異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

221話 ギブ&テイクなう

「あの……皆さん、は……清田君の、『なに』なんです、か……?」

 トーコとキョースケが飛び去った後、ミサが三人に話しかけてきた。リャンは少しだけ考えた後……リューとアイコンタクトする。
 数秒のアイコンタクトの結果、彼女は「まだ警戒対象」となったので、事務的な返事をすることにした。

「私はマスターの従者です。それ以上でも、それ以下でもありません」

「ヨホホ! ワタシは……まあ師匠でチームメイト、デス」

 どうせキアラはニヤニヤと揶揄うだろう――リャンはそう思って彼女の方を振り向くと、やれやれという風に首を振った。

「妾は知っておろう。神ぢゃ。それよりも次の場所へ行くぞ」

 いつになく淡泊な反応のキアラ。仕事熱心なのは彼女のキャラに合わない――と思ったが、そういえば、パーティーメンバー以外にはこんなものだった。

(それでも……マスターに良い影響を与える人とはちゃんとコミュニケーションを取ろうとするんですがね、彼女なりに)

 まあ彼女の思考、言動に合理性を求めるのも野暮か。
 リャンがそう結論をつけるとほぼ同時、景色が入れ替わる。周囲に魔物は四体、どれもBランク程度――ものの数秒もあれば終わるだろう。

「ぶるおおう!」

 腕がアンカーになっているオーク――アンカーオークの足、肩と駆け上がり、脳天と眼にナイフを突き立てる。爆発四散し、討伐部位を残して消え去るアンカーオーク。リャンの戦い方は魔魂石を取るのにどうしても向いていないため仕方が無いが、キョースケのために魔魂石を回収できないのは少し悔しい。
 残りの二体は氷漬けにされ、内側から燃やされて死亡していた。さあ次だ。

「じゃあ……皆さん、清田君の奥さんじゃ……無い、んで……すね。良かった……」

 ほんのりと頬を朱に染め、そう呟くミサ。安堵する彼女の表情は紛れもなく恋する乙女のそれだ。
 戦闘中の不気味な様子とまるっきり違うため少し面食らうが、どちらが本来の彼女なのだろうか。

「皆さん……清田君と、とても仲が良さそうだったので……それに、全員、美人で、スタイルが良くて……私じゃ、勝てそうに無かったから……でも、でも……」

 まだ間に合うなら。
 そう彼女が呟くと同時に次の場所へ。今度は魔物の数がかなり多い。Bランクが五体、Aランクが二体――冷静に考えて、このレベルの魔物は一体でも討伐体を組む次元なのだ。それが群れているなどと地獄以外の何物でもない。

(これを相手に、よく持ちこたえていましたね王都は)

 それもSランクAGや第一騎士団が少数しかおらず、逃げ場も無い状況で。
 リャンは構えたナイフ――ではなく、『雷刺』を取り出す。マーキングした場所へ転移することが出来るリャンの主武器だ。しかもこの武器は先日のソードスコルパイダー戦のあと、ヘルミナによってソードスコルパイダーの糸を出す能力までつけて貰った。
 強化された『雷刺』から出た糸でアックスオークの身体をからめとる。こちらの糸は転移能力と違い、糸を戻すことで魔力の節約が出来るため継続的に使用できる能力だ。
 足をとられたアックスオークがバランスを崩し、別の魔物の射線に入ってしまう。咄嗟に頭を庇うアックスオークだが、ガトリングミノタウロスの弾丸はその体を容赦なく貫いていく。
 更にガトリングミノタウロスの方に糸を絡みつかせ、別の魔物へ砲撃させる。数体同士討ちさせた後に脳天を突いて爆散させた。

「リューさん、そちらは大丈夫ですか?」

「雨の中デスけど、余裕デス」

 敵の攻撃をぬるぬると躱し、攻撃が当たったかと思えばユラリと消える。彼女が陽炎を作って敵の眼を欺くと言っていた魔法だろうが……雨の中で何故使えるのか。
 炎を飛ばすことはできずとも、内部から燃やすリュー。氷で雑に魔物を対処しているミサとはまさに対照的。
 とはいえミサの制圧力はキョースケのそれに迫るものがある。彼女も技を磨けばものになるだろう。

「これで……あはっ、最後……ふふふ」

 とろん……と虚ろな目で呟くミサ。やはり彼女は怖いというよりも不気味だ。
 彼女の一撃でAランク魔物も簡単に屠られ、その場にいた魔物が全滅する。Bランク以上の高ランクばかり相手をしているとは思えない程の安定感だ。
 どうせすぐ次に――とリャンが気を入れるが、何故か転移しない。くるりとミサの方を向くと、リャンとリューを呼び寄せた。

「ミサよ。お主の考えている通り、こやつらはキョースケに惚れておる。無論、トーコものう」

「なっ。き、キアラさん! いきなり何を言い出すんですか!」

「そうデス! 別に隠し立てしているつもりは無いデスが、どう見てもあの人の前で言うのはヤバいデス!」

 リャンとリューが抗議するももう遅い。ひゅわー……と降っていた雨が氷になって地面に落ちる。
 ゆっくりとその冷気の元を見ると、ミサが首をコテンと倒して、目を見開いていた。

「やっぱり……です、か」

「「――ッ!」」

 リャンもリューも即座に戦闘態勢に入るが、その間にキアラが入った。そしてその場に結界を張って四人だけの空間を作る。
 ミサはジッとキアラを見ながら……「貴方も?」と呟いた。

「妾は神ぢゃからのぅ。ただ、キョースケが誰とも関係を持っていないのも本当ぢゃ。まだ・・、こやつらはただのチームメンバーぢゃ」

 首を振るキアラ。数秒二人は視線を交差させ……その後、ミサはゆっくりと首を元に戻し、仄暗い笑みを浮かべた。

「ふふ……やっぱり、清田君は……強く、て……美人、で……自分の、ことを好きな人……ばっかり、チームに加えてるんです、ね……。それ……なら……私は、皆さんより勝ってるの……なんて、胸の大きさ、だけですけど……チャンスは、ある、かも……」

 言われてチラリと胸を見る。確かに大きい……というか、ローブの上からでも盛り上がりが分かるレベル。恐らく、リャンとリューとマリルを足しても負けるのではなかろうか。
 容姿の方もおさげとメガネのせいで野暮ったく見えていたが、こちらも磨けば光るだろう。
 確かに彼女の判断基準ならチャンスはあると考えるのも妥当だが――

「それは難しいと思いますよ、ミサさん。というかそもそもマスターの性格からして、そんな理由で自分が共にいる人を選ぶと思いますか?」

「ヨホホ……もしもそう思っているんでしたら、絶対にキョースケさんがあなたを認めることは無いデス」

 じろりとキアラの後ろからミサを睨みつけるリュー。言っていることはカッコいいが、格好のせいで台無しだ。
 言われたミサはというと、キョトンとした顔で首をかしげている。

「そう……なんで、すか? それじゃあ、なんで皆さんは……清田君に、認められてるんです、か……? 選ばれた、んですか……?」

 なんで――と言われると少々難しい。リャンの場合は特に。
 というか、リャンの場合は殆ど押し掛けたようなものだ。そもそも最初は妹を探すことがメインで仲間入りし、彼に惚れたのはその後になる。リャンからキョースケを選んだが、キョースケが自分を選んだかと言われると疑問が残る。
 だがそれでも彼は自分を大切に想ってくれているだろう。人間関係など最初や経過以上に結果が大切なのではなかろうか。
 

「何故と言われても、人間関係のスタートは選ばれることではないぢゃろう。同じ時間を共有し、絆を深め、最終的に結果としてどうなるか、ぢゃ。まああ奴も多少は頭が柔らかくなってきておる。お願いしてみれば取りあえずチームには入れて貰えるかもしれぬぞ?」

「チームに入れば……選ばれ、ますか?」

 イマイチ会話が噛み合っていない。選ばれる、認められる、まずはそのために人間関係を築けという話をキアラはしているのに。
 目が完全に座っているミサは、何もわかっていないような表情で首をかしげている。途中経過というものを無視して答えにたどり着こうとしているような感じだ。
 キアラも少々戸惑った様子だ。彼女を戸惑わせるとは中々やる。

「ふむ、まあお主がキョースケに選ばれたい、認められたいのは分かったがのぅ……妾はお主を推せぬよ。そもそもお主はキョースケとどうなりたいのぢゃ?」

 どう、と問われてミサは少し考える様子を見せるがすぐに答えは出ない。キアラはそんなミサからリャンに視線を移した。

「お主ならどうなりたい」

「十人ほど子供が欲しいです」

「即答且つ欲望に塗れた返答ぢゃのぅ。リューはどうぢゃ」

「ヨホホ……そ、その……は、恥ずかしいデスが……それでも家族は作りたい、デス。ワタシでも家族が作れるって、そうなれば……ワタシと似たような境遇の人も勇気が出るかもしれませんからデス」

 頬を赤らめ、それでいて少しだけ遠い目をするリュー。彼女の置かれた状況を知っている身としては、少し切なくなる。

「とまあ、人を愛するということは綺麗ごとのみではない。生活が伴うわけぢゃ。つまり、結ばれて終わりではない・・・・・・・・・・・。その後が無い者を妾は推せぬ」

 そこまで言われて、ふとミサは不満げに眉をひそめた。

「……清田君に、選ばれるため、には……貴方の、許可がいる、と?」

 確かに今の言い方だとまるでキョースケの恋愛関係は彼女によって制御されているように聞こえる。
 キアラはヒラヒラと手を振ると、肩をすくめた。

「許可はいらぬ。ぢゃが、あ奴は妾達――もっと言うなら妾、トーコ、ピア、リュー、そしてマリルの五人が否と言う者を無理にでもチームメイトに加えるような人間ではない。その逆もまた然りぢゃがな」

「でも、それじゃ……清田君に、選ばれた、ことに……ならな、い」

 何故か魔力が膨れていくミサ。気温が下がる。キアラの言う通り、彼女を仲間に加えるのは危険かもしれない。
 だが――ここで、仮に彼女を加入させないとしたとして。
 愛が憎しみに変わってしまったらどうなる? 今のミサからはそれをやりそうな凄味を感じる。

「そうぢゃな。ぢゃから、妾達はお主を推さぬ。しかし邪魔もせぬ。あくまでお主の実力で彼のチームメンバーになることを勝ち取るが良い」

「……自力、で?」

「うむ。お主がキョースケに自身を売り込み、チームに入ろうとすることは邪魔せぬ。ついでに恋心を伝えるのも有効やもしれぬぞ?」

 そう言ってキアラはニヤニヤとなにかを企んでいるような笑みを浮かべた。

「こやつらは直接告白する勇気が無いようぢゃからのぅ」

「聞き捨てなりませんね。私はトーコさんではないんですから。あくまで従者なので皆さんに気を遣っているだけです」

「ヨホホ……わ、ワタシは確かにまだ勇気は出ないデスね……」

 そんなリャンとリューの様子を見たミサはブツブツとなにか思案するように呟いてから……こくんと頷いた。膨れていた魔力もおさまり、見え隠れしていた殺気も消えた。そのことに少しホッとする。キアラもいるから負けることは無いだろうが、彼女を抑えるには骨が折れそうだったからだ。
 見ればリューも同様に苦笑いを浮かべている。戦闘にならずにひと段落といったところだろうか。

「では次の場所へ行くぞ」

 キアラがそう言って結界を解除すると同時に、景色が変わる。魔物がうじゃうじゃ――ということも無く、今度は数人のうめき声が聞こえる。

「この建物の下敷きになっておるようぢゃな。先に助けた方が良かろう」

「「了解(デス)」」

 さっと動き出す。エイムダムの力でも建物の下から人を助け出すのは一苦労らしい。
 虚ろな瞳でブツブツ言っているミサは危ういが、ちゃんと人を助けようとはしているらしい。

(……万が一、マスターの脅威になるようでしたら)

 その時はキッチリと仕留める。
 覚悟を持ち、リャンは要救助者を助ける作業に戻った。


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 そもそも、キョースケは男女の仲というものを勘違いしている節がある。自由を尊び、自由を愛するあの男にしてみれば結婚というのは奴隷契約のように見えているのだろうか。
 ピアが仲間になった時に、『自ら自由を捨てる』ことすら拒絶していた彼からしてみれば、拒否したくなるものなのかもしれない。

(本質的には分かっているはずなんぢゃがな、あ奴も。そうでなければ妾達と共に暮らさぬぢゃろう)

 一部の自由を捨てることによって得られる利というものがある。それらを天秤にかけて利を取る、というのは人間がよくやることだ。
 京助が嫌がっているのは「取らざるを得ない」状況に追い込まれること、追い込むことだろう。若さ故の勘違いか、それとも別の要因があるのか。
 キアラとしては、そこもそろそろどうにかせねばならないと考えていた。

(女というのは、好きな相手から女扱いされないのが一番傷つくからのぅ)

 その辺は男女ともに一緒だろうが。
 キョースケのようにハーレムを形成する男は少なくない。大多数は一夫一妻で生活しているが、高ランクAGや商会の長などの金持ちが美女を囲うのはよくやることだ。
 そもそも女性の職が少なく、男性が早死にする世界だ。あぶれて奴隷や娼婦をやるくらいなら愛人でも惚れた男の金で生活する方がいいと望む者は多い。
 それ故に男女ともにちゃんと囲った女性を生活させているのであれば、非難されることは少ない。当然例外はあるが。
 ただハーレムを成り立たせるためには男女ともに理解しなくてはならないことがいくつかある。男側が理解しなくてはならないことの一つに、「女性が何故自分についてきてくれているか」というものがある。
 例えば金が欲しいから、例えば生活に困窮しているから、例えばその地域を離れたくないから。
 一人一つではない。一人がいくつもの理由を持ってその男性と共にいることを選ぶ。無論、その中には「その男性を愛しているから」というものもあるだろう。
 これを正確に把握していないと、早々に破綻が訪れる。そしてキョースケはこれが全く出来ていない。
 何故皆が自分と一緒にいるのか――そのうちの理由の一つである「自分を愛してくれているから」ということに考えが至っていない。
 金が欲しい、というのなら月々の給金をやらねばならない。
 生活に困窮している、というのなら衣食住を揃えなければならない。
 その地域を離れたくない、というのならその人がその場にいられる環境を用意しなくてはならない。
 愛したい、というのなら彼女らから愛されなければならない。
 愛されたい、というのならやはり彼女らのことを愛さなければならない。
 キョースケは彼女らを彼なりに愛していることだろう。しかしそれはあくまで仲間に向けるものであり、彼女らの愛とは温度差がある。
 それに一切気づいていない。それが問題なのだ。
 何かをくれるから、何かを返す。人間関係とは常に均等であらねばならない。そうでなければ破綻する。
 今のキョースケは、彼女らから『愛』の受け取りを拒絶し、自分のみ彼女らに何らかの形で力を貸している状況になっている。愛情の受け取りを拒否しているが故、彼女らの感情を読み違える。それがまだ顕在化していないだけで、そのうち問題は出てくる。
 そもそも、一人の男を愛している女性が複数人同じ家の中で生活している状況でありながら、家主のみそれに気づいていないなど歪極まりない状況だ。
 キョースケが今のメンバー以外を選ぶことが無いように釘は刺したものの、人の感情なんて本人すら制御できない。好きな人間が他に出来て彼女らの気持ちに気づかれないまま、など流石に悲惨過ぎる。

(ぢゃからまあ、丁度良かろう)

 毒抜き。
 キョースケにはそろそろ、『愛される』ということを理解すべきだ。それに伴う激情も一緒に。
 愛され方を知らなければ、彼女らの想いに答える前の話だ。だから、まずはミサに告白させ、愛を拒絶するということがどういうことなのか彼に教えねばならない。
 それが分かれば、その先にある愛され方も分かるようになるだろう。
 ミサに関しては――その告白の仕方如何によっては仲間に入れることも視野に入れている。そもそもあの実力は今後キョースケの力になることだろう。

(一つ、懸念があるとすれば……)

 それは彼女の内部にある『ナニカ』。恐らくは魔道具だと思われるが、何故彼女の身体の中に入っているのかが分からない。
 キアラの眼で見ても分からないということは、人族の知識で作られたものではないということだ。

(ヨハネスに見せるしかないやもしれぬのぅ)

 それで対処は考えよう。
 キアラは少しだけ微笑み、指を鳴らす。
 王都の魔物を殺す単純作業も、思考しながらならばすぐに終わる。
 星がそろそろ空から消えつつあった。

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