異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

100話 絶望的な十分間なう

 覇王、と。目の前の獣人族の男はそう言った。まさかこんなところで出会えるとはね。
 普通なら、「自称覇王」と切って捨てたいところだけど……分かる。なまじ強くなってしまったが故に、分かってしまう。思い知らされてしまう。圧倒的な実力差、枝神であるキアラすら凌駕する実力によって。
 アレは――ホンモノだ、と。
 本物の実力者である――覇王だ、と。
 右手は血に濡れており、おそらくあれはキアラの血だろう。ってことは、誰にも悟られずに俺たちに近づいた挙句腕でキアラを貫いてあの距離まで後退した……ってことになるのか。
 ははは……人間技じゃない。
 覇王はどんな理屈かは知らないが湖の上に立ち、こちらを睥睨している。


「クハッ! テメェ、いい趣味してるな! 獣人族の――しかもとびきり美人の女を侍らせるとかよ!」


 なんの殺気も無く。ただひたすら愉快そうに笑う覇王。それだけで俺は冷や汗が止まらなくなる。
 身長は俺よりも少し高い程度。なのに、なのに。何故ここまでの圧倒的なエネルギーを感じることが出来るのか。


「ン?」


(……ッ!)


 試しに、と。魔昇華をしようとしたら――尋常じゃない殺気を叩きつけられて、一瞬にして集中が途切れてしまった。


「おいおい、たしかにおれはテメェを殺しに来たけどよ。そんなに逸るんじゃねえよ。まだ言わなきゃいけねぇことがあるんだから」


 ……魔昇華すらさせてもらえないのか。
 抱き留めているキアラの体温が、だんだんと下がってくる。もはや一刻の猶予もないね。かと言って――逃げることも能わない、か。
 恐らく、俺たちの中の誰かが一歩でも後退したら――その瞬間、あの腕に貫かれる。それだけは分かる。


(……ヨハネス)


(カカカッ……アリャア……オレ様が現役の時でもキツイレベルダゼ)


 ヨハネスまで弱音を吐いている。
 これは……これは、マズいね……。
 キアラからは体温だけでなく、魔力すら消えていっているように感じる。それくらい生命力が薄くなってきている。
 口の中が渇く。カラッカラだ。


「………………リャン」


「ハッ。私が足止めいたしますので、その間に――」


「キアラと、冬子を頼む」


「――お逃げ下さ、って。え?」


 俺はそう言ってリャンにキアラを預ける。


「相手のお目当ては俺だ。だから俺が足止めする」


 ひゅん、と――いつの間にか意識せずとも扱える程に馴染んだ『パンドラ・ディヴァー』を回し、活力煙の煙を吐きだす。


「だからほら、二人とも速く行って。俺が時間を稼ぐからさ」


 笑顔を冬子に向けると、冬子は一瞬呆けたような顔をした後に――バッ、と俺の襟首を掴んできた。


「バカな、京助! お前ひとりに戦わせるものか! 私も一緒に戦う!」


 決意に満ちた瞳。見れば、先ほどまでの震えが止まっている。
 ははは……冬子は、強いね。
 俺なんかよりもよほど強い。心は確実に鋼で出来ている。
 だから――だから、こんなところで死なせるわけにはいかない。


「アレは強い、強いのはわかってる! だから、だからお前一人に戦わせたりなんか――!」


 俺はフッと口元に笑みを浮かべて、冬子の唇に人差し指を付ける。


「何言ってるの、冬子。俺は時間を稼ぐって言ったんだよ? キアラは明らかに戦える状況じゃないし、アレは一人で相手をするのはしんどい」


 だから、さ――と肩をすくめてからアンタレスを指さす。


「――さっさと援軍を連れてきてよ。マルキムなり、サリルなりはいるでしょ。アンタレスに」


 そして冬子たちに背を向けてから、覇王を見据える。


「人類が生み出した必勝法。格上の相手は取り囲んで棒で殴る。それを実践するには数が足りないからね」


 ピリっ……と。俺の中で何かのスイッチが切り替わる音がした。その瞬間、一切の恐怖が消える。
 ああ、なるほど。これか、この感覚か。
 大切な人を守る決意っていうものは――。


「……死ぬ気じゃ、無いんだな?」


 不安そうな冬子の声。いや、不安そう――じゃないね。揺れている声だ。


「お前は……私たちが、誰かを連れてくるまで持ちこたえてくれるんだよな?」


 このままここを離れるか否かに、揺れている声だ。
 もちろん――そう答えようとした時に、リャンが俺へ声をかけてきた。


「ここからアンタレスまで走れば20分くらいです。それまで持ちこたえてください、マスター」


 リャンの――悔しそうな、声。リャンは俺よりも戦闘経験が多い。だから分かっているんだろう。リャンじゃ時間稼ぎにすらならないことを。


「往復で……四十分、で、す……ッ!」


 迸る殺気、無論これは俺へ向けてじゃない。覇王に向けてだろう。


「京助……本当に、死ぬ気じゃないんだな?」


 冬子の――覚悟を決めた声。冬子も察したんだろう。この中で唯一時間を稼ぐことが出来るのが誰か。一番可能性があるのが誰か。
 そしてこうも分かっているはずだ。俺がどう足掻いても覇王には勝てない――だけど、同時に俺が・・絶対に・・・退く気も・・・・ないということも・・・・・・・・
 結局、誰が一番最初に覚悟を決められたかという話だ。俺が最初で、リャンが二番。そして冬子が最後。
 全員で死ぬ、のではなく。誰かを犠牲にして生き残る可能性に賭けるという覚悟を。


「当然。だって俺だよ? 元の世界に戻らなきゃいけないのになんでこんなところで死ななきゃいけないのさ」


 そう、元の世界に戻るんだ。冬子は。
 こんな殺伐とした世界じゃない、元の世界に。
 だから――こんなところで死なせるわけにはいかない。


「京助、京助……ッ! すぐに戻ってくる! すぐに戻ってくるから――それまで負けるんじゃないぞ!」


「――はいはい、速く行ってよ。そんなところでのんびりしてると……俺が先に倒しちゃうよ」


 もう、冬子の顔を見るわけにはいかない。
 だって、覚悟が鈍る。
 俺は――死にたくない。


「ッ! ッ! ッ!」


「トーコさん、行きましょう。……マスター、ご武運を」


 最後にリャンがそう言ってから、その場から離れていく。
 一連の流れを見ていた覇王は――凄く、楽しそうな顔を俺に向ける。


「待たせちゃったね」


 俺がそう言うと、覇王は口元を抑えながら肩を揺らす。


「クハッ! 美しいな。覚悟を決めた男ってのは」


「あれ? 覇王、もしかして男もいける口なの? ごめんね、生憎だけど俺はノーマルなんだ」


 軽口を叩いて『パンドラ・ディヴァー』をかまえると、覇王は初めて少しだけ構えらしきものをとる。


「そりゃそうだろ、美しいモノに男も女も関係ねえ。特に、覚悟を決めた瞳ってのはどんな宝石よりも尊いものだ。まあ……死ぬ覚悟じゃなくて、あの女の子を逃がす覚悟ってのがなかなか泣かせるけどな」


 覇王は一歩、踏み出して――一瞬にして、湖の中心から俺の目の前へと歩を進めた。
 うん、殆ど目で追えなかったね。


「さて……やるか」


「うん――俺の名前は清田京助。こっちの世界風に言うとキョースケ・キヨタ。しがないはぐれの救世主さ」


 槍を構え、覇王を睨みつける。
 一方の覇王は笑いながら堂々と胸を張った。


「己は覇王。世界最強だ」


 自信に満ちた名乗り。なるほど、世界最強……ねぇ。


「ってことは、今日から俺が世界最強だね」


「はっ、どうしてだ?」


「最強を倒した男が最強でしょ」


「言うじゃねえか。いいな、いいな! 最高に気に入ったぞテメェ!」


 轟! と――魔力ではない、しかしたしかにそこにある『力』が吹き荒れる。
 右手を前に、左手を後ろにもってくるという変則的な構え。一体どんな技が出てくるのか。


「行くぞ、覇王――ッ!」


「来い! キョースケ!」




~~~~~~~~~~~~~~~~




「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 十分な距離をとったところで――限界だった。
 後悔が、哀しみが、悲しみが、無力感が――そしてそれらを全て超えたところにある絶望感が、冬子を襲う。
 それでも、足を止めない。止めていたら京助の覚悟が無駄になる。
 もはや涙で前なんて見えちゃいない。それでも、限界まで急ぐ。急いでアンタレスへと向かう。マルキムなどの実力者を呼んでくる――それしか、それしか京助が生還する可能性は無いのだから。


「トーコさん! 私の武装もしまってください! もっとスピードを出します!」


「はい!」


 リャンも冬子も、ほぼ全裸のような格好で走っている。重しとなるものを全てしまっているからだ。
 はしたないとか言っている場合じゃない。一分でも、一秒でも早く援軍を連れてくるのだ。


「はっはっ……京助、京助京助京助ェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」


 愛してる、愛してる愛してる!!!
 世界で一番愛している。ずっと一緒にいて欲しい。
 一緒に元の世界に帰りたい!
 その言葉が喉元まででかかった。こんなところで京助を失うくらいなら、一緒に死にたい――その覚悟まで出来ていた。
 しかし、あの背中にはどんな言葉もかけられなかった。
 覚悟を決めた背中――絶対に退かないという覚悟を。
 冬子たちを……守るために。
 大好きな男の。
 愛している男の。
 世界で一番信頼している男の。
 そんな背中を見せられて――その決意を鈍らせるような言葉を紡ぐことなんてできなかった。


「うっ……くっ……」


 嗚咽が漏れる。しかしそれでも走る足は止めない、止められるわけが無い。
 泣いている暇があるなら、すぐにでも京助のところに援軍を送らないといけない。


「アンタレスまではもうあと三分ほどです」


「はい」


 覇王に言ったアンタレスまでの時間はもちろんフェイクだ。あの位置から五分、往復で十分だ。流石に往復四十分もかかったりはしない。
 もちろん、絶望的な十分間であることは間違いないが。


「……信じるしかありません」


「分かっています」


 冬子は、それでも前を向く。
 たしかに絶望的だ、だがそれがどうした。
 覇王は強い、みんなが束になったって敵わないだろう。
 それでも、それでも。
 京助なら――京助なら、最後はどうにかしてくれるんだ。


「私は、京助のことをこの世界の誰よりも長く見てきた女です」


 だから。


「京助のことは――私が、世界で一番信頼しています!」


「……結構です。もっと速度をあげます、ついてこれますね?」


「無論!」


 死ぬ気で走ってアンタレスまで行こうとしていると――ふと、視界の端に猛スピードで自分たちとは逆方向に走っている人間が写った。
 どこかで見たような気がするが……気のせいだろう。


(死なないでくれ……ッ! 京助っ!)


 神がすでに倒された今、誰に祈ればいい。
 そんな思いを抱えながら冬子はさらに加速していく。




~~~~~~~~~~~~~~~~




「はっ!」


 先に仕掛けたのは俺だった。足元で爆発を起こして一気に覇王までの距離をつめる。そして心臓を狙って槍を突き出した。
 しかし覇王はそれを難なく躱し、俺の腹部へ蹴りを放つ。それを肘でガードした瞬間ゴッ! と俺の右側頭部へ衝撃が走った。


(ッ!?)


 一撃で意識を刈り取られそうになるほどの衝撃だったがなんとか歯を食いしばり、槍の石突で下から覇王の顎を狙う。
 覇王はわずかに横にスライドしてそれをやり過ごしたかと思うと、肘で俺の鼻を打とうとしてきた。


「くっ……」


 物凄い速度の肘打ちだったがなんとか回避し――たところで、再び謎の衝撃が。今度は腹だ。


「がはっ……!」


 身体がくの字に折れ曲がる。その隙を逃すような男ではなく、下がった頭に廻し蹴りが飛んできた。
 すんでのところで回避に成功するが、謎の攻撃の正体が分からない。これが覇王の能力なのか……ッ?!


(チゲェ、チゲェゾキョースケ!)


 頭の中でヨハネスが語り掛けてくる。


(違うって何が!)


「遅いぜ?」


 ゴッ! とダイナマイトが爆発したかのような轟音とともに俺は二メートルくらい吹き飛ばされる。今の攻撃も見えなかった……ッ!
 なんとか立ち上がろうとするけど……完全に足にきていて、俺は尻餅をついてしまう、


「おいおい、こんなもんか?」


「……ちょっと休憩しただけだよ。ぬるい攻撃過ぎて退屈だったからね」


「クハッ!」


 膝立ちになり、ふうと一つ息を吐く。


(魔昇華――!)


 コーン……と木と木を打ち合わせたような音が周囲に響き、俺の魔力が研ぎ澄まされて――


「あ? テメェ、魔族だったのか?」


 ――いかず、やはり見えない攻撃で横から吹き飛ばされた。しかし勢いに逆らわず衝撃の方へ自ら飛び、さらに二度、三度とバウンドするけれどわざと転がることによって威力を殺す。くそっ、魔昇華出来なかった。
 覇王もいまいち手応えが無かったのか少し不機嫌そうな顔をした。
 ――今、見えない攻撃が来る一瞬前、覇王がほんの少しだけ右足に力を入れたような気がした。
 だから俺は左側へ飛んだのだ。右足を軸足にして左足で蹴るのではないかと推測したからだ。


(ヨハネス……! まさか!)


(アア! アイツは特別ナコタァ何もシテネェ! タダヒタスラ攻撃の速度が速すぎて知覚デキナカッタダケダ!)


 原理も何もなく、ただ攻撃するだけで必殺最速の技になる。これが……覇王。獣人族最強は伊達じゃないってことか。
 だがそれでも――。


「新技……ってわけじゃないけど!」


 俺は『縮地』を発動させて覇王の懐へもぐりこむ。初見殺しの必殺――『発勁』を起動させる。
 覇王は少しだけ不思議な顔をしながら――ドン! と俺の『発勁』を受けた。通る衝撃、骨まで打撃が入る手応え――


(これならどうだッ!)


 たしかな手応え、しかし覇王はそれをあろうことか後ろへ飛びもせず、その場で軽く回転しただけで内部の衝撃を外へと逃がしてしまった。
 轟! と力が後ろへ逃げる。尋常じゃない――尋常じゃないね、本当に。


「クハッ! いい拳だキョースケ!」


 右フックを躱し、バク転しながら覇王から距離をとる。そして石突を右斜め下から振り上げるが、簡単にガードされてしまった。
 奴の左足から繰り出される二連打をなんとか捌き、槍を回転させてその回転力で吹っ飛ばそうとボディを狙う。
 だがそれは覇王の身体をすり抜けて・・・・・、俺の槍は空を切る。


(っ!?)


 しかし驚いている暇はない。すぐさま覇王の踵落としが飛んでくる。ギリギリで躱……


「ガッ!?」


 バキッ! と今度は下からアッパーを喰らわされていた――というのを、殴られた後で知った。
 重い一撃、足に力が入らない――これは、完全に足に来たね。


(サッキのはバックステップして元の場所に戻る――ソレヲ超高速でヤッタダケダナァ!)


(ふざけてる……ね、なんだよその速さ)


 ふらつく足に活を入れ、なけなしの力を使って後ろへ飛ぶ。そして木を背にして体を支えてから一つ息を吐く。


「やる……ね、覇王」


 覇王は、普通の時はスピードを落としている。そしてここぞという時に本来の速度に戻して攻撃してくる。そこのペースチェンジによって――異様なほどの速度に見せているようだ。
 恐らく覇王のトップスピードは、ついていけない程の速さではないはずだ。しかしスピードのギャップによって反応が追い付かない。
 これは……マズい、ね。
 眼を鋭く、周囲の空気を、気配を読むように心がける。


(……気、ってのを感じれたらいいんだけどね)


(カカカッ! ソウモ言ってラレネエミテェダガナァ!)


 乱れた息を整えていると、追撃もせずに覇王は腕を組んで大声をあげて笑った。


「クハハハッ! だいぶ足に来てるみてえだな。降参するなら今の内だぞ?」


 余裕綽々、と言った態度の覇王。それは決して傲慢さからくるものじゃない。


「……いいの? そんなに余裕ぶってて」


「余裕ぶってるんじゃねえ。余裕なんだよ」


 俺は魔力を放出して魔昇華をしようとしたところで――覇王の攻撃がすぐさまやってくる。どう足掻いても魔昇華はさせてくれないらしい。
 覇王の拳を躱し、その攻撃を後ろの木に当てさせたが……意にも介さず後ろの木をへし折った。環境破壊しないで欲しいところだね。
 俺は『縮地』を応用して地面を滑って移動、立ちあがって槍を構える。


「……どうしても俺にアレを使ってほしくないみたいだね」


「クハッ! いやいや、悪い悪い」


 覇王は肩をすくめてからドカッ、とその場に座り込んだ。
 何をしているんだろう、と思って眉を顰めると覇王はニヤリと笑って俺を見据えた。


「最期の戦闘だ。全力を出せねえのは嫌だよな。というか、オレも弱っちい奴と喧嘩ってもつまらねえ。ここ最近はちとくだらねえ奴とばっかやってたからその時の癖でな。さあ、やってくれ」


 ………………。
 どこまでも、どこまでも。


「……どこまでも、舐めてくるんだね。さっき逃がしてくれたのもわざと?」


「ああ。弱い奴を嬲るのは趣味じゃねえ。それに、舐めてるんじゃなくて楽しもうとしてるだけだ」


「そう。……じゃあ、一つだけ教えてあげるよ覇王」


 俺は周囲に吹き荒れるような魔力を放つ。魔力放出――そして、それらを自分の周囲に収束させていく。
 瞳を閉じ、心を鎮めた後、コーン……と木と木が打ち合うような音が響き、俺の周囲の木々が吹き飛んだ。


「敵を舐める実力者ってのは――」


 轟々と吹き荒れる『力』を我が物とし、片方だけ角が生える。
 俺の瞳は片目だけ紅に染まっている。これは半魔族になったからだけど――もしかしたら、屠ってきた敵の血の色なのかもしれない。
 ……なんて、メルヘンチックな思いを抱きながら眼を見開く。


「――大物喰いジャイアントキリングされる確率が最も高いんだよ!」


「クハッ――なかなか面白くなりそうじゃねえか!」


 さっきまで余裕を見せていた覇王が獰猛な笑みを浮かべる。
 さて――第二ラウンド、開始だ。



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