――傷つくのを恐れてそう言うと、清田君は顎に手を当てて考える仕草をする。
 大きく煙を吸い込み、吐き出す彼は……流石に様になっている。

「どう……だろう。仮に順番を付けるとするなら、一番大切なのは間違いなく冬子だ。でも、それは……恋とか、愛とか……なの、かは分からないんだ」

 遠い目をする清田君。彼の表情や瞳からは、困惑が見て取れる。

「私に……とっての、恋、は……きっと、執着です」

 考えながら、つっかえながらそう話す。清田君はいきなり何を――とでも言いたげに首をかしげる。
 美沙は笑顔を作り、彼の手を取った。

「……その、あの……京助君、って……呼んで、いい……?」

 精一杯の勇気。もう彼に自分の気持ちはバレている。
 ならば、ならば。
 魔物を倒す時だって、最後は度胸だ。清田君を――否、京助君に選ばれたいのなら、勇気を出さないといけない。
 憧れの、人。
 だけど、友達に対して話すように。
 もっと近づきたいから。

「えっ……あ、うん」

 頷く京助君。
 美沙はそれがたまらなく嬉しくて、たまらなく涙があふれてきて――

「ちょっ、新井?」

「だ、大丈夫。……この人に認められたい。この人に愛されたい。この人を自分だけのものにしたい――そんな、執着が……私にとっての恋であり、愛。……でも、きっと人によって恋の形なんて違う、と……思う」

 恋だけじゃない。
 喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、愛も、憎しみも。
 そもそも、同じ感情なんて存在しないんじゃなかろうか。
 ただ結果が一緒になった感情を、一括りにして同じ感情として扱っているだけで。

「結果が一緒、か……」

 噛んで含めるように、ゆっくりとつぶやく京助君。その頬はほんの少し朱に染まっており、何やらロマンスを感じさせる雰囲気を漂わせている。

「俺、ずっと……なんていうか、恋とか愛って、不確かなもので……信用ならないものだと思ってたんだ」

 緩く、美沙の手を握り返しながら目を合わせる京助君。

「でも、さ……結果が一緒、か。そうか、それは無かった考えだ。お互いがそこで心と心を結ばせれば、お互いの想う『恋』や『愛』が違っても、同じ結果に辿り着けるのかもしれないってことか……」

 憧れ、だろうか。彼の抱いている感情は。
そして同時に、さらに申し訳ない表情になる。きっと、彼の想う『結果』と美沙の想う『結果』が違うと――そう、彼が気づいたからだろう。
 美沙の定義に当てはめてしまったが故、それが『恋』ではないと思い知ったのかもしれない。
……ただ、一連の彼の感情の動きを見ていると、

(なんていうか、随分ピュアなんだなぁ、京助君って)

 そんな感想が浮かんできた。
 普通は男の方が邪な考えを持っているような気もするが。過去に何かあったのだろうか。もしかすると冬子なら知っているかもしれない。
 もっと彼のことを知らないといけないのだろう、きっと、この気持ちを通わせるためには。
 しかしそれはそれとして。
 美沙は――何となく壊したくなった。
 彼のピュアで初心な恋心に対する考え方を。幻想を。
 自分の想う『恋』という感情なんて。
 どす黒くてどうしようもないものなのだと、彼に知っておいてもらいたい。
 じゃなければ。

「うん。……ぶっちゃけ、相手に子どもを産ませたいと思ったら恋だよ?」

「ぶっ!」

 きっと優しい彼のことだ。

「な、何を言い出して――って、ああ。活力煙落としちゃった……」

「私……あんまり顔とか……その、スタイルには自信無いけど……おっぱい大きいよ?」

 向き合ってしまった、今。

「いや見たら分か――いやそうじゃなくて!」

「あと、割と安産型のお尻って言われたよ! 病院とかで!」

 美沙の気持ちを断ることで、悲しんでしまうかもしれないから。

「いや知らないよ! っていうか、女の子がそんなことを男の前で――」

「む、ムラムラした? どう?」

「するかっ! って、新井も顔真っ赤じゃん! 絶対恥ずかしいんじゃん! なんで言ったの!?」

「ま、まかかかになってなんかかか、なななない! して、指摘しないでががpp@;おmっらぁ」

 恥ずかしさでバグってしまった。いけない。
 清田君も真っ赤になっている。
 真っ赤な顔でお互いの顔を見合わせて……京助君は、気まずげに目をそらし、美沙はクスクスと笑う。

「結果、一緒になったね」

「へ? は? いや俺、新井に子ども産んでもらいたいとか思ってないよ!?!?」

「そ、それじゃないよ!! お互い、顔が真っ赤になって早口になったでしょ!?」

 お互いの顔が、茹蛸みたいになっている。
 それがおかしくって。
 それが――愛おしくって。

「だからきっと、今――二人とも恥ずかしがってる? よね?」

「あ、当たり前でしょ! あのさ、新井……っ! 男は美人にそんなこと言われると、あの、その……いや、意識してなくても、エクスカリバーがユニバースするというか……!」

「な、何を言ってるか分からないけど! 分からない、絶対に分かってないけど! な、なんでそんなにサラッと、美人とか言うの!」

 っていうか、それは彼が昔読んでいたラノベに出ていた表現だ。その意味は……

(……冬子ちゃん、残念だったね。私が一歩リードみたいだよ)

「こ、こほん」

 一つ咳払いして空気をリセットする。

「つまり――私と、京助君で……同じ結果に、なることがあるんだから……きっと、私の想う同じ結果になる時も、あると思う」

「あ……うん、そう、かも……? いや、でも流石に付き合ってない女の子をそういう目で見るのは、その……」

「もう! 一回忘れて! ……とにかく」

 握った手に少し力を入れて……自分の頬をぺしぺしと叩く。
 そしてこてん、と首を傾げてから……活力煙をもう一度咥え、思いっきり吸い込む。
 ゆっくりと吐き出す……おかげでだいぶ頭が落ち着き、次のセリフを言う準備が整った。
 傷つきたくない。
 傷つけたくない。
 ずっとかかっていた靄が晴れたせいで、クリアに思考出来る。
 だから――こう、言う。
 ズルい、分かってる。
 でも、傷つけたくないし傷つきたくないのだ。
 だけど、向き合ってくれると言われたから。
 少しだけ、甘えてもいいだろうか。
 彼と、自分の――未来に対して。

「京助君。あなたが、好き。恋してる。一緒にいたい。……貴方に、選ばれたい。この気持ちが、いつか貴方の出す結果と重なったなら……その時、答えを聞かせて?」

 京助君風に言うのなら――これも、きっと呪い。
 美沙の呪いを分けたようなものだ。
 でも、さっき神様にも言われた。人間関係のスタートラインは選ばれることじゃないのだ、と。
 ならば――呪いを分かち合う、それも人間関係のスタートでもいいだろう。何せ、結果が全てなのだから。
 感情の結果も、人間関係の結果も。同じになれば、いいのだ。
 案の定、京助君は固まり、何を言えばいいのか分からない――という表情になる。
 でも、すぐに立て直すと、まなざしを真剣なそれに変えてから――笑みを浮かべた。

「うん。分かった。……それじゃ、俺も一つ約束をする。君のその気持ちを、俺は絶対に利用しない。俺は……君の気持ちを分かった上で、『YES』でも『NO』でも……返事を未来にするわけだ。だから、絶対に……君のその気持ちを利用して、俺が利益を得ようとすることはしないと誓うよ」

 誠実な言葉。心にホッと、安心が訪れる。
 きっと、彼なら――もう二度と、美沙を不安にさせたりしない。
 認めてくれた。
 選んでくれるかは、分からない。
 でもきっと――あの時みたいに、宙ぶらりんにされることは無い。
 それだけで、全然違う。

「あはっ」

「っ! あ、新井!」

 魂が抜けるように、意識が薄れる。
 ホッとしてしまい、張り詰めていた気が抜けた。
 でもいいのだ。きっと目を覚ましたら、彼が顔を見に来てくれる。
 そして皆にちゃんと説明してくれる。
 仮入隊、上等だ。
 きっと、きっと選ばせて見せる――

「……おやすみ、新井」

 ――最後に聞こえた京助君の声は。
 どこまでも、どこまでも優しかった。

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