異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

223話 呪いなう

 俺の目の前に現れたのは幻想的な氷の城。異様な風体で周囲すべてを見下ろす高さのそれは、ノイシュヴァンシュタイン城か、はたまたシンデレラ城か。大きさは王都の城と同等かそれ以上。俺ですら、神器を開放していなければこの規模の魔法は使えない。
 どんな攻撃が来るか――と身構えるが、何もこちらへ飛んでこない。何故? そう思うよりも早く、俺のケータイが鳴る。
 相手は――志村、か。

「もしもし。忙しいから要点だけお願い」

『そのバカでかい氷の城はなんだ? 新井の魔力だが』

「その新井が暴走してこれを作ったんだ。ちょっと、正気じゃない感じだった」

 志村の端的な質問に、俺も端的に答える。新井は『魔昇華』していた――そして、俺の予感が正しければ、もっとヤバいことになっている。
 ここで止めないと、普通じゃない被害が出るだろう。

『やはりか』

 何やら含みのある言い方をする志村。その言い方に少しだけ違和感を覚えた俺は、問い返す。

「やはりって?」

『新井の様子がずっとおかしかったんだ。眠れない、とか言っていてな。最初はメンタル的なものかと思っていたが……何者かの干渉があったのか』

「だと思う。彼女は明らかに正気を失って暴走していたからね。……根拠は言えないけれど、犯人は確実に魔族だ」

 言いながら、俺は風でキアラに声を飛ばす。新井は明らかに操られている。つまり、自由を奪われている。
 ガンッッッッッと、地面に穴が開く。舌打ちして、雨除けの結解を張る。活力煙を咥えて火をつけた。

「ふ~……」

『落ち着け、京助。新井が心配なのはわかるが――』

「違うよ」

 思ったよりも低い声が出た。そんな自分に少々驚きつつも……思いっきり煙を吸い込み、吐く。それを三度繰り返し、何とか苛立ちを抑える。

「志村、俺がこの世で一番嫌いなもの……何かわかるでしょ?」

『自由を奪う者……そういうことか。だが京助、落ち着いてくれ。それじゃ助けられるものも助けられないだろう』

 志村の言う通り、怒りで熱くなったら助けられるものも助けられない。少し落ち着くか。
 活力煙を燃やし尽くし、もう一本取り出して火をつける。吸って、吐いて……無理やり心を落ち着けた。
 魔族は新井の自由を奪った。そして彼女から感じられる魔力からして……犯人の魔族は既に死んでいる。
 であれば――彼女を解放する。
 それしか、俺のこの苛立ちを抑えることは出来ない。

「ちょっと方法が分からないからね。キアラを待っている間、新井を抑えようかと思ったけど……妙だな、動かない。まあいい、好都合だ。新井をさっさと気絶させてキアラのところに持っていこう」

 氷の城は何もせず鎮座している。それならそれに越したことは無い。俺は取りあえず新井のところへ行こうと風を纏う。
 ふわりと浮かんだところで――ケータイの向こうの志村が待ったをかけた。

『待ってくれ京助。……新井を救ってくれないか』

「……なんで?」

 俺が問い返すと、志村は少しだけ声を低くした。

『宇都宮、っていうクラスメイトを覚えてるか? 新井と仲がいいんだが』

 言われて少し考えてみるが、生憎覚えがない。

『そうか。……新井はずっと思い詰めていたんだ。京助、お前に認められたい、と』

「なんで?」

『どうも塔での出来事が原因らしい。新井から聞いた宇都宮から聞いた話だから伝聞の伝聞だが――お前に彼女は救われた。しかし、それだけで終わった』

 俺が救った記憶はない。彼女の致命傷を治したのはあくまで空美だ。

『それじゃない。その後だ。お前は新井を励ましただろう? アレで……彼女は、呪われた』

「は?」

 意味が分からない。
 俺は当時、闇魔術は使えなかったし今も使えない。あの時既にヒルディは倒していたから魔族も当然いない。
 困惑する俺に、志村は続ける。

『こう言ったら伝わるか? 「夢ってのは呪いと同じなんだ。呪いを解くには、夢を叶えなきゃいけない。……でも、途中で挫折した人間はずっと呪われたままなんだ」』

 そのセリフはよく知っている。俺が大好きな……四代目の劇中で出来たセリフ。

『お前のかけた言葉で、彼女は「夢」という名の「呪い」に囚われた。お前と共に行くという「夢」にな』

 流石志村。一発で分かる。
 ……そして、例えは分かっても、やっぱり分からない。何故それが『呪い』になるほどになったのか――

『オレにも分からない。それは新井に直接聞かないとダメだろうな。……だが、オレ……いや、俺でも胸が痛くなるほどだったんだ。呪われ、痛みを堪え、いろいろなものを犠牲にしながら……前へ進んでいた』

 志村にしては珍しい、悲痛な声。わざわざ一人称を言い換えたっていうことは、たぶんナイトメアバレットとしての言葉じゃないのだろう。
 彼の言葉を数度、心の中で反芻する。俺は新井の努力がどういうものか知らない。しかし確かに、塔で出会ったころの彼女から比べれば圧倒的ともいえるほどの実力を身に着けていた。
 その理由が……今、志村が言ったことなのだとしたら。

『京助、頼む。新井を……新井を、救ってやってくれないか? 彼女を救えるのはきっとお前だけなんだ。呪いを解くには……叶えるか、訣別するか。それしか方法はないんだ』

 叶えるか、訣別するか。その言葉を語った人物は、夢を託し、訣別することで呪いを克服した。きっと託された子が腐らず、努力し……その才能を実らせると信じて。

「ずっと見続けていたから同情した?」

『……かもしれないな。だから頼む。新井を解放してやってくれ』

 夢で、呪い。
 俺に認められること、俺に選ばれること――何故、そうなったのかは志村も知らない。もちろん、殆ど会話したことが無い俺も良く分からない。
 ただ……それが、どれほど辛いのかだけは分かるつもりだ。俺も、夢を……呪いを、持っているから。志村も冬子も知る俺のそれ――だが、だからこそそういう言い方をしたんだろう。
 ああくそっ……そんな言われ方したら、絶対に断れないじゃないか。
 苛立ちや、怒りがグッと奥底へ押し込まれていく。マグマのように煮えたぎる感情に、無理やり蓋をする。

「……分かった。どこまで出来るか分からないけど」

『頼んだ。……っと、天川? いや、これは……おい』

『清田! そこにいるんだな!』

 いきなり天川の声が聞こえて驚く。彼は少し興奮した様子で――何やら剣戟の音をさせながら――俺に向かって叫ぶ。

『俺は志村ほどじゃないが、彼女の姿は見てきた! 彼女がどれほど辛い想いで戦っていたのか、どれほど思い悩んでいたのかも! ……だから、清田。志村の話に加えて……頼む、新井と正面から向き合ってやってくれ』

 新井を正面から向き合う。

『分かってる。俺は……俺は、絶対に言っちゃいけないセリフだ。でも、それでも! 彼女を救うにはきっとそれしかない。それは分かるんだ』

 斬!
 ケータイの向こうで血しぶきの音が聞こえる。今、一体魔物がやられたね。

「俺は――」

『どうしてもと言うなら、依頼だ! 勇者、アキラ・アマカワとしてSランクAGキョースケ・キヨタに! 新井を心から、救ってくれ!』

 口を開いた俺にかぶせるように言う天川。そのセリフは、きっと一年前、あの塔にいた彼の口からは決して出ないもので。

『頼んだぞ!』

ブチ。一方的に言いたいだけ言って、天川が通話を切る。やっぱり詰めが甘い、どうして依頼料のことを何も言わずに契約が成立したと思うのか。
俺は何も聞こえなくなったケータイを暫く握ってから……煙と共にため息を吐き、氷の城を見上げる。
 外から登ることも出来る……けど、それでは彼女と正面から向き合うことにならないだろう。
 荘厳な門の前に立つと、勝手に開いた。

「来い、ってことなんだろうね」


 苦笑して、門を通る。彼女が戦闘時に背負っていた氷の鬼がアーチを作っている入り口を抜け、大広間のようなところに辿り着く。正面には……氷で出来た、巨大な絵。その左右から階段が降りてきていて二階へ上がれるようになっている。
 よく見ると氷の蝶が、俺を誘うようにあっちへひらひら、こっちへひらひら。それについていくと……犬の氷像や、熊の氷像が左右に置かれる廊下へ出る。
 まっすぐ進み、階段を更に上ると……やっと、入り口以外の扉を見つけた。
 ノブに手をかける。鍵はかかってないね。

「ああ、清田君」

 かちゃり、と氷でできた扉を開くと、中で新井がお茶を用意していた。……氷で出来た椅子を引き、氷で出来たテーブルに、氷で出来たカップを置いて、氷で出来たティーポットから冷気が立ち上るお茶を注いでいた。
 カチャリと二人分テーブルに置かれたので、俺は新井と反対方向に座る。

「お口に合うか分かりませんけど……」

「ん、冷たい飲み物は好きだよ」

 そう言いながら、懐からお茶請けを取り出す。と言ってもただのクッキーだけど。シリウスで晩御飯を買う時についでに買ったお菓子だ。
 新井がすぅっ、と指を振ると平皿が現れる。俺はその上にクッキーを乗せ、彼女にふるまう。

「俺も食べたことが無いからお口に合うか分からないけど」

 同じセリフを言い、二人で口に入れる。サクサクとした生地の中にレーズンのような果物が入っていて美味しい。クッキー自体がそんなに甘くないからか、果物の甘さが強調されてとても美味しい。
 新井の用意してくれたカップを掴み――

「新井、俺のこと殺す気だよね?」

「ええ。でも、清田君に認められるためには……ちゃんと、魔法で殺さないといけないから……」

 ぼんやりと焦点の定まらない眼で自分のカップを見つめる新井。そして一口。取りあえず、お茶自体に何かが入ってることはなさそうだ。

(ってまあ……氷の城の中にいる時点で警戒もくそもないか)

 自分で言ったんだ。土地を取ってる魔法師には勝てない、と。彼女のテリトリー内――つまり化け物の口内で椅子に座ってるんだ。今更何を警戒するのか。
 俺はお茶を口に含む。冷たいが、香りはしっかりと鼻を通る。美味しいね。
 クッキーとお茶を交互に食べて……暫くして、俺は少し外に目を向ける。

「ねぇ、新井。何で俺のパーティーに入りたいの?」

 そう問うと新井はぼんやりとした焦点の合わない眼のまま……お茶を飲んだ。

「清田君に……選ばれたいから、です」

「ん……そう。なんで選ばれたいの?」

 さらに質問を続ける。今度はクッキーを食べると、新井は少しだけ目を伏せた。目を伏せ、数秒黙ってから……新井は、ほんのりと頬を朱に染めた。

「私の口からは……その……」

「言ってくれないと、分からない。……俺はどうも、人の気持ちを汲み取るのが下手みたいだから。それを知らないと、俺は……今度もまた、間違えそうだから」

 いまだによくわかっていないが……あの志村の口調からして、俺はきっと間違えた。新井にかけるべき言葉を、新井に対しての向き合い方を。
 本来ならば、間違えれば失望される。興味を失う。でも、きっと間違えたが故に……彼女は呪いにも似た願いを抱いてしまったのだろう。

「清田君は……間違えてなんか、無いです。だって、あの時……あの時、一度、私を見てくれたから。一度、私を必要だと言ってくれたから。あの時、一度……私を、必要で、役に立って、それで、それで……そう、言ってくれたから……ッッッ!!」

 魔力が膨れ上がる。彼女の纏う氷のような魔力が、荒れ狂い、部屋の中を揺らす。それでも俺は彼女を見て、もう一度告げた。

「あの時の俺は間違ってなかったとしても、今度は間違えるかもしれない。……依頼を受けた。君を救えと。心から、救ってくれと」

 救え、その言葉にピクリと反応する新井。彼女の目が焦点を結び直す前に、俺はさらに畳みかける。

「だから君の素直な気持ちを聞きたい。……何故、俺なのか。何故、俺に認められたいのか。俺と君の接点はあの塔の二週間しか――」

「しか、じゃ……ありません」

 俺の言葉を遮り、新井はお茶を凍らせる。感情が昂ると、魔法が勝手に発動する――俺もよくやってしまうことだ。
 新井は凍ったカップをテーブルに置くと、ボロボロと涙を流し出した。

「しか、じゃ……無いんです。あの時、あの瞬間、あの言葉で……私は、既に救われてるんです。これ以上、救われる必要はないんです、あそこで貴方に……清田君に言われた言葉で、私は希望が持てたんです……!」

 感情が彼女の中で制御されていない。『魔昇華』し、魔力を垂れ流したまま……彼女は涙を流す。

「だって、誰も……誰も、私を、一番だって言ってくれなかった。誰かの中で一番だなんて言ってくれなかった! お父さんも、お母さんも、野乃子ちゃんも真一君も!!! 誰も、誰も! でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでも!!! 清田君……清田君、清田君清田君清田君清田君清田君清田君! あなただけは……貴方だけは、私を一番だと言ってくれた!! あの時いた異世界人の中で、私が一番役に立つって!! 必要になるって、言ってくれた!! 私だけ特別、慰めたって言ってくれた!! あの中で、傷ついていた人はたくさんいた! 木原さんも、空美さんもそうで、だから、だから! だから、だから私は……貴方の、役に立ちたくて、もっと一緒にいたくて…………!!」

 轟々と魔力が渦巻く。きっと、俺じゃなければ目の前でゆったりとお茶を飲むことなんて出来ないだろう。俺が『魔圧』で人を昏倒させる時以上の魔力。
 そしてその魔力の膨れ上がり方から、俺の悪い予感が当たったことを確信する。当たって欲しくなかった予感が。

「俺と一緒にいたかったなら……」

「でも、でも!!! あなたは、何も言わず行ってしまった!!!! あの時、特別だと言ってくれたのに、役に立つって言ってくれたのに!!! だから、だからもっと強くなれば、きっと貴方は見てくれるって……! もう一度、一番だって選んでくれるって!!!」

 そうだ、俺は何も言わず――阿辺を吹き飛ばし、白鷺をぶん殴り、天川をけちょんけちょんにしてその場から去った。

「俺が……そうか、あの時かけた言葉が……」

 そこまで言い、ふと思う。
認めて、一番だって言ってくれるなら俺じゃなくても良かったんじゃ……。
 俺以外が認めてくれなかったから?
 何故、俺を特別だと――

「清田君、と……一緒に、いたくて……でも、そのためには認められるしかなくて……」

「一度、認めた、特別だと言った俺に固執したのは……俺が、最初に君を認めたからか」

 それならきっと、俺以外にも彼女の実力を認める人は出てくるはずだ。彼女に必要なのは、お互いを認め合い、尊敬出来る仲間じゃなかろうか。
 そう思っての、俺の言葉。だが、新井は目を見開き、まっすぐに俺を見つめる。ずっとどこを見ているか分からなかった、虚空を睨んでいた目が……俺を、見据える。
 まるで、獲物を見つけた鷹のような眼で――

「違うっ!!! 清田君、何で分かってくれないの……清田君は、清田君はぁぁあぁあ!!! 私は、私はわたしわわたしわわたしわわわぁああああ!!」

 バンッ! テーブルを叩き、お茶がこぼれる。新井は髪をかきむしり、天を仰いだ。あまりの狂気に目をそらしたくなるが……グッと堪える。だってここで目をそらせば、彼女に真剣に向き合っているとは言えない。

「違う?」

「違う。うん、そう……違う、違います、清田君。だって、そう……だって。二週間しか、じゃないの……! 私は、あの一瞬で、清田君……貴方のことを」

 泣き、怒り、混乱し……
 様々な感情を乗せていた彼女は、ゆっくりと笑みを作った。真っ白な、エーデルワイスのような笑みを。

「好き、に……なったから」

 だから、認められたかった。
 だから、選ばれたかった。
 だから、一緒に行きたかった。
 だから――。
 彼女は笑顔のまま、ゆったりと言葉を紡ぐ。穏やかな表情で、目線をさ迷わせながら。

(好き……か)

 いくら俺でも、流石に分かる。
 彼女が俺に抱く感情が、どういうものでその言葉を紡いだのか。
 背もたれに腰掛ける。ゆったりと言葉を紡ぐ新井の顔を見る。

(呪いになぞらえられるものは、夢だけじゃない。……愛、恋、それもよくそう言われる)

 愛や恋の呪いに関しては――俺は物語の中でしか知らない。
 だが、その前の呪いに関してはよくわかる。自分が自分でなくなるほど、心の奥から衝動が湧き上がる。
 幼い頃出会った本に憧れ、同じように書きたいと思ったあの日から。
アイツに負け、その打倒が俺の夢となったあの日から。
 俺の持つ二つののろいは、きっと一生俺を蝕む。
 そして彼女の持つのろいが俺の持つのろいと同種のものであれば――いや、彼女はのろいからのろいを生み出してしまったのだろう。
 だとするなら、この身を焦がす炎は俺の倍かもしれない。であれば彼女に人格が歪むほどの力を与えたのも分かる。
 そこまで思考を巡らせてから、俺は笑みを作る。ただしそれは新井に向けられたものではない、自身への嘲笑。
 何というアホ。
 何という馬鹿。
 つまり今、新井は……好きな子に、何故、何故とずっと問い詰められていたということだ。そんなの、地獄以外の何物でもない。
 そして俺は、今日……彼女と会ってから、彼女のその気持ちに一切思いを巡らせることなく、きっと無慈悲な言葉をかけ続けていたのだろう。
 塔での出来事もそうだ。きっと彼女を助けてから、以降の言動で彼女にさぞや勘違いをさせてしまったのだろう。
 俺を、好きになる……女の子がいる、という可能性に俺が思い至らなかったせいで。
 青天の霹靂とはまさにこのことか、俺はきっと苦い顔をしているのだろう。

「人を呪わば穴二つ……ね」

 やっと、やっとわかった。天川が、志村が――彼女を救ってくれと言った理由が。新井を救えるのは俺だけだ。
 そののろいを、のろいを。吹き飛ばしてやれるのは俺だけだ――ッ!

「あは……言っちゃうと、少し楽になるん……です、ね。清田君。私は、あなたが……好き、だから、認められたくて、一緒にいたくて。だから、だから……選ばれたい。でも、清田君に選ばれるためには……清田君に、力を示さなくちゃいけない……」

 ヴン……と、新井の眼からハイライトが完全に消失する。不安定だった魔力が、逆に安定する。吹き荒れ、狂い……その状態で、安定してしまう。
 徐々に『圧』が強くなる。新井はうっとりとした表情のまま……立ち上がった。

「選ばれる、力を、認めさせる……そのために、清田君。あなたを、殺す……っ! そうすれば、きっと認めてくれる……! あなたが、好きだから……!」

 完全に破綻した言葉を口から垂れ流しながら、突然彼女の衣装が変わる。普通の魔法師のローブから――氷で出来たドレスに。
 ぴゅう、と一つ口笛を吹く。そして新井の眼をまっすぐ見つめながら……俺は、笑う。今度は自嘲じゃない、決意の笑みだ。

「知ってる? 夢を持ってると……時々すっごく切なくなるけど、時々すっごく熱くなるんだ」

 きっと彼女はこのセリフを知らない。だけどきっと、伝わるはずだ。

「俺には夢があってね。その夢を叶えるためには……まだ、死ねない。仮に夢が呪いのようなものだとしても、俺は逃げない。その呪いを背負う覚悟は既に出来てる」

 活力煙を咥え、火をつける。煙を吸い込み、吐き出すと同時に……燃やし尽くす。テーブルの上、俺たちの目線からめらめらと燃える炎がカップの方へ堕ちていく。

「でも、新井。君の呪いは……君をあまりに蝕み過ぎたらしい。天川と志村の二人が、俺に頼み込むほどにね。……だから、君の呪いはここで解く。キッチリと、確実に」

 メラメラと燃える炎がテーブルに落ちた瞬間、轟! とテーブルが燃え尽きる。氷なのに燃え尽きるとはこれ如何に。
 新井はそんな俺を見ても一切の表情を変えない。いや、変えられないのかもしれない。もう思考が固定化しているように見える。
 それはきっと、彼女を蝕むのろいとは別のナニカ。魔族によって齎されたナニカのせいだろう。

「俺を殺すんでしょ? いいよ、おいで。その代わり……覚悟はしてよ?」

 お互いの魔力が更に高まっていく。『魔昇華』だけじゃ足りない、俺は『パンドラ・ディヴァー』を構え、緩く振るった。

「今から君が挑むのは、この世界の頂点が一人、SランクAG清田京助だ。臆せずしてかかってこい!」

「あは」

 語尾にハートでも付きそうなほど、弾んだ声を出す新井。もっと、もっと魔力を高めろ新井。一撃で使いつくすほどに――

「喰らい尽くせ――『パンドラ・ディヴァー』!」

「『霜の力よ! 氷結者の美沙が命令する! この世の理に背き、我が身を護る氷の巨像を! サモン・ザ・ベルゲルミル』!」

 ――氷の剣と、炎の槍が激突する。
 カッ、と王都の上空で一つの閃光が走った。

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