異世界なう―No freedom,not a human―
144話 欲求なう
宝箱から出たのは、少し大きめなライターだった。ぶっちゃけ、あまり役に立ちそうに無い。これならマッチの方が便利だ。
「外れでしたね。とはいえ、これが全く売れないことも無いので気を落とさないでいきましょう」
リャンが俺の手を握りながら慰めてくれる。
……何故か手を撫でられてるけど。
「……ガチャで爆死した時の感覚を今思い出してる」
思わずそう言うと、リャンは「何それ」って顔になる。そうか、ソシャゲどころかガチャポンも無いのか、こっちの世界は。
「が、ちゃ……?」
「何でもないよ」
俺は一つため息をついてから立ち上がる。さて、じゃあ次の部屋に行こうか。
リャンを先頭にして再び歩き出すと、今度は落とし穴ではなく天井が落ちてきた。とはいえ、これは力づくでどうにでもなる罠だったので拳で粉砕して事なきをえたけど。
「マスター、そこの右側に……おそらく剣山が出てくるトラップがあります」
「了解」
その道を通った後、試しにその辺に落ちていた石を投げてみると、ジャギン! と派手な音と共に明らかに殺傷能力がありそうな剣山が飛び出してきた。
……ホントにリャンって凄いな。
「本職ですからね」
深く潜っていくが、周囲の景色は代わり映えしない。ただ塔の時とは違ってひっきりなしにダンジョンモンスターが襲いかかってくるわけじゃないから、心にゆとりをもって進める。
しばらく進むと、第二層に降りるための階段が見えてきた。
「ここは塔と違って、階段もセーフスポットじゃないのかな」
「そうですね、ダンジョンにセーフスポットがあることの方が珍しいですから」
ふむ、そりゃキツイね。
「だから基本的にパーティー単位で入るんです。見張りを交代しながら休憩するものですから」
「あー、なるほど」
そういえば、駆け出しの頃は野営したりしていたっけ。
冬子たちと一緒にAGをやるようになってからは、泊りがけのクエストに行くことが少なくなったから最近はやってないけど。
「二層はダンジョンモンスターが多いんだっけ?」
俺が問うと、彼女はニヤリと笑ってナイフを構えた。
「マスター、戦闘準備を」
「ん」
ヒュン、と槍を回転させてから構える。視線を鋭くすると……前からまるでバッファローの群れが移動するかのごとき勢いで、ダンジョンモンスターが襲いかかってきた。
それらは子犬程度の大きさだが、全て鋭い牙と、紫色の爪が備わっている。
あれ、絶対に毒あるよね。
「速いね」
「私とマスターの敵ではありませんが」
そう言って、二人して突っ込んでいく。ある程度殺せばこいつらも撤退するだろう。
ゼロにどれだけ足してもゼロさ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…………マスター」
「どうしたの、リャン」
「分かっていました。マスターが罠だらけのダンジョンに辟易していたことは」
外での狩りとは違い、どちらかというと脱出ゲームのようなスキルを求められるダンジョンというのは、なかなかストレスの溜まる場所だった。
その代わり、宝箱から地上では手に入れられないアイテムをゲットできるから皆こぞって挑戦するのだろう。
それは、わかっている。
「だというのに、4層まで来ても珍しくいいアイテムが出なかった……それが、嫌だったのも分かります」
ライター、ライター、卓上扇風機くらいの風を出せる魔道具。
三つの宝箱から出てきた戦果はこれだけだ。
「……だからと言って、ですね」
「うん」
「なんで宝箱が三つも見えているからといってモンスターハウスと分かっている部屋に飛び込んだんですか!?」
「反省はしてないけど後悔はしている」
「逆です! いや、逆でも良くないです! そもそもやらないでください!」
普段クールなリャンが珍しく声を荒げている。
俺はそんな彼女を眺めながら、周囲から群がるように襲いかかってくるダンジョンモンスターたちを槍のみで一掃していた。
「シッ!」
俺が槍で一突きする度――三匹のダンジョンモンスターが串刺しになり、霧散していく。一突き三刺し。
単純なことで、突きを繰り出す時に軌道を変えて三体同時に刺しているだけだ。ただこの軌道を変えるというのが尋常じゃなく難しい。
これらは全てシュンリンさんがフォームを直してくれたからどうにかなっているだけで、恐らく今までの俺だったら考えもつかなかっただろう。実際、これは出来ているからやっているだけで、何故出来ているのか説明しようと思っても上手くいかない。
おそらく……槍を突きだすにはいくつもの筋肉、関節を使わなくてはならない。それらを連動させるのではなく……例えば一突き目は膝と腰だけ、二突き目は肘と肩だけ、三突き目はさらに手首とつま先、という風に分割して突いているイメージだ。百の威力を三十ずつに分散させている感覚だろうか。
ちなみにシュンリンさん曰く「出来なくはないけどヤクザな技だ」そうなので、たぶん正道じゃないのだろう。でも便利だ。
実際に軌道を変える突きは技としてあるそうだけど、俺のように百の威力が分散せずしっかり相手に叩き込めるらしい。
「マスターは、動きに、無駄がっ、無くなりましたね!」
「ありがと、リャン」
そういうリャンはモンスターハウスの中でナイフを両手に構えて舞うように敵を殺していっている。冬子が戦う時は洗練された『武』を感じるけど、彼女からは洗練された『殺』を感じる。何というか、相手を殺すことに特化しているというか、仕留めるまでに無駄がないというか。
二人の戦い方には少し憧れる。俺はどうにもこうにも、戦闘スタイルが雑だから。
「シッ!」
後ろから襲いかかってきたネズミのようなダンジョンモンスターを石突でフッ飛ばし、その勢いを利用して前から襲いかかってきたミーアキャットのようなダンジョンモンスターを唐竹割にする。
さらに二連続の突きで盾を持っているホーンゴブリンのような魔物を殺し、その勢いを殺さないよう、上にいる蝙蝠らしきやつを屈んで下から突き上げる。
だいぶ数が減ってきたが、後から後から補充される。槍の実戦修業にはもってこいだ。
「マスター!」
「どうしたの?」
「――後で埋め合わせをしてもらいますからね!」
「了解」
……うん、流石に俺も反省している。ここまでモンスターハウスっていうのが無茶苦茶だとは思っていなかった。
とはいえ……この、ダンジョンモンスターはそこまでの強さじゃないのが救いか。恐らく、魔法を使えばもっと簡単に撃退出来ると思う。
「リャン」
「なん……です、かっ!」
蹴り、いなし、ナイフで切り付けてリャンがこちらを向く。
「リャンもモンスターハウス、入りたかったんでしょ?」
問うと、彼女はピタリと動きを止めて……フイっと目をそらした。
「……マスターの、ストレス発散になるかと思いまして」
「ありがとう」
笑顔でお礼を言い、俺は周囲のダンジョンモンスターを一掃する。しかし小さい的がちょこまか動き回る中、槍を当てるというのはいい訓練になったね。
モンスターハウス内のダンジョンモンスターを殆ど倒したからか、閉じ込められていた扉が開いた。
「ん、クリアか」
「お疲れ様です、マスター。ストレス発散になりましたか?」
「ん、ありがとう。やっぱり日の当たらないところでじりじりと……っていうのは、かなり精神が削られるね」
現代風に言うなら、ストレスの溜まる作業をしてやっと手に入れた石でガチャったのに全部ドブだった、っていう感じだろうか。
凄くストレスが溜まるし、溜まるだけで終わってしまう。
「ダンジョンアタックを専門にしているAGチームは凄いね」
「そうですね、彼らは本当に凄いと思います。……さて、マスター。私は頑張りました」
唐突にリャンが俺に顔を近づけてきた。
へ? と思っていると、さらに首に腕を回される。
「ダンジョンにセーフスポットは無いと言いましたが、例外がいくつかあります。そのうちの一つが、モンスターを殺しきったモンスターハウスです」
「あ、そうなんだ。じゃあ少し休憩していけるね」
「はい、休憩していきましょう。……ところで、ストレスが溜まる時というのは欲求が溜まる時、ですよね?」
「え?」
「睡眠欲、食欲、この二つを満たすことは、今は難しいです。ああ、ですがマスター。最後の欲求を満たすのは簡単ですね?」
うっとりとした表情のリャンは、いつの間にか俺を壁にまで追いやっている。これが壁ドンってやつだね。
「りゃ、リャン? 俺、十分ストレス発散したんだけど……」
「いえ、マスター。私の、です」
「ん?」
「私は頑張りました。そして戦闘後で昂っています。そしてマスターは、私と一緒じゃないとこのダンジョンからは出られない……では問題です、マスター。私をどうするべきだと思いますか?」
なんかヤバい。それはわかる。
しかし、どうすればいいのかは全く分からない。
ともかく、入る前にちょっと機嫌がよくなった頭なでなでをしてみる。
「……これはこれで悪くありませんが、他にすべきことがあるでしょう」
外れか……。
どうすればいいのか分からないが、リャンの唇がどんどん俺の耳に近づいてきて――
「マスターも、わかっているのでしょう?」
「な、何を?」
「昂った男女が、二人きり。邪魔も入らない……」
――ふう、と。吐息を漏らすように、艶やかな声で囁くリャン。
あまりの色気にくらくらするような気がするけど、なんとか正気を保つ。
流石にここまでくれば、彼女が何を求めているか俺も察せる。っていうか、確かに女性のAGが入っているチームは、戦いが終わった後に「そういう」ことになる場合もあるらしいということも聞いたことがある。
人間も動物なので、死にそうになったら子孫を残す本能が刺激されてどうのってのも知識としては知っているけど……。
「リャン、その、だね。うん、あの……そういうのは、好きな人同士がやることだよ」
「そうですね。しかしマスター、マスターは私のことが嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど……」
「ではOKですね。大丈夫です、天井の染みを数えている間に終わります」
天井染み無いですけど!? ってか、なんでリャンがそのネタ知ってるの!?
敵は身内にいた――とか言っている場合じゃない。さて、どうし……ん?
「チッ……」
俺はリャンを抱き締め、体の位置を入れ替える。
「ま、マスター? ……ああもう、こんな時に……!!!」
「リャン、俺がやるから――」
「せっかくトーコさんを出し抜けるチャンスだったというのに!!」
俺たちの背後から迫ってきていたのは、ライオンくらいの大きさのダンジョンモンスター。今まで出てきた中で一番大きいダンジョンモンスターだ。
流石にこれは、槍だけでは少し骨か――と思った瞬間、激高したリャンが襲いかかった。
「ちょっ、リャン?」
渾身の右ストレートが炸裂し、ドロップキックでライオンモンスターをフッ飛ばした。
そのあまりにも普段の戦闘スタイルからかけ離れているリャンの姿に、俺はしばし唖然としてしまう。
「いつもいつもいつも! せっかく朴念仁なマスターをその気にさせたと思ったら邪魔が入り! 何なんですか、世界が私の敵なんですか!?」
「リャンが壊れた!?」
リャンが壊れた。キャラ崩壊しすぎて顔が真っ赤になっている。
そして素早い動きでライオンモンスターの懐に入ると、掌底でかち上げて無理矢理顎を閉じさせ、その鼻っぱしらに思いっきり拳を叩きこんだ。
「邪魔するのなら……せめて、私の経験値になってください……ッ!」
あ、キメ台詞とられた。
リャンは全身から魂を迸らせ、拳の連打を叩きこむ。さらに膝、肘と打ち込み、ライオンモンスターに何もさせず打撃を打ち込む様は……さながら、鬼神。
いや、それにしてもリャンがベタ足で相手に攻撃するのは初めて見たね。
「はぁっ!」
最後は踵落としを脳天に決め、ライオンモンスターを爆散させた。いやはや、凄まじい。
ふーっ、ふーっ、と肩で息をするリャンになんて声をかけたものかと思案し……取りあえず、俺は頭を撫でてみることにした。
「……マスター」
「ど、どうしたの?」
「いえ……なんかもう、取りあえず抱き締めてください。それで今日は我慢します」
「アッハイ」
何故かずっと俯いているリャンを抱き締めると、リャンは落ち着いたような声を出してから俺の胸元にグリグリと頭を押し付けてきた。
「うう……」
明らかにしょげた声を出しているリャン。とはいえ、彼女も流石に『そういう』雰囲気じゃないことは分かっているのだろう。特に何もせず離れた。
「それにしても、ここってセーフスポットになるんじゃないの?」
唐突に先ほどのダンジョンモンスターが出てきたが。
リャンもそれに関しては不思議そうな顔をしている。
「そのはずなんですが……」
そう言って二人でもう一度さっきのライオンモンスターが爆発した方を見ると、なんとキラキラ輝く宝箱が。
「あっ……ああ、なるほど。滅多にないと言われる宝箱を落とすダンジョンモンスターだったんですね」
ミミックの逆版みたいなものか。
「モンスターハウスをクリアしたら出てくるんでしょうか? まあ、よく分かりませんがラッキーですね、マスター」
「確かにラッキーだね。それじゃ、宝箱開けていこうか」
これでこの部屋にある宝箱は四つだ。
全部ミミックじゃないことが分かっているので、一つ一つ開けていく。
「まずは……これ、何かな」
取りあえずライターではない。卓上扇風機でもない。
「水差し……かな」
傾けてみると、ちょろちょろ……と水が出てくる。中に水がある感じはしないから、恐らく傾けると水が出る魔道具ってところか。
「便利だけど、ライター系とあんま変わらないね……」
「残念ですね。ではこちらは?」
二つ目も開けてみると、今度は一枚のカード。大きさはだいたいトレーディングカードとか、ポイントカードくらいで、中心に渦を巻くような模様がついている。
「これは?」
「ああ、それは当たりですよ、マスター。容量はどれだけかは分かりませんが、中に物を収納することができるカードです。運送業の方だけでなく、AGにも幅広く重用されている品ですね。魔道具の中でも需要の高い物です」
「へぇ……無制限に入れられるわけじゃないんだ」
「もちろんです。それでも、どれだけ容量が少なくとも、かなり高額で取引される品ですよ。最低でも大金貨10枚くらいは固いんじゃないでしょうか。何せダンジョンでしかゲットできませんから」
……そう考えると、俺や冬子、異世界人が持っている『アイテムボックス』は尋常じゃないアイテムであることが分かる。
改めて自らの持つ『チート』に感謝しながら、三つ目の宝箱を開ける。
「これは外れ?」
中に入っていたのは……剣。凄くシンプルな直剣だ。
ぶっちゃけ高価そうには見えない。
「いえ、そこまで外れではないと思います。ダンジョンウェポンなので、それ自身が魔魂石のようになっています。要するに、プレーンが故に改造を施しやすい剣、とでも言うべきでしょうか。とはいえ、もっとランクが高い物もありますので、普通、くらいですかね」
なるほど。外れ、当たり、普通、ならまずまずの成果だろう。
最後はリャンが倒した宝箱だ。
「これはリャンが開けて。リャンが倒したやつからドロップしたみたいなものだから」
「え? ……マスターがそう仰るのでしたら」
リャンが少し意外そうな顔をした後、素直に宝箱を開ける。
かぱっ、と開いた宝箱の中に入っていたのは……一振りのナイフ。しかし、俺ですら業物と分かるレベルのものだ。
「……それは、当たりだろうね」
手に取ったリャンの足が微かに震えている。そうとういい物らしい。
リャンから渡され、じっくりとそれを観察する。内包する魔力量もかなりのもので、これが先ほどのプレーンな剣とは違い、既に何らかの魔力的効果があることが分かる。
鈍く光る刃は並大抵の金属ならスパッとやってしまいそうな威容を感じる。明らかに普通のナイフではないよね、これ。
もう一度リャンに返すと……リャンは、フルフルと首を振った。
「いや、しかしこれはマスター、私は受け取れません」
「なんで?」
「こんな、AGとしても相当上位クラスの人が持つようなレベルのものですよ? トーコさんの持つ剣と同じくらいです。それを……私が……」
ああ、そういうこと。
どんなナイフかは分からないけど、そもそも俺が持っていても使い道は無い。それよりはリャンが持っている方がそのナイフにとってもいいだろう。
「宝の持ち腐れになるよ、俺が持ってても。それよりもリャンが使う方が絶対にいい」
「し、しかし……」
未だに躊躇っているリャンの手を掴み、腰を抱いて俺に引き寄せる。
「ま、ますたぁ?」
「命令だよ、リャン。そのナイフを使って俺のことを必ず守り通せ。そのための力だ、俺のために振るえ。いいね?」
リャンは一瞬ポカンとした後、すぐさま嬉しそうな顔になって嬉々としてナイフを受け取った。
「は、はい! マスター、このリャンニーピア、必ずや御身をお守りいたします」
「ん、そしてそのリャン達は俺が守る。これで皆万全だね」
――どのみち、これからの戦いには全員のレベルアップが必要だ。
もっとレベルの高いダンジョンに皆で潜り、装備のレベルアップを図ってもいいかもしれない。
そう思いながら俺はリャンと共に最深部へと向かうのであった。
「外れでしたね。とはいえ、これが全く売れないことも無いので気を落とさないでいきましょう」
リャンが俺の手を握りながら慰めてくれる。
……何故か手を撫でられてるけど。
「……ガチャで爆死した時の感覚を今思い出してる」
思わずそう言うと、リャンは「何それ」って顔になる。そうか、ソシャゲどころかガチャポンも無いのか、こっちの世界は。
「が、ちゃ……?」
「何でもないよ」
俺は一つため息をついてから立ち上がる。さて、じゃあ次の部屋に行こうか。
リャンを先頭にして再び歩き出すと、今度は落とし穴ではなく天井が落ちてきた。とはいえ、これは力づくでどうにでもなる罠だったので拳で粉砕して事なきをえたけど。
「マスター、そこの右側に……おそらく剣山が出てくるトラップがあります」
「了解」
その道を通った後、試しにその辺に落ちていた石を投げてみると、ジャギン! と派手な音と共に明らかに殺傷能力がありそうな剣山が飛び出してきた。
……ホントにリャンって凄いな。
「本職ですからね」
深く潜っていくが、周囲の景色は代わり映えしない。ただ塔の時とは違ってひっきりなしにダンジョンモンスターが襲いかかってくるわけじゃないから、心にゆとりをもって進める。
しばらく進むと、第二層に降りるための階段が見えてきた。
「ここは塔と違って、階段もセーフスポットじゃないのかな」
「そうですね、ダンジョンにセーフスポットがあることの方が珍しいですから」
ふむ、そりゃキツイね。
「だから基本的にパーティー単位で入るんです。見張りを交代しながら休憩するものですから」
「あー、なるほど」
そういえば、駆け出しの頃は野営したりしていたっけ。
冬子たちと一緒にAGをやるようになってからは、泊りがけのクエストに行くことが少なくなったから最近はやってないけど。
「二層はダンジョンモンスターが多いんだっけ?」
俺が問うと、彼女はニヤリと笑ってナイフを構えた。
「マスター、戦闘準備を」
「ん」
ヒュン、と槍を回転させてから構える。視線を鋭くすると……前からまるでバッファローの群れが移動するかのごとき勢いで、ダンジョンモンスターが襲いかかってきた。
それらは子犬程度の大きさだが、全て鋭い牙と、紫色の爪が備わっている。
あれ、絶対に毒あるよね。
「速いね」
「私とマスターの敵ではありませんが」
そう言って、二人して突っ込んでいく。ある程度殺せばこいつらも撤退するだろう。
ゼロにどれだけ足してもゼロさ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…………マスター」
「どうしたの、リャン」
「分かっていました。マスターが罠だらけのダンジョンに辟易していたことは」
外での狩りとは違い、どちらかというと脱出ゲームのようなスキルを求められるダンジョンというのは、なかなかストレスの溜まる場所だった。
その代わり、宝箱から地上では手に入れられないアイテムをゲットできるから皆こぞって挑戦するのだろう。
それは、わかっている。
「だというのに、4層まで来ても珍しくいいアイテムが出なかった……それが、嫌だったのも分かります」
ライター、ライター、卓上扇風機くらいの風を出せる魔道具。
三つの宝箱から出てきた戦果はこれだけだ。
「……だからと言って、ですね」
「うん」
「なんで宝箱が三つも見えているからといってモンスターハウスと分かっている部屋に飛び込んだんですか!?」
「反省はしてないけど後悔はしている」
「逆です! いや、逆でも良くないです! そもそもやらないでください!」
普段クールなリャンが珍しく声を荒げている。
俺はそんな彼女を眺めながら、周囲から群がるように襲いかかってくるダンジョンモンスターたちを槍のみで一掃していた。
「シッ!」
俺が槍で一突きする度――三匹のダンジョンモンスターが串刺しになり、霧散していく。一突き三刺し。
単純なことで、突きを繰り出す時に軌道を変えて三体同時に刺しているだけだ。ただこの軌道を変えるというのが尋常じゃなく難しい。
これらは全てシュンリンさんがフォームを直してくれたからどうにかなっているだけで、恐らく今までの俺だったら考えもつかなかっただろう。実際、これは出来ているからやっているだけで、何故出来ているのか説明しようと思っても上手くいかない。
おそらく……槍を突きだすにはいくつもの筋肉、関節を使わなくてはならない。それらを連動させるのではなく……例えば一突き目は膝と腰だけ、二突き目は肘と肩だけ、三突き目はさらに手首とつま先、という風に分割して突いているイメージだ。百の威力を三十ずつに分散させている感覚だろうか。
ちなみにシュンリンさん曰く「出来なくはないけどヤクザな技だ」そうなので、たぶん正道じゃないのだろう。でも便利だ。
実際に軌道を変える突きは技としてあるそうだけど、俺のように百の威力が分散せずしっかり相手に叩き込めるらしい。
「マスターは、動きに、無駄がっ、無くなりましたね!」
「ありがと、リャン」
そういうリャンはモンスターハウスの中でナイフを両手に構えて舞うように敵を殺していっている。冬子が戦う時は洗練された『武』を感じるけど、彼女からは洗練された『殺』を感じる。何というか、相手を殺すことに特化しているというか、仕留めるまでに無駄がないというか。
二人の戦い方には少し憧れる。俺はどうにもこうにも、戦闘スタイルが雑だから。
「シッ!」
後ろから襲いかかってきたネズミのようなダンジョンモンスターを石突でフッ飛ばし、その勢いを利用して前から襲いかかってきたミーアキャットのようなダンジョンモンスターを唐竹割にする。
さらに二連続の突きで盾を持っているホーンゴブリンのような魔物を殺し、その勢いを殺さないよう、上にいる蝙蝠らしきやつを屈んで下から突き上げる。
だいぶ数が減ってきたが、後から後から補充される。槍の実戦修業にはもってこいだ。
「マスター!」
「どうしたの?」
「――後で埋め合わせをしてもらいますからね!」
「了解」
……うん、流石に俺も反省している。ここまでモンスターハウスっていうのが無茶苦茶だとは思っていなかった。
とはいえ……この、ダンジョンモンスターはそこまでの強さじゃないのが救いか。恐らく、魔法を使えばもっと簡単に撃退出来ると思う。
「リャン」
「なん……です、かっ!」
蹴り、いなし、ナイフで切り付けてリャンがこちらを向く。
「リャンもモンスターハウス、入りたかったんでしょ?」
問うと、彼女はピタリと動きを止めて……フイっと目をそらした。
「……マスターの、ストレス発散になるかと思いまして」
「ありがとう」
笑顔でお礼を言い、俺は周囲のダンジョンモンスターを一掃する。しかし小さい的がちょこまか動き回る中、槍を当てるというのはいい訓練になったね。
モンスターハウス内のダンジョンモンスターを殆ど倒したからか、閉じ込められていた扉が開いた。
「ん、クリアか」
「お疲れ様です、マスター。ストレス発散になりましたか?」
「ん、ありがとう。やっぱり日の当たらないところでじりじりと……っていうのは、かなり精神が削られるね」
現代風に言うなら、ストレスの溜まる作業をしてやっと手に入れた石でガチャったのに全部ドブだった、っていう感じだろうか。
凄くストレスが溜まるし、溜まるだけで終わってしまう。
「ダンジョンアタックを専門にしているAGチームは凄いね」
「そうですね、彼らは本当に凄いと思います。……さて、マスター。私は頑張りました」
唐突にリャンが俺に顔を近づけてきた。
へ? と思っていると、さらに首に腕を回される。
「ダンジョンにセーフスポットは無いと言いましたが、例外がいくつかあります。そのうちの一つが、モンスターを殺しきったモンスターハウスです」
「あ、そうなんだ。じゃあ少し休憩していけるね」
「はい、休憩していきましょう。……ところで、ストレスが溜まる時というのは欲求が溜まる時、ですよね?」
「え?」
「睡眠欲、食欲、この二つを満たすことは、今は難しいです。ああ、ですがマスター。最後の欲求を満たすのは簡単ですね?」
うっとりとした表情のリャンは、いつの間にか俺を壁にまで追いやっている。これが壁ドンってやつだね。
「りゃ、リャン? 俺、十分ストレス発散したんだけど……」
「いえ、マスター。私の、です」
「ん?」
「私は頑張りました。そして戦闘後で昂っています。そしてマスターは、私と一緒じゃないとこのダンジョンからは出られない……では問題です、マスター。私をどうするべきだと思いますか?」
なんかヤバい。それはわかる。
しかし、どうすればいいのかは全く分からない。
ともかく、入る前にちょっと機嫌がよくなった頭なでなでをしてみる。
「……これはこれで悪くありませんが、他にすべきことがあるでしょう」
外れか……。
どうすればいいのか分からないが、リャンの唇がどんどん俺の耳に近づいてきて――
「マスターも、わかっているのでしょう?」
「な、何を?」
「昂った男女が、二人きり。邪魔も入らない……」
――ふう、と。吐息を漏らすように、艶やかな声で囁くリャン。
あまりの色気にくらくらするような気がするけど、なんとか正気を保つ。
流石にここまでくれば、彼女が何を求めているか俺も察せる。っていうか、確かに女性のAGが入っているチームは、戦いが終わった後に「そういう」ことになる場合もあるらしいということも聞いたことがある。
人間も動物なので、死にそうになったら子孫を残す本能が刺激されてどうのってのも知識としては知っているけど……。
「リャン、その、だね。うん、あの……そういうのは、好きな人同士がやることだよ」
「そうですね。しかしマスター、マスターは私のことが嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど……」
「ではOKですね。大丈夫です、天井の染みを数えている間に終わります」
天井染み無いですけど!? ってか、なんでリャンがそのネタ知ってるの!?
敵は身内にいた――とか言っている場合じゃない。さて、どうし……ん?
「チッ……」
俺はリャンを抱き締め、体の位置を入れ替える。
「ま、マスター? ……ああもう、こんな時に……!!!」
「リャン、俺がやるから――」
「せっかくトーコさんを出し抜けるチャンスだったというのに!!」
俺たちの背後から迫ってきていたのは、ライオンくらいの大きさのダンジョンモンスター。今まで出てきた中で一番大きいダンジョンモンスターだ。
流石にこれは、槍だけでは少し骨か――と思った瞬間、激高したリャンが襲いかかった。
「ちょっ、リャン?」
渾身の右ストレートが炸裂し、ドロップキックでライオンモンスターをフッ飛ばした。
そのあまりにも普段の戦闘スタイルからかけ離れているリャンの姿に、俺はしばし唖然としてしまう。
「いつもいつもいつも! せっかく朴念仁なマスターをその気にさせたと思ったら邪魔が入り! 何なんですか、世界が私の敵なんですか!?」
「リャンが壊れた!?」
リャンが壊れた。キャラ崩壊しすぎて顔が真っ赤になっている。
そして素早い動きでライオンモンスターの懐に入ると、掌底でかち上げて無理矢理顎を閉じさせ、その鼻っぱしらに思いっきり拳を叩きこんだ。
「邪魔するのなら……せめて、私の経験値になってください……ッ!」
あ、キメ台詞とられた。
リャンは全身から魂を迸らせ、拳の連打を叩きこむ。さらに膝、肘と打ち込み、ライオンモンスターに何もさせず打撃を打ち込む様は……さながら、鬼神。
いや、それにしてもリャンがベタ足で相手に攻撃するのは初めて見たね。
「はぁっ!」
最後は踵落としを脳天に決め、ライオンモンスターを爆散させた。いやはや、凄まじい。
ふーっ、ふーっ、と肩で息をするリャンになんて声をかけたものかと思案し……取りあえず、俺は頭を撫でてみることにした。
「……マスター」
「ど、どうしたの?」
「いえ……なんかもう、取りあえず抱き締めてください。それで今日は我慢します」
「アッハイ」
何故かずっと俯いているリャンを抱き締めると、リャンは落ち着いたような声を出してから俺の胸元にグリグリと頭を押し付けてきた。
「うう……」
明らかにしょげた声を出しているリャン。とはいえ、彼女も流石に『そういう』雰囲気じゃないことは分かっているのだろう。特に何もせず離れた。
「それにしても、ここってセーフスポットになるんじゃないの?」
唐突に先ほどのダンジョンモンスターが出てきたが。
リャンもそれに関しては不思議そうな顔をしている。
「そのはずなんですが……」
そう言って二人でもう一度さっきのライオンモンスターが爆発した方を見ると、なんとキラキラ輝く宝箱が。
「あっ……ああ、なるほど。滅多にないと言われる宝箱を落とすダンジョンモンスターだったんですね」
ミミックの逆版みたいなものか。
「モンスターハウスをクリアしたら出てくるんでしょうか? まあ、よく分かりませんがラッキーですね、マスター」
「確かにラッキーだね。それじゃ、宝箱開けていこうか」
これでこの部屋にある宝箱は四つだ。
全部ミミックじゃないことが分かっているので、一つ一つ開けていく。
「まずは……これ、何かな」
取りあえずライターではない。卓上扇風機でもない。
「水差し……かな」
傾けてみると、ちょろちょろ……と水が出てくる。中に水がある感じはしないから、恐らく傾けると水が出る魔道具ってところか。
「便利だけど、ライター系とあんま変わらないね……」
「残念ですね。ではこちらは?」
二つ目も開けてみると、今度は一枚のカード。大きさはだいたいトレーディングカードとか、ポイントカードくらいで、中心に渦を巻くような模様がついている。
「これは?」
「ああ、それは当たりですよ、マスター。容量はどれだけかは分かりませんが、中に物を収納することができるカードです。運送業の方だけでなく、AGにも幅広く重用されている品ですね。魔道具の中でも需要の高い物です」
「へぇ……無制限に入れられるわけじゃないんだ」
「もちろんです。それでも、どれだけ容量が少なくとも、かなり高額で取引される品ですよ。最低でも大金貨10枚くらいは固いんじゃないでしょうか。何せダンジョンでしかゲットできませんから」
……そう考えると、俺や冬子、異世界人が持っている『アイテムボックス』は尋常じゃないアイテムであることが分かる。
改めて自らの持つ『チート』に感謝しながら、三つ目の宝箱を開ける。
「これは外れ?」
中に入っていたのは……剣。凄くシンプルな直剣だ。
ぶっちゃけ高価そうには見えない。
「いえ、そこまで外れではないと思います。ダンジョンウェポンなので、それ自身が魔魂石のようになっています。要するに、プレーンが故に改造を施しやすい剣、とでも言うべきでしょうか。とはいえ、もっとランクが高い物もありますので、普通、くらいですかね」
なるほど。外れ、当たり、普通、ならまずまずの成果だろう。
最後はリャンが倒した宝箱だ。
「これはリャンが開けて。リャンが倒したやつからドロップしたみたいなものだから」
「え? ……マスターがそう仰るのでしたら」
リャンが少し意外そうな顔をした後、素直に宝箱を開ける。
かぱっ、と開いた宝箱の中に入っていたのは……一振りのナイフ。しかし、俺ですら業物と分かるレベルのものだ。
「……それは、当たりだろうね」
手に取ったリャンの足が微かに震えている。そうとういい物らしい。
リャンから渡され、じっくりとそれを観察する。内包する魔力量もかなりのもので、これが先ほどのプレーンな剣とは違い、既に何らかの魔力的効果があることが分かる。
鈍く光る刃は並大抵の金属ならスパッとやってしまいそうな威容を感じる。明らかに普通のナイフではないよね、これ。
もう一度リャンに返すと……リャンは、フルフルと首を振った。
「いや、しかしこれはマスター、私は受け取れません」
「なんで?」
「こんな、AGとしても相当上位クラスの人が持つようなレベルのものですよ? トーコさんの持つ剣と同じくらいです。それを……私が……」
ああ、そういうこと。
どんなナイフかは分からないけど、そもそも俺が持っていても使い道は無い。それよりはリャンが持っている方がそのナイフにとってもいいだろう。
「宝の持ち腐れになるよ、俺が持ってても。それよりもリャンが使う方が絶対にいい」
「し、しかし……」
未だに躊躇っているリャンの手を掴み、腰を抱いて俺に引き寄せる。
「ま、ますたぁ?」
「命令だよ、リャン。そのナイフを使って俺のことを必ず守り通せ。そのための力だ、俺のために振るえ。いいね?」
リャンは一瞬ポカンとした後、すぐさま嬉しそうな顔になって嬉々としてナイフを受け取った。
「は、はい! マスター、このリャンニーピア、必ずや御身をお守りいたします」
「ん、そしてそのリャン達は俺が守る。これで皆万全だね」
――どのみち、これからの戦いには全員のレベルアップが必要だ。
もっとレベルの高いダンジョンに皆で潜り、装備のレベルアップを図ってもいいかもしれない。
そう思いながら俺はリャンと共に最深部へと向かうのであった。
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