異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

211話 ミサ・アゲインなう

 なんで喧嘩をしているのかは分からないが、取りあえず止めよう。そう思って俺が『筋斗雲』から飛び降りようとしたところで――


「マスター、様子が変です」


「ん、確かに。神器解放――喰らいつくせ、『パンドラ・ディヴァー』」


 ――異様な魔力が膨れ上がっていることに気づいた。


『カカカッ、キョースケ。面白そウナコトニナッテンナァ』


「取りあえずあの魔法をぶつけちゃヤバいね」


 あんな魔力量、まともに爆発したら普通に二人とも死ぬ。殺意に満ちた魔法を何故異世界人同士で撃っているのか。


「行ってくる」


「っと、私も行くぞ」


 俺が『筋斗雲』から飛び降りると同時に冬子もついてきたので、彼女の身体を風魔法で包んで減速させる。


「行こうか。……『ストームエンチャント』!」


 逆に俺は加速して二人の魔法の爆心地に着地し――


「ねぇ、なんで喧嘩してるの?」


 ――暴風を身に纏い、二人の魔法を生み出した嵐で巻き上げていなした。バサバサ……と髪の毛が荒ぶって逆立ち、俺の持つ活力煙がどこかへ行ってしまう。
 やむなく新しい活力煙を咥え、二人を見渡す。
 パチン! フィンガースナップと同時に活力煙の先に火が灯り、煙が俺の肺の中を満たす。


「ふぅ」


 地面は凍り付いており、新井はその中で氷の巨人を従えて佇んでいる。眼には途轍もない歓喜の色が浮かんでおり、今にも泣き出しそうな程感極まった表情をしている。
 一方の阿辺は……何故か三重の結界を張っており、その中で禍々しい杖を構えている。いや杖か? 刃がノコギリのようにギザギザになった鎌、それを逆さに持って杖でいう宝玉などが填められている部分が魔物の目になっている、という感じだ。


「テンメェ……清田ァァァァァァァァ! 邪魔してんじゃねェぞ!?」


 唐突に吠える阿辺。その眼にも魔力にもひしひしと殺意が籠っているが、特別何かしてくる様子はない。よくわからない奴だ。
 俺は取りあえず阿辺ではなく新井の方に声をかける。


「ねぇ、新井。王都の魔物を全員ぶっ殺さないといけないんだけど……手伝ってく」


「もちろんですっ!」


 食い気味に頷く新井。何なんだ。
 とはいえ協力が得られるのならそれに越したことはない。事情は行きながら話すとして、取りあえず彼女は『筋斗雲』に――


「無視してんじゃねェぞ清田ァ!! 何様のつもりだテメェ!」


 ――ガン! と地面を杖(?)で叩き、再び叫ぶ阿辺。多少面倒に想いながらもそちらを振り向く。


「……えっと、魔物を殲滅しに行くんだけど……協力してくれる?」


「あァ? なんで俺様がそんなことやる必要あるんだ。いいか、テメェが俺様に何か言いてえんだったら先に頭を下――」


「――だよね。じゃ、俺たち忙しいから」


 ため息を一つ。相変わらず無駄な時間を取らせる奴だね。
 そのタイミングでスタリと冬子が降りてくる。


「京助、大丈夫か?」


「新井は協力してくれるらしいよ。あっちのはよく分からないから取りあえず行こうか」


「そうか。それなら私が降りてくることも無かったな。……久しぶりだな、新井」


「……お久しぶりです、佐野さん、清田君」


 新井がペコリと頭を下げるので、俺も彼女に挨拶を返す。


「ん、久しぶり。強くなった?」


 俺の問いに彼女が目を潤ませる。そして膝をついて泣き出してしまった。


「「えっ?」」


 突然のことに目を白黒させる俺と冬子。顔を覆い、ボロボロと涙をこぼす新井をどうしたらいいのか分からず、取りあえずハンカチを渡す。


「いや、その……新井?」


「ひぅっ、ひくっ……ご、ご、ごめ……ん、なさ、い。ひくっ、その、でも、えっと」


「……冬子、俺なんか変なこと言った?」


「いや……私にも何がなんだかさっぱり」


 おろおろと彼女の周りで立ち尽くすしかなく、冬子も首をかしげるだけだ。
 取りあえず泣き止むまで待つ時間も無い、彼女を連れて『筋斗雲』へ――


「おい待てコラ! 無視すんじゃねェ!」


 ――行こう、としたところでいきなり大声を出す阿辺。


「……何?」


 自分が協力しないと言ったくせに何故かこちらに突っかかってくる。意味は分からないがこれ以上彼の話を聞く理由もない。魔力の違和感に関して問いただしたい気持ちが無いわけじゃないけど……素直に話す奴じゃないだろうから時間がもったいない。


「俺、急いでるんだけど」


「ふざけんじゃねェ! テメェ、佐野さんを誑かしたばかりじゃなく今度は新井も俺から奪うのか!?」


 いきなり何言ってるんだこいつ。
 何かキメてるのかってくらい瞳孔を開いて俺を睨みつける阿辺の姿は、正直気味が悪い。言っている内容も無茶苦茶だし、本当に薬物をやってるんじゃなかろうか。
 俺は阿辺の方を向いて、煙を吐きだす。


「何言ってるか分からないけど……お前は協力する気はないんだよね?」


「だからテメェこそ俺の話を聞けっつってんだよ! テメェ、この野郎……ぶっ殺して殺る、ぶっ殺して殺るぶっ殺して殺るぶっ殺して殺るぶっ殺して殺る!!!! ぎゃはははは!!! 大丈夫だ、佐野さん……俺は君を助けて、そんで、それでもっと凄い男に……」


 ブツブツと譫言を呟きながら天を仰ぐ阿辺。新井と戦っていたことも含めて、流石にことここに至ればこいつが操られているのかもしれないということくらい察せられるが……だからと言ってそれをどうにかする余裕はない。
 必要があるなら後で対処しよう。どのみち正気でも協力はしてもらえないだろうし……これ以上聞いてたらイライラして活力煙を噛み潰しそうだ。


「いいか、清田。俺はテメェなんか比べ物にならない程強くなったんだ。なんせ俺は選ばれたからな……選ばれし者なんだよ、本来ならばテメェなんか喋りかけるだけで不敬なんだからな!?」


 ただ泣いたまま――つまり周囲が見えない状態で空を飛ばせるのは厳しいものがある。泣き止まないまでも、顔だけは上げてもらおう。


「新井、泣き止まなくてもいいから一旦顔を上げて? 周囲が確認できない状態じゃ空を飛ばせられない」


「えっく、あぅ、ひっく……は、はい……うくっ、ひくっ」


 眼鏡に涙が溜まっちゃってるけど何とか顔を上げてくれる新井。よし、これで彼女と冬子を一緒に空へ――


「――だからァ! 清田ァ……テメェは俺様の言うことを聞けばいいんだよォ! 取りあえず佐野さんと新井を置いてけ。ああ、テメェの臭いがついてるといけねェから取りあえず服は脱がせてだな」


 ――俺は無言で阿辺の方を振り返り、槍を構える。


「あ? んだテメェ、やる気か? ああ? チッ、これだから身の程を弁えねえ奴はよォ! テメェも分かってんだろ、俺とテメェの強さの違いをよォ! 無駄なことはやめろってんだ、あァ? 今ならまだ楽に殺してやるって言って――」


 腕を大きく振りかぶり、風を飛ばして結界をはがす。そして『ストームエンチャント』の最高速度で近づくと阿辺の喉を掴んだ。


「かっ……がぁっ……かっ」


 苦しそうに喘ぐ阿辺。何とか引きはがそうと俺の腕を掴んでいるが……本当に戦闘経験が無いんだな。
 なんで魔法師が槍術士と力比べして勝てると思っているんだか。


(そのまま魔法でも使えばいいのに)


 俺は更に力を入れる。阿辺の首から『ミシリ』という音が聞こえ、徐々に抵抗が少なくなってくる。
 ――このまま放置すると後々面倒そうだ。殺さないまでも自由は奪っておこう。


「黙ってろ」


 風の魔法で腕を切り落とし、炎で燃やして血を止める。そして足を水魔法で拘束してからそのままその辺に投げつけた。 


「さ、時間だけ喰っちゃったね。早く行こう」


 俺がそう言って二人を風で持ち上げようとすると、新井がいつの間にか泣き止んで呆然と俺を見つめている。


「……あの、結界を……一瞬で……?」


「結界を崩すには少しコツがあるんだ。慣れればあの程度の結界なら対処はそう難しくないよ。力押しで突破しようと思うとちょっと大変だろうけどね」


 阿辺の張っていた結界は魔法を無効にするもの、物理を無効にするもの、そして自身へのバフの三種類だったわけだが……魔法を無効にする結界は昔キアラから習った結界崩しを遠隔で、残りの二つは風の魔法で吹き飛ばしただけだ。
 阿辺の結界は下手過ぎて魔力を『視』ればどこが弱いのか一発で分かるからね。これが仮に手練れの術者だったら、破られた時用の対応策を複数用意してる。だから一筋縄じゃいかないんだけど……阿辺の場合は張ってお仕舞い。結界の性能自体は力業で突破しようと思ったらかなり苦労するレベルのものだろうけど、術者の技量がそれについていってない。
 スキルレベルだけ上げて本体のレベリングを疎かにしてるって感じかな。


「京助、放っておいていいのか?」


「手加減したし、咄嗟に結界を張ってたから気絶もしてないよ。そのうち勝手に起き上がるさ」


 今度こそ二人を連れて『筋斗雲』に戻ると、シュリーとリャンが何やら緊張した雰囲気で新井に視線を向けた。俺と冬子から聞いているとはいえ、初対面だ。警戒もするか。
 俺は二人を着地させると、まずはシュリーとリャンに新井を紹介する。


「こいつが新井。さっき言ってた氷結者だよ。協力してくれるらしい」


「そ、その……ミサ・アライです。氷結者……で、す。よろしくおねがいします……」


 何故かボソボソと蚊の鳴くような声で言う新井。俯いて顔を真っ赤にして、こんなに緊張する子だったのか。
 まあ組むのは今だけだから最低限連携出来るくらいに慣れてくれればいい。今度は逆に新井に二人を紹介する。


「で、新井。彼女がリャンニーピア。見ての通り獣人だけど俺のチームメンバーでシーフや斥候、遊撃を担当してくれてる」


「リャンニーピアです。ピアとお呼びください」


 ペコリと四十五度のお辞儀をするリャンだが、警戒は解いていない。新井の一挙手一投足を観測するように視線をぶつけている。
 新井は怯んだような顔をしているが、俺はそれを無視してシュリーを紹介する。


「で、彼女はリリリュリー。炎の魔法師で、うちの火力と後方支援の担当だね」


「ヨホホ、リューとお呼びくださいデス。よろしくお願いしますデス」


 リャンとは打って変わってニッコリと穏和な笑みを浮かべているが、彼女もやはり警戒を解いていない。
 一方の新井も獣人であるリャンの方を見て少々怖がっているような様子がある。やはり獣人への偏見は変わっていないか。
 だがすぐに攻撃的になったり噛みついて来たりするわけではない。その辺はやりやすくてありがたいね。


「昔、キアラから俺は人を警戒し過ぎって言われたけど……やっぱり俺は普通なんじゃないかな」


 獣人二人もそれで新井のことを警戒しているんだろうし。


「京助、たぶん二人が警戒してるのはお前とは別の理由だ」


 ……何故か冬子までもジロリと新井を睨む。何なんだ皆。
 後でキアラに聞けばわかるだろうか。俺は取りあえず「というわけでじゃあよろしく」と場を締めてから『筋斗雲』を動かす。


「それより早くキアラと合流しよう。……新井、もし加藤の居場所が分かるなら教えて欲しいんだけど」


 俺が問うと、新井は申し訳なさそうな顔になって首を振る。まあこんな混戦だから分からなくなっていても無理はないか。


「いえ、その……か、加藤君は別の街へ行ってしまったので……白鷺君と一緒に」


「あの二人が? 珍しい組み合わせだな」


 冬子が驚いた顔になるが、俺も同意だ。加藤はどちらかというと目立たないグループ、白鷺は目立つグループにいたので交流があったことだけでも驚きなのに一緒に勇者パーティーを抜け出すだなんて。


「何があったのか分からないんですけど……ある日いきなり、二人で抜けていってしまいました……」


 二人の性格を完璧に把握してるわけじゃないけど、ビビッて戦いから降りるような連中じゃないだろう。何があったんだろうか。


「まあいない人は仕方ない。このままキアラと合流しよう」


「ヨホホ、それにしてもキョースケさん。そろそろどうやって王都の魔物を殲滅するか聞いても良いデスか?」


「んー、キアラに同じ説明をするのも面倒だし一緒に説明するよ」


 活力煙の煙を吸い込み、空に溶かす。新井が何故か欲しそうにしているので、一本あげる。


「京助、ズルい。私も欲しい」


「冬子は煙苦手でしょ。ダメ」


「あ、き、清田君から、ぷ、プレゼント……清田君から、清田君から……」


 なんか俯いてブツブツ言っている新井。正直少し怖い。
 リャンが耳をぴくぴくとさせてから……何故か俺の横に、いや正確には新井と俺の間に入ってきた。


「リャン、どうしたの?」


「いえ、別に。……それよりマスター、キアラさんの位置は分かっているのですか?」


「魔力は追ってる。心配ないよ」


 キアラほど膨大な魔力だ、見逃す方が難しい。あと二分もあれば彼女と合流できるだろう。忙しいだろうから電話ではなく……風に声を乗せて届ける方法で一応行く旨だけは伝えておこうか。


「キアラ、二分くらいしたら合流する。そしたら少し作戦があるから協力してくれると嬉しいな」


 ひゅうっ……と風に乗って俺の声が飛んでいく。今までも何度か使っているこの魔法、そろそろ何か名前を付けた方がいいだろうか。


「そ、そういえばその……」


 俺が魔法のネーミングを考えていると、遠慮がちに新井から話しかけられた。


「どうしたの?」


「い、いえ。……その、難波君は……どうした、んですか?」


「難波? 会ってないけど」


「え!?」


 大げさに驚く新井。上体を勢いよく起こしたからか、ただでさえ大きな胸がぶるんと揺れた。見ると負けな気がしたので視線は彼女の顔に固定しておく。


「京助?」


 冬子が怖い声を出しているけど黙殺する。


「なんで難波?」


「い、いえ……その、難波君から聞いて助けに来てくれた……の、かなって……」


 モジモジと指を絡ませながらそんなことを言う新井。もしかしてあの場には更に難波もいたのだろうか。
 だからといってあいつが俺に助けを求めるのがよく分からないけど。


「特に難波は関係ないよ。必要があったから君を助けただけ」


「えっ……き、清田君が私を助けるために……誰にも、言われず、私を、助けて……!」


 ……やっぱり新井を助けたのは間違いだっただろうか。ちょくちょく意識がトリップしている気がする。
 まあいいか。


「ん、そろそろ着いたね――って、キアラ」


 目的地に着いた途端、目の前にキアラが転移してきた。そしてそのまま俺に向かってダイブしてくるのでカウンター気味に鼻を押さえつける。


「ふみゅっ! ……キョースケ、何するんぢゃ」


 涙目になりながら唇を尖らせるキアラ。


「いきなり襲いかかってくるからだよ」


 キアラが入るスペースが無かったので『筋斗雲』を少し大きくして、さてと皆を見回す。


「キョースケよ、お主にしては珍しいのぅ。妾達以外の人間を臨時とはいえ自分からパーティーに加えるとは」


「そう? ……まあ確かに。一時的に組むだけなら流石にそろそろ抵抗は無くなってきたかな」


 あくまで一時的に、だが。
 キアラと新井は――一瞬とはいえ――面識があるので紹介は必要ないかと思って作戦の説明に入ろうとすると、何故か新井がコテンと首を横に傾けた。


「……清田君、の、お仲間さんって……この人たち、だけ、ですか?」


「基本的にはね」


 たまにマルキムやタローが加わることもあるが、チームとして提出しているのはこのメンツだけだ。


「……女性、それも美人、で、スタイルのいい……人達、ばかりなんですね」


 何故か据わった眼でボソボソと呟く新井。やっぱりこいつ怖い。
 リャンがふふんと笑って胸を張ると……チラリと冬子の方を見た。


「ええ、それが仕事ではありませんが我々はプロポーションには自信があります。……ただ一人を除いて、ですが」


「ピア、誰のどこを見て言った?」


「トーコさん、それは自意識過剰というものです。決して毎晩豊胸マッサージをしてるのに微塵も結果が出てないなぁなんて思っていません」


「なんで知ってる!? って、違う! 私はまだまだ成長途上なんだ! 別にそんなこと気にしたりは――」


「ヨホホ、トーコさん。女性の胸はニ十歳までは大きくなる可能性があるんだそうデスよ」


「おお!」


「逆に言えば後二年しかチャンスは無い訳ですが……」


「……に、二年あれば十分!」


「ほっほっほ。全員巨乳ぢゃったら個性が薄れるぢゃろう。一人くらい虚乳もおらんとのぅ」


「虚しい乳ってなんだ虚しい乳って!!!」


 俺はパンパンと手を叩いて漫才を始めた女性陣を止める。


「はいはい、くだらないことで言い合ってないで」


「くだらないとはなんだくだらないとは! 大事なことだろう!?」


 何故か半泣きで俺の胸倉を掴む冬子だけど、俺は取りあえず彼女の手を放してから皆を見る。


「それじゃあ何をやるか……というか、何をやりたいかの説明に入るね」


 そう言いながら新井の方をチラリと見る。彼女から感じた――まるで魔族のような魔力、それに少しだけ違和感を覚えながら。
 材料も足りない、考えても仕方がない――と頭を振って脳をリセットしてから、指を一本立てた。


「毒を以て毒を制す――もう一度、王都を魔物で溢れかえらせよう」


「「「「え?」」」」


 ポカンとした顔で訊き返す女性陣の中、キアラだけがニヤリと頷いていた。



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