異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

179話 派閥と友と剣

「現状、アキラ様を取り巻いている派閥は大まかにわけて、王家派、革新派、反王家派、そして騎士団派の四つですわね」


 優雅な仕草で紅茶を傾けるティアー。どんな時でも優美さが失われないのは育ちの違いだろうか。


「王家派がいてくれるからまだ何とかなっていますけど……」


 ――王家派。
 派閥としてのスタンスは昔から王家と関係性が深く、考え方にも基本的に賛同しているどちらかというと保守的な派閥。


「あの派閥は卑怯なだけですわ。アキラ様から甘い汁をすするためにいい顔しているばかり」


 確かに、あの派閥は明綺羅に対して関係性の強化と支援することは前向きだが……それは彼女の言う通り、甘い汁をすするためのものだろう。明確に敵ではないし利用しようとすることも無いが、逆に何かマズいことが起きた際に手助けしてくれることも無いだろう。


「分かりやすい立ち位置なんですけどね。頼りにし過ぎることも出来ませんし」


 もっとも、数が多いことも相まって非常に使い勝手のいい派閥であることは間違いないのだが。


「ただ、今回の件は王家派が手助けしてくれたんじゃないですよね」


「ええ。アキラ様が外へ出るための依頼を出してくれたのは革新派のグレイドル家の当主の方ですわ」


 革新派。
 派閥としてのスタンスはこれまでの在り方を変えるため、場合によっては王家と敵対することも厭わない強硬的な面もある派閥。だからと言って私腹を肥やそうとしているわけではなく、あくまで国益のために行動している。


「こちらが国に対して利益をもたらす限りは邪魔をせず、むしろ援助も惜しまない。ですが逆に不利益になることをするようだったら……」


「容赦なく牙を剥くでしょうね。それが彼らですわ」


 情に流されることも無い、非常にビジネスライクな派閥だ。呼心の個人的な感想ではあるが、非常に貴族らしいと思ってしまう。 


「正直な話、わたくしからしてみれば等価交換さえ意識すれば便宜を図ってもらえる革新派の方々の方が動かしやすいですわ」


 ため息をつくティアー。確かに自分の(正確には親の)派閥よりも動かしやすいというのは微妙な気分になっても仕方ないだろう。


「やっと三日前にミリシターノ・グレイドル子爵と話を付けられましたのに」


 今回の案件は、明綺羅が外に出るための理由として十分なものだった。
 ハダルは、非常に閉鎖的な街だ。山内にあることも手伝って人の行き来もそう多くない。
 さらにハダルではAGが忌み嫌われている。それも閉鎖性を助長する一因だろう。
 そんなハダルの街で、最近『人食い』と呼ばれる害獣が出没しているらしい。とてもハダルにいる人員では退治に人を回せず困り果てているようだ。
 本来であればAGがそういう害獣などの駆除をするものだが、ハダルではそれが出来ない。
 そこで、明綺羅たちの出番だったというわけだが……。


「ハダルで害獣退治という小さいながらも実績を作りつつ、ハダルの領主に借りを作れるチャンスでしたのに……」


 この件でもっとも奔走してくれたのはティアーだ。主に 政敵の籠絡や情報収集などで。
 そんな彼女の苦労を考えるとここまで落胆するのも道理だろう。


「ハダルの領主は反王家派じゃなくて無所属でしたよね」


「ええ。……仮に反王家派なのだとしたらアキラ様にその領地に近づいてすら欲しくありませんわ」


 姫がしていい類いではない顔になるティアー。彼女がこんな顔になるのだから王家から見た評価は推して知るべきだろう。
 反王家派。派閥としてのスタンスは文字通りいつか国の乗っ取りを考えているというかなり過激なもの。こちらは権力欲の強い人間が多く、どちらかというと国の益はあまり考えていない。


「あの国賊どもは……即刻打ち首にでもすべきなのに父上は何も処分をせず!」


 実際のところ、一部の国民から根強い支持を得ているため下手に処分すれば国民の反感を買う。
 また、そうでなくとも「王家に逆らえば処刑される」ともとられかねないため動くことは出来ないのだろう。
 ティアーもそれが分かっているので普段は言わないが、やはり快く思って無いのだろう。


「明綺羅君に対する態度もその性質がよく反映されてますもんね」


「あの連中はアキラ様のことを人語を解す兵器くらいにしか思っていませんわ。どう利用してやろうかって顔に書いてありますもの!」


 それには全面的に同意だ。呼心も一番の警戒対象としている。
 利用しようとしているが故に甘い誘惑は数多く、一度でも頼ってしまえば真綿で首を絞めるように追い込まれていくだろう。
 権力欲が強く狡猾な人間が多いため仮に利用する時は細心の注意が必要だ。


「ギリギリ……」


 歯ぎしりするティアー。そのはしたない顔に思わず苦笑いしてしまう。


「ティアー王女、淑女がしていい顔じゃありませんよ」


「おっと、いけませんわ」


 口もとに手を当てておほほと可愛らしく笑うティアー。今さら誤魔化せませんよ、姫。


「スマイルですよ、スマイル。……社交界の掟を教えてくださったのはティアー王女じゃありませんか」


 彼女はこれで外面は完璧だ。さらに暗愚で色ボケで明綺羅にぞっこんで政治など何も知らない……という姫を完璧に演じきっている。
 そのおかげで情報収集の能力やギリギリの交渉など、一切のボロを出さずにここまで乗り切っている。
 彼女の本性を知っているのは一部王家派の人員と呼心、明綺羅くらいのものだ。志村はマール姫経由で知っているようだが。


「取り乱しましたわ」


「正直、こんな感じでよく外面完璧に出来ますね」


 そう言ってカップを傾けると、ティアーはほんの少しだけ頬を朱に染め……目線を逸らしてつぶやいた。


「その……お友達、なんて初めて出来ましたから……少々ハメを外しても良いではないですか」


 拗ねるような口調、口元を尖らせてちらりと見てくる姿にドキン、とハートを射抜かれる。彼女の完璧な美貌と、普段の態度とのギャップこの二つの相乗効果は並大抵の人間なら即座に心を奪われてしまうだろう。
 ……並の人間であれば。


「……自分の美貌を武器にして私を骨抜きにしようとしても効きませんからね。ちゃんと気をつけてください」


「むぅ、ココロは相変わらず強敵ですわ」


 即座に表情を戻すティアー。正直、この手の演技は未だに勝てる気がしない。


「ヒステリックなのも演技なんですから驚きです」


「だって落ち着いたでしょう? ココロさん。先ほどは随分慌ててらした様子でしたから。まあ、言っている内容は全て本心ですが」


 言われた通り、彼女がああしてヒステリックに騒いでくれたおかげで呼心の頭はしっかりと落ち着いてくれた。やはり自分以外の人が騒いでいるのを見ると妙に落ち着くものだ。
 彼女とて混乱していただろうに、呼心の心の状態を見抜いて落ち着くよう演技してくれたのはありがたい。流石に年季が違う。 


「お互い本当に落ち着いたところで、最大の問題について話し合いましょうか」


 呼心がそう切り出すと、ティアーは(演技でもなんでもなく)げんなりとした表情になる。


「最大の……問題が、騎士団派なんですから世も末ですわ」


 騎士団派。厳密には王家派の分派で派閥としてのスタンスは非常に王家派と似通っている。しかし明綺羅へのスタンスは真逆で排除すべきという考え方だ。


「こういう言い方はあまりよろしくありませんが、彼らは騎士団出身で武功を以って成り上がった勢力ですわ。それ故、昔から誰かが武功を立てることに非常に敏感なのですわ」


 騎士団派の主張はこうだ。


『異邦人に武力的に頼り切りになるわけにはいかない。だから勇者アマカワのみならず異世界人全員を特別扱いしてはならない』


 言わんとしていることは分からなくもない。しかしこれは表向きの、いわば後付けの主張に違いない。


『騎士団以外の人間が武功を立てることで自分たちの立場が脅かされるのは困るので、早いところ明綺羅達を追い出したい』


 というのが本音だろう。


「異世界人に対して本当に風当たりが強いんですよね」


 普段から騎士団以外の人間が武功を立てることを嫌がる彼らだ。よりによって自国の人間でない明綺羅達が活躍するのは嫌に決まっている。 


「特にオーモーネル大臣はラノールさんへの私怨も相まって酷いものですよ」


 オーモーネル・マイギル伯爵。マイギル家の現当主にして、この国の大臣の一人。主に軍事や治安維持などに強い力を持っている騎士団派のトップとも言える人間だ。
 この家は王家からの信頼も厚く、何人も騎士団長を輩出している家柄なのだが――


「今年は第一騎士団の団長をラノールさんに取られましたものね」


 公的には騎士団の間に格式や伝統としての上下は無いことになっている。しかし給料は無視できない程の差があり、どう足掻いても第一騎士団以外の人間は爵位を与えられることも無い。
 もちろんこれは業務内容――第一騎士団で言えば命懸けの戦争や、災害救助、普段の厳しい訓練など――の差からくるものであるのだが、これらを踏まえて第一騎士団と第二、第三騎士団の間に格差があると考えている人は多い。


「でもやはり、第一騎士団の団長というのは別格ですわ」


「そう……ですね」


 武功を立てたい、あわよくばラノールを今の位置から引きずり下ろしたい。そのためにはラノールが目にかけている明綺羅を取りあえず埋もれさせる。
 忠臣と言っても過言ではない働きぶりの騎士団派を王家が無下に出来るはずもなく、彼らを邪魔する人間はいない。
 さらに騎士団派には大臣など権力を持つ人間が多いことから足を引っ張る手段も豊富だ。
 厄介、その一言に尽きる。 


「王城から出ればその邪魔も減るはずなのに……もういっそ、このまま出ましょうか」


 呼心の提案に、ティアーは首を振った。


「ココロさんも察している通り、それは無理ですわ。……SランクAGが新しく生まれるということは父上がシリウスに行くということ」


 そう、国王が大移動するのだ。それに騎士団がついていかないわけにはいかない。
 そして騎士団がついていくということは、王城の警備は手薄になる。軍隊の大半が出て行くことになるのだから、当たり前だ。
 ここで一つ、天秤にかけなければならないことが出てくる。それは国王の無事と王城の守護だ。
 もちろん、どちらも大切なことは変わらないが……強いて順番をつけるとするなら国王、王城の順番と判断されるだろう。今の国の状態から考えて。
 つまり騎士団は必ず国王を守護する。それもラノールも連れて最大戦力で。
 しかしそうなれば王城の守護するのは……


「次点の最大戦力、勇者を王城に置けと言いだすのは当然ですわね」


「特に彼らは王都の守護に関しては大分口を挟みますからね……言ってくるのは当然と言うべきかもしれません」


 一般には周知されていないが、王都のギルドに魔族が入り込んでいたという前例もある。王城の守りを固めない理由は、無い。


「清田君の式典はいつ頃になりそうですか?」


「通常でしたら、十日から十五日以内といったところでしょうか。そしてシリウスまでは通常でしたら五日ほど、足の達者なAGでしたら四日ほどで王都から着きますわ」


 しかしそれはあくまでAG単位で行った場合だ。国王が行くとなれば大名行列のようになってもおかしくはない。
 そうなれば五日どころではなく六日……いや七日はかかるだろう。


「そんな長い間、王都から最高戦力がいなくなることを認めるはずがありませんわ」


 往復で十四日、更に式典のことも考えれば三日、四日と追加されてもおかしくない。となれば十八日……およそ二十日前後は王都を離れられなくなるとみていいだろう。
 そうなれば、明綺羅が王城を出るために受けた「おつかい」を騎士団派に奪われるかもしれない。計画がパァだ。 


「……明綺羅君を、城から出すのが一層難しくなる」


「タイミングというものを考えて欲しかったですわ」


 二人で、目を合わせてため息をつく。
 明綺羅の天下はどこまでも遠い。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「清田が……? なんだって、それは本当か?」


 ラノールとの訓練を終え、これから食事でもというタイミングでばったり志村に出会った。いやばったり出会ったというか、いつも通り学生服のままで扉の横で腕を組んで待っていたのだ。


「拙者もビックリしたで御座るよ」


 何で知っているのかは聞かない。AGギルドから聞いたか、そうでないなら清田と独自の会話ルートでもあるのだろう。
 それよりも重要なのは、彼がSランク魔物を倒したことだ。


「清田が……そうか」


 拳を握って、開く。
 二度、三度同じことを繰り返し……天井を仰いだ。


「信じられないくらい駆け足で、遠くまで行くんだな」


 遠く。
 背が見えるようになってきていると思っていた。しかしそれは勘違いだったのかもしれない。
 実力は伸びた、間違いなく伸びた。
 一歩だって立ち止まっているつもりはない、しかしそれでも距離が開いていくばかりだ。


「なぁ、志村。俺に何が足りないんだと思う?」


 返ってくる答えが分かっていながら、メガネの小男に問う。
 やはり自分よりも随分前を走っているその青年は、一考すらせず答えた。


「実戦経験で御座ろうな。練習は大切で御座るが、それを試し切り出来る場所が無ければ成長も実感できないで御座る」


「……だな」


 実戦経験、試し切り。
 毎週のようにクエストには行っている。徐々に倒す敵も強くなっているはずだ。でも、足りていない。
 塔へ行けば、再びゴーレムドラゴンのような強力な敵と戦えるだろう。しかし天川を取り巻く状況がそれを許さない。
 ティアーや呼心が自分をこの雁字搦めの状況をどうにかしようとしてくれているのは知っている。しかしそれが上手くいっていないことも知っている。
 相手は海千山千の貴族たち。十代の少女とはいえ王女であるティアーすら力不足なのに、呼心はほんの少し前までただの女子高生だったのだ。太刀打ちできるはずもない。 
 それでも、それでも。


「……実戦経験、さえ積めば俺も少しは前に進めるだろうか」


「さぁ? でも、今よりマシになるのは間違いないで御座るな」


 明後日から。
 やっとこの王城を抜け、実戦経験を積む旅に再び出ることが出来る。
 最初は自分たちが修行したくて戻ってきた王城。それがどんどん政治的ないざこざに巻き込まれ、気づけば牢獄と化していた。
 それも明後日までだ。
 やっと、一歩を踏み出せる。
 天川が笑みを浮かべていることに気づいた志村が、首をかしげる。


「あまり気落ちしていないようで御座るな」


「そりゃ、いつまでも落ち込んではいられないさ」


 あの日から、なるべく休憩する日を作るようにしている。そのおかげで修行の効率も上がった。
 さらに考えをまとめたり、ラノールさんから預かった勇者アルタイルについての手記を読む時間を取ることが出来るようになった。


「ほんの少しだけ気持ちが落ち着いたんだ」


「それはいいことで御座るな」


 軽い口調の志村。今度は天川の側が違和感を覚え、首をかしげる。


「志村こそ、友人が大出世するのにあまり嬉しくなさそうだな」


「……友人じゃない、親友だ」


 ほんの少しだけ目を鋭いものに変えた志村がそう言い、すぐに雰囲気を戻して首を振った。


「嬉しいで御座るよ、勿論。ただ、色々あるんで御座るよ」


 曖昧な笑みを浮かべる志村。その瞳には、やや悔しさの色が滲んでいる気がする。


「……同じ道じゃないっていうのは、誰よりも拙者自身が知っていることで御座るが。それでも、男としてどうしても思うところがあるんで御座るなぁ」


 照れたような、悔しがるような……そんな本当に妙な表情で頭を掻く志村。それを見て、何故か天川はホッとしてしまう。


(……志村も、ちゃんとまだ人間なんだな)


 同時に苦笑する。自分は目の前の小男のことを何だと思っていたのか。


「志村は、このまま王城でマール姫の護衛を続けるのか?」


「当たり前で御座ろう? 拙者の選んだ道はそれで御座る」


 間髪入れず、そして迷いの無い目で頷く志村。しかし直前の表情を見ていたからか、何故かいつものように遠く遠くは感じない。
 確かに遠いのだが、背が見えるような距離。


「天川殿が外に出るのなら餞別でも用意した方がいいんで御座るかな」


「いや、いいよ。……あまり大々的にやるものでもないしな」


 というか、本当は戻ってくる予定になっているのだからそんな大々的にされてしまうとバレるかもしれない。それは避けたい。
 ハダルの街へ行って害獣を倒し、そのまま偶然・・別の事件に巻き込まれる手筈になっている。そしてその別の事件を解決した後、王家派の貴族でティアーの幼馴染であるというソリューンさんという人の家に身を寄せることになっている。
 ソリューンさんはカノープスという街の領主。そこでティアー、ラノールと合流して新たな拠点として活動する予定だ。
 一見、王家への背信ともとられる行為かもしれない。しかしこのカノープスという街は塔があることで逆に街の経済が滞っており、それを正常化させるためという言い訳が立つ。
 いずれ王城には戻らねばならないかもしれないが、その前に交渉材料となる実績を手に入れてから戻ってみせる。


「志村」


 決意を籠めて、目の前の――自分よりもだいぶ前を走っている男に拳を向ける。


「もしも清田と話す機会があったら言っておいてくれ。すぐに追いつくと」


「……分かったで御座る」


 こつんと拳をぶつけて笑い合う。
 きっと、きっと上手くいくはずだ。
 一切根拠もなく天川は思っていた。










 異変まで、あと五日。

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