異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

127話 槍使いの師匠なう

 さて、あれからさらに数日。
 俺たちは割とのんびりとした生活を送っていた。それはというのも、ギルドから「暫くお前ら依頼受けないでね」という命令が来たからだ。
 タロー曰く「覇王が人族側に乗り込んできたので、大々的に戦争の準備を始めるつもりだろう。そのために、実力者たちが何でもない依頼で死んでほしくないんだ」とのこと。
 要は無駄死にするなってことかな。まあ是非もない。
 ちなみに「金に困っているなら要相談」とは書いてあったけど、この命令が来てるのはS、AランクのAGだけだから皆大丈夫なんじゃないだろうか。
 リューもあの手紙以降音沙汰がないので、まあゆるりと待つとしよう。


「にしても、たくさん買ったねぇ」


「そうだな。まあ住む人も増えたし仕方あるまい」


 ――というわけで、俺と冬子は商店街に買い出しに行っていた。自分の家を手に入れてから俺たちは基本的に家でご飯を食べるようにしたからね。
 まあコスパはいいし、何より女性陣は(キアラを除いて)皆料理が上手だ。下手なお店で食べるより美味しい。冬子もこっちの調理器具に慣れてきて焦がすことも無くなったしね。
 それでも偶には『三毛猫のタンゴ』に食べに行ったりするけど。


「とはいえ、アレだな。マリルさんはあそこまで有能だったんだな」


「うん。……計算できるってまさか簿記とは思わないよね」


 何故かうちに顔を出しに来たオルランド曰く「彼女はすぐにでも商会の会計を任せられるわ」とのこと。正直想定外だったね。


「まあ彼女が会計管理してくれるから仕事が減ってもそんなに焦ってないんだけどね」


「それに、モデルの仕事でそれなりにもらえるしな」


「広告料でね」


 というわけで懐はそこまで心配しなくていい。


「……なんていうか、さ」


「どうしたんだ? 京助」


 立ち止まり、活力煙を咥える。左手は荷物を持っているから右手で。
 冬子が振り返って小首をかしげるが、俺はそれに答えずゆっくりと煙を吸い込む。


「ふぅ~……」


 紫煙がふわりと空に立ち上る。嫌味になるくらい主張している太陽の光が目に入り、思わず目をつぶった。
 そしてその動作が――生きている、ということを実感させてくれて変な笑いがこみあげてくる。


「だんだん、『生活』っていうものを取り戻せている気がする。『人として』生きているんだなって実感できる」


 帰る家があって、俺の帰りを待ってくれている人がいる。
 たったこれだけのことが、俺に『生活』を実感させてくれる。


「ずっと……さ。こっちの世界に来てからどうしても『生活』っていうものを実感できなかった。前に冬子は『住むところを都に』って言ってたよね。けど俺にはその『住んでいる』という実感も無かったんだ」


 だけど今は違う。


「この世界もまた、俺の生きる世界・・・・・だ」


「……京助。どうしたんだ?」


 冬子がまるで花が開くような笑みを浮かべる。疑問形だが、彼女には俺の気持ちが伝わっているんだろう。
 その証拠に、するりと俺の右腕に手を絡ませてきた。


「ふふ……。そうだな。旅行気分が抜けた、というよりもお客様気分が抜けたとでも言おうか。この世界を受け入れることが出来た気がする」


「うん」


 ――どれだけ俺たちがこの世界で過ごそうと、俺達は異世界人だ。そう思っていた。
 けど、違うんだ。
 俺たちは旅行しに来たわけじゃない。どちらかというと引っ越して、ここで新しく生活しているだけだ。
 それが強制的なのか自発的なのかというだけで。里帰りがしづらいだけで。根本的には引っ越しと大差ない。
 それが、家を持つことでやっと理解出来た。


「家庭か……」


 奥さんどころか彼女すらいないというのに。
 俺は隣にいる冬子に向かって微笑みかける。最近分かったのだけど、冬子は俺と目があうと少し嬉しそうな顔をする。日本にいた時は物凄い速度で逸らされていたのに。慣れたのかな?
 そして俺は、彼女の嬉しそうな顔を見ると凄く嬉しくなるので――ここ最近は、たまに彼女の顔を見るようにしている。


「ふふふ……」


 うん、やっぱり嬉しそうににやけるよね。
 そこで俺は冬子が荷物を持っていないことに気づく。


「あれ? ……冬子、アイテムボックス使ったでしょ」


 たしかにアイテムボックスに入れれば荷物持つ手間は省けるけど……俺らがアイテムボックスを持っていることはなるべく隠しているというのに。


「誰も見ていまい」


 冬子はぐるりと周囲を見渡してから少し得意げな顔になる。確かに、俺達の家はアンタレスの主要部分からは少し外れているからあまり人はいないけど。


「それにもし見られていたとしても『なんだキョースケか』で終わるさ」


「アンタレスの人たちは俺のことを何だと思ってるのさ……」


 一回、自分の生活を見直した方がいい気がする。


「お前もアイテムボックスにしまったらどうだ? 重いだろう」


「……そうだね」


 俺は一応風で周囲に人がいないことを確認してから、アイテムボックスに荷物を仕舞う。
 活力煙を吹かし、右手は冬子と組んで歩いていると……すぐに家が見えてきた。そして俺たちの家の前に特徴的なハゲ頭と、なんか老人らしき人が一人。
 老人は分からないけど、ハゲの方は分かったので俺は冬子と組んでいた腕を放す。


「おう、キョースケ。遅かったな」


「マルキム。久しぶりだね」


 俺が左手をハイタッチするように出して、マルキムと握手するように組む。


「ん? ……へぇ、なんかまた強くなってねぇか?」


「特別なことはしてないけど、マルキムがそう言うならそうかもね。……ところで、そちらの人は?」


 隣の老人の方を見ながら俺が問うと、彼は「ふぇっふぇっふぇ」と笑って俺の腕をジッと見てきた。


「いい腕じゃ」


 ニィ、と口元を歪める老人。彼は白髪と長くて白い立派な髭を蓄えており、まるで仙人のような見た目だ。身長は俺よりも低く、冬子と同じくらいで百七十センチってところか。
 鋭い眼光と引き締まった身体からは、彼が『戦う者』であることが伝わってくる。


「紹介するぜ、キョースケ。彼の名前はシュンリン・トレジャグラ。俺の知りうる限り世界最高の槍使いだ」


「ふぇっふぇっふぇ。世界最高とは言いすぎじゃよ。ワシャはまだまだ、道半ばじゃ」


 特徴的な一人称のシュンリンさん。朗らかに笑うが視線が俺の身体から離れていない。これは観察をしているんだろうか。


「そしてシュンリン爺さん。こいつが俺の言っていたキョースケだ。珍しい魔法槍使いマギランサーで、爺さんのスタイルとは少し違うが槍の扱いは見れるもんだぜ」


「……流石に世界最高の槍使いの前で見れるって言われると照れるというか、所在が無いというか。まあ、ともかくAランクAGのキョースケ・キヨタです」


 そう言って軽く頭を下げた瞬間――


「ッ!」


 ――ゴッ、と。
 俺の顔のすぐ傍を何かが通った。
 ハラリ……と数本、俺の髪の毛が落ちる。まさか、今……斬られたの、か?


「ふぇっふぇっふぇ。……ほれ」


 何が起きたか分からず、だらだらと汗を流しながら身構えているといきなり棒を渡された。そしてシュンリンさんの手にも棒が。……え? 今、ただの棒きれで俺の髪の毛を斬ったの……? というか、今どこから棒を出した?
 そのことに驚愕している暇はない。俺は慌てて棒を構える。


「ふぇっふぇっふぇ。マルキムよ、ええか?」


「あー……まあ、いいですよ」


「ふぇっふぇっふぇ。では行くぞ。準備は良いか?」


 にこやかな笑みで問われるが、その『圧』は今まで見てきたどれとも違う。というか、さっきは少し小柄だと思っていた体躯が今は倍以上に見える。
 なんだ……この……圧力は……っ!


「……はい」


 後ろに下がりたくなる気持ちをグッと堪えて、俺は頷く。
 先ほどの攻撃はまだよく分かっていない。ヨハネスが見てくれていたらいいんだけど、今『パンドラ・ディヴァー』はアイテムボックスの中だ。そして棒を持っているのであれを出すわけにはいかない。


「きょ、京助……だ、大丈夫か?」


 この展開に俺以上に戸惑っている冬子が訊いてくるけど、俺は苦笑いして肩をすくめる。


「大丈夫か大丈夫じゃないかだと……まあ、看病はお願い」


 正直、魔昇華もせずに槍の技術だけで勝てるイメージが沸かない。というか魔昇華してもどうだろうか。
 今まで出会ってきた奴等とは違う。オルランドとも、覇王ともまた違う……。『技術』の持つ『圧』。


「――シッ!」


 俺はその『圧』を振り払うように震脚と共に突っ込むと、それをまるで読んでいたのかのように眼前に棒を突き出してくるシュンリンさん。
 それをギリギリで躱し、棒を突き出して足を狙う。
 確実にヒットした――そう思った瞬間、するりと手応えを失う。意味が分からない。何らかのスキルか?
 分析する暇もなく、ヒュンヒュンと次々棒が突き出されてくるので俺はそれを何とか棒で防ぎ、距離をとる。


「…………ふぅ」


「ふぇっふぇっふぇ。青い青い」


 そう言った次の瞬間、もう俺の前に棒が突き出されている。――なんの予備動作も無く突き出される棒に反応できず俺はもろに顎に喰らってしまう。


「京助!」


「くっ……」


 これはマズい。様子見かと思っていたけど、こんなの真剣にやらないとボコボコにされてしまう。俺は息を吐き、足を踏ん張ってから素早く棒を突き出す。
 カン、と軽い音で俺の棒は弾かれたが、間髪入れず棒を回転させて柄の部分で顎を攻撃する。


「狙いは悪くないがの」


 半歩だけ下がって俺の棒を躱したシュンリンさん。そのまま俺の鳩尾付近を狙って棒が突き出される。
 それを棒の柄で弾くが――その弾かれた勢いを利用してシュンリンさんが棒を回転させて俺の顎を狙ってくる。右腕側から狙われたせいで、それに若干隠れる形で迫ってきた棒に俺の反応が遅れてしまい、ギリギリのところで顎に掠ってしまった。
 その途端、俺の足がガクッと折れる。ああ……チンを狙われたのか。顎の先に強い衝撃を受けると、脳が揺れて立てなくなると聞いたことがあるけど、まさしくそんな感じだ。
 足に力が入らない。今までも立てなくなるようなダメージを受けたことはあるけど、意識もはっきりしているし痛みも少ないのに力だけ入らない――こんな感覚初めてだ。
 冬子は呆然としており、口をあんぐり開けて固まっている。


「ほれ、おんなじことでも技のつなぎや攻撃の位置、出方、軌道を変えるだけでワシャより強い相手を難なく倒せるわけじゃ。ほれ」


 そう言って喉に棒を突き付けられる。これが槍なら俺は死んでるね……。
 首を振り、両手を上げて「参りました」と言うと、シュンリンさんは「よし」と言って棒を降ろした。


「だ、大丈夫か京助!」


 フリーズから戻ったらしい冬子が俺に肩を貸してくれる。情けないけど冬子に持たれながら俺は立ち上がった。


「……ここ最近、敗けてばっかだね俺」


 自嘲気味に笑うけど、冬子もマルキムも「今のはしょうがねえよ」という顔になる。まあ、技術差が圧倒的だった。


「ふぇっふぇっふぇ。マルキム、ぬしゃの言う通りいいもん持っとるな。ワシャは久々に胸が熱くなるぞ」


 ぬしゃ……って、二人称も特徴的だね。


「そりゃよかった」


 シュンリンさんはそう言うと、俺に顔を近づけてジッと見つめてきた。


「ぬしゃ、マルキムから聞いたが……勝ちたい男がいるそうじゃな」


「はい」


 コクリと頷く。
 シュンリンさんは得心がいかないと言った顔で顎に手を当てる。


「そも、ぬしゃが負ける相手がそう思いつかんのじゃが」


「たった今俺を負かせた人に言われると言いようのない脱力感に襲われますけど……」


 逆立ちしたってこの爺さんに勝てる気がしない。
 しかしシュンリンさんは呆れた顔になり、俺の頭に拳骨を落としてきた。


「馬鹿たれ、ワシャがどんだけ本気になっても、ぬしゃが魔法なりスキルなりで攻撃してきたらある程度しか耐えられんわい。槍捌きならワシャにぬしゃは勝てんが、総合力ならぬしゃじゃよ」


 総合力ならぬしゃじゃよ、と言われてもやはり信じられない。
 とはいえ、そこが今回は大事な部分では無いので切り替えて俺は真剣な顔を作る。


「俺が倒したい相手は――覇王、です」


「……ふむ、亜人族最強の王と言われとる男か。この前、ぬしゃが負けたとかなんとか」


 コクリと頷く。


「俺は手も足も出ずにやられました。マルキムが助けに来てくれなかったら俺は今ここで二本脚で立っていないでしょう。いや、もしかしたらそもそも生きていなかったかもしれない。……あんな思いはもう二度としたくない。だから、勝ちたいんです。覇王に!」


「なるほどのぅ……それは確かに、ぬしゃもこれまで以上の鍛練に励まんといかぬの。ところで覇王はどんな戦い方をする奴じゃった?」


 そう尋ねられたのであの時のことを思い出して答えようとすると――マルキムがそれを遮った。


「シュンリン爺さんも知ってる奴だ、覇王は。名前をツァンツァーオという。戦争でやり合ったあのツァオだよ」


 マルキムから覇王の本名を伝えられたシュンリンさんは目をまん丸に見開いた。


「なんとまぁ……あのツァオが……それほど強くなっておるのかい。はぁ、たまげたのぅ」


 どうも覇王とこの二人は旧知の間柄らしい。敵対はしていたんだろうけど。


「しかしツァオが一皮むけたんじゃろうな。あの粋がってた坊主がそこまで強くなっているとはのぅ」


 覇王のことをあの坊主とか言えるこの爺さん、凄いね。まあ覇王も昔は俺のように途上だった頃があったからだろうけど。
 マルキムは頭を下げることこそしないけど、懇願する感じでシュンリンさんに声をかける。


「だから、アンタに頼むんだよシュンリン爺さん。コイツの戦い方には軸と出来る能力がねえんだ。だからアンタの槍で――」


「ふぇっふぇっふぇ。無論、ワシャの槍は伝授しよう。そしてぬしゃもアレを教えるんじゃろう?」


 ニヤリ、と笑うシュンリンさんの眼には隠すつもりがないのからんらんと輝いている。


「どことなく、強敵を見付けた時の京助と似た眼をしている気がする」


「……それって俺が戦闘狂ってこと?」


 冬子が何か言っているけど、俺は断じて戦闘狂ではない。


「キョースケよ、ワシャの修行は厳しいぞ。ぬしゃは付いてこれるかの?」


 俺に向き直ったシュンリンさんが訊いてくるので、目をしっかりと見返してから俺は頷く。
 厳しい修行かもしれないけど――


「もちろんです。強くなるためですから」


 ――強くなるための覚悟は出来ている。


「ふぇっふぇっふぇ。よしゃ、よしゃ。では早速稽古といこうかの」


 先ほどまでのギラギラした『戦士』としての雰囲気を収め、『教師』と言った雰囲気になるシュンリンさん。
 ああ、弟子とかをしっかりと鍛えた人物なんだな……ということがよく分かる。日本では武道なんて習ったことが無いから果たしてどんな修行になるのか。


「ちょっ、京助はまだお昼ご飯食べてないんです! 修行ならその後ですよ!」


 ――と、俺達は修行する気満々だったけど、冬子に止められてしまった。
 そのタイミングで俺のお腹が「ぐぅ」となる。何とも締まらない空気になってしまい、俺は気まずくて頬をかく。


「えっと……その、お昼、ご一緒しませんか?」


「ふぇっふぇっふぇ。ぬしゃらは面白いのぅ。よしゃよしゃ、ワシャも腹が減っていたところじゃ。せっかくじゃし、お言葉に甘えようかの」


「あ、マルキムも食べる? ……残念ながらあんまりハゲに効く食べ物は用意してないけど」


「おう、じゃあオレもお言葉に甘えて……って、だからオレはハゲてねえ!」


 いつも通りのマルキムに肩をすくめてから、俺達は家に向かって歩き出す。
 先行するマルキムとシュンリンさんを見ながら俺は、ふんす、と鼻息荒く腕を組んでいる冬子に声をかける。


「珍しいね、冬子があんな空気の時に声をかけるなんて」


「ん? ……ああ、確かにな。ただ、いくら強くなりたいと言っても体を壊しては戦えないだろう? 厳しい修行は大歓迎だが、無茶な修行をしても意味はあるまい」


 彼女の言う事も最もだ。
 家の前ではマルキムが「おーい、どうした?」と俺たちを呼んでいるので、少し速足になって冬子と一緒に家に向かう。
 その際、何故か突風が吹いて俺の前髪が乱れた。


「それとその……何となく、なんだが。さっきまでせっかく二人の世界だったのに邪魔されるしなんか京助を盗られる気がして……」


 隣で冬子が顔を真っ赤にして俯いているのだけど、突風のせいで何を言っているか聞き取れなかった。


「ん? どうしたの? 冬子」


「だから、せっかく二人だったのに邪魔されてちょっと嫌だったって……はっ」


 冬子の顔がトマトになる。
 ……えっと、その。
 たぶん、俺の顔もトマトになってるんじゃないかなぁ……。



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