異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

194話 解放と帰る場所と剣

「ああ、やっとみたいねぇ」


 一撃で魔物を五体蹴り飛ばしながら、ヘリアラスは呟く。


「なんでぇ……剣士じゃないあたしが管理していた神器が、『剣』なのか不思議に思ったことはないかしらぁ?」


 誰に聞かせるわけでもなく、歌うように謡うように言葉を紡ぐヘリアラス。踊りのような戦闘スタイルと相まって、まるでプリマのよう。


「不思議に思うはずがないわよねぇ、なんせ神器はその枝神に縁のあるもののみを管理できる――っていうルールを知らないんだからぁ」


 トン、と軽く跳躍する。一回転して踵落としをセイバーゴーレムに叩きこむと、その衝撃波で周囲の魔物も一緒に吹き飛んでしまった。
 枝神の力は失われている。しかし生前培った能力が全て失われているわけではない。むしろ余計な制約が消え去ったことの方が大きなメリットだ。……後で主神様には怒られるだろうが。


「確かに……キアラの管理していた『パンドラ・ディヴァー』はある意味最強の神器ねぇ」


 ある意味だけど、と口の中で呟いてから薄く笑う。
 両腕が槍になっているランスオーガ、その攻撃をいなして腹部に蹴りを叩きこむ。Aランク魔物だからか一撃で消し飛ぶことはなかったが、下がった顎に膝を入れて顔面から上を吹き飛ばした。


「でもぉ、あたしがアキラに渡した『ロック・バスター』は……シンプルに、文字通り――最強の神器よぉ」


 そんな神器が。
 ただ岩を操るだけで終わるわけがない。
 いや――そんな能力はただの上澄み。真の力のほとんどを引き出せていない。
 強力な武器故、簡単には力を引き出すことはできない。
 だが、この感覚。
 きっとアキラがやった。


「あははっ、あー……嬉しいわねぇ。望み通りオトコが成長する様はぁ」


 笑みを深める。
 かつてデネブの塔を出てすぐに、キアラから言われた「姉上はセンスが無い」という言葉。
 その通り、キアラの好みには一切合わないだろう。アキラはキョースケのような歪みが無い。真っ直ぐ真っ直ぐ突っ込んでいくタイプだ。
 真っ直ぐが故、傷つくことも多々あるだろう。それでも前に進める――それが彼の持つ魅力だ。


「あと、顔もいいしねぇ」


 それは譲れない。
 ヘリアラスは薄く笑みを浮かべて震脚で大地を揺らす。周囲の魔物たちが動きを止めたので、高速で接近し空高く蹴り上げて行く。


「祝砲……代わりにするにはちょっと綺麗じゃないわねぇ」


 青白いオーラを纏う。枝神をやめたから『職スキル』も復活した。両手の掌を合わせ、体中のエネルギーを一点に集中していく。
 蹴り技がメインのヘリアラスが持つ唯一の遠距離技。


「ふふっ……『ギガティターンの斧』」


 両手のエネルギーが身体を伝って右足に集約され、尋常ならざる輝きが辺りを満たした。
 ヘリアラスが右足を振り上げると、天に向かって光の柱が伸びる。ヘリアラスの足の動きに合わせて光の柱が振り下ろされていった。
 ズドドドド! と空中にいた魔物たちが爆散して消滅していく。その様は青白い花火のようで――。


「さぁ、後は任せたわよぉ。アキラぁ」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「一分とかデカい口叩いてくれるじゃねえか!」


 カノンウルフが叫ぶが、天川は軽く腕を振るってハンマーオーガの死体を消し飛ばした。ギロリと魔族を睨みつけ、息を大きく吸い込む。


「デカい口かどうかは……あの世で判断してくれ」


 相手は四人、それも魔族。
 今みたいに不意を突けるわけではない。完全に警戒した魔族が相手だ。
 それでも負ける気は微塵もしない。


「神器解放――打ち砕け」


 天川の右手に『力』が集約されていく。まるで津波のような圧倒的なエネルギー。それが一振りの剣としてこの世に顕現する。


「『ロック・バスター』!」


 轟!
『力』が吹き荒れ、衝撃波となって周囲に伝播していく。魔族はおろか、子どもたちすら顔を覆い、足を踏ん張る程の『力』。
 左手でビッ! と一振りすることで大暴れするエネルギーをその手中に制御した。刃が神々しく輝き、見る者全てを魅了する。


「これが……勇者の持つ、神器」


 ウィングラビットが生唾を飲み込む。その空間にいるすべての存在が天川の持つ神器に圧倒されていた。
 切っ先から徐々に細くなる逆三角形の刃。剣というには少し不思議な形をしているが、神器なのだからそれも当然なのだろう。
 赤い宝石が柄に填められている刀身を撫でるように払い、顔の前に持ってくる。
 鍔が金色こんじきに輝き、鷹が翼を広げるように三枚の刃が展開された。 
 右手を左手の上に添え、少し高く持ち上げる。立てた剣を真っ直ぐと見据えると、柄頭に埋め込まれた青い宝石が輝く。 


「難波。……子どもたちともう少し離れていろ」


 フッと片頬で笑い、子どもたちの方を振り向く。


「巻き込まれると危ない」


「こいつらは俺が護るから安心してろよ、天川。……それはそうと皆離れようなー」


 天川の持つ神器、『ロック・バスター』。それは持ち手に岩を自在に操る力をもたらす――はずだった。


「何?」


 いつもであれば神器はこの姿で完全に解放されたことになる。しかし今回はまだ止まらない。
 天川が命じていないにも関わらず、周囲にいくつもの岩石が顕現する。
 驚く間もなくそれらの表面が砕け、歪な形をした透明な宝石に変化した。


「なん……こ、これは?」


 まるでダイアモンドのような輝きを放つそれは、さらに細かく砕け流水のように天川を囲う。
 まるで星空を間近で見ているような幻想的な光景に一瞬呆けていると、『ロック・バスター』の刀身に変化が現れた。


「ヒビが……っ!?」


 パキ、パキ……と徐々に刀身の表面が剥落していく。まるで真なる力を解放するように。
 パキィィィィン……と中から透き通った刃が現れる。澄み切った海のような透明度を誇る刃は、美しく光っている。まるで夜空に輝く月のように。


「だ、脱皮?」


 一気にありがたみが無くなる感想を漏らす難波。今は黙っていてもらおうか。
 周囲の粒状の宝石たちが集まり、三枚の盾となり天川の周囲に漂う。そこでもう一度『力』が周囲に解き放たれた。
 今日はここまで、とでも言うかのように。
『ロック・バスター』が進化した? 否、そうではないことが天川には分かる。


「俺の進化に応えてくれた……ありがとう、『ロック・バスター』」


 自らの相棒に礼を言うと、フゥン……と刃が明減した。


「は、ハッタリだ! やるぞお前ら!」


 アックスオークが吠える。周囲にデコボコと尖った色とりどりの宝石を浮かび上がらせ、迎え撃つ用意をする。


(なるほどな……)


 ヘリアラスからは『岩魔術』と言われていたが、それは間違いだったようだ。
 天川が今まで自在に操っていた岩石は、力を抑えた形態――いわば原石のような状態だったのだ。
 それが天川の成長に呼応して力を解放してくれたのが今の姿。
 さらに、まだ力を感じる。どうやら『ロック・バスター』はまだ秘められた能力があるようだ。
 今の天川ではそれをとうてい扱いきれないのだろう。だから『ロック・バスター』は力を解放しきっていない。


「いつか……お前の全てを引き出してみせる。それまで付き合ってくれるか?」


 天川が語りかけると、まるで意思を持っているかのように周囲の宝石群が輝きを増す。
 肯定と受け取った天川は、ニヤリと笑う。
 地面を踏みしめ、一度剣を降ろす。一旦相手に切っ先を向け、くるりと回転させてから両手で持った剣を天高く掲げる。
 そして顔の前に構え、相手に向かって直角に足を揃える。まるで野球の構えのように――


「……来い」


 カノンウルフが尋常じゃない速度で背中の砲門から弾丸を撃ち出す。それを天川は剣の腹で受け、打ち返した。
 ギィィィン! 砲弾はその威力に耐えきれず崩壊する。しかし、異様な衝撃波までなくなるわけではない。前方に爆風が広がる。


「食らえ!」


 その隙をついて回り込んできたウィングラビット。その鋭い爪を振り上げ――ぴたり、と止まる。ウィングラビットの爪なんかよりももっと鋭い宝石達が牙を剥いたからだ。
 身体中を切り裂かれ、その傷口から体内に小さな宝石達が入り込む。そしてミシミシミシィッ! という音を立てて内部から巨大化した宝石たちが露出した。


「ぎゃあああああああああああああああああ!?!?!?!?!」


 ウィングラビットの絶叫。あまりの痛みか、目から戦意を失うウィングラビット。身体のあちこちから宝石を生やし――あまりにも無惨な姿になったウィングラビットの首を素早く刎ねた。


「……すまない、加減が難しくてな」


 無用な痛みを与えてしまったことを謝りつつ、ガトリングミノタウロスに視線を向ける。怯えからか顔を真っ青にし――しかし瞳にだけは怒りを携え、右腕の武器を構えていた。


「く、くたばれれえええええええ!!」


 ズガガガガガガガガ!
 弾幕と呼ぶに相応しい連続銃撃。普通ならば一秒でミンチになってしまうだろう。
 普通ならば。


「――っ」


 周囲に漂う宝石たちをパラボラアンテナのように天川の周囲に展開する。そして三枚の盾で全ての弾幕をアンテナ内部に弾く。 
 ガギギギギギギギギギン!
 尋常じゃない音を上げて弾かれた弾丸は、もう一度アンテナに跳ね返され……その全てがガトリングミノタウロスの方向へ正確に向かっていく。
 実弾であればこうはいかないが、ガトリングミノタウロスが撃ち出しているのは魔力弾。このように微調整しつつ跳ね返せる。 


「ぬぁっ……ぬおおおお!」


 ガトリングミノタウロスは必死にそれらをガトリングで撃ち落とす。しかしそれら全てを相殺しきることなど敵わず、自分の攻撃で血だらけになる。


「く、クソがぁぁぁぁぁ!」


 叫んだガトリングミノタウロスがもう一度撃ち出すが結果は同じ。すべてが正確に跳ね返され、再びガトリングミノタウロスを血塗れにする。


「どうなって……やがんだぁぁぁぁああああ!!!!」


 今までは雑に相手に撃ち出すくらいしか出来なかったこれらを手足のように扱えることに喜びを感じつつ、地面から撃ち出した宝石に乗って高く高く飛び上がる。
 ボロボロになったガトリングミノタウロスは、そんな天川を見てにやりと笑った。


「空に飛ぶとかバカめ! 焦ったな! 蜂の巣にしてやるぜ!」


 宝石のガードを放棄したと思ったのか、最後の力を振り絞るとでも言いたげに空中に狙いを定める。
 しかし――


「その台詞は――」


「がっ……」


 ――次の瞬間苦悶に顔を歪めた。
 天川の放った『飛斬撃』がやつの右腕を根本から切り落としていたからだ。


「――志村くらい強くなってから言うんだな」


 急降下と同時に剣を振り下ろす。頭からまっぷたつになり……ガトリングミノタウロスはその場で溶けて消えてしまった。


「たまやー!」


「たまや、たまやー!」


「たーまーやー!」


 後ろから子供達の声援が聞こえる。難波が嘘を教えたせいでたまやーしか言っていないが。


「難波! 嘘を教えるな!」


 宝石をキラキラと散らしながら、振り向きながらそう叫ぶ。


「わっはっは」


 ――が、笑ってごまかす難波。むしろ子どもたちに「もっと応援しろ」だの言っている。


「まったく……」


 今はそっちに気を取られている場合じゃないと思い直し、一つため息をついてからアックスオークに目を向ける。


「まだ……一分経っていないな?」


「う、う、うあああああああああああああああ!!」


「ば、馬鹿野郎! 考えなしに突っ込むな!」


 恐慌を起こしたか、カノンウルフの静止も聞かず全身を真っ赤にさせて突進してくるアックスオーク。


「お前を、お前を殺せば……俺も! 魔王の血族に……ッ!!」


 振り下ろされる斧をサイドステップで躱し、跳躍と同時に剣を振り上げる。
『剣士殺し』と謳われるアックスオークの硬化した表皮は――『ロック・バスター』を受け止め切ることが出来ず、肩口から斧ごと切り落とされてしまった。


「ぐあああああああ! 嫌だ、嫌だ死にたくねえ! ああ、あああああああ! 俺は、こんなところで死ぬような器じゃ――」


「――すまない」


 肩の上に着地し、苦し紛れに振り抜かれた左フックを無視して首元を狙ってフルスイング。寸分たがわず振り抜かれた剣によってアックスオークの首は綺麗に飛んでいく。


「きっと皆、死にたくない」


 最後の一体、カノンウルフに視線を向けると――分が悪いと思ったのか背を向けて逃げ出した。一つ舌打ちをして、天川は鋭い宝石を撃ち出す。


「逃げろ、逃げろ! ――これでも、食らえ!」


 カノンウルフが最後っ屁とばかりに地面に砲弾を撃ち出す。天川はその衝撃波だけ振り払い、剣を降ろした。


「天川、追わねえのか?」


「戦意が折れた相手を嬲るのは趣味じゃない。それに、今は彼らと桔梗を城にまず届けよう」


 今見逃せば、もっと多くの涙が流れるのは分かっている。仕留めるなら五秒ですむ。
 しかし、だからといって逃げる敵を追って殺すことは出来なかった。天川明綺羅の矜持として。


「ヘリアラスさんには甘いと言われるだろうな」


「しゃあねえって。正義の味方ってそんなもんだろ。そういうのは志村とかがやってくれるって」


 確かに彼なら背を向けた瞬間、後頭部を撃ち抜くだろう。そういう男だ。
 その判断が出来る男だ。
 だが、天川とて微塵も成長していないわけではない。


「それに――牙は折っておいた」


 天川はふっと笑う。既にカノンウルフの砲門には宝石を詰めた。すぐには戦線復帰出来まい。
 次に向かってきた時にまた戦う。


「あーあ、ちょっと追い付けたと思ったのにまた離されたな」


「そうでもない。どうせ方向性が違うんだ」


 天川は桔梗を受け取ると、難波が子どもたちをちゃんと抱えたのを見て走り出す。城に戻って体勢を立て直さねば。
 杭はまだ三本残っているのだから。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「桔梗ちゃん! ……明綺羅君、どうしたのこれ。っていうか、なんで金色に光ってるの?」


「魔力切れだ。休ませてやっておいてくれ。あと、金色は気にするな」


 城の救護室に戻ると、呼心が血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。


「魔力切れ? ……ああ、なるほど。ベッドあっちに空いてるよ」


「了解だ」


 桔梗をベッドに寝かせ、難波が子どもたちを避難所に連れて行くのを見てから……天川は外へ足を向ける。


「もう行くの?」


 しかしそんな天川の袖を呼心が掴む、しっかりと。


「ああ」


 彼女の方を見ないで答えると、呼心は袖だけではなく腕そのものをとった。
 そしてグイっと彼女に正対させられる。呼心はジロジロと天川の身体を眺めると、ポゥッと回復魔法をかけてくれる。


「無傷で帰ってくるんじゃなかったの?」


「うっ……つ、次は気を付ける。ありがとう」


 お礼を言うと、呼心はそんな天川と桔梗を交互に見て……頬にキスをしてきた。
 驚いて呼心の顔を眺めると、彼女はニヤッと悪い顔で――でも非常に彼女らしい表情で――笑った。


「ふぅん……桔梗ちゃんに何か言われたんだ」


「少し励まされた、かな」


「そ? それならいいけど……大事にするんだよ? 桔梗ちゃんはいい子だから」


 すべてを見透かしたようなことを言う呼心。それにちょっとだけ居心地の悪さを感じながら……同時に、何となく通じ合っているような感覚を覚えながら複雑な気持ちになる。


「ああでも、お妾さんは三人までだからね」


「……ちょっと待て、どういう意味だそれは」


「言葉通りの意味」


 いたずらっぽく笑い、パチンとウインクをする呼心。一時期流行った小悪魔系女子というやつだろうか。
 そんな彼女にどんな反応をすればいいか迷っていると、呼心は一転して真剣な表情に切り替えた。


「……明綺羅君」


 顔を掴まれ、目を覗き込まれる。


「何を言われたのか、何となく察してるよ。桔梗ちゃん気にしてたから。……でも、私は絶対にそれを言えないの」


 絶対に、の部分を力強く言う呼心。


「俺が……折れたかもしれないからか?」


「まさか。そんな柔だなんて最初から思ってない」


 天川の答えに少しだけ笑う。


「私が折れちゃうから。戦略的撤退ではなく、逃避してしまえば。だから、明綺羅君には辛いことを押し付けてると思う」


「そんなことは……」


「あーるーの。分かってるよ、頼り過ぎだって」


 ぷにっ、と唇を指でふさがれた。


「でもだからこそ、明綺羅君の帰るべき場所であり続ける。それだけは絶対」


 帰るべき場所。
 きっと桔梗にああ言われていなければ視界は塞がったままだっただろう。
 視界が塞がったまま、この言葉すら「責任感」に置き換えてしまったに違いない。
 でも、今は違う。今ならやっと呼心の言葉が届く。


「ああ、分かった」


「……あーあ、私がその表情させるはずだったのに! 桔梗ちゃんは狡い!」


「呼心たちの支えがあってこそだ」


 自分で今どんな表情をしているのかは分からない。
 だが、彼女が悔しそうに笑うということは……さぞやいい表情をしているのだろう。


「じゃあ、行ってらっしゃい。明綺羅君」


「行ってきます」


 帰る場所を守るため。
 天川明綺羅が下す今日の決断は――戦いだ。


「気を付けてね」


 呼心の声を背に受けながら、天川明綺羅は戦場に戻る。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品