異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

180話 内輪揉めと剣

 翌日。


「なん……なんでだよボケが! 責任者を出しやがれ!」


 国王から出された指示を伝えに来た呼心に激昂した阿辺が、机を蹴飛ばしながら怒声を上げた。難波がそれを宥めているが、瞳にはイライラした色が写っていた。


「その……ごめん。私の実力不足で」


 しょげて、頭を下げる呼心。天川はその肩に手を置いて「気にするな」と首を振る。


「呼心はよくやってくれたよ。……むしろ、俺の力不足だ」


「違うよ! ……違うの」


 ここは異世界人たちがよく使う会議室。まあ会議室というのは名目上で、レクリエーションルームのように使われることもしばしばだが。
 長机と椅子、そして黒板くらいしかないが教室二つ分くらいの広さがあり、ちょっとした身体を使ったゲームが出来るのもポイントだ。
 そんな会議室に明日以降について打ち合わせするために集まっていた。最初はやや浮足立った様子で話し合いをしていたのだが……朝から交渉に行っていた呼心が帰ってきてから一転、皆一様に暗い顔でため息をついている。


「そうだぜ、空美のせいじゃねえよ」


 難波がなるべく感情を抑えた表情で、呼心を励ます。木原や井川も同じように、苛立ちを抑え込み笑顔を見せてくれる。


「空美さん……その、元気を出してください」


「呼心ちゃん……その、うん。仕方ないよ今回は……」


 新井は妙に感情の読めない表情で、しかしやっぱり呼心を励ます。桔梗も呼心の手を握って優しく声をかけている。


「今回は……本当に、タイミングが悪かったな」


 国王からの指示は、「騎士団が王都からいない間、王都を守れ」というもの。
 Sランク魔物を倒したAGが現れたということは、SランクになったAGが現れたということ。
 SランクAGが生まれたら式典を行うらしい。そしてその式典のために国王が王都からかなり離れたシリウスという街まで行かなければならないのだ。
 そう、騎士団の主要メンバーと共に。


「むしろそれに付いていけるように頑張ったんだけどね」


 呼心がそう呟く。
 彼女とティアーが散々頑張ってくれたのは知っている。しかし、今回は国王の護衛を任されるまでは至らなかった。
 それはこの異世界人パーティーに――否、勇者である天川に実績が無いからだろうことは想像に難くない。誰だって、ポッと出の勇者よりも実績のある騎士団長に国王を任せたいと思うのは当然だ。
 結局、名前だけ。それを実感させられる。


「俺が……もっと……」


 ギリッ、と歯ぎしりする。今回、話し合いについていこうとした。しかし呼心からやめてほしいと言われたのだ。
 呼心は優しいから言わなかったが……天川は自分が足手まといだからということを察していた。余計なことを言うと、無意味になるからついてくるなと。
 剣でも弁でも何にも役に立たない。前に進めるはずの場所から一歩も進めないどころか、後退させられている感触すらする。
 結局、対外的には天川は最初の位置から微塵も動いていないのだ。塔で神器を持ってきた、あの日から一歩も。


「そうだぜ、空美は悪くねえ!」


 阿辺が机と椅子を蹴飛ばしながら立ち上がる。そして激情を隠さないまま吠える。


「悪いのは頭のかてぇ老害どもと、俺達の価値を分かってねえ無能貴族どもだ!」


 散々な言いよう。外で聞かれればどうなるか分からないというのに。
 しかし阿辺はそんなもの知ったこっちゃないとばかりに怒鳴り散らす。


「なんだよクソが。俺らを勝手に呼びつけておいて外に出さねえなんざ意味が分からねえ! ちやほやするわけでもなく軟禁しやがってよ……!」


「お、おいおい、阿辺。落ち着けって」


 流石に難波が止めに入って肩をたたくが、阿辺は勢いよくその手を振り払う。


「うるせぇ!! 俺に指図すんな難波ァ!」


「あーもう……天川、悪いな」


 難波が困ったように頬を掻く。彼はよく阿辺と友人づきあいが出来るものだ。
 天川は首を振って難波に気にしてないと合図を出し、阿辺の暴走を眺める。他の人が暴れていると、案外自分もスッキリするものだ。それが赤ちゃんのように駄々をこねているだけだとしても、逆にそんなみっともない真似が出来ない人からすれば救いの一つになりうる。


「どうせ俺らが怖いんだろ! 呼びつけておいて勝手な奴らだぜ。そもそも国王が一声かけりゃ俺らだって外に出れんじゃねえのか!?」


 更にヒートアップして、壁を蹴飛ばす阿辺。壊れる壊れる。


「チッ、でも何が悪いって一番わりいのは清田だ清田! あの野郎がSランク魔物を倒さなけりゃこうはなってねえんだよ! あの屑が!」


 清田は今回、そんなに関係ない。
 流石に言い過ぎだろうと止めに入ろうとしたところで――ヒヤリ、と冷気が漂った。
 なんだ? ――と思う間もなく、眼鏡をかけた女性が阿辺の前に近づく。新井だ。


「阿辺君、今のは言い過ぎだよ」


 しかし阿辺はその静止を無視し、さらに口汚く罵る。


「ああ?! 何が言い過ぎだよ! こんなもんじゃ言い足りねえよ、あのド屑が! 清田が悪いのは誰が見ても明らかだろうが! あの野郎、デネブの塔で俺らの邪魔をしただけじゃ飽き足らず! ……今回の件だって狙ったんじゃ――」


「――阿辺君」


 名前を、一言。
 それだけで部屋の温度が五度は下がった気になる。それほどの殺気。
 思わず天川は剣に手を伸ばし、呼心と桔梗を庇う位置に立つ。難波は即座に阿辺から離れ、井川と木原はお互いの前に出ようとしてぶつかっていた。何してるんだ。
 しかしその殺気をぶつけられた阿辺本人は微塵も分かっておらず、首をひねるだけだ。


「あ?」


 新井は前髪で目が隠れるようにうつむきながら、ボソボソと阿辺を注意する。


「今のは、言い過ぎだ、よ。……清田君は、自分の仕事を果たしただけ、だよ」


 どこか虚ろな声。しかし阿辺は気にせず床を踏みつけて壁に拳をぶつけた。


「んなわけねえだろ! あんの陰キャ根暗野郎が! 俺らが羨ましいからこうして邪魔してるんだよ、そう思うだろ難波ァ!」


「いや、俺は……その……と、取りあえず阿辺、落ち着け?」


 いきなり話を振られた難波がしどろもどろになりながら静止を試みるが、微塵も聞く気が無い阿辺は大きく舌打ちして新井を突き飛ばした。


「清田がわりいんだよ!」


 新井はその場に尻もちを搗く。それで引くかと思いきや、彼女はコテン、と首を真横に倒してから立ち上がった。


「阿辺君。……いい加減に、して。清田君は悪くない、よ。謝って」


 新井がそう言うと、更に阿辺はヒートアップして目をグワッと見開く。


「謝る!? はぁ!? 謝んのは清田の方だろうが俺らは被害者だぞ!」
 

 ――瞬間。
 ゴッッッッッッッッッッッッッ!!!!!
 阿辺と新井の間で魔法がぶつかり合った。異様な冷気と魔力のこもった氷の槍が新井の周囲に漂い、生み出されると同時に阿辺に向かって射出される。


「うお……ッ! な、なにしやがる新井!」


 阿辺は両手で顔を覆っているが、無傷だ。そういえば『自動結界』という強力な『職魔法』を手に入れたと言っていた。恐らくそれが発動したのだろう。
 しかし新井はその結界を意に介さず、更に細く鋭い氷の矢をいくつも撃ち出した。


「……謝って」


 尋常じゃない速度で飛ぶそれが結界の一点に集中して撃ち込まれ、阿辺の結界が崩壊する。ビシッ! と阿辺の頬に一筋の血が流れた。
 さしもの阿辺も驚いた顔になり、即座に杖を構えて詠唱する。


「何言ってやがんだこの女……ッ! 『威圧の力よ! 救世主の裕哉が命令する! この世の理に背き、全てを阻害する結界を! シャットアウトプリズン・トリプル』!」


 阿辺が呪文を唱えると同時に、三重の結界が構築される。それによって全ての攻撃が弾かれるが、新井は表情一つ変えず別の魔法に切り替える。今度は氷の刃を生み出して上から切り裂くように撃ち込んでいく。
 斬!
 阿辺の結界が切り裂かれるが、その瞬間全く同じ攻撃が新井の方へ跳ね返ってきた。阿辺得意の反射結界だ。
 新井はめんどくさげに手を払うと、跳ね返ってきた魔法が掻き消える。


「クソが……!」


「……謝って」


 いくつもの氷の槍をいなし、跳ね返して場当たり的に対処する阿辺。一見互角の攻防だが、どうしても受け身になってしまう阿辺がやや不利か。


「って、冷静に分析している場合か! 修練場に転移だ井川!」
 

「あ、ああ!」


 井川が急いで呪文を詠唱し、その場にいた全員を移動させる。天川が咄嗟に暴れてもいい場所と思って転移させたのだが――そこにはかなりの数、騎士たちが訓練していた。そりゃ王城の修練場だ、誰もいないはずないか。
 唐突に現れた天川たちに騎士たちは目を白黒させるが、そちらを構っている暇はない。即座に新井と阿辺を止めねば。


「……『霜の力よ、氷結者の美沙が命令する。この世の理に背き、切り刻む氷の刃を。アイス・ブレード』」


「チッ!」


 新井が詠唱し新しい魔法を放つ度、阿辺が押されていく。魔法構築の速さは新井の方が上らしく手数の差が出てきている。
 阿辺は反射による攻撃を諦めたか防戦一方となっているものの、その防御力は堅牢の一言。攻撃の全てをしのぎ、時折結界を飛ばして新井に反撃している。


「お、おい! 新井、やめろ! 阿辺もだ!」


「うるせぇ! このクサレアマが悪いんだろうが! 先にあっちを止めろ!」


「謝るなら、私もやめる。『霜の力よ、氷結者の美沙が命令す……』」


 お互い止める気が無い。やむを得ず天川は剣を抜き――


「大変なことになってるで御座るなぁ。あ、拙者は阿辺を止めるから新井殿をよろしく頼むで御座るよ、天川殿」


 ――いざ、というところでのんびりとした声をかけられた。


「志村……アレを止めれるのか?」


 実力は知っているが一応問うと、志村はヒラヒラと手を振ってスプレーのようなものを取り出した。


「無論で御座るよ。さっさと止めるで御座る」


 口元は涼やかだが、目が笑っていない。天川が実力を疑うようなことを言ったからだろうか。


「……ああ、分かった」


 天川は頷き、新井を見据える。


「新井、止めろ!」


 狙うのは腹。流石に峰とはいえ女性の顔を狙うわけにはいかないだろう。
 天川の接近に気づいた新井はチラリと天川を見ると、興味ないとばかりに阿辺への攻撃に戻った。


「謝っ、て」


 舐められているとは思うがこれは好機。そのまま懐へ入り――


「え……あぐっ!?」


 ――ボッ、と。
 いきなり何もない空間が爆ぜた。風魔法によるものでも火魔法によるものでも、もちろん氷魔法によるものでもない。原理の一切分からない力で空間が爆発し、天川を吹っ飛ばした。
 咄嗟に剣でガード出来たから良かったものの、直撃を受けていたら生半可なダメージではすまなかっただろう。


(なん……いや、考えている間は無いか)


 少々荒っぽくなるが、空間ごと薙ぎ払おう。
 息を吸い込み、野球をやっていた時のように構える。足を肩幅に開き、剣をしっかり握って胸の前へ。
 その構えを横目で見た新井は、流石に片手間で対処するには厳しいと判断したかこちらへ注意を向けた。天川に杖を向け、口内で何か呪文を呟く。
 数瞬後、二人の間で『力』と『力』がぶつかる――そう思われた瞬間、ぴたりと新井の動きが止まった。


「……なん、だ。先に……倒され、ちゃった」


 まるでトランス状態にいるような新井。その瞳は視点が定まっているとは考えづらく、薄ぼんやりとどこか遠くを見ているようだ。


「というわけで催眠ガスで御座るな、いやぁ良く作れたで御座る」


 そんな呑気な声を上げる志村の方を見ると、その足元に阿辺が寝っ転がされている。天川が新井の対処にまごついている間に、素早く制圧してしまったらしい。


「催眠ガス自体は温水先生が作った奴なんで御座るが、拙者がスプレーに入れて秘匿性を高めたから実質拙者の手柄と言っても過言ではないのでは?」


「いや過言でしょ」


 朗らかに呼心がツッコミを入れ、ニコニコとした表情で周囲に謝罪する。


「お騒がせして申し訳ありませんでした」


「実は拙者がこの催眠ガスを使って欲しくてこんな感じになってしまったんで御座るよ。予想以上に熱くなってしまったようで御座るな。いやぁ、面目ない」


 志村も申し訳なさそうな表情で周囲に謝罪する。……どうも、喧嘩でやらかしたということは無しにしたいようだ。
 強引な誤魔化し方にも思えたが、天川もそれに乗っかる形で周囲に頭を下げる。
 周りで見ていた兵士たちも何となくそれで納得したのか、それとも騒ぎに巻き込まれるのを嫌ったかあやふやな表情を浮かべて三々五々散っていった。
 後に残されたのは天川たち異世界人のみ。天川は一つ咳払いをしてから新井に恐る恐る話しかけてみる。


「……新井、そのだな、清田のことで怒ったのは分かるんだが……」


 天川の方を向いた新井は、何も言わずコテン、と首を横に倒した。
 そのあまりに機械的な挙動にぎょっとして彼女を見ていると……新井は徐々に徐々に瞳に光を取り戻していき、ハッとした表情になって頭を下げた。


「す、すみません……。ついカッとなってしまって……」


 先ほどまでのボソボソとしたたどたどしい喋り方とは違う、ハキハキとした喋り方。いつも通りの雰囲気になってホッとすると同時に、何故? という疑問が浮かぶ。
 異様な雰囲気だった。それこそ、危ういほどに。しかしそれを訊くのはやはり躊躇われたため、首を振ってから話を変える。


「ああ。……一応、俺たちは仲間だ。阿辺はヒートアップし過ぎてはいたが、だからといっていきなり暴力はダメだ」


「そう……ですよね。すみません」


 深々と頭を下げる新井。その様子からちゃんと反省しているのだろうと察せられる。


「抑えるつもりだったんですけど……」


「ああ。人間、カッとなることはあるが……俺たちは既に相手をこ、……傷つける力を持っている。そのことをしっかり自覚しないとダメだ」


 殺す、と言いかけて取りやめる。大人しい新井の性格上、そんな強い感情よりももっと手前で自制出来るはずだ。
 新井はジッと黙って天川の話を聞き……こくんと頷く。今度は機械的ではなく、非常に人間らしい動きで。


「皆さんも、迷惑をかけてすみませんでした」


「気にしないで、美沙ちゃん」


「ああ、正直ちょっとスッとしたぜ」


 呼心がパタパタと手を振り、木原がニッと笑う。桔梗も苦笑しつつではあるが、木原の言葉にうなずいていた。
 井川ははぁ~……と深いため息をつき、阿辺に近づく。


「志村、アレはどれくらいで目覚める?」


 足元の阿辺を指さしながら井川が問うと、志村は「いい笑顔」でビシッと指を七本立てる。


「……七十分か?」


「七時間で御座る!」


「……物騒なもん作るなよ」


 生徒に使われたと知ったら温水先生はどう思うだろうか。……案外、何とも思わないかもしれないか。


「取りあえず、こいつは部屋で寝かせとくよ」


 大きくため息をつく井川。


「じゃあ俺、鍵持ってるから一緒に行くわ。あ、木原? こいつの足持って」


「何であたしが……」


「ありがとう、井川、難波、木原。後でまた会議室に来てくれ」


「了解」


 難波と木原を連れて、井川が転移していく。後に残された天川たちは大きなため息をついて天井を仰いだ。


「そういえば志村、よく助けに来てくれたな」


「……あんだけ魔力をダダ漏らしにしてたら拙者じゃなくとも気づくで御座るよ」


 呆れた表情の志村。申し訳なく思ってペコリと謝罪しておく。


「すまない、迷惑をかけて」


「まあ仕方ないで御座るよ。阿辺の悪評は拙者のところまで届いているで御座るからな」


 苦笑いする志村。悪評、という部分には天川も苦笑せざるをえない。
 これで阿辺が結界師という有能な『職』じゃなかったら、今頃もっと御しやすかっただろうか。


「じゃ、拙者も行くで御座る」


 そう言った志村が出て行こうと天川の横を通りすがりざま――


「これ以上、異世界人の評価が下がることをしてどうする。転移する場所を考えろ」


 ――ぼそり、と。
 にこやかな笑みのまま志村に釘を刺され、ばつが悪い気分になる。
 軽率な判断をした自分を恥じつつ、彼が出て行った方を見ながら心の中で言い訳をする。


(もっと人のいないところ……それこそ森の中とかに転移すればよかったな)


 反省。それと同時に、阿辺についての文句が浮かぶ。


(阿辺は……本当にどうしようもないんだが)


 これでも出来る限りのことはしているつもりなのだが、阿辺はどうにも動きが読めない。いや、際限なく暴れる彼を止めることが出来る人間はそういまい。


「一人……いないことはないが」


 佐野の顔を思い出し、再びため息をつく。彼女がいると多少暴走したとしてもそれなりに抑え込めたものだが。


「無い物ねだりをしても仕方が無いか。……皆、壊れた物が無いか一応確認してから戻ろう」


 女性陣にそう声をかけつつ自分もチェックを開始する。
 しかし阿辺はともかくとして新井は完璧に魔法を制御していたらしく、修練場に何か破壊された部分は無かった。
 そのことに安堵しつつ、天川たちは修練場を後にした。

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