異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

153話 規格外なう

「京助……知り合いか?」


「不本意ながら。以前に一度だけね」


 前と同じローブ姿で現れたギギギは地面に降り立った。彼がフードをとると、そこにはニヤついた笑みと、ギラついた殺気が浮かんでいる。


「魔族か」


「そうだよ」


 前はマルキムと二人で取り逃したけど……


「今日は倒させてもらうよ、ギギギ」


 周囲に魔力は感じられない。どうも、今日はお仲間を連れていないらしい。用心深いギギギが一人で乗り込んでくるとは思えないから何か策でもあるんだろうか。
 背筋に何やら冷たい物が走る。『嫌な予感』だ。


「ギッギッギ! ……調子に乗るなよぉ? キョースケ。ギッギッギ、それにオレの名前はギギギなんて珍妙なモンじゃねぇ」


 殺気を隠そうとせず周囲に充満させるギギギ。どう見たって味方じゃないその雰囲気に俺の仲間たちも一気に殺気立つ。


「そ。――まあ、これから死にゆく相手の名前なんてどうでもいいんだけど」


 俺、冬子、リャンは武器を構える。
 シュリーも詠唱の準備を始める中、キアラだけは平然として煙管を咥えた。


「囲まれておるのぅ」


「……なんだって?」


 俺が問い返すと、ギギギがにまぁ~と嫌らしい笑みを浮かべて指を鳴らした。
 次の瞬間、俺の周囲に大量の魔物たちが現れる。それらは全て優にAランククラスの魔力量を持っており、見たことの無い魔物ばかりだ。
 まったく気づかなかったけど、それは魔物の能力じゃない。恐らくはギギギの力。
 皆が驚いて俺の周囲に固まる中、キアラだけは落ち着いた表情だ。


「ほっほっほ……ひい、ふう、みぃ……ふむ、数は十三か。桁が一つ足らんのではないかの?」


 指折り数えるキアラが、トンと俺の肩に触れる。
 俺は一気に体内で魔力を練り上げ――


「そうだね。せめてもう二百体くらい持っておいで。ギギギ」


 ――全力でそれを解放する!
 轟! と『力』が俺を巻く。右手を天に掲げ、振り下ろすことで上空にとどまっていた魔法が発動する。
 直径十メートルほどの火球。それが周囲の魔物に向かって雨あられと降り注いだ。


「――『デッドエンドメテオ』」


 吹き荒れる炎、着弾した瞬間に隕石が落ちたかと見紛う程の爆発。全てを蹂躙する暴力。魔法という圧倒的なエネルギー。
 風の結界で周囲への被害を一応軽減しているが、それでも地形が変わってしまうのは致し方ない。
 まあ爆風でアンタレスの住民に被害が出ることは無いだろう。


「ヨホホ……相変わらず桁が違うデス」


「広域殲滅ならお手の物だよ」


 辺りに立ち込める煙を風で払う。そこにはギギギを除いて一体の魔物すら生きちゃいなかった。


「これやると魔魂石取れないから嫌なんだけどね」


「京助……そういう問題か?」


「そういう問題ぢゃろう。周囲への被害も大きい。妾の結界が無ければどうなっていたことか。せっかく妾が手を貸してやったというのに、雑すぎる」


 ぽかっ、とキアラから頭を叩かれる。とはいえ、あれだけの魔物をぶっ殺すほどの威力を籠めたのだからしょうがないだろう。
 ちなみに今、キアラが『魔力』という形で俺にバフをかけてくれていた。『威力が高い魔法になる魔力を貸してくれた』とでも言おうか。おかげで俺の魔力消費量はゼロ。
 キアラがもう一度俺の肩に触れる。今度は広範囲ではなく収束した一撃を……ということなのだろう。
 俺が指先に魔力を集めて……嵐並みの風を収束させた弾丸を叩きこもうとした時、ふとギギギの前が歪んでいることに気づいた。
 なんだ?


「ギッギッギ……流石だぜ、キョースケ。でもよ……こいつはどうする?」


 ギギギがそう嗤った瞬間、目の前の歪みから二人……ふ、二人? 現れた。


「なんだ……アレ」


「魔物……? にしては、少々人間的というか……」


「ヨホホ、でもあんな人間は見たことが無いデス」


 俺も同感だ。
 一人は背中から三本目の腕が生え、その先がカマキリになっている。そしてもう一人は頭部が肥大化して複眼のように。
 さらに体の一部が緑色になり、ボコボコと泡立っている。それでいて服装は――そう、服装はギギギと同じローブ姿。
 人というにはあまりにも醜悪、しかし魔物というにはあまりに人間的。
 キメラとか、合成獣とか……そういう表現が似合うような姿。


「ふむ……中途半端に混ざっておるのぅ」


(カカカッ! アリャァヒデェ! 魔物と人間がグチャグチャに混ざってヤガル!)


 二人の呟き。
 なるほど――


「人体実験……かな?」


 ――ドッ! と、俺の周囲の魔力が震える。チラチラと火の粉が飛び、風が緩く巻く。緩くとはいえ力は強いらしく、俺の上空に落ち葉や木の実、小さい魔物などが吹き上げられる。それはまるで竜巻のように――。


「人体実験なんて、人の意思を無視して命を摘む行為に他ならない。つまりアイツは人の自由を奪う存在だ・・・・・・・・・・


 そう呟いた瞬間、冬子がそっと俺の腕を掴んだ。


「京助、落ち着け。……お前が嫌いなのは分かるが、まだそうと決まったわけじゃない」


「落ち着いているよ、冬子。――アイツを殺す方法を既に百は思いついた」


「そ、それが落ち着いてないというんだ」


「まあマスターがすぐさま殴りかからないだけまだ落ち着いているかと」


 やれやれという表情のリャン、シュリー、キアラ。なんか慌てている冬子。
 ギギギはそんな俺達を見て顔を愉悦に歪ませる。


「ギッギッギ! ……人体実験、って部分は否定させてもらうぜ! いや正確にはコイツラでは人体実験してねぇってところか!」


「何?」


 俺が問い返すと、ギギギは「ギッギッギ!」と愉快そうに嗤い、俺を指さした。


「最初の実験動物は――テメェだよ、キョースケ」


「な、ん――」


 そこまで言って、ギギギは口元を抑える。それはもう、ニヤニヤと心底嬉しそうな笑みを浮かべながら。


「ギッギッギ。……まあ、後はこいつらに任せる。こいつらは自分の意思でこの力を取り込み、適合できなかっただけだから人体実験とは違うよなぁ!」


「黙れ」


 高らかに嗤うギギギに向かって、俺は指先に集めていた魔力を解き放つ。全力の風の弾丸だ。
 しかし、それはギギギの前にいる二人によって防がれる。片方が背から生えている鎌で、もう片方は普通に腕で。


「俺が実験動物? ――どういう意味だ」


 その問いに答えるように、俺の魔法を防いだ二人は一歩前に踏み出してくる。
 冬子とリャンも一歩踏み出し、俺達三人が並ぶ形になる。二人の表情は硬い、何かあればすぐさま飛び出すといった構えだ。
 何かあれば――ではなく、何か言えば、か。
 俺の心が乱されないようにだろうということが察せた俺は、彼女らの想いに少しだけ心が落ち着く。
 だから大丈夫、という意味を込めてもう一度俺は奴らに問いかけた。


「さっきのは、どういうこと?」


 ギギギは何も答えず、代わりに前にいた二人が口を開いた。


「「ブリーダ様は、『魔王の血』に適合できず『魔王の血族』になれなかった我らを救ってくださった」」


「魔王の、血……アレか」


 思いだす。俺が人族から半魔族になったあの日のことを。
 ヒルディに無理矢理飲まされたアレ――なるほど、未完成品を俺に飲ませていたわけか。確かに人体実験と言えば人体実験だ。
 だがアレは、魔族以外を魔族に変えるものではなかったのか。
 そんな俺の想いをよそに二人は話し続ける。


「「ブリーダ様は、我らの救い主。だから、この身がどうなろうと惜しくはない」」


「ギッギッギ! ……じゃあ、後は頼んだぜ。ゲルル、ズドン」


「「ハッ! ブリーダ様、承知いたしました」」


 ギギギ――否、ブリーダがバックステップ。だがここで逃がすほど俺達もお人好しじゃない。すぐさまキアラが結界を張り、シュリーとリャンがゲルルとズドンに攻撃して牽制した。


「ハァッ!」


 そして冬子の『飛斬撃』。一直線にブリーダに向かって飛んでいくが、ギギン! と黒い塊によって弾かれた。
 そしてゲルルとズドンがお互いの手を合わせ……


「「ぐむ、うく、ググググアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」


 天まで轟きそうな叫び声を上げて……ぼこ、ぼこ……と身体が泡立つ。そして合わせた手がドロドロと溶けあうようにして混じり合っていき……冒涜的な姿、なんて形容が似合うような醜悪な化け物になった。
 あまりのおぞましさに、俺達一同の動きが止まる。その間にもその緑色の『ナニカ』はどんどん融け合い、混じり合い、一つの繭のような形になった。


「何が……って、くそっ!」


 孵化するのを待っている場合じゃない。俺とキアラは同時に攻撃を繰り出す。
 しかしもう遅かった。風の斬撃も、キアラの魔力弾も繭によって弾かれてしまった。


「アレはなん……なんだ」


 冬子が呆然と呟く。その呟きに呼応するように怖気のする『ナニカ』である緑色の繭のような物体が『パキ』と孵化した。
 聞くに堪えない音を響かせながら、徐々に中身が巨大化していく。ミシリ、ミシリ、と形が変わっていく。
 不定形の『ナニカ』から形作られた化け物は……サソリ、だろうか。ただし全長がバス三台ほどあり、見上げねば顔が見えない程。しっぽは二本生えており、片方は紫色の針が、もう片方は灰色の針がついている。 
 本来は爪であるはずの部分は片刃の剣になっており、その色は真夜中の海のよう。
 さらに縦に並ぶ二つの顔が目を引く。下の顔は恐らくサソリ、上は蜘蛛だろう。ただし大きさが大きさなので、あまりにもグロイ。ぐちゃぁ……と粘ついた音を出しながら八つの目がこちらを眺める。
 だが何より俺が驚いたのは……魔力量。
 Aランク、なんてものじゃない。このレベルの魔力量は一度しか見たことが無い。デネブの塔の中で、一度しか。


「Sランク魔物……!」


「キシャアァアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 咆哮によって空間がビリビリと震える。地震ならぬ空震とでも言おうか、俺が風で相殺しなければ吹き飛ばされていたかもしれない。


「ギッギッギ! さぁて……ソードスコルパイダー! お前の力を見せてやれ!」


 そう言ってその場から浮かび上がるブリーダ。俺はそれに向かって圧縮した風の弾丸を放つが……じゃぶん、と水になってその場から消えてしまった。


『ギッギッギ! ……あばよ、キョースケ! テメェでもそいつらの相手は手に余ると思うぜ?』


 どこからともなくブリーダの声が聞こえる。エコーがかかり、霧の中で声が聞こえているように距離感も方向もつかめない。
 舌打ちして、冬子、リャン、シュリーを抱き寄せてから周囲一帯を爆発させる。これで巻き込めれば――


「くそっ……」


「キョースケよ、お主は妾を真っ先に守る対象から外したの?」


「そりゃそうでしょ。両手で抱えきるにも限度がある。……逃がしたか」


「うむ、妾の結界を抜けていきおった。転移ではなさそうぢゃが」


 溜息をつくキアラ。
 そして爆炎が晴れると……


「キシャァァァァァアアアア……」


 当然のように無傷のソードスコルパイダー。分かってはいたが、面倒な。
 ズン……と、一歩こちらへ歩を進めるだけで地面が震える、規格外のデカさ。
 そんな強敵を前にして……キアラを除く全員の頬を汗が伝う。
 しかし――


「おおおおおおおおおおおお!」


 冬子が吠え、ズンと足を踏みしめてニヤリと笑う。リャンはそんな彼女を見て肩をすくめ、シュリーは嬉しそうに杖を構えた。
 キアラはウキウキした様子でフィンガースナップの構えを取り、俺は……負けじと地面を踏みしめ、槍を構えてニヤリと笑う。


「さて……Sランク魔物と外でやり合うのは初めてなんだ」


「キシャアァアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」


「――俺の経験値になってくれよ?」


 ドッ! ドッ! と、ソードスコルパイダーが剣から二発の三日月型の衝撃波を撃ちだしてきた。
 地面を抉りながら迫るその破壊の嵐に……


「『飛斬……』」


「『飛槍……』」


 俺と冬子は同時に足を肩幅以上に開き腰を落とし、弓を引き絞るように武器を引く。


「「『撃』!!」」


 ズァッ! と、ほぼ同時に俺達の『職スキル』が放たれた。
 ソードスコルパイダーが撃ちだした衝撃波と、俺達の技が中央で激突して爆ぜる。尋常ならざる『力』の暴風。まるで竜巻のようなそれが上空まで届き、辺り一帯に轟音が響き渡る。しかしこれは開戦の狼煙であり、銅鑼。


「行くよ、皆」


 俺がそう呟いた瞬間――冬子、リャンと同時に真正面に向かって駆けだしていた。 




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 ――最初に気づいたのはマルキムだった。
 あまりに尋常じゃない『力』が膨れ上がり、それを感知したと同時に宿屋から飛び出したのだ。


「なんだ……この気配、Sランク魔物……!?」


 Sランク魔物、それは災害。知性なく暴れまわるだけの『力』を止める方法は殆ど存在しない。奴らはただ手を振るうだけで街を破壊せしめるのだ。
 マルキムとて、名を棄てる前は何度か戦ったことはある。しかしそのいずれも街から遠く離れた場所だった。
 しかし、アンタレスのこんな近くでSランク魔物が出るなんて前代未聞だ。


「間に合えばいいが……!」


 どんな魔物かはわからないが、どの道強力な魔物であることに変わりはない。装備を整えなくては。


「……あの籠手を再び使う日が来るとはな。ふっ」


 ニヒルに笑いギルドに預けている武具を思い出す。それは若い頃に使っていた物で、彼が過去と決別するために封印したもの。
 覇王との戦いでは、過去と戦うためにあえて使わなかったがSランク魔物――この街のピンチなら話は別だ。個人的なこだわりは捨てないといけない。
 恩人の娘が住む街で、その子が愛する人を見つけた街。
 そして――おっさんになって出会った友人が何だかんだ気に入ってくれている街。
 この街を潰させるわけにはいかない。
 鎧を装備しに宿屋に戻ろうとしたところで――ドッ! ……という音と共に天まで届く竜巻を見て、「ああ」と悟った。


「……なんだ、もうお前が戦ってるのか」


 それなら話は別だ。欠伸をして、のんびりと歩き出す。


「一応……余波がこっちに来ないように、あと万が一のために近くまでは行っておくか」


 とはいえ、やるのは戦闘準備ではなく宴会の準備じゃないだろうか。


「……ま、いいか」


 安心して見ていられる友がいるというのはいいものだ。




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「オルランド様、失礼いたします!」


 バン! と、いつもなら礼儀正しく部屋に入ってくるティルナが焦った様子で飛び込んできた。
 それに、屋敷内ではオルランドではなくオクタヴィアお姉さまと呼ぶように言いつけているのにオルランドと呼んだ。
 余程の事件が起きたに違いない。
 着替えを中断し、上裸のまま彼女に向き直る。


「あっ……す、すみません」


「いいのよ」


 オルランドはその辺にあったストールを形だけ羽織り、首を傾げた。


「それで? 何があったの」


「それが……え、Sランク魔物です。Sランク魔物がアンタレスに現れました!」


「なん……ですって」


 あまりの事態に絶句する。
 Sランク魔物――それは、絶望。立ち向かうということがそのまま死を意味する怪物。
 自らが統治する街に現れるなんて思ってもいなかった。
 他の街に増援を頼む余裕は無いだろう。この街にいる戦力はオルランドの私兵と、AG。しかしAGは基本的に根無し草。死を覚悟して立ち向かってくれなんて言えやしない。そしてSランク魔物に対抗しうるAGに心当たりなんてあるわけがない。
 いや……AG?


「……まだよ」


 AGで、一人。
 あの覇王すら押し返した化け物がいたことを思い出す。
 恐らく自分の知りうる限り、最も強くて頼りになる男がいたことを。


「急いで彼に連絡! それ以外は私と一緒に行くわよ! 彼が来るまで時間を稼ぐの!」


 パンパン! と手を打つと、天井から鎧が落ちてくる。オルランドが戦闘の時だけ使う、金ぴかの鎧だ。
 着けようと手にかけたところで――『力』と『力』のぶつかり合いを感じた。空気が震えるような、内臓そのものを掴まれるような、そんな震え。


「……これ」


 それはつまり、『Sランク魔物と拮抗出来る誰かがいる』ということ。
 そしてそんな人間がたまたま通りかかるとは思えない。それはつまりアンタレスにいる男が戦っているということで……。


「……なんだ。じゃあ心配いらないわね。変更よ、ティルナ。一応兵は出すけど、Sランク魔物には突っ込まないわ。街の防衛に専念させるわよ。いざという時にすぐに住民を避難させられるように準備なさい!」


 この鎧を着ることもあるまい。
 オルランドはもう一度天井に鎧を戻すと、肩をすくめてから着替えに戻った。




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 ――アトラ・タロー・ブラックフォレストは既に現場に向かっていた。


「やれやれ……フッ!」


 空中で、弓矢を撃つ。
 音速を越える速度で放たれたそれは……キアラの結界から出てきていた『ナニカ』に命中したものの、全く効くことなくそのまま消えて行った。


「ふむ……中々の強敵のようだ。さて」


 アトラはアンタレスを囲う壁の上から、ソードスコルパイダーを眺める。
 なかなかに強そうだ。アトラが初めてSランク魔物と邂逅した時は逃げ出したものだが……今の京助ならば問題あるまい。


「一つ忠告させていただこう、ミスター京助。キミが頑張るべきは今の戦いではない。倒した後だ」


 何せ、と口元を緩ませながら一人呟く。


「名実ともに英雄となるのだ。ただの強者ではない、実績のある英雄に」


 その末路を知っている。数多くの英雄がたどった道を。
 さて……京助はどうなるのか。


「楽しみに見させてもらおう。ミスター京助、キミの征く道を」




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 ――お終いだ。
 アンタレスの人々が最初に感じたのはそれだった。
 見えなかった者もいるだろう。しかしアンタレス中の人間が『力』というものを感じざるを得なかった。
 どれだけ遠くにいても気づくそれに、人々は恐怖した。
 ある者は絶望して膝をつき、ある者は恐怖で震えあがり、ある者はもうダメだと悟りせめて愛する者と過ごそうと恋人の、妻の、家族の、友人の元へ走った。
 Sランク魔物が現れ、近くの都市に一切の被害がなかったことなどこれまで一度たりとも存在しない。仮に早期に討伐されたとしても、その余波で甚大な被害を受けることは確定しているからだ。
 きっとあのSランク魔物は、王都から来る騎士団なり、SランクAGなりが倒すのだろう。しかしそれは、自分たちが死んだ後に違いない。
 アンタレスにいるほとんどの住人は、そう思ってただただ涙を流すしかなかった。
 絶望が、悲哀が街を包み込む。
 ――だが、その中でも幾人かは希望を捨てていない人々がいた。
 それはとある宿屋の看板娘だったり、とある武器職人だったり、とある楽器屋だったり。
 彼らには一つだけ、共通点があった。否、共通の知り合いがいると言うべきか。
 それは黒髪の槍使いと仲間たち。


「神様に祈るまでも無いやんなぁ……キョースケさん応援した方が、よっぽど救ってくれそうや」


 だから彼は、楽器を持って広場へ行く。そして心を落ち着かせる曲を奏で始めた。


「お得意さんやからね、死んでもうたら困るんですわ。せやから……頑張ってくださいよ」


 アフロ頭はそう言って、にやりと笑った。



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