異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

156話 交わる煙、なう

 修行の結果を見せようじゃないか。
 そう思って攻撃しようとした俺たちの機先を制して、ソードスコルパイダーが跳躍して襲い掛かってくる。
 咄嗟に全員で散って躱すが、ソードスコルパイダーは横に一回転して尻尾を振り回してきた。ぶつかりはしないが、威力は凄まじい。当たれば十分以上にダメージを負うだろう。……当たれば、の話だが。


ッ!」


 体に纏った風で加速し、すべての攻撃を躱す。糸を出せなくなったソードスコルパイダーは攻撃手段が毒と衝撃波しかない。そんな単調な攻撃が俺たちに当たるはずもない。
 しかし、敵もさるもの引っ掻くもの――Sランク魔物の意地か、はたまた変化する前の魔族二人の意地か、それとも両方か。
 ソードスコルパイダーはひと際大きく跳躍すると、辺り一面に毒をまき散らしてきた。


「……そういうのを鼬の最後っ屁って言うんじゃないかな」


「京助! このままじゃ街に被害が!」


「大丈夫――ハァッ!」


 いったん『ストームエンチャント』を解除して、通常の魔昇華に戻る。この状態ならば三属性全ての魔法が使えるので――風、炎を混合させた竜巻ですべての毒を跳ね返してやる。


「さすがはマスター」


「ヨホホ! でも奴も何かしてくるデス、皆さんお覚悟をデス!」


 彼女らの傍まで駆け寄り、ソードスコルパイダーに正対する。いつでも来い、そろそろ決着だ。


「キィィシャァァァァァアアアアア!!!!」


 空気を震わせ、血液が沸騰しそうなほどの異音。しかしそれを何とか風と水の結界で防ぐと……ソードスコルパイダーは地面に着地して、何故か尻尾から毒を発射せずたらりと奴の眼前に垂らした。
 俺は冬子、リャン、シュリーを守るように槍を構えると……


『カカカッ、マズイ! キョースケ、離脱ダ! キアラも連れて飛び上がリヤガレェッ!』


「えっ、それはどういう――」


「キシャァァァアアアアアァァァァァキィィィィイイイイ!!!!!」


 轟!
 奴は垂らした『毒』を自身の出す衝撃波に乗せてこちらに撃ちだしてきた。それだけなら何とかなる――そう思った理性に本能が怒鳴りつける。
 アレは、ヤバい。


「クッ――キアラ! 転移して来い!」


「ふむ」


 もう一度『ストームエンチャント』、そして俺は三人を抱えて空へ飛びあがる。少し離れたところにいたキアラはしっかりと俺の腕の中に転移してくる。
 全員を風で固定しなおし――皆細いけど、流石に片手で二人は厳しい――五人で合体して空中を駆ける。


「両手に花ぢゃな、それも花束ぢゃ」


「言ってる場合じゃないよね!」


 俺たちの足元を通り過ぎていく毒衝撃波。しかし先程までの衝撃波とも、毒とも違い触れていないところまでドロドロに溶かされている。
 さらにソードスコルパイダーは口からも毒を出し……地面、つまり森を汚染しだした。


「――ッ、な、何なんだアレは! っていうか京助! どこを触ってる!」


「ヨホホ……コレ、凄まじいデスね。あ、キョースケさん、もう少し下を抱えていただけると……そ、そうデス。ヨホホ、恥ずかしいデスね」


「地形が変わりますね……あ、マスター。もう少し上です、そう、胸の辺り……あいたっ」


 アホなリャンの頭を冬子が叩く。ナイスツッコミ。
 俺が地面を見ると……


(森が……紫に染まっていく)


 おぞましい色だ。毒沼のよう……自然破壊なんてレベルではなく、地形の上書きとでも言った方がいいレベルだ。


「キシャァァァァァアアアア……」


 さらに毒が広がる。ソードスコルパイダーは毒衝撃波をこちらに撃ちだしてくるが、何がなんだかわからないために迎撃も出来ず四人を両手に抱えたまま空中で躱し続ける。


「毒……あんなに強力だったっけ、キアラ」


「ふむ……見るに、アレは奴の本当の『毒』なんぢゃろうな。しかし……視よ、奴の足を」


 促されてそちらを見ると、何とソードスコルパイダーの足もジワジワと溶けてきている。


『カカカッ、本来――ソードスコルパイダーは洞窟トカデ戦う魔物ナンダロウ。自分は天井などを駆け回り、地上を溶かシテジワジワ追い詰める。蜘蛛の巣の真下は毒の池にナッテルンダロウナァ!』


「なーる……でも、ここは彼にとって不利な土地だった、と。でも流石にこのままやられるわけにもいかないから最後の手段としてあの毒を使ったのか」


 ギュン! と飛んでくる毒衝撃波を大きく旋回することで躱し、さてと相手を睨みつける。


「……しょうがない、このまま空中から攻撃しようか」


「いや、その必要はあるまい。妾が地面の毒だけは何とかしてやろう。その代わり、他の援護は期待するでないぞ?」


 キアラが頼もしいことを言う。


「大丈夫なんですか、キアラさん」


「ちと、魔力を使うからのぅ……ふむ、キョースケ。ちゃんとあの毒沼をどうにか出来たらご褒美はあるんぢゃろうな」


 チラリと悪戯めいた笑みで俺に目線をくれるキアラ。
 俺は少しだけ考えた後……肩をすくめた。


「一個だけ言うこと聞いてあげるよ」


「ほう! では妾と同衾――」


「「「ダメです(デス)!」」」


 三人で口をそろえてキアラを睨む。
 俺はその光景に苦笑いしながら、やれやれと首を振る。


「――全会一致で可決されたものだけね」


「お主は妾に対してだけ優しく無いのぅ……まあ良い。ではやるかの」


 キアラはそう言って呪文を唱えだす。
 彼女がわざわざ詠唱するのは珍しい――そう思っていたら、ぼんやりと彼女の体が金色に輝く。


「これが妾の神威――の、一端ぢゃ。『セイクリッド・ディバイン・オーダー』!」


 彼女がそう言った次の瞬間カァッ! と眩い光に地面が包まれ、次の瞬間には


「なっ……え、なっ……!?」


「長くはもたぬ。原理は後で説明してやろう。ぢゃからはよう倒せ」


 キアラが珍しく額に汗を浮かべている。常に余裕の表情な彼女がここまでしなくてはいけない魔法だ、ということが分かり俺たちの背筋が伸びる。
 地面ではソードスコルパイダーが何度も汚染しようと地面に毒を垂れ流しているが……不思議なことに地面まで辿り着くと毒が消えてしまうので、森はキレイなままになっている。
 俺たちは全員でうなずくと、キアラに向かって親指をたてた。


「ありがとう。じゃあ、行ってくる」


「うむ」


 みんなを地面に降ろし、俺たちは各々の武器を構える。


「さて……行こうか!」


「「「ああ(はい)!」」」


 俺は『ハイドロエンチャント』に切り替えてその場に縫い付けるように水の結界を展開する。地面から伸びる水がソードスコルパイダーの動きを縛り、数瞬とはいえ隙を作る。


「行くぞっ!」


 それを逃さず冬子が体の魂を迸らせながら突進していく。一気に決めるつもりだろう。彼女は剣を担ぐように構えると大地を揺るがすほど鋭く踏み込み、蒼の奔流と黄の激流が渦を巻くように彼女の刀に収束する。
 そして現れるのは龍の幻影。否、彼女の気迫がそれを幻影以上のものに押し上げている。


「おおおおおおおおおおおお!!! 『昇龍煌刃』!」


 それはまるで花火、いやこの荒々しさはむしろ打ち上げロケット。彼女の剣を躱そうとソードスコルパイダーは跳びずさろうとするが、ギリギリで逃げ切れない。俺の結界はその程度で振り切れるほど甘くない。
 斬! と足が三本斬り飛ばされる。機動力を失ったソードスコルパイダーはガクッと動きを止め、腹が地面につく。


「では更に機動力を削ぎましょうか。ムシケラは地面に這いつくばるのがお似合いだと思うので」


 フッと唐突にソードスコルパイダーの足に現れるリャン。次いで彼女のナイフが振り下ろされ――次の瞬間尻尾に紫電が奔り、彼女がその場所に現れる。
 その瞬間、ドッ! と彼女がさっきまで立っていた足が爆散する。そして彼女が同じことをすると、今度は別の足に現れた。


「行きます――!」


 彼女が転移する度、ソードスコルパイダーの体が爆ぜる。まるで爆発が彼女を追いかけて行くようだ。
 瞬く間に敵の体中を蹂躙しつくしたリャンは、最後に背に着地した。尻尾が千切れ、脚が吹き飛び、文字通りムシケラのように地面を這いつくばる。
 まだ前腕の剣は無事だが、牙を抜かれたも同然だろう。


「――『飽和クリティカル・刺突オーバーフロー大群雀蜂デスアーミー』」


 彼女の持つ『雷刺』で転移しながら、電光石火で魂を撃ち込み……内部から身体を破壊しつくしたのだ。
 しかしそれでもまだ蠢き、俺たちの方へ這って、這って近づいてくる。


「――ッ! リャン、戻れ!」


「はいっ」


 いまだに無事な方の尻尾から飛ばされる毒を躱し、リャンがこちらへ走ろうとするが、膝がガクッと崩れる。
 息をのみ、すぐさま風で彼女をこちらへ引き寄せようとするが――一瞬遅れ、既に毒を纏った尻尾が彼女に振り下ろされていた。


「くそっ!」


 間に合わない! そう思った刹那――ズバン! と尻尾が蒼と黄の奔流によって切断された。冬子だ。


「京助! ピアは回収した!」


 男前にそう叫んだ冬子は、リャンをお姫様抱っこしてソードスコルパイダーの背を右へ左へと跳ね回り、そして空中で回転して地面に着地した。


「……せっかくマスターに助けてもらうチャンスでしたのに」


「言っている場合か。まったく、世話の焼ける」


「トーコさんに言われたくはないです。未だにマスターにアピール出来てないじゃないですか」


「そ、それは今関係ない!」


 何やら彼女らはもめているが……上手くソードスコルパイダーの足が切断された側に降りたからか追撃は無い。
 しかしそれは冬子とリャンの方だけだ。俺とシュリーに向かってソードスコルパイダーは吹き飛びそうな程の轟音を叩きつけてくる。


「キイィィィィィシェェェェアァアァァァァァアァァァァ!!!!!」


 まさに超音波と言う外ないそれ。風で結界を張りガードするが……シュリーは待ってましたと言わんばかりに口元をニヤケさせた。


「ヨホホ……ようやく大きな口を開けてくれたデス。『大いなる恵みの力よ、魔法使いリリリュリーが命令する、この世の理に背き、わが眼前の敵を薙ぎ払い燃やし尽くす、五つに連なる紅蓮の獅子を! ブレイズ・レオ・ファング・グォレンダァ』!!!」


 彼女が詠唱を終えた瞬間、紅蓮の獅子が五体現れる。精緻に編まれた魔法の造形はまるでギリシャ彫刻のよう。しかし内包しているエネルギー量は辺り一帯を焦土に変えてしまえるほどだ。以前は一体までしか出せなかった彼女の必殺魔法、『ブレイズ・レオ・ファング』。それが――五体も。
 しかも一体一体が圧倒的にデカい。魔物と言われても疑わないレベルだ。
 その獅子たちは一斉に雄叫びを上げると、ソードスコルパイダーの体中に食らいつく。


『『『『『グォォォォオオオオ!』』』』』


 ズン……!
 まさに獲物を捕らえる獅子のごとく、灼熱の牙で蹂躙しつくす。ソードスコルパイダーは体の至る所から爆発を起こし……もうもうと煙を上げながら動きを止める。
 シュリーは俺の横にペタッと女の子座りでへたり込む。杖を支えにして、口元に少しだけ微笑みを浮かべている。


「ヨホホ……よ、四体も『詠唱待機』するのはキツかったデス」


 ああ、なるほど。彼女の持つ数少ない(って言うと拗ねるけど)『職スキル』の一つである『詠唱待機』で四つ溜めてたのか。
 詠唱した魔法を発動しないままためておく、っていうのはそれなりに慣れた魔法師なら出来ることだ。しかし、それはあくまで発動タイミングを溜めているだけで、厳密にストックしているわけではない。しかし彼女はスキルによって魔法をストック出来るのだ。
 以前までは三つほどしかストックできなかったようだが、キアラとの修行によって魔力変換効率や、ストックの効率が良くなったことによって今や五つまでストック出来るようになったようだ。


『「キ、キ、キ、キ……マ、マ、マ……』」


 どっかのホッケーマスクみたいなうめき声をあげているソードスコルパイダーはもはや死ぬ寸前。足も無い、尻尾も壊れた。体の内部は大炎上。後は死を待つだけだろう。
 なのに……ぎしっ、と軋む音を出しながらこちらへ向かってくる。


「『キサマ・キサマ・キサマ・キサマァァァァァァァァ!!!!!」』


 そのあまりの威容に、俺は神器を構えて『ストームエンチャント』を発動させ空中へ飛びあがる。


『「キサマ・を! 殺す!!』」


「そう。――なら、俺が引導を渡してあげるよ」


「『キサマァァァァァ・キョースケ・ッキヨタァァァァァァ!!!!」』


「魔力を回せ。決めに行くよ」


『カカカッ! リョーカイダゼェ、キョースケ!』


 俺は上空へ駆けあがり、体に暴風――否、文字通り嵐を纏って急降下する。本来ならば一切の色が無い『風』だが、今回は密度があまりに高く、更に俺の魔力を十分に渡しているため……薄く、鮮やかな緑色に輝いている。
 ソードスコルパイダーが俺の方を見上げ、最後の力とばかりに剣を振り上げる。十字にクロスされて撃ちだされた衝撃波は、まるで空間を食いつぶすように俺の方へ迫ってくる。


「――『テンペスト・デスピア』」


 呟き、加速にのみ意識を集中させる。俺が生み出した風という暴力は、ソードスコルパイダーの衝撃波を完全に飲み込んで散らし――突っ込んでいく。
 叫び声を上げたソードスコルパイダーの背に――さっき俺が壊した背の部分に――体ごと、槍を突き立てる。
 そのまま体内に突き入ると、内部を風で蹂躙する。体内に撃ち込まれた俺という嵐は、ソードスコルパイダーの頭を残し隅々まで蹂躙する。
 そして、爆散。
 尋常じゃない轟音と衝撃が周囲にまき散らされる。大丈夫だとは思うけど、皆はこの衝撃で吹き飛ばされて無いだろうか。
 奴の息の根が止まっているのを確認すると同時に、保護しておいた頭部から魔魂石を抜きだす。
 そして残るのは尻尾と剣。……討伐部位か。


「うーん……流石Sランク魔物。すごい大きさだね」


 煌々と妖しく、見る者を惑わすような輝きを放つ魔魂石。その大きさは魔物の生態に反してあまり大きくない。歪な形で、人の頭部二つ分くらいの大きさだ。ただし、内包する魔力量はSランク魔物そのもの。
 神器を元に戻し、『ストームエンチャント』も解除する。首をコキッと鳴らし……活力煙を咥えた。
 指に火を灯し、活力煙につける。紫煙がふわりと青空に上っていく。まるで勝利を知らせる狼煙のように――


「ふぅ~……ああ、美味い。ってか、コレ……ギルドに見つかったら怒られるかな、大丈夫かな。ま、いいか」


 俺がそう言って踵を返すと、何故か街の方からわっと声援が聞こえてくる。何かあったんだろうか。


「その呆けた顔はなんぢゃ」


 暢気なことを考えながら活力煙をふかしていると、フラフラとキアラがこちらへ歩いてきた。
 その足取りはあまり軽やかとは言えず、彼女は俺を突き飛ばすかのような勢いで倒れこんできた。
 慌てて槍を仕舞い、その細い体を受け止める。


「む……悪いの、キョースケ。しばし妾の体を支える許可をやろう」


 顔色も悪く、魔力も少なくなっている。さっきの魔法が相当堪えたんだろうか。


「相変わらず偉そうだね」


 何とか自立させると、キアラは顔色が悪いながらも肩をすくめてみせた。


「神ぢゃからな」


 ニヤリと浮かべる不敵な笑みは、いつものキアラだ。命に別状があるとか、そういうわけじゃないらしい。


「お主は街に帰れば英雄ぢゃ。何故か分かるかの?」


「……そっちの方が、偉い人にとって都合がいいから?」


「それもある。しかしそれ以上に……やはり、Sランク魔物を周囲に被害無く倒すということは大きい功績なのぢゃ。Sランク魔物が出てくるということは、三つや四つ街が滅んでもおかしくはない。……何せ、討伐するためには『人類側の化け物』も遠慮なく戦うわけぢゃからの」


 その余波は尋常じゃない、か……。
 俺だって個人だったら、もっと全力を――それこそ終扉開放ロックオープンクラスの力を――出さなくちゃ勝てなかっただろう。
 そうなっていたら、今くらいの被害で済ませておけた自信は無い。っていうか、そもそも毒沼だってキアラがどうにかしてくれてなかったらあのまま街を飲み込んでいたかもしれない。


「まあ、そういうわけぢゃ。覚悟しておくことぢゃな」


 そこまで言ったキアラは、何故か俺の活力煙を箱から一本取り出した。


「煙管を出すのは面倒ぢゃからのぅ……ああ、い。自分でける」


 彼女はそう言って自分の口に咥え……俺の活力煙に近づいてきた。俺も活力煙を指で押さえ、押し付けた。
 俺の活力煙の火が揺れ、彼女が咥えるそれから紫煙が上がる。じっくり三秒ほどそのままにした彼女は……頬を緩ませ、俺の腕に体重を預けた。


「っと」


「妾は休む。お主は妾の揺り籠になる権利をやろう」


 そう言って目を閉じる彼女に……俺は苦笑いしか浮かばない。
 このままだと不安定なので、俺は彼女をお姫様抱っこする形になる。


「……ホント、偉そうだね」


 そう呟くと、キアラはすました顔で活力煙を揺らした。


「美人ぢゃからな」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品