異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

205話 典型的なう

 難波政人は『典型的な』高校生だ。
 試験はどれも平均点ギリギリかそれ以下。国語が得意科目で調子がいい時は八十点くらい取れたりするものの、英語は苦手でたまに赤点スレスレになったりする。
 中学の時に剣道部だったため運動はそこそここなすが、大体夜更かししてから学校に来るためそんなに凄く活躍できるわけじゃない。
 塾帰りにジャンプを立ち読みしたり、ブックオフで立ち読みしたりするため人並みに漫画も分かる。小説は夏休みの課題図書以外だと流行りのものを本屋で流し読みする程度。
 ゲームもするが小学校か中学の時に買ったハードで何となくやるか、もしくはスマホゲー。そのスマホゲーもクラスで流行っているからやっているだけなので、皆がやらなくなれば自然と止める。
 友達と遊びに行く時は基本的にカラオケかボーリング。月に一回行くかいかないか程度だが、高校生の財布事情を考えれば多すぎず少なすぎずと言ったところだろう。
 そんなクラスに一人はいるような――没個性的過ぎて逆に目立つ『どこにでもいる普通の高校生』ではなく、『典型的』な高校生。それが難波政人だ。そしてそのことに自覚があるわけではなく、むしろ自分はどこか変わっていると――そう思うようなタイプだ。
 そして『典型的な』高校生である難波政人は今や『兵士A』となりつつある。
 それが悪いわけではないが、決して主役になれるような人間じゃない。それは異世界に来ても同じことというだけだ。
 しかし――だからといって、人を守りたいと思わないわけじゃない。
 彼は決して勇者じゃない。だからといって、努力していないわけじゃない。
 彼は決して英雄じゃない。だからといって、生きることを諦めているわけじゃない。
 彼は決して主人公じゃない。だからといって、住む街を傷つけられて憤らないわけじゃない。
 そんな難波政人は岐路に立たされていた。
『兵士A』から。
『難波政人』になる岐路に。
 決して主人公になれないとしても、モブではない。
 群衆の一人から、当事者の一人へ。
 そんな瞬間――。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 魔族との決戦が行われている最中。
 難波政人はこれ以上ない窮地に追い込まれていた。


(よりによって……今、出てくるかよ)


「よォ……難波ぁ」


 ねっとりとした視線――城のメイドから性犯罪者一歩手前とか言われていた――を向けるのは、さっきまでこの事件の黒幕なんじゃないかと疑っていた男。


「あ、べ……か」


「あ? この結界の中で立てるとかやるじゃねェか」


 ズシン、と物凄い重量が全身にかかる。重い物を持たされている……というよりも重力が増しているような感じだ。昔、漫画でこんなの読んだ気がする。
 なんて阿呆なことを考えている場合じゃない。


(なんか……魔力、増えてねぇか?)


 阿辺も難波たちと同じく『職』は既に二段階進化しているはずだ。そして一生懸命努力するようなたまじゃない。
 なのに、何故?


「あ、阿辺よ……お前、強くなって、ねぇか?」


 分からないことは聞いてみる。スマホがあればググるのだが、無いなら本人に聞くのが早いだろうし。
 阿辺はにまぁ……と歯を見せた。


「ははは……分かるか、難波。そうだよなァ、俺がすっげぇ強くなったのは分かるよなァ!」


 ふっ、と重力が消える。急激に体が軽くなったせいで思わず飛んでいきそうになるが何とか堪える。


「お、おう。そりゃ凄いのは分かるぜ。なんか特訓でもしたのか?」


「いいや? 俺が努力なんてする必要無いんだよ……」


 難波の問いに更に得意げになる阿辺。
 いや得意げというよりも……


「俺は……選ばれたんだ」


 ……熱に浮かされているようだ。インフルエンザにかかった時にタミフルを飲むとこんな感じになるんじゃなかろうか。
 三日月形に薄く開く口は笑顔には見えない。感情がそこから読み取れないのだ。


(いや……思考も、か? ははっ)


 まるで小説や漫画の登場人物にでもなった気分だ。相手の表情から思考がどうとか思うなんて。
 でも、事実そう感じるのだから仕方が無い。表情から『何か考えている』という感じが抜けているのだ。痴呆老人のように。
 何かヤバい、それだけは分かるものの何がヤバいのか分からない。


(誰かに聞きてぇ……けど、誰に聞けばいいんだよぉ……)


 それなりに強くなったから、彼我の戦力差くらい理解わかる。自分は今、阿辺と同じくらいの強さだ。
 でもそれは――フェイタルブレード込みで、の話だ。一撃でも当てれば勝てるこの剣があって初めて互角……。


(ガチで使ったらこれ人死ぬんだろ……?)


 しかも相手が死ぬ寸前強くなる。それじゃあ絶対にどっちかが死ぬ。
 そしてコレ抜きなら確実に負ける。八方塞がりとはこのことか。


「……その、何に選ばれたんだ……? 騎士団、とかか?」


「騎士団……? ハハハッ……そんなチンケでチャチな組織なんかじゃねェよ。もっともっともっともっともっともっと凄い……凄い組織なんだ」


 要領を得ない。阿辺の説明が要領を得ないのはいつものことだが、今回はそれに輪をかけて酷い。


「なぁ、難波ァ……。一緒に行かねぇか? 高みへ」


 高みへ、と言われても具体的な説明が一切ないからよく分からない。


(俺のことを……殺そうとしてる感じじゃないな)


 であれば逃げる隙はあるかもしれない。とにかく今は逃げの一手だ。天川じゃなくても新井と合流出来ればどうにか無傷で抑え込めるかもしれない。
 難波は一歩後ろへ下がりつつ、阿辺の意識を逸らすために話しかける。


「あー……その、高みってさ。俺もすっげぇ興味あるけど……その、そうやって真実をぼかす話し方だと俺も考えられないっつーかその」


 説明がふわっふわで意味が分からない、という言葉をなんとかオブラートに包んでそう言うと、阿辺は首をグルリと回して手を広げる。


「神だよ。神が俺を選んだんだ。……俺たち異世界人を冷遇する愚かなこの国の人間に、鉄槌を与える神がなァ!」


 何言ってんだこいつ。
 その言葉をグッと飲み込み、少し考える。
 難波たち異世界人を冷遇する人たち……要するに王都の、もっと言うなら王城にいる連中のことだろう。
 そいつらに鉄槌をくだすというからにはこの状況を作り出した奴らが阿辺を唆していると考えるのが妥当だろう。
 それはつまり……。


(こいつ……魔族に手を貸してやがるってことか!?)


 いや、確かにそれは天川との話し合いでもそう出ていたし、その可能性が高いとは思っていた。
 しかし天川にも話した通り、そこまで阿呆とも思っていなかった難波としては流石に頬を引き攣らせるしかない。


「あー……つまり、この結界張ってるのは……お前ってことか?」


 恐る恐るそう尋ねる。阿辺は得意げな表情になり天井を仰いだ。


「よく分かるじゃねェか」


 ドクン、と心臓が跳ねる。


「正確には手伝っただけだけどな……よく分からねェけど、あの杖を打ち込んで魔力を入れたんだ」


 スゲェだろ? とでも言わんばかりの目を向けてくる阿辺。そのイッてる瞳はヤバいクスリをキめてるようにしか見えない。
 細く息を吐く。


「えっと……その、今回攻めてきてるのは魔族なんだけどさ……。な、なんで?」


 意味が分からない問いになったのは自覚しているが、騙されているのではないかという一縷の望みにかけてそう訊いてみる。
 阿辺はキョトンとした顔で首を傾げると――


「それがどうした? 人族は敵だぜ?」


 ――そう、曇りの無い瞳で言い切った。
 開いた口が塞がらないとはこのことか。もはや会話が意味をなさないのではないか。
 魔族……と、通じていることを理解した上で結界張りに協力したのだろう。


(うっわ、マジか……うし、逃げよう)


 阿辺が魔族に与しているのはほぼ確定的だ。騙されているのか洗脳されているのかは分からないが。阿辺だから自分で考えた上でこういう行動に出ている可能性も否定できないが。
 何となく憎めない男ではあるが、流石に完全に裏切った相手を庇えるほどの精神力は持ち合わせていない。
 ……だからといって即座に「よし殺そう!」ともなれないのだが。


(どうしたもんかなぁ)


 阿辺は再びこちらに手を差し出してくる。阿辺が浮かべるはずの無い――慈愛の笑み・・・・・を浮かべて。


「行こうぜェ、難波。お前なら俺の言いたいこと分かるよな?」


 断れば――この場で殺されるかもしれない。
 かといってついて行けばそこで殺される。あの中央に浮かんでいた魔族が最強戦力ということはないだろう、ということはアレよりも強い連中がうじゃうじゃいる場所に単身乗り込むわけだから生きて帰れるわけがない。
 つまり逃げる、それ以外生存できる選択肢がない。


「ああ……その、だな。阿辺……他の皆に相談してきちゃダメか?」


「ダメに決まってるだろ。アイツらは城の連中に逆らおうって気概がねェ、いつまでも縮こまってるしか出来ねぇ臆病モンだ」


 このセリフは阿辺がいつも通り言いそうだ。洗脳されてないでこれならもう救いが無い。


「じゃ、じゃあよ。その……ほら、せめて上司? っつーかお前をスカウトしてくれた人に会わせてくれよ。お前の……そ、素質を見抜いた人なん、だろ?」


 阿辺との会話では相手を持ち上げることが大切だ。おだてれば何でも喋る。
 しかし阿辺は唐突に表情を消すと、難波に杖を向けた。


「ごちゃごちゃうるせェ。お前は俺に指図出来る立場じゃねェんだ……ッ! 俺が……俺が一番なんだ! 俺が一番凄いんだ! お前は! お前は俺の言うことに頷いてさえいればいいんだよォ!!!!」


 突然癇癪を起す阿辺。もはや意味不明過ぎて頭が混乱する。


「くそ……クソクソクソ! 誰でもいいから異世界人を連れて来いって言われたからテメェを誘ってやってるのによォ……! 俺だって連れてくならあのプッツンおっぱいか八方美人の方がいいけどなァ……! 失敗するのもダルいから安パイで置きにいってんのに、そのテメェが言う事聞かねェってどういうことだァ……!」


 阿辺は杖に魔力を籠めると、何らかの結界を発動する。もうなりふり構っていられない、難波は剣に力を籠めると上から降ってくる結界に向けて『職スキル』を発動する。


「――『剣魂逸敵』!」


 クッションを殴りつけたような感覚と共に、結界が横に逸らされる。難波も阿辺も驚きに目を見開く。初めてやったが、どうもこの『職スキル』は攻撃以外も逸らせるらしい。


「は、はは……ら、ラッキー」


 阿辺はさらに顔を怒りに歪ませると、杖を振り上げた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! テメェ、テメェテメェテメェ!!! なんで俺の想う通りにならねェんだ! クソッ、クソクソクソクソクソがァ!!!」


 地団太を踏む阿辺。それと同時にほぼ無動作で足元から結界が広がる。
 難波は再び逸らそうとするが――範囲が広すぎて多少それたところでどうにもならない。すっぽりと覆われてしまった。
 逃げられなくなったか――と冷や汗が背中を伝う。


「ああ、もういい……! 別に腕が二、三本無かろうが文句は言わねェだろ」


「腕の数え方がアバウト過ぎる」


 腕は二本しかないぞ、人間には。
 そんなツッコミを入れる暇もなく、阿辺が再び魔法を発動しようとするが――その直前、阿辺の後方でとんでもない魔力が膨れ上がった。
 まさに圧倒的、二人とも思わず動きを止める。


(ご、ゴーレムドラゴンより……凄くね? これ)


 思い出されるのは塔で出会った最強の化け物。
 魔力を感じることが不得手な難波でも分かるほどなのだ、そこに顕現する魔物がどれほど規格外なのかはよくわかる。


「は、はは……何だアレ」


 死ぬ。
 仮にここで逃げられてもアレに勝てる気がしない。可能性があるとすれば天川とヘリアラスが一緒に戦うことだが――そこに魔族四人も加わるのだ。いくら何でも不利過ぎる。
 もはやどうすればいいのかも分からず、剣から力が抜けそうになる――ど同時に、今度は光の柱が顕現した。


「へ? は?」


「……なんだ、アレ」


 状況が秒単位でコロコロ変わる。さっきまでの化け物の気配が消え去るやいなや王都を覆う結界がはじけ飛ぶ。
 阿辺も難波も完全に動きを止め、しばし王都の真ん中を見やった。何かが見えるわけではないが、混乱した頭ではそれが精いっぱいだった。
 数秒――いや下手したら数十秒――固まっていたが、やがて脳が復活する。


(逃げ、ないと!)


 逃げないとヤバい。しかし周囲を覆う結界をどう破壊すれば――


「あ、そうだ」


 ――凄く、簡単なことを思いついた。
 非常にシンプルで、かつ確実な方法を。
 しかしそれを行うためにはここに魔物を集める必要がある。そしてそれは……目の前の阿辺ならやれそうだ。
 頭をフル回転させる。目の前のバカとの付き合いは一番長いのだ。
 ここで操縦出来ずしていつするか。


「……あ、阿辺。誰か異世界人を連れて来いって言われてるんだよな。んで、その……プッツンおっぱいってことは新井さんを本当は連れて行きたいんだろう?」


「ああ。でもあいつ俺程じゃねェけどそこそこ強いだろ。だから面倒でよ」


「お、おう。でもお前の方が強い――当たり前だよな? 俺もさ、そりゃ男二人より自由に出来る女がいる方がいい。そりゃ男は皆そう思ってる。そこでさ、巧いコト罠にハメて新井さんを攫おうぜ。俺も、お前くらい強い奴と一緒にいた方がいい」


 難波がついていくことに前向きな反応を示したからか、阿辺は少し嬉しそうな顔になる。


「ああいやでも、俺が思いつく程度の作戦をお前が思いついてないわけ無いのは分かるんだが……ちょ、ちょっと面倒でも新井さん連れて行こうぜ。たまには俺のお願いも聞いてくれよ」


「……まぁ、いいだろう。そこまで頼まれちゃな」


 よし、第一関門突破。
 チョロチョロの実を食べたかのごとくチョロ過ぎる阿辺だが、どこに爆弾があるか分からない以上これでも真剣だ。
 ふぅー……と長い息を吐いてから、努めて明るく提案する。


「お、お前のことだから魔物を呼び寄せるのもお手のモンだろ? それでさ、魔物この辺に呼び寄せてあいつが来るのを待つのよ。あいつは今魔物を狩るマシーンになってるからさ。んで、隠れておいてあいつが来たらすかさずお前の結界でドーンよ。どうよこのシンプルだけど確実な作戦」


 こんな雑な案だが阿辺はそれに乗っかり、新井をおびき出すために魔物を寄せ始めた。
 心臓がドクドクと早鐘を打つ。後はタイミングだ、それさえしくじらなければ新井と合流できる。
 阿辺は自分をおだてる人間のことを疑わない。


「ああそうだ、難波。新井の処女は先に俺だぞ」


 ……なんかこう、ストレートに気持ち悪いなこいつ。


「……あ、当たり前だろ。お前のおかげで好き放題出来るんだから」


 うじゃうじゃと――数十匹の魔物が集まりだした、その瞬間。
 ひんやりと冷気が漂ってくる。あの女が現れた証拠だ。


「うし……かかったぞ阿辺」


「ああ、ああ……よし、後は気取られなければ――」


 ――イケる。
 そう阿辺が呟く寸前、難波は剣を振り上げた。そしてそのまま魔物の群れのど真ん中に飛び込む。阿辺が張った罠がある――ど真ん中に。


「新井ィィィィィ!!! 一面薙ぎ払えェェェェ!」


 叫びながら、魔物の視線を一身に浴びながら走る。後ろで阿辺がなにやら魔法を発動しているが遅い。


「勝って当然の心理戦……って、虚しいな」


「……難波、くん。ごめんね……阿辺くんいるの、分かってた。でも……清田くん、清田くんが、来たって、分かって、嬉しくって……遅く、なった。ごめん、ね」


 新井が上で何か呟く。それと同時に辺りが一瞬で凍り付き、爆ぜた。
 パキィィィィン……綺麗な氷の結晶となり魔物たちが消え去ったど真ん中で痺れ結界を浴びる難波。痛い、苦しい。
 しかし助かった。


「分かって、た、から……罠にも、気づいて、たのに……」


「あびびびびばばば……」


 氷の巨人を背負った新井は、難波に回復薬を飲ませながら阿辺の方を睨みつける。


「……難波ァ……テメェ……」


「ふふっ……とうとう、難波くん、にも……見放され、たんだ。面白いね、阿辺くんは……」


 新井はそう嗤うと、杖を阿辺に向けた。


「まァ、おびき寄せるのに成功したから良しとするか。テメェがいたら――そのおっぱい、独り占めに出来ねぇもんなァ」


 激昂するかと思いきや、阿辺は薄っすらと笑みを浮かべるだけだ。
 何故――と思う間もなく、新井は一歩踏み出す。その足元は既に凍っており、何故かブーツからスケートのエッジのようなものが出現した。
 エッジの分背が高くなった新井が、ぽつりとつぶやく。


「あはっ……この魔力。うん、難波くん……天川、くん、か……清田くん、を、連れてきて」


 口もとの微笑に反し、目に光も笑みも浮かんでいない。
 そこにあるのは――明確な敵意と、殺意、そして覚悟。


「じゃなきゃ、たぶん……無傷じゃ、無理」


「え、マジ?」


 言われてみれば、新井は薄っすら緊張を浮かべているのに対し阿辺は余裕しゃくしゃくだ。


(……もしかして、マジでただ『面倒』だっただけなのか?)


 本当に新井を力ずくでどうこう出来る実力があるのか?
 難波の困惑をよそに二人は魔力を膨らませていく。


「来い、プッツンおっぱい」


「……あはっ、キモい」


 難波がその場から離脱すると同時に――二人の間で魔力が激突した。

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