異世界なう―No freedom,not a human―
202話 海岸なう
「ふっ!」
気合いを入れて着地し、周囲を見やる。
「なんだここは」
海、というか海岸?
足元は砂で眼前には大量の水が広がっている。
……何故疑問符がつくかと言うと、その大量の水はドブ川の方がまだマシかもしれない程の色に染まっているからだ。赤潮の出た琵琶湖でももう少し透明度がある。
「これが向こうの用意したフィールドということか」
一人つぶやき、剣を構える。
「神器解放――打ち砕け、『ロック・バスター』!」
轟!
不可視の『力』が天川の持つ剣に集約する。刀身にヒビが入って中から輝きそのものが出現した。
割れた破片が宝石に変わり、三枚の盾となる。これで準備完了。どこから魔族が襲ってきても問題ない、全力で叩き潰せる。
(……俺の相手は誰だろうか)
鎖に貫かれる寸前見えたのは、ラノールさんと志村、清田が貫かれるシーン。自分以外の三人が負けるとは微塵も思えないので、取りあえず自分が無事に帰ることを考える。
「敵の数からして一対一に持ち込んだという感じだろうが……」
「ギッギッギ、その通り。流石は勇者サマ、よーく分かってらっしゃる。ギッギッギ!」
この甲高い笑い声は――魔族たちのリーダー、ブリーダ。
一番の大物か。
「魔族、ブリーダ! 覚悟しろ!」
身を低くし、ブリーダに飛びかかろうとしたところで――
「おっとおっと、まあ待てよ勇者サマ。ギッギッギ、オレと交渉しないか?」
ブリーダは両手をこちらに向けてそんなことを言い出した。
「交渉だと?」
天川は一応剣を止めて睨みつける。
「王都をあんな風にした人間を――俺が許すとでも思っているのか!」
「許されようってんじゃねェよ。っていうかこっちだって虎の子のハウリングシムルグは殺されるわデモンアシュラもやられるわで十分すぎる程被害は出てるんだぜ?」
「バカなことを。お前等がそもそも攻めてこなければこんなことには……ッ!」
もはや問答は無用。
天川は地面を踏みしめ飛びかかる。
「おおっとォ! ギッギッギ」
ガギィン!
天川の『ロック・バスター』がブリーダの持つ何かに阻まれる。驚きとともにそれを見ると、何やら棒のようなものが握られていた。
「……神器の一撃でも破壊出来ないだとッ!?」
「ギッギッギ、いいから話を聞け……よっ!」
ブリーダはつばぜり合いを嫌ったか、水を足から噴出して跳躍する。間髪入れず宝石を撃ち出すが、身体を水に変えることでかわされてしまった。
「くそっ」
「ギッギッギ、血の気が多いなァ。人族は皆こうなのかァ?」
「黙れ」
一つ深呼吸。向こうはこちらを煽って意図的にイライラさせているのだろう。
落ち着かなくては勝てるものも勝てない。見誤るな、今自分がやるべきことは怒ることではない。勝つことだ。
天川が挑発に乗ってこなかったからか、ブリーダは少し眉をひそめると空中でさきほどの棒を構えた。
そしてその先端からびゅるん! と鞭のように水が飛び出してくる。そして一切のタメも無しに数十――いや三桁に及びそうな水球を空中に呼び出した。
驚き、目を見開く。水球の量に、ではなく――一切のタメが無いという部分に。天川が『ロック・バスター』を使う時と同じだ。
その瞬間、はたと悟る。あの棒――否、水の鞭は神器と同等の力を持っているのではないかということに。 
「さて、勇者。取引――の、内容を訊いてくれると約束するならこの武器の秘密を話してやろう。ギッギッギ、悪い条件じゃねェだろう? 取引にのるかどうかじゃねェ、ただ話を聞くだけでOKなんだから」
まさしく悪魔の誘い。
天川はじっとブリーダの動きを観察しつつ頭を働かせる。
(あの武器……どうにも怪しい。敵のもたらす情報の全てが正しいとは思えないが、聞かないよりはマシか)
自分は呼心やティアーと違って腹芸が得意なわけではないが、決して出来ないわけではない。
天川は警戒を微塵も緩めず、ほんの少しだけ闘気を収める。
ブリーダも水の鞭を消し、地面に降り立ってきた。
「ギッギッギ。それじゃあまず、この武器についてだ。嘘をつく必要も無ければ、むしろお前らに知っていて欲しい情報でもあるからな。ちゃんと真実を言うぜ」
「……俺たちに知っておいて欲しい情報、だと? どういうことだ」
「ギッギッギ。単純な話――知っておいてもらわなきゃ、対策の立てようがないだろう? 未完成でな、お前らに対策を立てて貰ってそれを修正する。そうして少しずつ完成に近づけるのさ。ギッギッギ」
……そんなもの自国の研究室でやればいいのに。
と、思ったが魔族では人族の使う『職スキル』による対策は理解も再現も出来ないからだろうか。
(どこまでも他人をモルモットとしか思ってないな……)
それにイラつきそうになりつつ、息を長く吐いて耐える。
「そうか。……それならしっかりと対策をとってお前をぶっ飛ばしてやる」
「ギッギッギ。OK、OK。それじゃあこいつなんだが――」
そう言って再び鞭を伸ばすブリーダ。
「こいつの名前は『水霊の兵』。『神器超越計画』によって作られた新たな神器の一つだ」
「新たに作られた……神、器?」
「ああ。ギッギッギ。要するにお前らの持つ『神器』を超越するすさまじい兵器を作る計画の一つだ」
オウム返しに問うた天川の言葉に自慢げな表情を返すブリーダ。
「そのうちの一つ、属性を司る魔物を使い――まあ原理はいいな。要するに無限魔力と強力な属性魔法――それを操る魔武器、それの第一段がこれらってわけだ」
「無限魔力……!?」
思わず自分の剣を見る。無限の魔力でテキトウに岩をぶつけていただけでAランク魔物すら難なく屠ることが出来ていたこの武器を。
まさしく反則、ただ努力するよりもよほど手軽に力が入るそんなものを。
「量産する気か……!?」
「ギィーッギッギ! する気か! じゃねェ! もう量産してんだよォォォォ! オレたち四人以外にもあと二人! 新造神器を持ってこの王都に来ている! お前も分かってるだろう? 神器の恐ろしさは! ギッギッギ! お前らが持つ神器は二本! 一方オレたちは六本! この数の差をどうする!?」
「取りあえずここで一本は減るから大丈夫だ!」
そう言って斬りかかろうとしたところでブリーダが「おっと!」と両手をこちらに向けてきた。
「おいおい、話を聞く約束だろうが」
「……そうだったな。取引に応じるつもりはないが」
もとより許すつもりもない。が、一応は約束だ。
「ギッギッギ。話を聞いてくれるだけで十分さ。お前はキョースケと違って言葉が通じるからありがたいぜ」
……問答無用で魔物の群れを襲いかからせてきた魔族から言葉が通じないと言われる清田は一体何をやったんだ。想像はつくが。
「さて、それじゃあ取引だ。ギッギッギ。オレからはとっておきの情報を……そしてオレからの要求はオレ一人を見逃すことだ。ギッギッギ」
「お前一人を?」
「ああ。ギッギッギ……どうせこの結界を解いた頃には勝負は終わってるだろ。どっちが勝とうが負けようが」
確かにここを出て他の三人がいたら……清田がブリーダを逃がすことはあり得ないだろう。躊躇なく殺しにくるはずだ。
「俺がその情報を聞いた上で……襲いかかるとは考えないのか?」
「その時は返り討ちにするだけだ。ギッギッギ……んで、聞くかい? とっておきの情報を」
情報。
聞くだけであれば問題ない?
それとも――
(俺に聞かせることが目的?)
そこまで思い至り、天川は思考を切り替える。
(冷静になれ、嘘を吹き込んで敵の戦力を削ぐなんてのは常套手段だ!)
天川の雰囲気が変わったのを悟ったか、ブリーダはやれやれというように首を振ると『水霊の兵』を振り上げた。
「チッ! 事前情報と違うなァ! キョースケの野郎、サボりやがったか!」
何故その名が?
天川は眉を寄せつつも『飛斬撃』を繰り出しブリーダの首を狙う。
「おっと。……躊躇なく急所を狙うとか。ホントにキョースケの野郎の情報と違うなァ。ギッギッギ」
「さっきから何故清田の名を!」
「オレがテメェに伝えときたい情報だからだよ!」
意味が分からない。
懐に飛び込もうと足に力を籠め、剣を振りかぶったところでブリーダが水に変わってしまった。
どぷん……という気味の悪い感触と共に剣が通り抜ける。さてこれにどうやってダメージを与えるか。
「それじゃァ勝手に話すぜ。ギッギッギ。オレたちが何故このタイミングで攻めてこれたと思う? 冷静に考えればおかしな話だろうがァ。第一騎士団がいない時に限って攻めてくるとか」
「……事前に間者でも放り込んでいたんだろう」
ピリッ、何故か脳に違和感を覚える。ムカムカするというか、胸がざわざわするというか……まるで目に見えない電波を当てられているようだ。
「そう! そのとおーりィ! じゃあどうして第一騎士団がいなくなった!? どォーしてこの王都の警備が手薄になった!? 答えはただ一つ! キョースケがSランク魔物を倒したからだァ! ギィーッギッギッギィッ!」
そう、その通りだ。
清田がSランカーになったから王都に隙が出来た。それは間違いない。
だが、だからといって――
「お前は、清田が裏切っているとでも言うのか!」
「ギッギッギ! そうだよ、その通りィ! アイツがオレたちに情報をもたらしてくれた! そうじゃなきゃ何なんだよあの助けるタイミングはァ! どうして王都に危機が迫ってると気づけたァ! 状況証拠も揃ってるんだよォ!」
「裏切る理由も――お前たち魔族に味方する理由もないだろう!」
神器によって生み出した宝石群を肉眼で捉えられないほど薄くし、高速回転させて撃ち出す。
ランダムな軌道で飛ぶそれらをブリーダは躱すことなく――『水霊の兵』で生み出した水塊でかき消した。
ブリーダはニヤリと笑うと鋭い水の槍を放ってくるが、天川の周囲に浮かぶ三枚の盾が自動で防いだ。
「フン」
「ギッギッギ」
鼻を鳴らし、全身に纏う光を更に引き出す。……桔梗のバフはよく分からないが、まるでもう一つエネルギーの源が自身の身体にあるような感覚になる。
さらに鋭く踏み込み、周囲に浮かぶ宝石たちと共にブリーダに斬りかかった。
「そうだなァ、普通ならそうだろうよ」
ギギィン!
『水霊の兵』で剣を受けるブリーダだが、この距離は何がなんでも嫌なのか身体を液状化させてドロリと溶け、一気に距離を取る。
「でも命がかかった場面ならどうかなァ!?」
命がかかった場面。
まさか目の前のこの魔族――ブリーダが彼の命を脅かしたとでもいうのだろうか。
しかしそれならそのタイミングで清田を生かす理由がない。
一体何を――?
「かなり前だがなァ、キョースケは覇王と戦ってるんだ。ギッギッギ」
覇王。
魔王と並ぶ、人族の最大の敵にして――天川たちがこの世界に呼ばれた理由の一つ。
たった一人でSランククラスの実力者三人をあしらい、退けた化け物。
「それがッ、どうしたッ!」
空中に生み出した宝石に乗り、空を駆けるようにブリーダに迫る。
一方ブリーダはドバドバと『水霊の兵』から水を出し、鞭のような触手が数十本生えた巨大な目を上空に生み出した。
そして――そこからまるで流星群のように触手が降り注いでくる。
「くっ」
大量の宝石をドーム状に。一重だと怖いので三重のドームでそれらの触手を完全に防ぐが、このままだとジリ貧だ。
「覇王ってのは強えェんだ。それこそ、勝てるのは魔王様しかいねェだろうよ。そんな奴とかち合って、キョースケ・キヨタが本当に生きて帰れると思うのかァ!?」
仕方が無く足元の砂浜に『職スキル』を放って穴をあける。そのまま横穴を掘って少し離れた場所から空中に跳び出した。
「こっちだ魔族!」
「ちぃっ!」
振り抜いた天川の剣は水となったブリーダを一刀両断――する寸前で触手に阻まれる。ギリギリ、届いてないか。
結果を出せば出す程就職に不利と言われる筋肉番組のように空中に生み出した足場を跳び、砂浜の方へ戻る。海の方は絶対に行くべきじゃない。
「清田が追い込まれて――お前に助けを求めたとでもいうのか!」
「その通りィッ! ギッギッギ。その通りだぜェ、勇者! アイツはオレが助けてやったんだ! ボロ雑巾みてェになってるキョースケを回復してやって、何とか逃がしてやったんだよォ! その後間に合った元Sランカーたちが覇王を退けてたって感じだなァ!」
「それが本当だとするならば俺たちに言う理由がないだろう」
「いいや? それがあるのさ、理由がな!」
ブリーダは得意満面といった笑みで両手を広げる。
「あいつは……強くなりすぎた。オレが助けてやった恩も忘れてなァ。もう邪魔だ、が……殺すのは楽じゃねェ。だからお前らに殺してもらおうと思ってな」
意味が分からない。
「もちろん、生き延びるならそれはそれでいいんだ。まだ情報を渡してもらえるしなァ……ギッギッギ。この情報を知ってどうするかはテメェらに任せるが……さっさとあいつをどうにかした方がいいんじゃねェか? ギッギッギ」
そう言って『水霊の兵』を収めるブリーダ。
「だってそうだろう? キョースケが裏切って――お前らの誰かをぶっ殺すにはちょうどいいタイミングだ。あいつは誰よりも早く結界から出てくる。警戒されてないキョースケなら異世界人をぶっ殺すのも簡単だろうしなァ!」
言っていることが無茶苦茶だ。
仮に清田が覇王との戦いで命を繋ぐため魔族に助けられたとして――それの借りを返すためにこの情報を流したというのはまだ分からなくもない。
しかし、その後もこいつらの言うことに従う必要は無いはずだ。
天川が眉を顰めるが、ブリーダは気にした風もなく首を振る。
「ギッギッギ、じゃあこいつを見な」
そう言ったブリーダは魔力をその身に集め出す。同時に木と木を打ち合わせたような音が鳴る。
「『魔昇華』」
青い……まるで澄んだ川のような色の魔力に包まれるブリーダ。そのまま魔力が収束し、二本の角が生えた。
まるで魔物――と言いたいところだが、どこかで見たことがあるような気がする。
「見たこと、あるだろう? ギッギッギ。キョースケが戦闘する時には必ずこの形態になっていたはずだ! アイツはもう魔族側の人間なんだよ!」
「な……ッ!」
清田があの姿になったのを見たことがあるのは、塔にいた時だ。試練の間を突破するために彼が使用していた。
『職』が進化して使えるようになった『職スキル』と本人は言っていたが……
「魔族と、同じ……!?」
「ギィーッ、ギッギッギ! そう! お前らが登っていた塔でキョースケは魔族であるオレたちの寵愛を受けた! オレたちの魔王の血で強くなったキョースケは以降魔族に忠誠を誓ってるんだよォ!」
そんな、清田が――って。
「お前、さっき覇王と戦った時に仲間にしたとかどうとか言っていなかったか?」
「あァ? ……ああ、アレだ。その時は指示を出しただけだ」
いきなり言っていることが矛盾しだすブリーダ。
頭にクエスチョンマークを浮かべながら、更に問う。
「それに、なんでお前の生み出したSSランク魔物――デモンアシュラを清田は殺した?」
「お前らの信用を得るためだろ」
「……清田が俺たちに疑われている状況ならそれも効果的かもしれないが、別にそういうわけでもない状況でワザワザ殺しながら俺たちを助けに来る必要が無いだろう?」
ブリーダはそっぽを向いて、ガリガリと頭を掻く。
「あー、おっかしいなァ。ノヴォールもルーツィアも、勇者の精神異常耐性はガバガバって言ってたんだが」
ブリーダは腕を組んで首をひねると、やれやれとため息をついた。
「オレの結界内で思考誘導が失敗するわけねェんだが……まァ、いいか。じゃあプランBを――ッとォ!?」
暢気に懐から何かを取り出そうとしていたブリーダの首に思いっきり剣をフルスイングしたが、間一髪躱される。
そのまま返す刀で腕を切り裂くが、今度は水となって簡単に通過してしまった。躱す攻撃と、通す攻撃があるのは何故だ。
「ギッギッギ! テメェはキョースケと違って話が通じるんじゃなかったのか!」
「それはお前が言っているだけだろうが! ……三つ、言っておくことがある」
天川は宝石の盾の上に立ち、ひとさし指を立てる。
「一つ! ……清田の技がお前ら魔族に似通っているのは確かなようだ。よって、この戦いが終わったらちゃんと事情を聞きに行く。情報提供感謝する」
今度は中指を立て、ブリーダに見せつける。
「二つ! ……そもそもどんな情報を渡されようと俺はお前を斬る。当たり前だ……王都をこんなことにしたお前らを許すつもりは毛頭ない!」
最後に薬指を立て、背後に数百の宝石の矢を作り出した。
「三つ! ……悠長に話を聞いてくれてありがとう。おかげで準備が出来た」
「おいおいおい……ッ! マジでどーなってんだ! 勇者は人を殺せないんじゃねェのかよ!」
そう、その通り。つい今朝までの天川明綺羅は人を殺す覚悟なんて出来ていなかった。今だって、本当は誰も死なない方がいいと思っている。
でも、そんなことを言っていたら――大切な人たちが泣くことになる。
「クソが……あーあ、戦闘は好きじゃねェんだがなァ」
ブリーダはそう呟いた途端、ゾッ! と周囲の気温が一気に氷点下になったような心地になる。
――なるほど、強い。
それが分かる、分かってしまう。
だが、負けるつもりはない。
天川が負けたら泣く人がいる。
「覚悟はいいか、魔族!」
だから、今自分に出来る最善を。
いつか、皆が笑っていられる世界を作るために。
「俺の守りたい笑顔のため――お前には泣いてもらう!」
気合いを入れて着地し、周囲を見やる。
「なんだここは」
海、というか海岸?
足元は砂で眼前には大量の水が広がっている。
……何故疑問符がつくかと言うと、その大量の水はドブ川の方がまだマシかもしれない程の色に染まっているからだ。赤潮の出た琵琶湖でももう少し透明度がある。
「これが向こうの用意したフィールドということか」
一人つぶやき、剣を構える。
「神器解放――打ち砕け、『ロック・バスター』!」
轟!
不可視の『力』が天川の持つ剣に集約する。刀身にヒビが入って中から輝きそのものが出現した。
割れた破片が宝石に変わり、三枚の盾となる。これで準備完了。どこから魔族が襲ってきても問題ない、全力で叩き潰せる。
(……俺の相手は誰だろうか)
鎖に貫かれる寸前見えたのは、ラノールさんと志村、清田が貫かれるシーン。自分以外の三人が負けるとは微塵も思えないので、取りあえず自分が無事に帰ることを考える。
「敵の数からして一対一に持ち込んだという感じだろうが……」
「ギッギッギ、その通り。流石は勇者サマ、よーく分かってらっしゃる。ギッギッギ!」
この甲高い笑い声は――魔族たちのリーダー、ブリーダ。
一番の大物か。
「魔族、ブリーダ! 覚悟しろ!」
身を低くし、ブリーダに飛びかかろうとしたところで――
「おっとおっと、まあ待てよ勇者サマ。ギッギッギ、オレと交渉しないか?」
ブリーダは両手をこちらに向けてそんなことを言い出した。
「交渉だと?」
天川は一応剣を止めて睨みつける。
「王都をあんな風にした人間を――俺が許すとでも思っているのか!」
「許されようってんじゃねェよ。っていうかこっちだって虎の子のハウリングシムルグは殺されるわデモンアシュラもやられるわで十分すぎる程被害は出てるんだぜ?」
「バカなことを。お前等がそもそも攻めてこなければこんなことには……ッ!」
もはや問答は無用。
天川は地面を踏みしめ飛びかかる。
「おおっとォ! ギッギッギ」
ガギィン!
天川の『ロック・バスター』がブリーダの持つ何かに阻まれる。驚きとともにそれを見ると、何やら棒のようなものが握られていた。
「……神器の一撃でも破壊出来ないだとッ!?」
「ギッギッギ、いいから話を聞け……よっ!」
ブリーダはつばぜり合いを嫌ったか、水を足から噴出して跳躍する。間髪入れず宝石を撃ち出すが、身体を水に変えることでかわされてしまった。
「くそっ」
「ギッギッギ、血の気が多いなァ。人族は皆こうなのかァ?」
「黙れ」
一つ深呼吸。向こうはこちらを煽って意図的にイライラさせているのだろう。
落ち着かなくては勝てるものも勝てない。見誤るな、今自分がやるべきことは怒ることではない。勝つことだ。
天川が挑発に乗ってこなかったからか、ブリーダは少し眉をひそめると空中でさきほどの棒を構えた。
そしてその先端からびゅるん! と鞭のように水が飛び出してくる。そして一切のタメも無しに数十――いや三桁に及びそうな水球を空中に呼び出した。
驚き、目を見開く。水球の量に、ではなく――一切のタメが無いという部分に。天川が『ロック・バスター』を使う時と同じだ。
その瞬間、はたと悟る。あの棒――否、水の鞭は神器と同等の力を持っているのではないかということに。 
「さて、勇者。取引――の、内容を訊いてくれると約束するならこの武器の秘密を話してやろう。ギッギッギ、悪い条件じゃねェだろう? 取引にのるかどうかじゃねェ、ただ話を聞くだけでOKなんだから」
まさしく悪魔の誘い。
天川はじっとブリーダの動きを観察しつつ頭を働かせる。
(あの武器……どうにも怪しい。敵のもたらす情報の全てが正しいとは思えないが、聞かないよりはマシか)
自分は呼心やティアーと違って腹芸が得意なわけではないが、決して出来ないわけではない。
天川は警戒を微塵も緩めず、ほんの少しだけ闘気を収める。
ブリーダも水の鞭を消し、地面に降り立ってきた。
「ギッギッギ。それじゃあまず、この武器についてだ。嘘をつく必要も無ければ、むしろお前らに知っていて欲しい情報でもあるからな。ちゃんと真実を言うぜ」
「……俺たちに知っておいて欲しい情報、だと? どういうことだ」
「ギッギッギ。単純な話――知っておいてもらわなきゃ、対策の立てようがないだろう? 未完成でな、お前らに対策を立てて貰ってそれを修正する。そうして少しずつ完成に近づけるのさ。ギッギッギ」
……そんなもの自国の研究室でやればいいのに。
と、思ったが魔族では人族の使う『職スキル』による対策は理解も再現も出来ないからだろうか。
(どこまでも他人をモルモットとしか思ってないな……)
それにイラつきそうになりつつ、息を長く吐いて耐える。
「そうか。……それならしっかりと対策をとってお前をぶっ飛ばしてやる」
「ギッギッギ。OK、OK。それじゃあこいつなんだが――」
そう言って再び鞭を伸ばすブリーダ。
「こいつの名前は『水霊の兵』。『神器超越計画』によって作られた新たな神器の一つだ」
「新たに作られた……神、器?」
「ああ。ギッギッギ。要するにお前らの持つ『神器』を超越するすさまじい兵器を作る計画の一つだ」
オウム返しに問うた天川の言葉に自慢げな表情を返すブリーダ。
「そのうちの一つ、属性を司る魔物を使い――まあ原理はいいな。要するに無限魔力と強力な属性魔法――それを操る魔武器、それの第一段がこれらってわけだ」
「無限魔力……!?」
思わず自分の剣を見る。無限の魔力でテキトウに岩をぶつけていただけでAランク魔物すら難なく屠ることが出来ていたこの武器を。
まさしく反則、ただ努力するよりもよほど手軽に力が入るそんなものを。
「量産する気か……!?」
「ギィーッギッギ! する気か! じゃねェ! もう量産してんだよォォォォ! オレたち四人以外にもあと二人! 新造神器を持ってこの王都に来ている! お前も分かってるだろう? 神器の恐ろしさは! ギッギッギ! お前らが持つ神器は二本! 一方オレたちは六本! この数の差をどうする!?」
「取りあえずここで一本は減るから大丈夫だ!」
そう言って斬りかかろうとしたところでブリーダが「おっと!」と両手をこちらに向けてきた。
「おいおい、話を聞く約束だろうが」
「……そうだったな。取引に応じるつもりはないが」
もとより許すつもりもない。が、一応は約束だ。
「ギッギッギ。話を聞いてくれるだけで十分さ。お前はキョースケと違って言葉が通じるからありがたいぜ」
……問答無用で魔物の群れを襲いかからせてきた魔族から言葉が通じないと言われる清田は一体何をやったんだ。想像はつくが。
「さて、それじゃあ取引だ。ギッギッギ。オレからはとっておきの情報を……そしてオレからの要求はオレ一人を見逃すことだ。ギッギッギ」
「お前一人を?」
「ああ。ギッギッギ……どうせこの結界を解いた頃には勝負は終わってるだろ。どっちが勝とうが負けようが」
確かにここを出て他の三人がいたら……清田がブリーダを逃がすことはあり得ないだろう。躊躇なく殺しにくるはずだ。
「俺がその情報を聞いた上で……襲いかかるとは考えないのか?」
「その時は返り討ちにするだけだ。ギッギッギ……んで、聞くかい? とっておきの情報を」
情報。
聞くだけであれば問題ない?
それとも――
(俺に聞かせることが目的?)
そこまで思い至り、天川は思考を切り替える。
(冷静になれ、嘘を吹き込んで敵の戦力を削ぐなんてのは常套手段だ!)
天川の雰囲気が変わったのを悟ったか、ブリーダはやれやれというように首を振ると『水霊の兵』を振り上げた。
「チッ! 事前情報と違うなァ! キョースケの野郎、サボりやがったか!」
何故その名が?
天川は眉を寄せつつも『飛斬撃』を繰り出しブリーダの首を狙う。
「おっと。……躊躇なく急所を狙うとか。ホントにキョースケの野郎の情報と違うなァ。ギッギッギ」
「さっきから何故清田の名を!」
「オレがテメェに伝えときたい情報だからだよ!」
意味が分からない。
懐に飛び込もうと足に力を籠め、剣を振りかぶったところでブリーダが水に変わってしまった。
どぷん……という気味の悪い感触と共に剣が通り抜ける。さてこれにどうやってダメージを与えるか。
「それじゃァ勝手に話すぜ。ギッギッギ。オレたちが何故このタイミングで攻めてこれたと思う? 冷静に考えればおかしな話だろうがァ。第一騎士団がいない時に限って攻めてくるとか」
「……事前に間者でも放り込んでいたんだろう」
ピリッ、何故か脳に違和感を覚える。ムカムカするというか、胸がざわざわするというか……まるで目に見えない電波を当てられているようだ。
「そう! そのとおーりィ! じゃあどうして第一騎士団がいなくなった!? どォーしてこの王都の警備が手薄になった!? 答えはただ一つ! キョースケがSランク魔物を倒したからだァ! ギィーッギッギッギィッ!」
そう、その通りだ。
清田がSランカーになったから王都に隙が出来た。それは間違いない。
だが、だからといって――
「お前は、清田が裏切っているとでも言うのか!」
「ギッギッギ! そうだよ、その通りィ! アイツがオレたちに情報をもたらしてくれた! そうじゃなきゃ何なんだよあの助けるタイミングはァ! どうして王都に危機が迫ってると気づけたァ! 状況証拠も揃ってるんだよォ!」
「裏切る理由も――お前たち魔族に味方する理由もないだろう!」
神器によって生み出した宝石群を肉眼で捉えられないほど薄くし、高速回転させて撃ち出す。
ランダムな軌道で飛ぶそれらをブリーダは躱すことなく――『水霊の兵』で生み出した水塊でかき消した。
ブリーダはニヤリと笑うと鋭い水の槍を放ってくるが、天川の周囲に浮かぶ三枚の盾が自動で防いだ。
「フン」
「ギッギッギ」
鼻を鳴らし、全身に纏う光を更に引き出す。……桔梗のバフはよく分からないが、まるでもう一つエネルギーの源が自身の身体にあるような感覚になる。
さらに鋭く踏み込み、周囲に浮かぶ宝石たちと共にブリーダに斬りかかった。
「そうだなァ、普通ならそうだろうよ」
ギギィン!
『水霊の兵』で剣を受けるブリーダだが、この距離は何がなんでも嫌なのか身体を液状化させてドロリと溶け、一気に距離を取る。
「でも命がかかった場面ならどうかなァ!?」
命がかかった場面。
まさか目の前のこの魔族――ブリーダが彼の命を脅かしたとでもいうのだろうか。
しかしそれならそのタイミングで清田を生かす理由がない。
一体何を――?
「かなり前だがなァ、キョースケは覇王と戦ってるんだ。ギッギッギ」
覇王。
魔王と並ぶ、人族の最大の敵にして――天川たちがこの世界に呼ばれた理由の一つ。
たった一人でSランククラスの実力者三人をあしらい、退けた化け物。
「それがッ、どうしたッ!」
空中に生み出した宝石に乗り、空を駆けるようにブリーダに迫る。
一方ブリーダはドバドバと『水霊の兵』から水を出し、鞭のような触手が数十本生えた巨大な目を上空に生み出した。
そして――そこからまるで流星群のように触手が降り注いでくる。
「くっ」
大量の宝石をドーム状に。一重だと怖いので三重のドームでそれらの触手を完全に防ぐが、このままだとジリ貧だ。
「覇王ってのは強えェんだ。それこそ、勝てるのは魔王様しかいねェだろうよ。そんな奴とかち合って、キョースケ・キヨタが本当に生きて帰れると思うのかァ!?」
仕方が無く足元の砂浜に『職スキル』を放って穴をあける。そのまま横穴を掘って少し離れた場所から空中に跳び出した。
「こっちだ魔族!」
「ちぃっ!」
振り抜いた天川の剣は水となったブリーダを一刀両断――する寸前で触手に阻まれる。ギリギリ、届いてないか。
結果を出せば出す程就職に不利と言われる筋肉番組のように空中に生み出した足場を跳び、砂浜の方へ戻る。海の方は絶対に行くべきじゃない。
「清田が追い込まれて――お前に助けを求めたとでもいうのか!」
「その通りィッ! ギッギッギ。その通りだぜェ、勇者! アイツはオレが助けてやったんだ! ボロ雑巾みてェになってるキョースケを回復してやって、何とか逃がしてやったんだよォ! その後間に合った元Sランカーたちが覇王を退けてたって感じだなァ!」
「それが本当だとするならば俺たちに言う理由がないだろう」
「いいや? それがあるのさ、理由がな!」
ブリーダは得意満面といった笑みで両手を広げる。
「あいつは……強くなりすぎた。オレが助けてやった恩も忘れてなァ。もう邪魔だ、が……殺すのは楽じゃねェ。だからお前らに殺してもらおうと思ってな」
意味が分からない。
「もちろん、生き延びるならそれはそれでいいんだ。まだ情報を渡してもらえるしなァ……ギッギッギ。この情報を知ってどうするかはテメェらに任せるが……さっさとあいつをどうにかした方がいいんじゃねェか? ギッギッギ」
そう言って『水霊の兵』を収めるブリーダ。
「だってそうだろう? キョースケが裏切って――お前らの誰かをぶっ殺すにはちょうどいいタイミングだ。あいつは誰よりも早く結界から出てくる。警戒されてないキョースケなら異世界人をぶっ殺すのも簡単だろうしなァ!」
言っていることが無茶苦茶だ。
仮に清田が覇王との戦いで命を繋ぐため魔族に助けられたとして――それの借りを返すためにこの情報を流したというのはまだ分からなくもない。
しかし、その後もこいつらの言うことに従う必要は無いはずだ。
天川が眉を顰めるが、ブリーダは気にした風もなく首を振る。
「ギッギッギ、じゃあこいつを見な」
そう言ったブリーダは魔力をその身に集め出す。同時に木と木を打ち合わせたような音が鳴る。
「『魔昇華』」
青い……まるで澄んだ川のような色の魔力に包まれるブリーダ。そのまま魔力が収束し、二本の角が生えた。
まるで魔物――と言いたいところだが、どこかで見たことがあるような気がする。
「見たこと、あるだろう? ギッギッギ。キョースケが戦闘する時には必ずこの形態になっていたはずだ! アイツはもう魔族側の人間なんだよ!」
「な……ッ!」
清田があの姿になったのを見たことがあるのは、塔にいた時だ。試練の間を突破するために彼が使用していた。
『職』が進化して使えるようになった『職スキル』と本人は言っていたが……
「魔族と、同じ……!?」
「ギィーッ、ギッギッギ! そう! お前らが登っていた塔でキョースケは魔族であるオレたちの寵愛を受けた! オレたちの魔王の血で強くなったキョースケは以降魔族に忠誠を誓ってるんだよォ!」
そんな、清田が――って。
「お前、さっき覇王と戦った時に仲間にしたとかどうとか言っていなかったか?」
「あァ? ……ああ、アレだ。その時は指示を出しただけだ」
いきなり言っていることが矛盾しだすブリーダ。
頭にクエスチョンマークを浮かべながら、更に問う。
「それに、なんでお前の生み出したSSランク魔物――デモンアシュラを清田は殺した?」
「お前らの信用を得るためだろ」
「……清田が俺たちに疑われている状況ならそれも効果的かもしれないが、別にそういうわけでもない状況でワザワザ殺しながら俺たちを助けに来る必要が無いだろう?」
ブリーダはそっぽを向いて、ガリガリと頭を掻く。
「あー、おっかしいなァ。ノヴォールもルーツィアも、勇者の精神異常耐性はガバガバって言ってたんだが」
ブリーダは腕を組んで首をひねると、やれやれとため息をついた。
「オレの結界内で思考誘導が失敗するわけねェんだが……まァ、いいか。じゃあプランBを――ッとォ!?」
暢気に懐から何かを取り出そうとしていたブリーダの首に思いっきり剣をフルスイングしたが、間一髪躱される。
そのまま返す刀で腕を切り裂くが、今度は水となって簡単に通過してしまった。躱す攻撃と、通す攻撃があるのは何故だ。
「ギッギッギ! テメェはキョースケと違って話が通じるんじゃなかったのか!」
「それはお前が言っているだけだろうが! ……三つ、言っておくことがある」
天川は宝石の盾の上に立ち、ひとさし指を立てる。
「一つ! ……清田の技がお前ら魔族に似通っているのは確かなようだ。よって、この戦いが終わったらちゃんと事情を聞きに行く。情報提供感謝する」
今度は中指を立て、ブリーダに見せつける。
「二つ! ……そもそもどんな情報を渡されようと俺はお前を斬る。当たり前だ……王都をこんなことにしたお前らを許すつもりは毛頭ない!」
最後に薬指を立て、背後に数百の宝石の矢を作り出した。
「三つ! ……悠長に話を聞いてくれてありがとう。おかげで準備が出来た」
「おいおいおい……ッ! マジでどーなってんだ! 勇者は人を殺せないんじゃねェのかよ!」
そう、その通り。つい今朝までの天川明綺羅は人を殺す覚悟なんて出来ていなかった。今だって、本当は誰も死なない方がいいと思っている。
でも、そんなことを言っていたら――大切な人たちが泣くことになる。
「クソが……あーあ、戦闘は好きじゃねェんだがなァ」
ブリーダはそう呟いた途端、ゾッ! と周囲の気温が一気に氷点下になったような心地になる。
――なるほど、強い。
それが分かる、分かってしまう。
だが、負けるつもりはない。
天川が負けたら泣く人がいる。
「覚悟はいいか、魔族!」
だから、今自分に出来る最善を。
いつか、皆が笑っていられる世界を作るために。
「俺の守りたい笑顔のため――お前には泣いてもらう!」
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