異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

135話 面倒な輩なう

「断って良かったのか?」


「たぶんね」


 俺はヒトイートからの誘いを断って帰路についていた。
 一応名刺は持っているけど、連絡をすることはないだろう。


「理由は?」


 活力煙を咥え、火を着ける。煙を吸い込みながら何から言うか少し思案する。


「んー……まず、目にあまり夢とか未来とか希望が無かった」


 俺に語ってきた夢があまりにも濁っている、そう感じた。上を見上げている感じがしなかったとでも言おうか。それとも、理想を見下しているというか。


「理想を語る人ってもっと目が輝いているというか、純粋さがあるというか。何にせよ彼の態度は胡散臭かった。ただ……アクドーイがマムシならならヒトイートはアオダイショウみたいな。感じかな。見掛け倒しと言うか」


「詳しく聞く前に断ったじゃないか」


「まあね。だからティアールに先に訊いてみようと思って」


 もしも彼が詐欺師だったら、話しているうちにその気にさせられるかもしれない。俺は別に弁舌が上手なわけじゃないからね。そういう話は間にティアールを挟みたい。


「マネージャーみたいな扱いだな」


「本人に言ったらキレられそうだね」


 そんなこと言いながらティアールをダイヤルする。
 数秒後、少し上機嫌な声のティアールが電話に出た。


『ああ、キョースケか。どうした?』


「今いい?」


『構わん。暫く暇が出来たのでな』


「へぇ、何か大きい案件でもまとまったの?」


『いや、どちらかというと厄介な商売敵がいなくなったというべきか。アクドーイ商会をどこぞの阿呆・・・・・・が潰してくれたおかげでな。ここ最近、彼らの扱っていた範囲を私たちでカバー出来たんだ。その後始末がやっと終わったんだ』


「感謝してもいいんだよ」


『ああ、しているとも。それで? どうしたんだ』


「実はかくかくしかじかで」


 ヒトイートのことを説明すると、ティアールは「ああ……」と絞るように声を出した。


『また質の悪いのに絡まれたな。そいつらは面倒な集団として割と有名だぞ』


「ああ、やっぱりそうなんだ」


 道理で瞳が濁っていると思った。あの眼、どこかで見たことがあると思ったらアレだ。宗教勧誘をしかけてくる人の目。それも質の悪い新興宗教。
 一度だけ、カードゲームをしている時に勧誘されたことがある。執拗に「一度だけ」と繰り返してしつこく食い下がってきた。
 俺を勧誘してきた青年は若い――そう、俺より少し上の大学生くらいだった。何故高校生の俺を勧誘したのかは知らない。だけどあの眼は、あの態度は忘れられない。人を喰い物にする人間がいる、それを本当の意味で知ったのはその時だった。


『勧誘がしつこいことで有名でな。一度だけじゃなく二度三度と現れるかもしれんぞ』


「面倒だなぁ……」


『奴らは所謂奴隷解放を掲げている連中なのだが、言っている内容だけ切り取るとまっとうなことを言っているように聞こえるから厄介なのだ。「人は自由に生きるべき」とか「人は全て平等。虐げられる人がいていいはずが無い」とな』


 うん、その意見自体は別に悪いことじゃないと思う。ただ……


「どうせ、『だからこそ奴隷として虐げられていた人々には優遇措置が取られるべきだ』とか『心に傷を負っているのだから金を払え』とかほざいてるんでしょ?」


『ほう、よく分かったな。その通りだ。弱者ビジネスとでも言おうか。困っている人を見付けてきて、その人を矢面に出して自分たちは安全圏から人を攻撃する。まったく、主神様が言っている通り人は平等ではないというのに』


 つい最近知ったことではあるけど、主神ゼウティヌスの教えは『人は平等ではない』だそうだ。しかしだからこそ努力すべきだ、と。
 努力し、研鑽した末に真の幸せがあると。


『だからこそ、彼らの言葉はふるい落とされた者には心地よく聞こえるのだろう。努力せずとも人は平等なのだから自分たちも権利を主張していい――など、傲慢にもほどがある』


「はは、まあOK。面倒な連中ってことが分かれば大丈夫。表立って敵対したら面倒なことになるかもしれないから、テキトーにあしらうよ」


『それがいい。奴らを邪険に扱えば「差別主義者だ」とかなんとか叫びだすからな。被害が出ないように適度な距離をとっておけばいい』


 ……本当に面倒な。


「はぁ……まあ了解。アクドーイ商会ん時みたいにならなきゃいいけど」


『ん? ああ、確かにそこの集団に絡み取られて身動きが取れなくなっている女性も多いかもしれんな』


「そういう意味じゃなくて……あー」


 でもシェヘラなら引っかかってもおかしくないかもしれない。
 しかしティアールは『心配はいらん』と少し軽い口調で言った。


『どうしても潰したくなったら、私でも二日、お前なら一日あれば潰せる。その程度の組織だ。小さい商会がいくつかその会から利益を貰っているから未だ存続しているだけで、そっちの商会を過半数取り込めば経営は立ち行かなくなる。お前なら今から捜査権を持って強襲逮捕しに行けばいいんじゃないか? 不正の証拠ならいくつか出ているぞ』


「なんだ、その程度なの」


『面倒なだけで厄介ではない。その程度の組織だ。気になるなら後日資料を渡そうか。そっちに使いを出させる』


「ん、そうだね。まあ敵対する気はあまりないけど」


 何にせよその手の奴等と関わり合いになっていいことは無い。
 そう思って言ったのだが、ティアールからは感心したような声が聞こえた。


『なんにでも噛みつくものだと思っていたが』


「……俺を何だと思ってるのさ。取りあえずありがとう。また今度食事でも行こうね」


『ああ。ではな』


 ティアールとの電話を切り、内容を冬子に話す。


「なんだ、その程度か」


「ただずっとアンタレスで聞いて無かったのにいきなり聞いたから……こっちに支部でも出すのかな」


「そうなると面倒だな。今のうちから噂でも流しておくか」


「そうだねぇ」


 まあティアールの話を聞く限りは小者同士で傷のなめ合いでもしているようなので放っておいてもいいんだけど。


「まあ、修業の後に考えようか」


 俺はそう〆て、活力煙に火を着けた。




~~~~~~~~~~~~~~~~




「あー……そういえば最近、アンタレスの人口が徐々に増えてるんですよー。それのせいかもしれませんねー」


「そうなんだ」


 夕飯を作っていたマリルにこの話をすると、苦笑いしつつの彼女が色々教えてくれた。
 今、この家は二人きりだ。俺だけ修業が少し早く終わったので夕飯を作っているマリルに一足早く色々尋ねたのだ。


「キヨタさんも知っている通り、アンタレスって特に何もないんですよね、観光地とか」


「そうだねぇ、王都まではそれなりに近いけどベッドタウンって概念は無いし」


 街と街の行き来をするのが半分命がけだったりする世界観でベッドタウンなんて概念が出てこようはずもない。


「ベッドタウン?」


「こっちの話。それで?」


「はいー、ただ住むと住み心地はいいので永住なさる方は結構いたんですけど、私がギルドを辞めちゃう前から結構働く場所が増えまして」


「へぇ?」


「オルランド様が正式に着任する前から結構こっちで事業を拡大したりなんかしていたようでして、働き口が増えていたんですねー。そして何より……塔が」


 塔。
 みんな忘れがちだけど、この世界でいろんな所に建っている枝神が住まい、認められると神器を手に入れられる場所。
 俺が『パンドラ・ディヴァー』を手に入れた場所でもあり、キアラと出会った場所でもあり――最初に死にかけた場所。


「アレに挑戦する人は未だに絶えないんですよ。しかしそのせいでリタイアするAGも結構出てきてですね……。そこで比較的治安のいいアンタレスに住む人が増えているんですよ」


「ああ、割と過酷だもんね塔は」


 ダンジョンとは違い、ひたすら魔物が――しかも地上にいる魔物より強化された魔物が出てくる塔はただのダンジョンアタックとは勝手が違うようで大怪我する人が絶えない。


「なるほど、徐々に住む人が増えてる場所に目を付けたと」


「はいー。まあキヨタさんの噂も聞きつけたのかもしれませんが。奴隷反対派のAGって珍しいですし」


「俺は奴隷反対派じゃないんだけどねぇ、システムとして無いと成り立たないのは知っているし」


 なくなればいいと常日頃思っているし、不当な扱いをしている人間を見ると反吐が出る。それは間違いないけど奴隷制度を失くす運動をしているわけじゃない。
 あくまで個人的な好悪として嫌っているだけだ。


「はたから見れば同じことだと思いますよー。もっとも実態は獣人族も魔族もおんなじ人間とか言っちゃう変人ですけどー」


「まあね。……なるほど、じゃあもう一度くらい絡まれるかもしれないね」


「家まで来たら私も追い返しますけど、面倒ですからねー。関わると面倒なコトしかありませんよ」


 リズムよくマリルが野菜を刻みながらため息をつく。ティアールの言う通り、つかず離れず適度な距離、が一番いいんだろうね。
 俺は活力煙に火を着けながらそんなことを思案し――


「あ、キヨタさん! ご飯作ってるんですから吸うなら外か自分のお部屋で吸ってください! まったく、ダメですよーリビングで吸っちゃ」


「うっ……ごめん。じゃあ外で吸ってくる」


 そう言って立ち上がる、俺ってだいぶ中毒患者めいてるな……。今の割と無意識で口に咥えてたぞ。


「はーい。あ、そういえばお塩が無くなってるんでついでに買ってきてくれませんか?」


「え? それ、ついでって距離?」


「キヨタさんだったらついでみたいな距離じゃないですかー」


「……まあ、了解」


 玄関から外に出て、街中に向かって歩き出す。もう日は暮れているが、やっている店が無いわけじゃない。塩くらいならどこかで買えるだろう。
 冬子とリャンはまだ帰っていないが、俺が家に戻るころには彼女らもいるだろう。
 活力煙を吹かしながらそんなことを考えていると、前から妙な男が歩いてきた。足取りも自然、格好も普通。しかし明らかに不自然なのだ。表情が。
 まあだから何だという話ではあるが、妙に気になった。


「……?」


 そんなのどうでもいいことではある、がしかし妙に気になって俺は魔力を『視』る眼に切り替えた。するとどうだろう、その男は魔法師並みの魔力を纏っていた。
 文字通り、纏って。本人の持つ魔力ではない雰囲気。


「ねぇ」


「はい?」


「その甲冑――んー、アーマーか。どこで手に入れたの?」


 途端。
 ザッと三十ほどの気配が俺に意識をむけた。なるほど、割と多い。CランクAGなら絡めとられているし、Bランカーでも厳しいかもしれない。
 とはいえ俺はAランク。舐められたものだね。


「キョースケ・キヨタさんですね」


 荒っぽいことになるかもしれない、そう思って俺は別の魔力を纏っている人間の数をヨハネスに把握させ、そいつらだけ巻き込む風の結界を張る。薄い結界だが外から中の様子は見づらくなっているはずだ。


「うん、AランクAGのキョースケ・キヨタで間違いないよ。そちらはどなた?」


「――単刀直入に言いましょう。我らの会に入会していただきたい。それがお互いのためでもある」


 ふむ。


「お互いのためってのは? ちなみに俺は奴隷解放運動なんかやってないけど」


「そう言うだろうと思いまして。ご自宅にも向かわせました」


 ふむ?


「そろそろ着くんではないですかね。別動隊が貴方の奥様方を攫いに行っています。大人しく我々について来ていただければ手荒な真似はいたしません。しかし――」


 俺が話を大人しく聞いていたのはそこまでだった。
 家にはマリル一人しかいない。俺の仲間なら誰がいてもこの程度の連中敵じゃないけど、彼女だけは別だ。戦闘力は無い。
 魔昇華し、炎を巻く。


「今すぐ手を引け。俺の仲間に手を出すなら即座に潰す」


 しかし俺に話しかけてきた男は怪訝なまなざしで俺を見る。何を言っているんだ、という眼だ。自分たちが圧倒的優位にいると勘違いしている奴の目だ。


「……確かに貴方は強いんでしょうが、こちらには人質もいるんです。むやみに抵抗しない方が賢明かと」


 それに、と区切って嘲笑するように口の端を歪める。


「ゴーレムメイルを着ている我らの戦闘力はBランク魔物に相当します。流石のあなたもこの人数には勝てないのでは?」


「オーケー、了解」


 次の瞬間、俺が魔力を解放し――全員が倒れる。雑魚はこうして制圧するのが一番いい。殺しても良かったけど、こっちの方が速い。今はその0.1秒が惜しい。


(カカカッ、早いナァ!)


「飛ばすよ」


 俺は風で一気に駆け上がり家に向かって全速力で走る。
 ものの数十秒で家に辿り着き、そのまま玄関を半ばぶち破りながらリビングへ突貫する。


「マリル! 無事――って、え?」


「あ、お帰りなさいキヨタさん。お塩買ってきてくれました?」


 そこではのんびりと味見をしているマリルの姿が。
 あまりにもいつも通りの光景過ぎて一瞬力が抜けるけど、すぐさま持ち直して彼女に問う。


「その、ここに人が来なかった?」


「ああ、それでしたらたぶん今お庭ですよー。もしかして、心配してすぐに帰ってきてくれたんですか?」


 ぽかんと口を開け……なんだか嬉しそうにくねくねしているマリルを置いて庭に行く。そこでは五名くらいの人間が正座させられていた。


「遅かったのぅ、キョースケ」


「ヒッ、きょ、キョースケ・キヨタ!? な、何故!? ゴーレムメイルを着けている我らの精鋭が負けたというのか!?」


 その中の一人が恐れおののいているけど無視してキアラに話しかける。


「……キアラ。リューも、帰ってたんだね」


「そうぢゃな、まあ帰っておったというか……何でもない。取りあえず面倒なことになったのではないかの?」


 そういうキアラは楽しそうだ。本人の本質的に暴れるのが性に合っているのかもしれない。
 だったらこれからやることはちょうどいいだろう。


「……こっちの奴等はゴーレムのアーマー着けてないんだね」


「ヨホホ! 非戦闘員のマリルさんを攫うだけのつもりだったんデスよ。それならキョースケさんの方に人員を割きますデスよ」


 リューの言う通りだろう。
 しかしマリルが今回は無事でよかったけど……彼女を守れるような何かが必要かもしれないね。
 取りあえずキアラの魔法を使って庭で眠らせておく。


「冬子はまだかな」


「そうぢゃの、どうしてぢゃ?」


「ん、コイツら潰すから」


 勧誘してくるくらいなら別にどうでもよかったけど、こうして実力行使に出るなら話は別だ。やってくるなら潰す。
 俺の仲間に手を出すんだ。死ぬ覚悟も出来ているだろう。


「そうぢゃのぅ……今日潰すのかの?」


「流石に今から強襲逮捕ってわけにはいかない。明日捜査権を出して貰って、ティアールと連携取って落とすよ」


 実際に後顧の憂いなく潰そうと思うと二日じゃ厳しいだろう。準備に二日、そして逮捕で一日。計三日ってところか。


「ふむ、それが良いぢゃろう。こ奴らはどうするつもりぢゃ?」


「殺してもいいけど、大怪我だけ負わせて向こうに送り返してくるよ」


 殺せば埋葬だけですむが、怪我人になると燃やしておしまいというわけにはいかない。ちゃんと手当をして、場合によっては看病に人がつく。つまり場合によっては殺すよりも敵の戦力を削ぐことが出来る。
 一人で戦局を左右するような奴なら殺すべきだが、そうでないなら足を一本吹っ飛ばすくらいでいい。


「というわけでこいつらをフルボッコにしてから本部か何かに送り届けてくるよ」


 ついでに街中に落ちているだろうゴーレムメイルを着ている連中も。もちろんゴーレムメイルは剥ぎ取るけど。


「ヨホホ……キョースケさん、ワタシが見ていない間に大分逞しくなったデスね……」


「そりゃ、妾のキョースケぢゃからな」


 キアラのモノになった覚えはないけど。
 俺は眠っている連中を風で運びながらそんなことを思った。




~~~~~~~~~~~~~~~~




 ――さて。結論から言えば三日もかからなかった。ティアールの言う通り一日で捕まった。本当に何でもないレベルの組織だったらしい。
 しかし、このような強硬手段に出ることは初めてだったようだ。
 役人たちには伝えていないけど、やはりそれらはゴーレムメイルのせいだろう。
 一応着てみたが、俺じゃスペックが低すぎて動きをむしろ阻害された。しかし本来魔法職のリューや、マリルが着ると動きは格段に良くなった。素人のマリルは新米AGくらいに、魔法師にしては動けるリューは中堅AGくらいに。
 今のままじゃ安全性が保障されていないから彼女らに着せるわけにはいかないけど、将来的にはこれで身の安全を守ることが出来るかもしれない。
 それと同時に、こんなに便利なおもちゃを貰えばそりゃ天狗にもなるな、とも思った。誰でも戦闘用の『職』を持っている人間のように動くことができる鎧なんて、人によっては喉から手が出るほど欲しいものだ。
 それを三十個。


「……アクドーイのゴーレムアーマー、今回のゴーレムメイル。確か……グルーイ博士、ってアクドーイが言っていたっけ」


 ティアールも、オルランドも聞き覚えが無い名前だと言っていた。
 さて、何が絡んでいるのやら。
 何が来てもいいように準備をしておかないとね。

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