異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

147話 女心と剣

 今日も天井を仰ぎ見る。何度目の天井だろうか。
 天川は自分の手を握って開いて、天井の灯りに透かす。


「……負けた」


 勇者って一体何なんだろう、と常々自分に問いかけている。
 あの日から確実に強くなった。それはもう、見違えるほどに。今ならゴーレムドラゴンとも戦うことが出来るだろう。
 だが、今の天川が勇者かと言われたら否と言うべきだろうと自分で思う。


「何が俺に足りないんだ……?」


 足りないことだけは分かっているのに、何が足りないのかが分からない。
 清田に負けた時、自分に足りないのは強さだと思った。だからこうして死ぬ気で強さを追い求めている。
 だが、だが。
 これで正解だとはどうしても思えない。強ければ勇者なのか? だったらラノールさんは勇者のはずだ。だが彼女は勇者ではない。俺が勇者なんだ。
 じゃあ何が勇者なのか? きっとこれは自分で出さなくちゃいけない答えなんだろう。
 そこまで考えたところで、思考を打ち切る。へたな考え休むに似たり、清田はそう言って笑うはずだ。


「明綺羅君、どうしたの?」


 タオルを持ってきてくれた呼心――空美呼心――に「何でもない」と答え、汗を拭く。


「明日だよね。盗賊討伐」


 王様からの依頼……というか、お願い。どうも王都から少し離れたところに盗賊が出ているらしい。
 最初はAGに依頼しようとしていたらしいが、俺達に話が回ってきた。曰く「そろそろちょうどいいだろう」とのことだ。
 天川は修行の成果を出すいい機会だ、と思い引き受けたのだが……。


「やっぱり不安だな」


 どうも呼心は抵抗があるらしい。
 確かに、今までは魔物ばかり相手してきた中でいきなり人間相手というのは、天川自身抵抗がないわけでない。
 だが――それらを乗り越えねば意味が無いだろう。


「そうだな。……だが、この程度は乗り越えなくてはならないということでもある。頑張ろう」


「うん……そうだね」


 曖昧に笑う呼心。
 天川は少しそれが不思議だったが、ジッと彼女を見つめても何も言わない。
 仮に彼女が何かを思っていても今自分に何か言うつもりではないと察し、何も聞かないことにする。
 立ち上がり、武具類を仕舞う。


「じゃあ、俺はシャワーでも浴びてくる。……えっと、今夜は誰の番だったかな」


「ふふ、迎えに来たんだから私だよ。分かってるくせに」


「ああ、そうだったな」


 苦笑いを返す。
 ――何故か、ここ最近は女性が一人天川の背を流すために必ず風呂についてくるようになっているのだ。
 最初はもちろん断っていた。しかしラノールさんにボッコボコにされて無理矢理風呂に連れていかれた挙句、貞操を奪われそうになったので、それ以来交代で人と風呂に入ることを許容している。勿論ラノールさんは出禁だ。


「ふっふっふ。今日は超絶テクを披露しちゃうよ!」


「……お手柔らかに頼む」


 指をワキワキさせながら迫る呼心は、可愛らしい。
 ……だが、これの半分くらいが演技であることは知っている。そりゃこっちの世界に来てからはずっと行動を共にしているからそれくらいは分かる。
 彼女が遠くを見据えてあくまで自分の利益になるように動いていることも、利用できるか否かで判断しそうでない場合は容赦なく切り捨てることも分かっているつもりだ。
 しかし周囲と不和は作らず、あくまで自分はナンバーツーに陣取り……まあ、要するにかなり要領のいい子だ。
 この背中を流す、というアイデアも彼女だ。恐らく天川が誰にもとられないように――ゆとりの運動会のような、全員がゴールできるように位置を調整するために提案したものだろう。
 彼女は『天川だけの女』になりたくはない、しかしだからといって『勇者』の第一の仲間のポジションは逃したくない。
 だから、誰とも天川を繫げさせない。


(……いや)


 そして、それを利用している自分も似たようなものだ。
 誰から好意を向けられているか、そんなこと気づいている。誰の好意がどう向いているかを察することは、人の輪の中心で生きてくるために必要な技能だ。まして、自分にそのベクトルが向くことが多いならなおさら。
 モテモテと言えば聞こえはいいだろうが……生憎、女遊びは得意じゃない。余計なやっかみが増えるだけだ。


「ねえ、明綺羅君」


「ん?」


 そんな天川の手を、ギュッと握る呼心。
 いきなりのことに少し心臓が跳ねる。いくら女性にモテても、交際経験が無ければ女性に対する耐性なんて上がりはしない。
 ドキドキとしながら、しかしなるべく顔に出さないようにして彼女の顔を見返す。


「どうした?」


「……んーん。うーん……この性格のせいだよね……」


 少し苦笑いした呼心は、意を決したように「えいっ」と天川の頬に自分の唇を触れさせた。
 早い話、キスである。


「!?!!?!?!?!?!?!?!?!?」


 あまりの出来事に一瞬フリーズし、あぐあぐと口をあけながら呼心の方を見る。
 そんな天川が恥ずかしがる姿を見たからか、はたまた本人も恥ずかしかったのか……顔を真っ赤にしながら、照れ笑いを浮かべる呼心。


「あ、あはは……。顔真っ赤にしすぎだよ明綺羅君」


「そ、そっちこそ……」


 かぁっ、と。口に出した途端また顔が熱くなるのを感じる。
 二人して暫く沈黙した後……思わず、口を開いてしまった。


「い、今のは……?」


 そこまで言って、失言だと悟る。
 彼女が、こちらへ好意を向けていることに、気づいてると彼女に気づかせてはならない。
 それが彼女と自分が適切な距離で――


「あのさ。……明綺羅君は考え過ぎだよ」


 ――普通に。
 そう、何故かいつもの彼女のようではなく……かといって、演技をしているふうでもなく、言うなれば自然体。もっと言うなら――今までの彼女と違い、まるで普通の女子高生のようで。
 そんな彼女を見るのが初めてで、だからこそなんだか無性に目が離せない。


「それが明綺羅君のいいところでもあるけど……だからと言って、今君が考えないといけないのは人間関係じゃないでしょ?」


「呼心……」


「つまりはそういうことだよ。人間関係は私がつつがなく回すから――だから、明綺羅君は自分がどうすべきかだけ、考えて」


 彼女の声は凛としており、自分まで背筋が伸びる思いだ。


「大丈夫。私は……その、悪女じゃないから」


 言っている意味が分からずキョトンとすると、呼心はぼふっと天川の胸板に顔をうずめた。


「……? えっと、どういう」


 さらなる超展開に完全に固まってしまう。
 ……自分は、読み違えていたんだろうか。
 彼女は天川のことを『利用価値のある男』と思っていて――そして、天川は彼女を『俺の価値を最大限引き出してくれる女性』と思っていて。


(お互いがお互いを利用しあう……仮に俺がどういう・・・・想いを・・・彼女に・・・抱いていても・・・・・・。それは表面化させちゃならないと……)


 しかし彼女の表情が物語っている。それが間違いだと。


「……こ、呼心」


「……あー、その、まあ。お互い、頑張りましょ。うん、流石に反省してる、今……」


 彼女の口調が、普段の妙に媚びるようなものじゃなくなっている。こっちの方が「らしい」感じだ。


「私だって、そりゃ女の子なんですから。それも年頃の。イケメンで頼り甲斐のある勇者様がいたら、惚れると思わない?」


 赤みのさした顔、もじもじと指をいじっている姿は……言っては何だが、『恋する乙女』のようで。
 天川は、完全に自分の読みが外れていたこと悟った。


(……まだまだ、だな。俺は)


「明綺羅君が考えていることも分かるよ。でもね、それだけじゃないの、女心って」


「……複雑だな」


 胸中に渦巻く様々な想いを一言にして表す。彼女ならこれで分かってくれると思って。そして案の定伝わったのか、呼心はニヤリと口の端を吊り上げる。


「単純よりはマシでしょ。少なくとも冬子ちゃんみたいに好きな子の前であわあわするタイプじゃないし」


 ……相変わらず、人前じゃなければ評価が辛口だ。最近は天川の前でもこういった口調が増えている。徐々にネコを脱いでいる感じだ。
 天川は少し自分の頬が微妙に吊りあがっていることを自覚しつつ、コホンと咳払いする。


「確かに佐野は……分かりやすかったな」


「分かりやすいと言えば美沙かな。あの子、最近ずっと清田君、清田君でしょ」


「そうだな。彼女の頑張りには目を見張るものがある」


 特に、『賢者』の『職』を持つものしか習得出来ないと言われている『詠唱破棄』を覚えたらしい。厳密には完全に一緒というわけではないようだが、結果は『詠唱短縮』よりも更に短い時間で唱えることが出来ているのだから一緒だろう。


「だが、少し無理し過ぎな部分があるからな。体を壊さないといいが」


 天川がそう言って腕を組むと、呼心は複雑そうな顔をした。


「あれは気負い過ぎだよね。なんで彼女は『強ければ清田君に振り向いてもらえる』って勘違いしているんだろうね」


「……そ、そうだな」


 天川自身も似たようなことを考えている節があるので何とも言えないが、確かに彼女からはそういう雰囲気を感じる。
 アピールポイントを作ること自体はいいのではないだろうか。ことはそう簡単ではないのかもしれないが。


「どこかで一回、息抜きをさせてあげないとね」


 そこまで言って、呼心はスッと天川に手を差し出してきた。


「じゃあ、行こ。明綺羅君。お風呂入るんでしょ?」


「……やっぱり、本当に背中を流すのか?」


 さっきあんなに気まずい空気になったのに。
 そう思って尋ねたが、呼心はどこ吹く風と言った様子でニヤリと笑った。


「当り前でしょ。それはそれ、これはこれよ。っていうか、さっきあんなことを言ったんだし……それなりにアプローチはさせてもらうからね」


 呼心は天川の手を引き、風呂場へと引きずっていく。
 ……何とも強引なアプローチもあったものだ。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 明綺羅君を風呂に入れ、背中を流し……そして案の定乱入しようとしてきたラノールさんとひと悶着を起こした後、今は自分がシャワーを浴びていた。
 温かい湯が呼心の頭から乳房をなぞり、腰から足を伝って床に水たまりを作る。


(……いよいよ、明日か)


 普段、異世界人である呼心たちはお昼までは王様からの頼みをこなしたり、魔物の討伐をしたりした後、午後は各々が自分の力を高めるために使っている。
 呼心は基本的には王城の魔法師の人から魔法を習うのだが、それ以上に外せない用件がある。パーティだ。様々な貴族が現れる、いわゆる社交場という奴だ。
 それが、呼心の第二の戦場。魔法や武力に頼らない『人脈』という力を作るための場所。


(現状、明綺羅君には『勇者』という『職』以上の手柄が、塔の踏破と、魔族一体討伐しかない)


 しかもあの時、魔族にとどめを刺したのは清田だ。あの場から清田がいなくなったために、何とか明綺羅君の功績にすることに成功したが、それでも綱渡りだった。
 今は王様がこちらの味方をしてくれているから何とかなるが、清田の功績が大きくなって向こうに着かれたら後ろ盾が無くなる。
 現状、後ろ盾が『国王』のみという状況。それが異世界人だ。『国王』というのは最大の後ろ盾であるのは間違いない。
 だが……彼に切り捨てられたら終わりだ。今、この現状で『国王』が呼心達を裏切れば身を寄せる場所がない。戦える異世界人だけではないのだ、一クラスの半分くらいしかいないとはいえ、それらを全て養うことは難しい。
 とどのつまり、この世で最も強い後ろ盾でありながら、同時に脆い後ろ盾でもあるということだ。
 万が一、裏切られた場合はもう自分たちの『実績』と『力』が無いとどうにもならない。
 そもそも、呼心達が旅立ち、戻ってくるまでラノール達などの超越者たちを一切見せずに情報を伏せていた人間たちだ。信用できるはずが無い。


「ふう……」


 髪が伸びてきた、そろそろ切りに行かなくてはいけない。雫を払い、タオルで髪を拭きながらそんなことを考える。
 ――異世界人側に、明綺羅がいてくれてよかったと言わざるを得ない。いくら強い手駒が国王の元にいたとしても、彼の力は出来れば敵に回したくないはずだからだ。珍しい光魔法、神器、『勇者』という『職』。利用価値は十分あると向こうは考えているだろう。
 そもそも、利用価値云々の話を除いても、自分たちが平穏に暮らすためには、彼の『勇者』としての実力は必ず必要になる。
 そもそも呼心たち異世界人は人数があまり多くない。白鷺と加藤が抜けたせいで、現状戦えるのは明綺羅、呼心、井川、木原、新井、阿辺、難波。それにこの前から追花桔梗という女子が加わった。
 どうも明綺羅に惚れたらしく、積極的に戦ってくれるのは嬉しいが彼女も働きすぎているのでいつ壊れるかが心配だ。
 ……まあ、さらに明綺羅に惚れている人間が増えたわけだが、構うまい。その辺は彼自身であしらえることは分かっている。
 現時点の実力面に関しても、仮に清田がどれだけ成長していようと明綺羅を越えることは無いと思っている。実戦経験を積めば、どれだけ清田がブイブイ言わせようと、明綺羅のステータスに敵うはずが無い。神器を持っているという条件が同じである以上、地力の差があるはずだ。


「だから清田君サイドは無視していてもいいはずだわ」


 彼らが積極的に武功を立てるとは思わない。覇王を退けたという話は尋常じゃない手柄のはずだが、あくまで清田ではなく他の二人が凄いと思われているようなので問題はない。
 また白鷺たちもそこまで問題ではないだろう。神器を手に入れるでもしなければ名前が上がることすらないから。


「……明日もパーティーね」


 気が重くなる。しかし逃げるわけにはいかない。
 少しでも自分たちの生存率が上がるように。


「……いっそ王城から出奔した方が、生存率が上がったりして」


 髪を乾かしながらそう呟き、苦笑を浮かべる。
 ――じゃあ戦えない異世界人はどうする?
 無論、切り捨てても構わない。そんなの呼心にとってはどうでもいい。
 しかし……明綺羅は。明綺羅は絶対に嫌がる。全てを救いたいだなんて真顔で言う男だ、切り捨てることを是とするはずが無い。
 だから、この状態を維持しつつ徐々に異世界人の発言力を上げていくしかない。
 全ては――この世界で明綺羅と共に生き残るために。


(そのためなら、修羅になっても構わない)


 力がいる。
 武力は、明綺羅に任せる。ならば自分は財力と、権力だ。


「……どこかの商会に一つ噛めればいいんだけど」


 そう呟いてシャワールームから出たところで、ティアーと鉢合わせた。彼女との仲は良好だ。明綺羅を奪い合う恋敵同士だが、友人同士としてもそれなりに好感を抱いている。それは向こうも同じはずだ。


「ああ、ティアー王女。こんばんは」


「ああ、ココロさん。ごきげんよう。……ちょうどいいですわ。アキラ様のところに行こうと思っていましたの。ご一緒しませんこと?」


「是非。……でも、どうしたんです? もう夜ですよ?」


 流石に彼女は王女として育てられてきたからか、貞淑だ。夜に男性の部屋を尋ねることがどのようなコトかも理解している。
 それでも行こうと言うのなら、何か用件があるのだろう。
 そう思った呼心が尋ねると、ティアーは少し顔を暗くした。


「そうですわね。……どうせアキラ様にも言うことですが、行きながら話しましょう」


 ただならぬ雰囲気に、少し背筋を伸ばす。


「二つ、恐らくアキラ様にとってよろしくないニュースが飛び込んできました」


「二つ、ですか」


 ゴクリと生唾を飲む。
 まさか、コネクションを作っている途中の貴族が何か不祥事でも起こしたのだろうか。


「一つ目は、シラサギさんが神器を入手なさいました。枝神ゴリガル様に認められ、神器保持者となったようです。この世界、三人目ですね」


「――ッ」


 面倒なことになった。まさかここでそんなことをしでかしてくれるとは。二人だけで塔を攻略できるわけがないと高を括っていたのが仇となったか。
 舌打ちしたい気持ちをどうにか堪え、冷静に考える。
 ……仮にこちら側へもう一度引き込むことが出来れば悪いことではない。単純な戦力増強となり、明綺羅の勇名を増やすことにもつながる。
 そもそも……白鷺のパーソナリティからして、こちらから頼めば仲間として戦ってくれるだろう。だから大丈夫だ、問題ない。


「……二つ目は?」


「えっと、腰抜け救世主がハイドロジェン伯爵と同盟を結んだそうです」


 腰抜け救世主、とは清田のことだ。
 その清田が……貴族、それも伯爵家と同盟?
 客将でもなく、かといって雇われたわけではない。
 同盟。それはつまりハイドロジェン家と正式に手を結んだということであり、庇護下ではなく同等の立場で彼らは会話しているということになる。


「……こんなのって」


 明綺羅の天下が遠のく。
 ギリ、と歯ぎしりしながら呼心は足早に廊下を歩いた。

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