異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

215話 薫風と残響と流星なう

「そっちに行ったぞ!」

「任せろ!」

 ――Cランクチーム、『薫風のアルバトロス』は奮闘していた。
 五人で連携すればBランク魔物すら倒したこともあるチームで、かつてSランクAGセブン・ディアベルから教導してもらったこともある。若手チームではあるが、それなりに実力はあると自負している。
 普段は王都を根城にしているわけではないが、たまたまクエストの関係で王都に来ており……今回の騒動に巻き込まれてしまった。

「え、AGさん! わしらのことはいいから逃げてくだせぇ!」

「るせぇ! 動けねえ一般人放って逃げたら、AGなんか二度と出来るか!」

 AGはランクが高ければ高い程、相応の振舞いを求められる。一人が持つには大きすぎる力を持っている者が多いからだ。
 それ故に、ここで民間人を見捨てて逃げることなど許されない。何より、そんなのリーダーであるサンジャーは自身のプライドに賭けて認められなかった。

(とはいえジリ貧だ、どうすれば……っ!)

 魔力が妙に濃いからかどの魔物もワンランク程強くなっている上にすぐに増援が来る。まるで魔物が後から後から湧いてくるように。
 終わりの見えない闇夜の戦い――それだけでチームメンバーたちのストレスが甚大であることは理解していた。
 理解していたが、打開策が浮かばないのもまた事実。ただ耐えるしか出来ない。

「また来たぞ! ……って、今度はDランク魔物だけど群れだ!」

「焦るな! 俺たちならこの程度、ダンジョンで何度もやってきた! 連携を忘れるな、味方のカバーを最重要視しろ! ダイク! 俺が抑えるからお前は剣でとどめを、マヌク、後方の守りは任せたぞ。ブレンダ、支援を頼む。バート、回復は任せた!」

「「「「おう!」」」」

 四人に命令を出し、自分も盾とハンマーを構える。リーダーがタンクなのもどうかと思うが、これで自分たちはずっとやってきたのだ。今回もきっと生き延びられる。
 ソードコボルトの群れの前に自らの身を出し、その突撃を受け止めたところで――

「……雨、だと? このタイミングでか、クソッたれ!」

 ――空が曇り、すぐに土砂降りの雨がサンジャーたちの身体を打ち付けた。
 瞬く間に地面に水が広がり、視界が悪くなる。もともと夜で戦いにくいのに、これ以上暗くなれば弓兵が役に立たない。

「やむをえん、ブレンダ! 弓矢をやめてナイフにしろ!」

「わ、分かったわ!」

 後衛職の援護無しにどこまでやれるか。
 歯を食いしばり、ソードコボルトをハンマーで殴りつけたところで――何故か、群れの進軍が止んだ。
 何か作戦が――そう思ってこちらも警戒していると、なんと……水たまりからポコンと人間の頭部程の大きさの水塊が浮かび、スネーク系の魔物に似た姿に変化した。
 その妙な魔物は煌々と輝いており、気づけば至る所で生まれていた。

「魔物、の……増援……こんな、タイミングで……! おお……神よ……!」

 背後で守る老婆がそう呟き、泣き出す。
 泣きたいのはこっちだ――そう叫びたいが、そんなことしたところで状況は変わらない。無駄に体力を使うだけだ。
 一体一体がそう強く無さそうだし、光ってくれることで逆に視界が確保できた。これなら何とかなるか――とサンジャーたちが再び武器を構えたところで、その水から生まれた魔物はソードコボルト達に襲いかかった。

「へ?」

 ザクッ! と尻尾を突き刺し、ソードコボルトの魔魂石を壊す。あっさりとまでは言わないが、一対一ならばDランク魔物など物の数ではないらしい。
 そんな魔物を狩る魔物が次から次へと湧いて出てくる。一体どうなってるんだこれは。

「な、なにが起きてるんだ……? さ、サンジャー」

「お、俺も知らねぇよ。バート、お前魔法師だろ。なんかわかんねえのか!」

「分かるわけねえだろ! ま、魔物が魔物をやるなんて聞いたことねぇぞ……っ!? 召喚魔法で生み出された魔物か? だ、だとしても術者はどこだよ……」

 チームに困惑が広がる中、水の魔物は次々とソードコボルトやゴブリンを刺し、締め付け、噛みつき、殺していく。
 意味不明、まったくもって意味が分からない。

「神が……御使いを使わしてくれたのであろうか……」

 老婆たちも困惑しているが、この隙を逃すバカはいない。サンジャーはすぐさま非戦闘員たちを集め、一斉に移動しだす。

「おい、もう逃げ遅れてるやつはいねぇな! 今のうちに結界のところまで行くぞ!」

 そう言って動き出したところで……空からいきなり声が聞こえてきた。

『あー……テステス。本日は晴天なり』

 アホか。土砂降りだぞ。

『王都で戦っている皆。恐らく水の魔物が魔物に攻撃しだしたと思う。アレは俺が作り出した魔物迎撃の魔法、エイムダムだ。要するに俺らの味方だから攻撃しないでくれると嬉しい』

 若い男の声だ。サンジャーもそれなりに若いつもりだが、まだ十代ではなかろうか。渋みが声から感じられない。脳に直接ではなく、拡声魔法で話しているようなので……少なくとも枝神などの類いではなく人間であろうことだけは察される。
 若い男は更に続ける。

『君たちに嬉しいお知らせが二つ……と、その前に自己紹介が遅れたね。俺の名前はキョースケ・キヨタ。明日からSランクに認定される予定のAGだ』

 その名乗りに周囲がざわめく。AGという業界は情報に疎くてはすぐに死んでしまう。だからというわけでは無いが、その名前は知っていた。

「最年少で……Sランカーに認定されたとかいう、あの男か!?」

 マヌクが叫ぶ。キョースケなんていう珍妙な名前は他に聞いたことが無いから間違いあるまい。
 覇王を退けた一人ということで一時期話題になり、そして今回『黒』のアトラが持っていたSランカー最年少記録を塗り替え、加えて初の十代でSランクAGとなった男。
 信じられない速度でSランクへと駆け上がり、まるで星のように煌々と存在感を示し出したところから……ついた異名は『流星』。一説によると空を飛んで瞬く間に魔物を倒してはどこかへ行くところからきているとも言われているが、ともかく確かな実力を持つAGだ。

『素性の分からない男に安心しろと言われても信じられないかもしれないけど……今だけでいいから、信用して欲しい。そいつらはこの王都を奪い返すために必要なんだ』

 エイムダムは魔物を殺すだけでなく、非戦闘員や自分たちの周囲を護衛するように浮かんでいる。ここまでされてその言葉を信じないわけにはいくまい。

『それじゃあ嬉しいお報せだ。まず一つ目。勇者、アキラ・アマカワと王国騎士団長、ラノール・エッジウッドが四人の魔族を全て倒した。本当は彼らに発表させるべきなんだろうけど……その戦いで少々力を使い過ぎてね。勇者は今休憩中だ。でもすぐに戦闘に戻ってきてくれると思う』

 あの広場……ミラーリンサークルで浮かんでいた魔族を、全員倒した?
 騎士団長の強さは知っていたが、まさか勇者の方もそこまで強いとは。神器を入手したという話以降大して噂を聞いていなかったため侮っていたが……。
 サンジャーはゴクリと生唾を飲み込む。それならば、この戦いまだ勝てるのではないだろうか。

『それでは嬉しいお報せの二つ目だ。もう魔物の増援は無い。あの魔族どもを殺したからね。今いる奴らを殺しきれば、それで終了。俺たちの勝ちだ』

 もう、増援は無い?
 サンジャーたちは顔を見合わせる。それならば、耐えられる。それどころか非戦闘員の皆を安全圏に送れれば反撃にすら出られる。
 終わりの見えない闇夜の戦いから一筋の光明が見えた気がした。

「やれる……やれるぜサンジャー!」

「ああ! ……彼らを結界まで連れて行った後は、即座に反撃だ!」

 皆にやる気が満ちる。この言葉の真偽は今どうでもいい。大切なのは、希望を持つこと。それがあれば、絶望に打ち克てる。
 サンジャーたちの盛り上がりに構わず、更にキョースケは続ける。

『ここからは業務連絡だ。気づいている人もいると思うけど、王都の色々な所に結界が張ってある。そこは安全地帯だ、非戦闘員はそこに逃げ込んでね。エイムダムに縋り付けば最も近い結界まで連れて行ってくれるよ』

 至れり尽くせりだな。

『それともう一つ。これも気づいてる人はいると思うけど……エイムダムは、正直そんなに強くない。複数体でやっとCランク魔物が倒せるくらいだ。だからそれ以上の魔物へは時間稼ぎは出来ると思うけど、そこまでだ。過信出来るものじゃないということ……力不足でごめんね』

 力不足なものか。というかこれほどのことをあっさりとやってのけて力不足なんて……嫌味にも程がある。
 ムカついたので、万が一会えることがあったらぶん殴ろう。

『だから……万が一強力な魔物が出てきたら呼んでくれ』

 ぞくっ、と背筋に嫌なものが走る。
 声に凄味が増した。雰囲気が変わった。
 渋みの無い、まさに若者という声だったのに――がらりと、まったく別の雰囲気を醸し出す。まるで歴戦の勇士のよう。

『即座に俺たちが潰す。『頂点超克のリベレイターズ』が』

 ――どうやって、とか。
 ――そんな都合よく行くのか、とか。
 ――こんなヤバい魔法を使っていてまだ余裕があるのか、とか。
 頭に浮かんだ疑問が全て吹き飛ばされる。それほど『やると言ったらやる』凄味があった。

「サンジャー、もうすぐだぜ」

「ああ」

 夜明けまであと五時間くらいだろうか。


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 Bランクチーム、『残響のデザートローカス』は今の放送を聞いて、ニヤリと笑っていた。

「聞いたかお前ら! ――俺らは強い魔物だけ倒せばいいらしいぞ!」

「「おう!!」」

 二人の仲間にそう指示を出し、リーダーのハイアーは犬歯を剥き出しにして笑う。途方もない戦いに終わりが見えてきたのだ。ここで踏ん張らねばいつ踏ん張るのか。

「それにしても……まさか『流星』がここに来ていたとはな」

 最速でSランカーになった男。過去の情報が出てきていないにも関わらずいきなり名を挙げたことを、夜空に一瞬で現れて輝きを放つ様になぞらえて『流星』と呼ばれているらしい。

「王都で今後活動するのかね」

 名を挙げれば王都かシリウスに居着くのがAGの常道。彼もそうなるのだろうか。
 なんてことを考えていると、相棒のトルクが相変わらず心配そうな顔でぽつりと呟いた。

「にしてもディファインの野郎、遅いな」

 確かに少し様子を見てくると言ってもうかなりの時間が経っている。ディファインに限って魔物に不覚を取るとは考えづらいが……。

「大方、婚約者と燃え上っちまってるんじゃねえか?」

 杖を構え、よどみなく呪文を唱えながらガーナが笑う。取りあえず自分たちの上に雨だけ弾く結界を張ってくれたようだ。これで大分戦いやすい。

「ほら、こういう時は男も女も性欲が盛り上がっちまうもんだろ」

 紅一点のくせして男よりも下品な話題を好むガーナがそう言いながら魔力回復薬を飲む。ハイアーもトルクもそんな彼女を見て、取りあえず水分を補給する。

「ぷはっ。バーカ、あの生真面目なディファインに限ってそんなことねぇだろ。まさか苦戦してやがんのかな」

 やや心配性のトルクが片手剣を担ぎ、盾をいったん地面に刺してそう呟く。ハイアーは一つ笑うと、トルクの肩を叩いた。

「トルク、そっちの方がありえねーよ。あいつは確かに俺らの中で一番若いが……それでもBランクAGで、この『残響のデザートローカス』の仲間だ。あいつがやられる方がありえねぇ」

 ディファインはまだ二十代になったばかり。確かに若く経験は浅いが……逆に言うならば、若く経験が浅くともBランクになれるほどの実力者であるということでもある。
 それに加えて自分たちのAGとしてのノウハウも叩きこんだのだ。もうそろそろロートルが見えてくる自分たちと違って、個人でAランクになれるかもしれない。

「自分より強い相手との戦い方も逃げ方も一通り叩き込んだだろ。後は信じるだけだ」

「つってもよぉ、ハイヤー……」

 それでも情けない声を上げるトルクの肩をもう一度叩こうとして――ガーナが真剣なまなざしになって杖を構えた。彼女に送れてトルクとハイアーも魔物の気配に気づいた。斥候を務めるディファインがいないとどうしても魔物への反応がワンテンポ遅れてしまう。
 ハイアーは身の丈程もある直剣を構え、魔物の方を窺い――

「チッ、まさか『悪食』までいやがるとは!」

 ――舌打ちと同時に駆けだした。
 魔物の中には異名で呼ばれるものが多数存在する。『剣士殺し』と呼ばれるアックスオークや、『初心者殺し』と呼ばれるクレイスライムなどだ。そういう魔物は特定条件下ではランク以上の強さを発揮し、対策をしておかないと高ランクAGでもあっさりやられてしまうためそう呼ばれるわけだ。
 そしてこちらに近づいてきている魔物、バキュームトロールもその異名を持つ魔物の一体だ。『悪食』という異名はその固有性質に由来する。
 それは他の魔物を食べ、自身を強くするというシンプルでいてそれ故に協力な能力だ。
 バキュームトロールは地面まで伸びる鼻と手に持った巨大な槌を武器として振るうのだが……その槌と、上半身がおかしなことになっている。巨大過ぎるのだ。

「強くなる前に倒すぞ!」

「ばっ、ハイヤー! 出過ぎるな!」

 ガーナがそう叫ぶのを無視して『健脚』の『職スキル』を発動し、一気にバキュームトロールの懐に飛び込む。そして『飛燕斬』を発動させてその鼻を切り裂こうと踏み込むが……

『ぶも』

 ひゅん、と。
 ハイアーの剣が空を斬る。自分の四倍はあろうかという巨体を持つバキュームトロールが身体ごと自分の前から消えたのだ。
 跳躍によるものだと気づき即座にその場から離脱するが、逃げた場所に回り込むようにバキュームトロールが着地する。
 急ブレーキをかけ、咄嗟に直剣を構えるが……攻撃を、受けねばならない。もう躱せない、そう感じてグッと地面を踏みしめる。
 バキュームトロールが槌を振りかぶり、振り下ろしたところで――

(あっ)

 ――死、が脳をよぎった。
 躱せないし、受けられない。受ければ武器を失うか命を失う。どのみちこいつと戦う手立てが無くなる。
 走馬灯のように脳が活性化する。どうすればこの状況を打破出来るか……

「馬鹿野郎! リーダーが前に出るんじゃねぇ!」

 ガギンッ!
 トルクがバキュームトロールとハイアーの間に入り、その大きな盾で槌を受け止めてくれた。彼の身体も吹っ飛びそうになるがハイアーが背を支え、何とかその場に踏みとどまる。

「地面が濡れてなきゃ一人で受けきれたんだガーナ」

「すまん、助かった。――っと、来るぞ!」

 今度は二人でその一撃を躱す。そして更にトルクが近づいて『シールドバッシュ』を食らわせると、グラリとバランスを崩して足元にいるトルクを見失った。
 それを好機ととらえ二人で剣を突き立てるが……アックスオークのように斬られた箇所のみを硬質化させて防がれてしまった。
 舌打ちして距離をとると、追って来ようとするバキュームトロールにガーナが後方から水の弾丸を撃ち込む。クリーンヒットするが効いた様子は無い。どうも、もう既に相当強くなっているらしい。

「普通の『悪食』はBランクってところだが……」

「あれは確実にAランク並みだなぁ。ちくしょう、三人でやれるか?」

「この玉無し! やるしかねぇだろ!」

 トルクとガーナが言い合っているが、自分たちのチームはまだAランク魔物を倒したことが無い。Aランカーや先輩AGなどからはそれくらい倒せるようになっているだろうと言われていたが、機会が無かったのだ。
 しかしそれはあくまで四人揃っていればという話であり、今はたったの三人だ。

(……やれるか? って、意味ねえな)

 どのみちやらねば殺される。生き延びるためにはここでこいつを殺す必要があるのだ。相手が誰だろうと負ければそこでお仕舞い、それがAGという職業。
 ハイアーはほんの数瞬だけ頭を冷静にすると……何とか薄い勝ち筋を思いつく。
 ディファインがいれば……と思わななくもないが、無いものねだりをしても仕方ガーナい。今いるメンバーで、今ある手札で戦い抜かねば。

「よし、トルク。何秒保てる」

 小心者の盾に尋ねると、トルクは頬を少しひくつかせてから……苦い顔のままため息をついた。

「十秒が限界だ。確実なのは八秒までかな」

「上等。ガーナ、ちょっと動いてもらうぞ」

「あたし運動苦手なんだけどなぁ」

 対するガーナはかなり楽しそうだ。彼女は何のかんの言って戦闘狂の気があるからこういうシチュエーションを心から楽しんでいるのだろう。
 ハイアーは残念ながらその方向性では楽しめないが……スリルは嫌いじゃない。こういう戦いを終えた後生き延びれれば待っているのは美味い酒だ。

「ガーナ、トドメは俺とトルクで刺す。その前にあいつに隙を作って欲しいのだが……」

「全力でやる、けどそんなに隙があるかあいつに」

「無いから作るんだ」

『ぶもぅ』

 バキュームトロールはさしてこちらに興味ない風であるが……その鼻はしっかりとロックオンしてきている。
 上半身も槌も大きく強大。さぞやたくさんの魔物を吸収していることだろう。だが、だからこそそれが付け入る隙になる。

「行くぞ!」

「「おお!」」

 掛け声をかけて走り出す。
 雲が分厚くて、空はまだ見えない。

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