異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

157話 登頂なう

 俺がキアラを抱いたままその場に座りこんでいると……冬子とリャン、それにシュリーがこちらに向かって駆けよってきた。


「マスター!」


「京助、大丈夫か!」


「ヨホホ! って、キアラさん!? だ、大丈夫なんデスか!?」


「ああ、俺は平気。キアラも目をつぶって休んでるだけ」


 活力煙を燻らせながら、そう答える。俺の手の中で休んでいるキアラは、紫煙を燻らせながらヒラヒラと手を振った。
 皆も流石にヘトヘトなので、一端地面に座り込んで休憩タイムとした。


「しかし……京助。倒せるものなんだな、あんなデカい魔物を」


 討伐部位を眺めながらそんなことを言う冬子。確かに、前の世界基準で考えなくても難敵だったことは間違いない。
 大怪獣バトルって、画面の向こうを見る分にはいいけど実際に巻き込まれたらたまったもんじゃないよね。まあ俺もその大怪獣の一体なんだけどさ。


「ヨホホ、キアラさんがぶっ倒れるっていうのは珍しいデスね」


「戦闘の余波が街まで及ばないようにしてくれていましたからね。そういった意味では、我々の中で一番働いてくれていたのではないでしょうか」


「もっと褒めても良いのぢゃぞ?」


「はいはい」


 キアラにしては珍しく、働いてくれた……というよりも彼女が働かないといけないくらいにはヤバかったんだろう。
 Sランク魔物、流石に強敵だったね。


「さて、いつまでものんびりしてられないか。そろそろ街に戻ろう。報告もしなくちゃいけないしね」


「いや、その必要はあるまい」


 ――俺が立ち上がろうとした瞬間、ピリッとした殺気を叩きつけられる。キアラも一瞬で覚醒し、仲間たちも戦闘態勢だ。


「……この殺気、何のつもり?」


 そう言いながら、視線を上げる。黒いシルエットが太陽を背に降りてくる。
 その男は初めて会った時のように――荒々しく、それでいて華麗に着地すると、いつものように涼やかで捉えどころの無いニヒルな笑みを浮かべていた。


「やぁ、タロー」


「黒のアトラだ」


 流石に今のヘトヘトな状態で、アレの相手は無理だ。
 俺は活力煙を咥えたまま……武器を取り出し正対する。


「おそらく、ミスターマルキムがこのことは報告済みだ。帰ればまた何かあるだろうが……取り敢えず、お疲れさまと言っておこう」


「労いに来た……にしては、少々剣呑過ぎやしないかなぁ」


「そうだな。……さて、私が来た理由はたった一つ。キミたちに問うためだ」


 タローはどこからともなく弓を取り出し、矢をつがえた。


「ミスター京助、キミたちは名実ともにこの世界の超人たち、即ちSランクに名を連ねることとなる。この名前は重い。何故なら……化け物、と同義語だからだ」


「そう……だね。まあ、その覚悟はあるつもりだよ」


 何せ、と言葉を区切ってから俺は周囲の仲間を抱き寄せる。ここにはいないけど、マリルも腕の中に抱えているつもりで。


「――皆と一緒なら、その程度乗り越えられる」


「京助……」


「マスター……」


「キョースケさん……」


「その意気ぢゃ。――それで? タローとやら、そんな程度のことを聞きにきたんじゃあるまい。本題を話したらどうぢゃ。妾達が人族に敵対するなら殺す、のぢゃろう?」


 タローの眉間にしわが寄る。
 否定する気は無いのか、そのまま弓を引き絞るタロー。


「普段ならこの人数に勝てないから……疲れてる時を狙ったってことかな?」


 皆を放し、防御のために槍を構える。


「わかっているなら話は速い。どうなんだ?」


「特に敵対する理由は無いけど?」


 俺が肩をすくめると、タローは更に弓を引きながら俺へ向かって真剣な口調になる。


「ふっ、はぐらかすのか? 私が問うている内容がそうじゃないことはわかっているだろう? 敵対しない、というのは何があっても・・・・・・、ということだ。文字通りな」


 タローの目は鋭い。きっと、俺の答え如何によってはその弓は平気で俺ののどを射抜くだろう。


「私たちは、街を一瞬で滅ぼすことが出来る。キミもだ。そんな強大な力を持つ君が敵に回ったとしたらどうなる?」


 以前も言われた、その問い。『力』を持つものが背負う業、カルマ。


「この世界を滅ぼすわけにはいかない。そうなる前に――可能性があるなら摘む。それが私たち執行官リブラの仕事だ。さぁ、ミスター京助。君はSランクAGか? それとも――Sランク魔物か?」


 Sランク魔物。あんな尋常じゃない化け物を倒せる俺は確かに――化け物、の一人なのかもしれないね。
 きっと『力』を持つ者は必ずこの悩みに直面するのだろう。目の前にいる人間を平気で押しつぶせる、この『力』を持っている。
 そしてそれは全て『自身の正義』のみによって行使される。その危険性。
 理解し、考えた上で――俺は、しっかりとタローを睨み返した。


「俺は、俺だ。SランクAGになろうと」


「ほう……それは、つまり?」


「人族が俺たちに敵対しない限り……俺も敵対しない。利を提供してくれるなら従おう。だが、俺の仲間に手を出すっていうなら……」


 槍を体の前に突き出し、解き放つ。


「喰らい尽くせ――『パンドラ・ディヴァー』!」


「……それがキミの答えか。ミスター京助。私に弓引くということは……」


 俺の神器を見たタローは、射竦めるように目を細くする。


「そうなるね」


 肩を竦めながら、状況を分析する。この体力でSランクAGとやりあうなら……流石に終扉開放ロックオープンしないとダメかな。かといって、その隙を与えてくれないだろう。ならば、まずはどうやってそれを作るか。
 そう思って戦闘態勢に移行しようとしたところで……タローが弓を下ろした。さっきまであったピリピリとした殺気が消えている。
 タローが殺気を出さずに人を殺せるだろう――そう、思うけどやはり殺気を消した相手に向かってこちらも気を張り続けるのは少し違う。


「――試すような真似をしてすまなかった。謝罪しよう」


 俺も武器を降ろしたことを確認したタローが、軽く頭を下げる。同じAG同士で頭を下げるのは、同格の時だけ。ということはつまり……彼は認めるってことなんだろう。
 俺が、人類最高峰に名を連ねることに。


「心臓に悪いからやめて欲しいんだけど」


「何を言う。ヒヤヒヤしたのはこちらの方だ。何せ、美人四人に手をかけなければならないかと思ったのだからな」


 いつも通りなことを言ってスッと近づき……キアラの肩に手を回そうとする。俺がそれを止めようとする間も無く、タローの手がバシィッ! っと、尋常じゃない勢いで弾き飛ばされた。
 ちょっと意外な展開に驚いてキアラを見ると、彼女は心底嫌そうな顔でため息をついた。


「本当にこの国も、ギルドも……昔から変わっておらんのぅ。分かっておっても腹が立つ」


 キアラはそう言うと、苛立った表情のまま俺に抱きついてきた。


「お主らはいつもそうぢゃ。妾が生きておった時代からまるで成長しておらん……。こやつが人族に徒なす者に見えるかの?」


「そうだ! キアラさんの言うとおり、京助が人族の敵になる時は、お前等が先に裏切った時だけだ!」


「マスターがいたずらに人々を傷つける人間に見えていたとするなら……その目をくり抜いて銀紙でも詰めていた方がまだマシではありませんかね?」


「ヨホホ……ピアさん、仮にも師匠に手厳しいデスね。とはいえ、同感デス。キョースケさんがそんな狂ったことをやるはずがありませんデス」


 何故かピタッと俺にくっついてそんなことを言うシュリー。何というか、この前からボディタッチ多くなってきたねシュリーは。
 全員から反論されたタローは、少し気まずげな顔になると、ポリポリと頬をかいた。


「確かに、いくら私でもミスター京助の人となりを知らない訳ではないが……仕事なのだ。勘弁していただけないだろうか」


「マスター、やっちゃいましょう」


「ヨホホ、とりあえずワタシが炎弾を撃って動きを止めるデス。その隙にマスターは魔法を……」


「いや、待って待って」


 俺は二人を止めながら、タローに声をかける。


「取りあえずタロー、俺は合格ってことでいいのかな?」


 無茶苦茶生意気というか、扱いづらいことを言った自覚はあるのでそう問うと、タローは「フッ」とニヒルな笑みを浮かべる。


「ああ。そもそもここで媚びを売るような笑みを浮かべて『人族に従う』、なんて言う人間はSランクAGになんかなれないからな。というかそっちの方が従順なフリをして後から裏切る準備に見える」


 そんなもんかな。まあタローがそう言うならそれでいいか。
 俺はため息をついて、神器をしまう。


「騒がせて悪かった。後で謝罪の意を込めて贈り物をさせていただくよ。昇格祝いも兼ねてな」


 タローがそう言った次の瞬間、その足元から尋常じゃない数の蔓が出てきて彼の体を包み込む。
 その蔓が消えた瞬間、彼の姿も同時に消え去っていた。


「逃げおったの」


 思いっ切り魔法の準備をしていたキアラが、苛立たしげにそう言ってのびをした。
 俺は新しい活力煙を咥えて、火を灯した。


「ふぅ~……じゃ、改めて帰ろうか」


「そうだな。っていうか京助、タローさんはこれからどうするんだろうな」


 抜刀していた冬子も剣をしまい、やれやれと肩をすくめた。


「どうって?」


「これ以上彼が家にいることを私たちが許すとでも?」


 全員キアラまでもが頷く。まあ、皆のことを考えたら彼をこれ以上家にいさせるわけにもいかないか。
 その辺はどうしたものか、とは思うが……。具体的な解決策が浮かばない。


「未だに……怖がっておるんぢゃのぅ。まあ気持ちは分からんでもないが」


「キアラがそういう風に怒るなんて珍しいね」


 俺がそう言うとキアラは少しだけ口の端を歪めた。


「そうぢゃの。妾もやきが回ったか」


 そんな彼女に皆何も言わず、街の方を向いた。


「……じゃ、帰ろうか」




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 




 タローとの問答を終えてアンタレスに帰ると……なんと、街の門付近が尋常じゃない程飾り付けられていた。


「皆! キョースケだ、キョースケが帰ってきたぞ!」


「何!?」


「ホントだ! キョースケさんだ!」


「やった! ホントに街は救われたんだ!」


「救世主に万歳!」


「「「万歳! 万歳!」」」


 一斉に俺たちに向けられる万歳。いや、状況が分からない。


「な、なにこれ……」


 俺が絶句していると、タローがニヒルな笑みを浮かべて俺たちへ近づいてきた。いや、何でお前出てきたし。


「英雄様の帰還だ。街をあげて祝福するのは当然のことだろう?」


「英雄様、ね……あ、タロー。離れておいた方がいいよ、たぶん刺される」


「そ、そのようだな。では失礼……おっと!?」


 ヒュッと、彼の横をナイフが通り抜ける。リャンの投げナイフか。
 タローはそれを間一髪で回避し、人混みの中に消えていった。……あいつ、何しに出てきたんだろう。


「チッ、外しましたか」


「惜しかったな、ピア」


「皆、タローに対するヘイト高すぎない?」


 俺も、皆がSランク魔物扱いを受けていたとしたら怒っていただろうから何とも言えないけど。


「執行官、ねぇ……」


 それがどんな部署かは分からないけど、まあ汚れ役を引き受ける部署ってところか。


「目を付けられてたのは面倒だな……」


 一つため息をついて、周囲の情景を見て……もう一度ため息をつく。なんというか、見せ物になった気分だ。


「キョースケさーん!!」


「リルラ。なんでここに――ゲフッ!」


 頭からボディに突っ込んできたリルラ。嫁入り前の淑女がはしたない。


「流石です!」


「ああ、ありがとう」


 俺に抱き着いてきたリルラにお礼を言うと、パッと冬子がリルラを引きはがした。


「あー……いやいや、私子どもですよ? しかも彼氏持ち。そんな相手に嫉妬は大人げないんじゃ……」


 呆れた様子のリルラ。そんな彼女に対して、冬子は肩を竦めてデコピンした。


「嫉妬とかじゃない。京助は疲れてるんだ。過度なスキンシップは勘弁してやってくれ」


「……じゃあ、トーコさんに。流石です、お疲れ様です!」


「ぐはっ!」


 今度は冬子がリルラヘッドバットの餌食になった。哀れ。
 俺たちはリルラを伴ってギルドに向かって歩くけど……皆、至る所から祝福の言葉を投げかけてくれる。こんなに感謝されると、やっぱり倒せてよかったな……という感想が浮かんでくる。


「ああ……! キョースケさん、ご無事でしたか!」


 その言葉で振り向くと、幸薄そうで若干頬とかが汚れた……それでも美人だとよく分かる女性が一人。
 鍛冶師のヘルミナだ。


「ヘルミナ。キミも来てくれたんだ」


「はい! だってSランク魔物の魔魂石を持って帰ってますよね!? 何せ『魔石狩り』ですから!」


 そっちかい。いや彼女らしいけど。
 そんなヘルミナはくるりとシュリーに振り返ると、その大柄な体で小柄なシュリーを抱き締めた。


「ご無事で……良かったです」


「ヨホホ、ご心配をおかけしたようで。申し訳ないデス」


 二人でしばし抱き合う。百合の花が咲き乱れそうな関係だけど、二人って知り合いだったっけ。
 覚えてないので二人に尋ねると「このローブはヘルミナが作ってくれた」とのこと。そして俺らの中で一番付き合いが長いと言われた。マジか。


「あの時は……黙って出ていきましたし……今回も帰ってこないかと思いましたよ……」


「ヨホホ、ごめんなさいデス」


 少しそっとしておいた方がいいか。
 そう思って俺が二人から視線を外すと、見覚えのあるアフロがこちらへ歩いてきた。


「ああ、カリッコリー」


「お疲れさんですわ。急にSランク魔物出てきてビックリしましたよ」


「それは俺もだよ」


 ふと、彼が持っているのがいつもの楽器ではないことに気づく。弦楽器であることは間違いないんだけど、なんか妙に大きいというか……。
 イメージとしては、チェロくらいあるギターって感じ。


「コレで演奏してへんと、パニック収まれへんかったんですわ。やー、ほんま大変でしたよ。お得意さんやからいうて加勢には行きゃしまへんですし、ほんならこっち抑えといたろーと思いまして」


 ジャーン……と巨大ギターを鳴らすカリッコリー。それだけで、なんだか心が落ち着くような気がする。
 ……なるほど。
 今、こうしてアンタレスの人々が俺たちを快く迎え入れてくれているのは……カリッコリーのおかげ、って部分が大きいのかもしれないね。


「ありがとね」


「礼には及びませんよって。ほな、またお店来たって下さい」


 ヒラヒラと手を振って帰っていくカリッコリーに、心の中でもう一度だけお礼を言って、ギルドへまた足を向ける。


「ん?」


 ギルドの前まで来たところで、俺たちの方へやって来たのは……マルキムだ。ただ他の皆のように死ぬほど喜んでいるという様子はなく、いつも通りだ。
 いつも通り――俺たちがクエストから帰ってきた時と同じように葉巻を咥えて俺に肩を組んできた。


「おう、お疲れさん」


「ああ、ありがとう。……なんか、テンションが普通だね。いやそっちの方がありがたいけど」


「そりゃ当然だろ」


 そう言ったマルキムはのんびりとした声で笑顔を作った。


「お前がSランク魔物くらいに負けるなんてこれっぽっちも思っちゃいねえよ」


 ニッと、爽やかな笑みを浮かべるマルキムが一瞬イケメンに見える。ハゲのくせに。
 でもストレートに褒められたと思うと……やっぱり、少しだけ頬が緩んでしまう。


「……そっか」


 嬉しいやら、こそばゆいやら。信頼されてたってことなのかな。


「あれ? でも、俺がSランク魔物と戦ってたことに気づいてたなら、助太刀に来てくれてもよかったんじゃない?」


 すっと目線をそらすマルキム。そしてごにょごにょと口元を動かして「いや……お前がSランク魔物くらいに負けるなんてこれっぽっちも思っちゃいねえよ」と、さっきと同じことを言った。
 ……内容は一緒なのに、一気にニュアンスが変わるから言葉って面白いよね、うん。


「ま、まあそれはいいじゃねえか。無事だしよ!」


「まあね」


 なんとなく釈然としないものを感じながらも、俺はマルキムに組まれていた腕を外し、ギルドの扉に手をかけた。


「キョースケ」


 そんな俺に、後ろからマルキムが声をかける。


「おめでとう。そしてようこそ――」


 その声には確かな威厳と覚悟が籠っていて……自然と、俺の背筋が伸びた。


「――頂の世界へ」


 頂、か。
 でもそれはきっと……一つの頂から、雲の上に伸びる数々の頂を見れるようになったというだけなのだろう。
 頂は、スタートライン。他の頂が見えるようになってから初めて、相手との背比べが実現する。


「住み心地はどうなの?」


 振り向かずに問うと――背から、楽しそうなマルキムの声が返ってくる。


「今お前が感じてるそれが、オレの答えだ」


 なるほど。


「――悪くない」


 ギルドの扉を開ける。
 そこにはアンタレス領主、オルランド・カーマ・ハイドロジェンが立っていた。



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