異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

208話 フィニッシュタイムなう

「もう! こんな便利な魔法があるなら先に言っておいてくださいティアー王女!」


「あなたも理解出来るでしょう!? この魔法をわたくしが切札にしてきたのは、それほど強力な魔法であるからということが! ――六番部隊、右方向から突っ込んでくださいな! シローク長官、お次はどの部隊のどの隊長に指示を出すんですの!?」


 作戦司令部はてんてこ舞いだった。しかしそれは防戦に手いっぱいだからではない。王都を魔物の手から取り戻すための『攻め』に必死だからだ。
 確かに清田君の率いるチームは異常な速度で魔物を駆逐している。アトラというSランクAGもそうだ。しかしそれ以上に、数十分前よりも格段に騎士団の動きが良くなった。
 それはひとえに彼女――ティアー王女の魔法のおかげだ。複数人に同時に送信出来るテレパシー、しかも広さは王都全域をカバーするレベル。正確には違うらしいが、取りあえずそういうものとして扱っている。


「ティアー王女、その……ありがたいのですが負担は大丈夫でしょうか……」


 シローク長官が苦笑い気味にティアー王女に話しかけるが、彼女はギョロリと睨み返す。普段の可憐さは微塵も無い。


「御心配には及びませんわ! それよりも次の指示を早く出す! もう見ていられませんのよ、この王都が――わたくしたちの愛する民が蹂躙される様は!」 


 目を血走らせ、桔梗ちゃんが持ってきた温水先生印の魔力回復薬を飲むティアー王女。本来は政治の場で戦う彼女がこうして身体を張っているのはなかなか珍しい。


「こ、ココロさん! ちょっと疲れましたわ……」


 そして即座に弱音を吐く辺りやっぱり鉄火場慣れはしていない。


「あー、はいはい。桔梗ちゃん! 次お願い!」


「……エナドリは元気の前借ですよ? 私も展覧会前とかよくやってましたけど……」


 魔力回復薬運び人となった桔梗ちゃんがティアー王女に手渡す。どうも彼女は今魔法が使えなくなっているらしいのでこのような雑事しか出来ていない。
 ……自分の魔力を全てバフとして乗せるという、使い勝手がいいんだか悪いんだか分からない魔法を明綺羅君にかけているからそうなっているらしい。


「い、いいんですわ取りあえず! 今、戦わねばならないのですから!」


「……王女様、何と男らしい……」


「そこ! 淑女であるわたくしに何てことを言うんですの!?」


「正直、ティアー王女はこっちの方が向いてる気がします。お転婆ってレベルじゃないですよね」


「ココロさん!? あなたまでそんなこと言うんですの!?」


 腰に手を当ててキャップを飛ばして魔力回復役を飲む様は、締め切り間際の漫画家のごとく。そんなコミカルなことを言っていられるような状態じゃないのは理解しているが、何ともまあ彼女の活躍が目覚ましいので否応なく頭を冷静にされてしまう。


「こ、ココロ・カラミ様! 重病人です!」


「あ、はーい。桔梗ちゃん、ティアー王女の操縦お願い!」


「む、無理ですよ! 私は……ってああ! ティアー王女倒れないで!」


 流石にバフを彼女のテレパシーのパスを介して送れることは秘密にする――というかそれをやると魔力切れがマッハになるのでやれていないが、それでも命令を送信できるというのはすさまじい。
 あとは明綺羅達が勝利してくれるだけだ。


(こっちはどうにかしてるから……頼んだよ、明綺羅君)


 王都の魔物は今、確実に数を減らしつつあった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ハァッ……ハァッ……かはっ、うおおおおおおおおおおお!」


 斬!
 ざばぁ……と現れた、全長二十メートルはあろうかという巨大な蟷螂。あまりに精緻な出来のため目を奪われかけるが、即座に振り下ろされた鎌で正気に戻る。
 宝石の盾で鎌を受け止め、三角飛びのように空をかけていき、落下速度も加えて『超音速炎熱斬』で頭を吹き飛ばす。
 巨大質量の水が蒸発したため物凄い爆風が発生するが――それすらも切り伏せ、次の魔物に狙いを定める。


「ギッギッギ……次だ次ィ!」


「その程度の大きさではもう通用しないと言ったはずだ!」


 細かい魔物を多量に生み出してきたが、そこに宝石を数個ずつ撃ち込む。そして内部で超高速振動させて熱を生み出し――そのまま、蒸発させてしまう。
 ブリーダに迫るが――間一髪のところで魔物の生成が間に合ってしまう。もはや何なのか、巨大なスライムとしかいえない何かが腕を振り下ろした。
 躱す――までもなく、剣で押し返す。そのままスライム内部に飛び込み、内部から炎熱で蒸発させた。


「はぁっ……どうだ!」


「テメェ……勇者じゃなくて脳筋に改名しろ!」


「生憎その枠は清田で埋まっている!」


 ブリーダは苦い顔――ではなく、さっきよりも更に冷静な顔になっている。どうやら追い詰められれば追い詰められるほど冷静になるタイプらしい。
 厄介な敵だ――とは思うが、逆に考えれば今追い詰めているのは自分の方だ。それ故に向こうが何かしてくる前に仕留めたい。
 天川は空中にいくつも足場を生み出し、そのままブリーダに斬りかかる。


「おおおお!」


「チッ、メンドクセェ」


 ギィン! 『水霊の兵』の柄で天川の斬撃を受け止めるブリーダ。しかし『ロック・バスター』が発する熱は水を一瞬で蒸発させるほど、直撃してないとはいえブリーダの腕も徐々に蒸発していく。
 ブリーダの顔に流石に焦りが浮かぶ。これは好機――『水霊の兵』ごとぶった切るべく、腕に力を籠める。


「終わりだ……ッ! ブリーダ!!」


「終わるわけ……ねェだろうがァッ!」


 どぷん、と身体を溶かしてその場から退避。水の中に逃げ込もうとする。
 しかし――


「結界でハメるのがお前らの専売特許と思うなよ、魔族」


「ッ、しまっ」


 ――宝石のドームが既に天川たちを覆っている。


「隙だらけだったな、ブリーダ」


 再び人間態に戻るブリーダ。その眼光は少しも衰えていないが、追い詰められた自覚はあるのか歯ぎしりするだけで動かない。


「はぁっ!」


 この魔族は問答すると危険だ。天川は即座に終わらせようと首を狙うが、ブリーダは『水霊の兵』を動かすと水の結界で自身を包んだ。
 構わず切ろうとして――ブリーダが何を狙ったか理解し、ぴたりと攻撃を止める。


「賢明だなァ、勇者。ギッギッギ……結界で覆ったのは間違いだろう」


「くそっ……」


 見れば、結界内の水位が徐々に上がっていっている。この中で蒸発させてしまえばその爆風で自分もやられてしまう。
 仕方なくブリーダだけ結界に――


「甘い、甘いぜェ、勇者!」


 ――ズンッッッッッ!!!!
 結界が上から押し潰された。外部の様子は分からないが――この状況で何故外から攻撃出来る?
 驚き、目前のブリーダを見ると持っていたはずの『水霊の兵』がその手に無い。 


「まさか、偽物!」


「その通りィ! ギッギッギ……」


 天川は結界を解除し、即座にその巨人を迎撃しようと剣を構えたが――そこで、ブリーダが水になっていないことに気づいた。


「勇者ァ、テメェは強い。ああ、オレの予想を遥かに上回ってたぜ。ギッギッギ、誇っていい。テメェの勝ちだよこの戦いは」


 まさか諦めた? そんなわけがない。
 しかし今がチャンスのはず、天川は空を駆けあがってブリーダの首を狙い――


「でも、オレは生きるぜ。さぁ……暴走しろ・・・・、チェーンウンディーネ!」


 ――瞬間、海が全てその巨人に吸い込まれた。
 驚く暇は無い、ブリーダから分離した『ナニカ』が巨人に入り込むと同時に目が赤く光った。そして体内に魔力の核が生み出され……巨人が、数倍に膨れ上がる。
 そしてスカートのように数千はあろうかという触手が下半身に生え、髪が伸びて全身に鎖のような文様が現れた。


『コォォォォォォォ!!』


 凄まじい叫び声。それと同時に結界にヒビが入る。よく見るとその足元から徐々に結界をチェーンウンディーネが侵食していた。結界すら喰らい、更に強力になろうというのか。


「ブリーダァァァァァぁぁ!!!! 逃がすかァァァァァ!!!!!」


「逃げる、オレは逃げるぞ勇者!!!! オレは、オレは死なねぇ、オレは魔物使いのブリーダ! タイマン張って死ぬなんて無様を晒せるかッッ!! 絶対に、生きるんだァッ! さっさと結界を喰え、チェーンウンディーネ!!!」


 空間が破られれば、即座に転移でもされるかもしれない。それだけはさせない。


「何故そうも生にしがみつく! お前のせいで! お前よりも生きたかった人々が大勢死んだんだぞ!! なのに、何故! お前が生きて、罪無き人が死なねばなない!」


 何故、と問いかけた瞬間ブリーダの顔が真顔になる。その顔に浮かんでいるのは単純な疑問の表情。どういうことだろうか。
 しかしそこに疑問を持ち、剣を鈍らせれば逃がすことになってしまう。脳内の迷いを振り切り、剣に乗せる。


「王都を破壊した――その報いを受けろ!!! ブリーダ!!!」


「チェーンウンディーネッッ!!! こいつをやれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 悲鳴、そう悲鳴ともいえるほど無様な叫び。しかしそこには殺意や敵意、そんなのを凌駕する生への執着があった。
 だからこそ、逃がさない。
 天川はアイテムボックスから予備の剣を取り出し、その剣に『エクスカリバー』を纏わせる。『ロック・バスター』と『エクスカリバー』の二刀流。
 全身の筋肉が悲鳴を上げる、しかし諦めない。
 周囲から音が消える、色が消える。
 目標以外見えない――そんな極度の集中状態。足が勝手に動き、ただひたすらブリーダの首を狙って肉体が進む。


「ああああああああああ……ッ! ぐっ……ッ!」


 天川の剣が届く、そのほんの数瞬前に。
 宝石の盾が間に合わず背後から心臓を貫かれた。


「へっ、はは……いいぞ、いいぞチェーンウンディーネ……ッ! オレは、生きて……ッ!」


 ブリーダの顔が歓喜に満ちた、が。


「んなっ……!?」


 斬!!!!
 ブリーダの右腕と左足が飛ぶ。腕の断面は燃えて炭化してるため血は出ていないが、足からは鮮血が噴き出る。


「て、めぇ……不死身か……!?」


 もう一歩、踏み込む。今度こそ首を切断するために。
 しかし肉体から金色のバフが失われた。このままじゃ剣が届かないかもしれない。
 だから、もう一個。


「『修羅化』!!!!」


 赤黒いオーラで覆われる。目の前の全てが真っ赤に染まる。
 一歩が届く、足が動く。
 ブリーダは必死に仰け反るが無駄だ、天川の剣がその肉体に吸い込まれ――


「あああああああ!!!」


「勇者ァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 ――斬!!!!!!
 ブリーダの肉体が真っ二つになる。その瞬間、空間が完全に破壊されて宙に投げ出される天川とチェーンウンディーネ。


「やった、ぞ……ッ!」


 だがまだだ、魔物と合体するような奴だ。頭を潰さなければ安心できない。 
 内頬を噛んで落ちそうになった意識を取り戻し、空中に足場を作って落下を防ぐ。そして上半身だけになったブリーダに宝石の剣を撃ち込もうと『ロック・バスター』を振り上げようとしたところで――


『コォォォォォォォォォォ!!!!!!』


「チェーンウンディーネッ!?」


 ――高層マンション、否それ以上の大きさとなったチェーンウンディーネが触腕を天川に向かって振りまわしてきた。咄嗟に跳躍してそれを躱すが、ブリーダはその余波で吹き飛ばされてしまう。地面に落ちていくのはブリーダの残っていた左腕――もはや、流石に生きてはいまい。


(……危なかった、俺でも直撃していたらミンチになっていたぞ)


 それが分かるほどの威力。改めてチェーンウンディーネを観察するが、ブリーダの魔力は軽々と超えている。先ほどの魔族たち、四人分くらいはあるのではなかろうか。Sランク、それくらいはあるのだろう。


「俺一人じゃ流石に手に余るか……?」


『コォォォォォォォォォォアァァァァクラァァァァァ!!!!!』


 空に向かって吠えるチェーンウンディーネ。まるで誕生を祝えとでも言うように。
 パカリと口を開くと、エネルギーのようなものを溜める。まさか――と思う暇もなかった、尋常ならざる水のレーザービームが地面に突き刺さり、そのまま天川の方へ。


「ぐっ!?」


 剣を振り上げるようにレーザービームが奔る。剣で受けられるわけがない、宝石の盾すら一瞬で消し飛ばされてしまった。
 後ろを振り向くと、王都が一直線に削られている。ゾッ……と背筋が凍る。体中の汗が冷や汗に変わる。


「怪獣映画……みたいだな」


 もうこうなれば笑うしかない。人の身に余る力を持っていると自負してはいるが、流石に内閣総辞職させる怪獣とやり合う自信はあまりない。
 宝石の足場でゴクリと唾を飲む。こんな相手に勝てるのか―― 


「アキラ、気負うな。来い――音超え!」


「天川、これ貸し一ね。神器解放――喰らいつくせ、『パンドラ・ディヴァー』!」


「アシュラ、ノームと来て最後はクラーケンか? まるで神話だな。――変身!」


 ――三人の助っ人が、隣に並んでいた。
 空よりも蒼い竜が召喚され、槍使いは竜巻を纏い、一人だけ世界観が違う男がパワードスーツに身を包む。
 一人で挑もうとしていた脳を即座に連携に切り替える。この四人ならば、きっと負けるはずはない。


「ラノールさん、攪乱を! 清田、志村。奴の動きを止めて欲しい――出来るか!?」


 何が出来るか知らないながらそう指示を出すと、異存は無いのか頷いてくれた。


「お前はどうするの、天川」


「俺は――あいつに、とどめを刺す」


「出来るのか? もうヴァジュラは降ってこないぞ?」


 揶揄うように言う志村、そしてやれやれという表情で笑う清田。
 天川は不敵に笑ってみせて、チェーンウンディーネを見据える。


「――なんとかするさ。よし、行くぞ!」


「「「おお!」」」


 天川の号令で四人が同時に動く。清田は即座に着地すると同時に激流をその身に纏い、地面から大量の水を生み出してチェーンウンディーネを縛り上げた。
 しかし敵が巨大過ぎて完全には抑えきれていないのか、まだ上半身はうねうねと動いている。


「ふふ、アキラと共闘できるとはな」


 飛竜を駆り、チェーンウンディーネの触手攻撃や水弾を引き付けるラノールさん。水の攻撃をことごとく剣の一撃で斬り飛ばしているのは流石と言おうか。
 というかそもそも動きがあまりに速くてチェーンウンディーネも捉え切れていないようだ。攻撃がことごとく空ぶっている。


「地味な役割だな、まったく」


 何やらガトリングガンのようなものを召喚した志村はチェーンウンディーネに撃ち込んでいきその内部から凍らせていっている。あまりの弾幕によりみるみる凍っていくが……それ以上に氷を砕く速度が速い。流石に全身を凍らせるのは不可能か。
 しかし清田と志村が動きを制限し、ラノールがターゲットを取ってくれているため天川はじっくりと準備することが出来る。腰を据え、チェーンウンディーネを睨みつけ、莫大な魔力を練り上げていく。


「『闇が光を駆逐すること能わず、世界の全てが光によって満たされる時あらゆる悪は滅せられる』」


 この詠唱を実戦で行うのは二度目だ。


「『天に昇る日輪すら霞む我の放つ光輝の力よ、世界を照らしこの地を覆うあらゆる絶望を打ち払いたまえ』」


 一度目はあの塔、ゴーレムドラゴンへ向かって放った。使えば自分の魔力が失われる、自分が失敗したら敗北するという絶体絶命の状況で。


「『さぁ刮目せよ、この地に舞い降りるは破壊を司りし圧倒的な光。我が背後にありし全てを守るため、眼前の悲劇を消し去りたまえ』」


 今も似たような状況のはずなのに、不思議と気負いはない。それは自身の成長か、それとも共に戦う仲間のためか。
 勇者とは、人に勇気を与える者と書く。


「『終わりの刻は今来た』」


 この戦いが終われば、少しはそんな存在になれるだろうか。


「行け、アキラ」


「相変わらずバカげた魔力量だ。志村、離れるよ」


「了解で御座る。……いやぁ、勇者は伊達じゃないで御座るな」


 三人が戦線を離脱する。同時に、自分の魔力が全て心臓に集まり――そして剣へ乗った。


「『終焉』!!!!!!!!!!!!」


『コォォォォォォォォォォォォォ!?!!?!?!!?』


 光の柱が天に伸びる。あまりの光量に昼間になったのかと錯覚してしまう。
 きっと地平線のかなたから見ればこの光の柱が剣の形をしていることが分かるだろう。
 それから放たれた碇付きの光の鎖。チェーンウンディーネの全身を突き刺して逃げることはおろか身動きすら出来ぬよう行動の全てを封じる。
 その鎖からチェーンウンディーネの魔力を吸い上げ、更に光の柱が輝きを増す。後は振り下ろすのみ。
 ゆっくりと、天川の剣に合わせて光の柱が振り下ろされる。その切っ先が触れると同時にチェーンウンディーネの存在が徐々に失われていく。
 断末魔すらあげることは許されない、生命がいたという痕跡すら残させない文字通り『終焉をもたらす』一撃。
 剣が地面まで振り下ろされると同時に光の柱は消えていく。同時に天川の意識も遠くの方へ。


「アキラ、よくやったぞ」


 暖かい腕に包まれた。


「……ちょっと、疲れました」


「ああ、少しの間……休んでおけ」


 ラノールの声を子守唄に……天川は意識を手放した。

「異世界なう―No freedom,not a human―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く