異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

111話 腹の探り合いなう

「AランクAG、『魔石狩り』のキョースケです」


 俺は部屋に入って取りあえず頭を下げる。
 ……えーと、オカーマさんだったっけこの人。
 いやいや、いかんいかん。
 服装と口調だけでそんな判断してはいけない。ちょっと口調が女口調で露出系の服装が好きなだけかもしれないじゃないか。


「あら、なかなかいい男じゃない。割と好みだわ」


(冬子―っ! 助けて冬子―っ!)


 神はいなかったようなので、何時でも逃げられるように心の準備をしながら俺は依頼について尋ねる。


「えーと……今回は指名依頼ありがとうございます。ハルバードゴーレムとのことですが、どちらに出たんですか?」


「ああ、その前に」


 オカーマ(で、いいやもう)はバサリと書類を取り出すと、めくって読み上げ始める。


「キョースケ・キヨタ。AランクAG。数か月前にAGになると同時にBランクとして登録される。その後に塔と呼ばれるダンジョンに臨み神器を獲得。勇者と呼ばれるアキラ・アマカワとの一対一の戦いを制し、勇者一行と袂を分かつ。主な戦果として、奴隷狩りを広範囲で行っていたメローの逮捕。前アンタレス領主マースタベを物理的に倒し、亜人族の奴隷を解放した」


 つらつらと読み上げられるのは――俺の今までの経歴。


「王都へ行き、魔族の男を撃破。そしてつい先日覇王と交戦、これを退けることに成功。この功績を持ってAランクAGへと昇格。――合っているかしら?」


 ニヤリと笑みをむけられたので、俺は無言でうなずいて肯定する。
 ……まあよく調べ上げたものだよね。
 さらにオカーマは、ぺらりともう一枚めくり話し出した。


「その正体はこの世界に救世主として呼び出された異世界人の一人。王城内で亜人族と魔族を同じ人間であると言ったために王城から追い出される。また、戦闘スタイルは魔法槍使いとでも呼べる代物であり、珍しい三属性持ちの魔法師でもある」


 そこまで調べているのか。
 少し感心しつつ、自分のことを調べられたことに不快感を覚えながら俺は腕を組む。
 俺が黙っているとオカーマは笑みを深めながら――


「そして戦闘時、魔族が使う『魔昇華・・・と呼ばれる・・・・・姿と・・似た・・姿になる・・・・ことから、魔族と関わりがあるのではないかと推測される」


 ――と、とんでもないことを言いだした。


「ッ!」


 思わずそれに反応してしまい、オカーマの笑みが得意げなものとなる。


「その反応からして、魔族と何らかのかかわりがあるのは間違いないみたいね。ふふっ、いいわねぇその表情。思わず食べてしまいたいくらい」


「…………生憎、そっちの趣味はありませんので。それよりも――魔昇華? 聞き慣れない言葉ですが、何の話でしょうか」


 取りあえずとぼけてみる。


(冷静になれ……俺)


 今まで何度も魔昇華自体はいろんな人間の前で行っている。行っているが……仲間以外で見せた奴は大概殺している。
 見せてもまだ生きてるのは……勇者勢と、前領主、覇王くらいか。
 その中で、こいつが情報を手に入れられるのは勇者と前領主。勇者にはスキルと説明しているから……。


「とぼけなくてもいいわよ。これはちゃんと私が調べ上げたことなんだから。ポーカーフェイスは苦手なようね。魔力量は人類の中でも有数……魔法師としての方が成功したんじゃないかしら、貴方」


「さぁ……どうでしょうか。まあ何にせよ」


 俺は槍を抜く気満々で問いかける。


「……俺に何をさせるつもりですか? 領主様」


「あら、そんな怖い顔しないでよ。ただのデモンストレーションじゃない。……というかね」


 はぁ、とため息をついたオカーマはヒラヒラと紙束を振って肩をすくめる。


「覇王と戦って生き延びるような化け物と敵対する気なんかないわよ。けど――敵対する気が無いからと言って舐められるつもりもないわ」


 その眼に宿る光は……いわゆる『勝負師』と言われる人種の人間が見せる光に似ている。
 俺らのような斬った張ったの世界ではなく、別の部分で戦う人種。
 暴力だけではない「勝負」で生きる人間。


「貴方も私も敵対しない方がいいってこと、分かってもらえたでしょう?」


 ふふ、と蠱惑的に笑うオカーマは……無論、これ以上の何かを持っているのだろう。今出した情報は本当にデモンストレーション。彼にとっては切ってもいい手札でしかない。


「……そうですね」


 拳ではなく言葉と情報で戦う強者。
 そんな雰囲気を感じ取った俺が少し戦闘態勢を解こうとすると――


「まあ」


 ――ゾッ、と俺の背に冷たいモノが走った。


(……ははは)


「いいのかしら? 警戒を解いて」


 覇王やSランクAG、そういう突き抜けた人間ばかり見てきたから分かる。この男は普通に戦闘も強い。
 無論あのレベルの人外には及ばないだろうが、それでも異常な強さであることは分かる。
 ……こいつ。


「……領主っていうのは、強くなきゃなれない決まりでもあるんですか?」


「あら、聞いていなかった? 私は貴族よ。自分の身くらい自分で守れるわ。というかその程度できなくてどうするのよ」


 圧をかけたままオカーマは「取りあえず座ってちょうだい」と言って椅子を勧めてきた。魔力を『視』る眼で室内を見ても特に魔道具の類は見つけられなかったので、俺は素直に椅子に座る。


「ではビジネスの話に入るわね。報酬に関してはアレでいいかしら?」


「まだ現物を見ていませんので何とも」


 本当に屋敷がもらえるなら渡りに船だ。
 ……オカーマの狙いが俺をアンタレスに縛り付けることだったとしても、今回ばかりは好都合だからね。


「そう。なら後で外観は見に行ってちょうだい。一回までだったら無料でリフォームしてあげるわ。二階建ての洋館よ。お風呂、トイレ付きなのは当然として、部屋数はね……」


 そう言って間取り図を見せてくれる。……だいぶ広いな。俺たち全員が住んでも部屋は余る。なんならお手伝いさんすら雇った方がいいくらいの広さかもしれない。


「どうかしら?」


「正式な書面に先ほどのリフォームの件を書いていただけるのでしたら」


「ではこの書類にサインをお願い」


 スッと差し出される書類。用意がいいねぇ……。
 内容はシンプルで、相手がリフォームを一度なら無料で請け負う事、この仕事を終えたら自動的に所有権が土地ごと俺に移ること、そして――この家を売ってはいけないことなどが書いてある。


(……しかも家を空けてもいい期間まで書いてある)


 これは本格的に俺のことをアンタレスに縛り付けるつもりなのかな。
 俺はじっくりと読んで、他に俺にとって不都合な部分が無いかを探す。


「いいかしら?」


「AGという職務上、何日も家を空けることはまず間違いなくあるので、この項目は削除していただけると助かります」


「あら? 文字が読めるの?」


 ……文字読めないと思っていたのか。騙す気満々だったってわけね。
 俺はジト目をオカーマに向け、書類で飲み込めない部分をいくつか改定してもらう。


「じゃあこれで報酬に関してはいいわね。……場所だけど、ここから先に少し行った場所に私がちょっとした施設を作ろうとして祠のような場所を砕くことにしたんだけど、デッカいゴーレムが出てきてね。うちの人らじゃ歯が立たなかったからAGに頼もうと思ったら……ちょうどAランクAGがいたってわけよ」


「なるほど。ではなぜ報酬に館を?」


「ああ、あの舘は私が建てたんだけどデザインが気に入らなかったのよ。だから売りに出すよりもいいだろうと思ってね」


 しれっと答えるオカーマ。
 ……まあ腹芸で対抗しようと思っても無理だろうね。
 俺はため息をつきたくなる気持ちを抑えて、立ちあがる。


「では――依頼をお受けします」


「そう、助かるわ。案内人として一人付けるから、出口のところで合流してちょうだい。それで……ここから先は、AGとしての貴方ではなく、キョースケ・キヨタとして話してくださらない?」


 …………。
 妙に蠱惑的な笑みを浮かべるオカーマ。
 一瞬、尻を隠そうかと思ったが――そういう雰囲気でもない。もっとマジな空気だ。


「なんでしょうか」


「まあ座りなさいな」


 ぶっちゃけマリルの件もあって気が急いてる俺としてはこうしてのんびり座って話をするのは嬉しいことでは無いんだけど……仕事だから仕方ないと割り切ってもう一度椅子に座り直す。


「貴方にね……頼み事があるのよ。報酬は――大金貨400枚」


 大金貨400枚!?
 一気にマリルの問題を解決できる金額を提示され、俺は少し心が動く。何をさせるつもりなんだろうか。
 Sランク魔物だったら大金貨400枚くらいじゃ足りないし、Aランク魔物なら妥当なラインだ。だけどAGとしての俺ではなく一個人として……となると分からない。


「何のご用件でしょうか」


「私のボディーガード兼秘書をやらないからしら」


「……へぇ」


 専属のAGってのは、いるにはいる。正確に言うとAGをしていたら貴族に騎士として雇われた……とかだけど。基本的にはパーティー単位で雇われ、雇い主の依頼を最優先で受けさせられる。
 主に護衛依頼を請け負う。……後は、人に言えない仕事、記録に残せない仕事とかね。AGなら比較的どこにでも入れるし、戦闘技能に長けた人が多いから。
 つまり、これはそのお誘いなんだろう。


「なんで唐突に?」


 先ほど敵対する気が無い……みたいなことは言っていたが。


「唐突じゃないわよ。……強い男を私の配下に入れるのが趣味なの」


 パチン、とウインク付きでそんなことを言うオカーマ。
 ……いくらキモイことを言っているとはいえ、依頼人は依頼人。俺は一応話の続きを聞く。


「そうですか。具体的な条件は何ですか?」


 人の下につくのは好きじゃないが、このアンタレスを根城にするという意味では定期的な収入があるのはいいことではある。
 条件を聞くだけならいいだろう。
 オカーマは食いついてきたとバカリにニヤリと笑うと、俺にさらに書類を突き出してきた。


「簡単よ。契約金が大金貨400枚、月収はこれから要相談。仕事内容は私の警護。基本的にこの屋敷に住み込みでやってもらうわ」


 住み込みで……?


「先ほどの依頼の報酬が屋敷なのに、ですか?」


 だとしたら俺に館を報酬でくれてやる必要が無い。最初からこの舘に住むのであれば館はただの空き家になるだけだ。
 そう思って尋ねると、オカーマは「はんっ」と心底くだらないと言う風に嘲笑したかと思うと、テーブルの上に置いてあった飲み物を一気に飲み干した。


「ぷはっ。そんなもん、手切れ金代わりにあの子たちにあげなさいよ。そのための大金貨400枚なんだから」


「そのための?」


 それはどういう意味だろうか。
 ……なんて、聞くまでもないだろう。


「……もしかして、俺のパーティー単位でなくて俺個人を雇おうという話ですか?」


「そうよ。最初に言ったでしょう? 貴方個人とお話させてって」


 たしかに言っていた、言っていたが……。
 立ち上がり、肩をすくめた。


「話になりません。俺のみしか雇っていただけないのなら――この話はお断りさせていただきます」


「あら、そうなの?」


 ニィッと……まだ何か隠しているような顔で笑うオカーマ。無視して出て行こうと踵を返したタイミングで――ぼそりと、しかし俺の耳に確実に届く声で聞き捨てならないことを呟いた。


「これじゃあ奴隷商に売られたマリルさんが可哀そうねぇ」


「――ッ!? やっぱりそれを……何する、つもりだ……なんですか?」


 咄嗟に言葉が荒くなってしまったので、慌てて取り繕うとオカーマは笑みを浮かべたまま堂々と胸を逸らした。


「私が一言いえば、ギルドは貴方の持ち込んだ魔魂石を買わなくなるわ。そして依頼も来なくなる」


「…………」


「さて、期限はいつまでだったかしら? 一週間? 三日? ……まあ、一月は無いわね。……そんな中で、貴方は仕事が無くてどうやってお金を作るのかしら?」




 俺が捜査権を持っていて――最悪の最悪は有耶無耶に出来ることを知っているのか、それとも知らないのか。
 今のこいつは俺にとってアドバンテージを握っているつもりのようだ。
 ……まあ、実際金策を止められたらマズいのは間違いないんだけどね。とはいえ、こいつが思っているほど大ダメージがあるわけでもない。
 と、思っていたら――


「貴方はそれでいいのかもね。でも――貴方のお仲間はどうかしら?」


 ニヤニヤと、心底楽しそうな顔で俺に問いかけるオカーマ。


「うふふ、私の手がアンタレスまでしか伸びてないなんて思わないでちょうだいね。ここから先、枕を高くして眠れる日が来るのかしらね。誰だったかしら、トーコちゃん、キアラちゃん、ピアちゃん。可愛いわよねぇ。リルラちゃんも可愛いし、リューって娘とも仲が良かったみたいね。ギルドマスターも、マルキムさんとも知り合いのようじゃない、貴方」


 ……冬子たちに手を出すつもりか。
 ぶわっ、と俺の周囲が一気に熱を増す。俺の魔力が俺の感情に反応した証だ。


(カカカッ! キョースケ、落ち着ケ)


 ヨハネスの声で、冷静さを取り戻す。
 俺は自らの魔力を鎮めて、目を閉じてから気持ちを落ち着かせる。


「……俺をどうするつもりですか? というか、俺と敵対しないつもりではないんですか?」


「どうもしないわよ。ただ、貴方が従わないなら――こちらにも考えがある、ってそれだけの話。別に敵対するとは言っていないわよ?」


 そう言って微笑む様は……何とも腹立たしいもので。っていうかその物言いで敵対してないとは言えないと思うんだけど。


「お金、いるんでしょう? ――さあ、どうするの? 貴方が仲間と別れて私の下につけば、これから先の生活も何もかも保障されるのよ? 金に不自由することは無いわ。お金は、大切でしょう?」


 金、金。


「前の領主も――金、金言ってたね」


 反吐が出る。
 そんなに金が大切か。
 他人を踏みにじってまで手に入れる金が――そんなに尊いものか?
 人の自由を縛って、無理矢理言う事を聞かせて。
 そうまでして手に入れた金が――


「……お話はよく分かりました」


「あら。では私の専属AGになってくれるのね?」


「いいえ。今回の依頼は受けますが、専属AGの件についてはお断りさせていただきます」


 俺はキッパリと言い放ち、今度こそ扉に向かって歩き出す。
 それをオカーマは引き留める様子もなく、何を考えているか分からない不気味な笑みを浮かべたままだ。
 それにほんの少しだけ違和感を覚えたが――無視してドアノブに手をかけ、ポツリと呟く。


「マリルさんは、誰かが犠牲になって手に入れた金で助けられたとして――喜ぶような人じゃない。それに」


 一度天井を睨み――それから、思いっきり魔力を放出してオカーマにぶつけた。


「……俺の仲間は俺が守る。前の領主がどうなったか忘れたわけじゃないよね? 手を出すんなら、こっちも本気だ」


 オカーマは――領主は、落ち着いた笑みを浮かべたまま椅子に座っているが……目が笑っていない。
 俺は領主の返答を待たず、扉を閉める。


「……前の領主――マースタベと一緒にされるのは不愉快ね」


 扉を閉め際――領主は少し苛立ったような声をあげた。


「あいつみたいに……簡単にボロを出すとは思わないことね」


 バタン、と閉じられた扉の向こうから。
 今まで味わったことの無いような雰囲気を感じながら――俺は出口へ向かって歩き出した。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「――シーラ、シーラはどこ?」


「こちらです、オクタヴィア様」


 オルランドがパンパンと手を叩くと、天井が開いてシュタ、と目出し帽をかぶった女性が現れた。


「それにしても、『気配遮断』の『職スキル』を持つ貴方に気づいていたみたいね、彼」


 オルランドは、未だに震える手を見て苦笑いしながらシーラにそう声をかける。
 ――最後に当てられた魔力は、まるで悪魔に睨まれたようだった。
 恐らく真正面からぶつかったら自分なぞひき肉にされてしまうだろう。それほどの実力。


(まあ、戦いっていうのは正面から殴り合うモノだけではないのだけれど)


「……申し訳ございません」


 オルランドは、しょげているシーラに苦笑いを浮かべながら近づく。


「いいのよ、あれは本物の化け物よ。貴女如きが相手になるような器じゃないわ」


 オルランドはくいっ、とシーラの顎を掴むと口の端を歪ませた。


「いい子ねぇ……キョースケ」


「は、はい……」


「――プランAは取りやめよ。まあ最初から成功するはず無かったんだけど」


「で、では……プランBですか?」


 オルランドはシーラを放し、テーブルに置いてあった紅茶を口に含む。


「ええ。本命のプランよ。……いいと思うのよねぇ、彼割とイケメンだし」


「そうですね」


「私がデザインしたお洋服も鎧も、きっと似合うと思うのよ」


 ニコリとオルランドは屈託のない笑みを浮かべる。
 それは先ほどまで見せていた邪気に染まったモノではなく――純粋な、笑み。


「ホント、あの程度の男と一緒にしないで欲しいわよ」


 オルランドは誰に聞かせるわけでも無く呟く。


「商売っていうのは、関わった人間が全員笑顔になってこそ――でしょう?」


 シーラはそんなオルランドの姿を見て――心の中で苦笑いをする。
 だったらあんな態度をとらなけらばいいのに――と。



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