異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

79話 食人衝動なう

 奥の部屋は普通の応接室だった。閉じ込めて殺そうって感じには見えない。
 お茶を出されたが口をつけずにティアールが入ってくるのを待つ。


「マスター。なんで門前払いされなかったんでしょうか」


「あそこで俺に騒がれたら悪評が広まるかもしれないからでしょ。クレーマーは奥に引っ込ませてテキトーにあしらうのがベストさ」


 リャンは「そんなものですかね」と言ってから神妙な表情をする。まあ、帽子を外させているから少し緊張する気持ちも分からなくない。さっきのあの人の表情だといきなり殴りかかられてもおかしくないからね。
 まあ、そんなことになったら返り討ちだけど。


「お待たせしまし……た」


 やはりリャンの耳を見て物凄い表情を見せるティアール。どうしてここまで憎んでるのか分からないけど、そのことには気づいていないふりをする。


「申し訳ございません、お時間をとらせてしまいまして」


 社会人じゃないからビジネスマナーなんかは分からないが、最低限の敬語は使えている……つもりだ。これなら礼を失することもあるまい。
 ティアールも目の前に座って綺麗なお辞儀を見せた。


「いえ、私どもといたしましてもBランクAGの方とお話できる機会は貴重ですので。それで……亜人族の奴隷を宿泊させたいという話でしたね」


 ちらりとリャンを見るティアール。表情は普通だけど、やはりその瞳の奥には憎悪をのぞかせている。


「申し訳ございませんが、当ホテルでは亜人族の方の宿泊はお断りさせていただいております。よろしければ亜人族の方も宿泊できる宿屋をご紹介させていただきますが……」


 ちゃんとした対応をしてくれるティアール。ここまでホテルを大きくしたのはこの辺が影響しているんだろうか。
 少し食い下がってみようと思い、俺は頭をさげる。


「実は既に私と私の仲間がこのホテルに泊まっていまして。手違いで彼女だけ外に置いてけぼりになってしまったんです。彼女だけ別の宿屋に泊めて万が一問題が起きてしまったら大変ですし……一晩だけで良いのですが、ダメですか?」


 ティアールは首を振り「規則ですので」と言ってお茶を飲む。
 話し合いをする気も無さそうな態度に少しムッとしたので、もう少しグダグダ言ってみることにする。


「では、彼女の耳や尻尾も隠します。それならば獣人であることは他人に分からないので、ホテルの評判が落ちることも無いのでは?」


「規則ですので」


「彼女は私の奴隷ですので他の宿泊客を襲うこともありません」


「規則ですので」


 前の世界でもあったなー、こんなやり取り。こっちからは最大限譲歩したからもう交渉の余地はねーよっていう態度。まあ確かに、嫌なら他の宿に行けって話だからね。


「規則と言いますが、どうしてそのような規則にされているのですか?」


 少し尋ねてみると、ティアールはにっこりと営業スマイルを浮かべた。


「亜人族のお客様が泊まっているとなれば、不愉快に感じるお客様の方が多いです。ここは人族の国ですから。当ホテルでは確実に亜人族のお客様を排除することで高い信頼を貴族様などから得ていますので」


 なるほど、分かりやすい理由だ。もっとも、その貴族の方が獣人族の娘とかを奴隷にしているパターンは多いと思うけどね。
 頑なだが、わからなくもない理由ではある。これは出直すか、諦めるかした方がいいかもしれない。
 一応、もう一つやっておくか。


「では……倍額支払いますので」


 最後の手段、財力。少しぐらい揺るぐかとも思ったが、ティアールはこゆるぎもしない。


「どれだけ積まれても、規則は規則ですので」


 こりゃ駄目だ。
 自分の無力さを痛感する。なるほど、暴力が絡まないと俺にはこの程度しかできないのか。やはり、前の世界と同じで俺には知恵も力も地位も足りていないんだな、と思う。AGとしてはそれなりかもしれないが、この手の経営者にとって荒くれものであるAGとの繋がりなんてあれば儲けもの、程度のものだろう。つまり積極的に俺に媚びを売る必要も無い。ホテルの信用とAGへのつなぎ、どっちを優先するかと言えば断然後者だろうな。
 俺はそんなことを考えながらこのホテルを後にしようと立ち上がり、何の気なしにぼそりと呟いた。


「にしても、何をそんなに獣人族へ怯える必要があるのか……」


 ティアールに聞かせるつもりは無かったその一言だったが、動揺させるには十分な威力があったらしい。彼がガタッと音を立てて立ち上がった。
 おや?


「あなたは……AGのくせに亜人族の恐ろしさを知らないのですか? 亜人族の食人衝動のことを知らないとは言わせませんよ」


「は?」


 食人衝動?
 なんのことやらと思い、俺は脳内のヨハネスに語り掛ける。


(ねぇ、ヨハネス。食人衝動って何?)


(カカカッ! オレ様も聞いタコトネェナァ! 大方人族をビビらせるタメノホラダロウヨ!)


 ヨハネスが知らないという事は、そんなモノは無いという事に等しいだろう。
 念のためにリャンの方を見るが、彼女もキョトンとした表情をしている。やっぱりそんなものは存在しないらしい。
 俺のその様子から食人衝動を知らないと悟ったティアールは「はっ!」と鼻で嗤ったかと思うと、どかりと――それはそれは尊大に椅子に座り直した。


「BランクAGだからと思ってそれなりの態度で接していたが――亜人族の食人衝動も知らないとは。どうやってAGライセンスを偽装したのかは分からんぬが、大方ギルドのお偉方にコネがあったとかそんなものだろう」


 おやおや、いきなり手のひらを返してきたね。俺が獣人族の食人衝動を知らなかっただけでこの態度だ。
 さっきはこのホテルをこんなに大きくしたんだからそれなりの人間なんだろうと思っていたけど前言撤回。こいつこそ何かあくどいことをやって大きくしたんじゃないのか。
 こっちはお願いする側だったから礼を尽くそうと思っていたけど、そっちがそんな態度で来るのならこっちもAGとして舐められるわけにはいかない。


「ふぅん……俺の世界には井の中の蛙大海を知らずって言葉があってね。自分の中の常識をあたかも世界の常識のように語る人間はあざ笑われるものだ。モノを知らないってね」


「……口の利き方に気を付けろ、小僧」


 おっと、いきなり小僧呼ばわりと来たか。


「貴様らのパーティーは今すぐ部屋を出ていってもらう。その程度のことも知らん人間がBランクAGになれるはずも無いからな。どんな手段でここに泊まるだけの金を手に入れたのか。私は犯罪者相手に貸す部屋を持ち合わせてはおらんからな」


「……ここまで清々しい手のひら返しは初めてだよ。リャン、主人として命令する。今からの俺の質問に嘘偽りなく答えろ。……食人衝動なんてあるの?」


 俺が問うと、リャンは首を振って否定した。


「獣人族に食人衝動なんてものはございません。たしかに人族に比べて肉を好んで食べたりはしますが、それでも食人などいたしません」


「ん、だよね」


 俺がその答えに満足していると、ティアールはまたも俺たちを鼻で嗤った。


「主が主なら奴隷も奴隷だな。主人を守るために必死とは。そんなに従順になるほどの好待遇でその奴隷を扱っているのなら……まあ、その美貌だ。男を騙すなんてわけないか」


 明らかにリャンを下にみた発言だったので……俺は少し、ほんの少しだけイラっとして魔力を流してしまった。


「そろそろ……一度黙れ」


 ブワッと俺の周囲のものが少しはじけ飛ぶ。調度品などが宙に浮くが、その時点で俺は我に返りそれらを慌てて風でキャッチすると、元の位置に戻した。
 今の光景を見たティアールから嘲りの表情が消えると、パチリと指を鳴らした。
 そして入ってくるのは黒い服を着た屈強な男たち。ひいふうみい……全部で5人だね。まあ屈強と言っても全員AGならDの中堅~上位ってところか。Cランクには慣れそうにもない。それが素手で入ってきたところでなんら脅威でもないね。


「お前ら、こいつは私に危害を加えようとした。少々腕が立つつもりのようだ。少し痛めつけてやれ」


 黒服の一人が、俺の前に出てきてから指をパキパキと鳴らす。
 その様は前の世界なら怖いものだったのだろうが、今の俺からしてみればなんの脅威でもない。俺を痛めつけたいならゴーレムドラゴンクラスを持ってきて欲しい。


「支配人の命令だ、悪く思うな」


 そう言って俺の襟首を掴んできた黒服の腹に手を当てると――


「『風弾』」


 ――ゴッ! とノーモーションで風の弾丸を発射してその黒服を吹き飛ばした。
 超高速で壁にむかって吹っ飛び、調度品をまき散らしてから白目をむく黒服。


「マスター、それは結局暴力では」


 その場にいた全員がポカーンとしている中、リャンだけが冷静に俺にツッコミをいれてくる。
 俺は活力煙を咥えようとして――室内且つここは人の部屋だということを思い出してから自重する。そして活力煙の代わりに肩をすくめるとリャンに苦笑いを向けた。


「うん……今回の件でさすがに身に染みたよ。もっと俺はいろんな意味で力をつけなくちゃならない。AGとしてもだし、普通に人間としても」


 そんなことを言いながら。俺は倒れた黒服を一瞥する。ああ、たぶん骨は折れてない……だろう、たぶんきっとメイビー。


「な……くっ! 全員で、全員でかかれ!」


 命令された黒服たちは一瞬目を見合わせると……俺たちに踏み出そうとしたので、俺はそっと手をあげた。


「俺はそっちから何もしないなら何もしない。だけど、やるってんなら全滅させる」


 そして、魔力を放出する。異常な魔力に中てられると人は気分が悪くなり場合によっては失神する。その魔力を彼ら一人一人に当ててみると……。


「………………も、申し訳ございません、支配人……今日限り、職を退かせていただきます」


 ガバッ! と直角に腰を折り曲げて礼をした黒服が物凄いスピードで部屋から出て行った。


「私も……申し訳ございません……っ!」


「わ、私も!」


 そう言った黒服が一人一人部屋から出ていく。いっそ清々しいほどだが、まあ束になっても俺はおろかリャンにも敵いそうになかったからね。AG崩れって感じはしないから騎士団を目指していたけど無理で諦めた結果こっちに就職したって感じなんだろうか。
 ちなみにギルドの規定である「カタギに手を出さない」ってのがあるけど、あれはあくまで「自分から攻撃は咥えない」ってだけで正当防衛は成立する。さすがにぶっ殺したりはしないし、出来ないけど。
 唖然としているティアール。まあ、自分のボディガードが相手に勝てないってんで逃げ出したらそりゃビックリもするか。
 黒服の最後の一人が出ていこうとした時に、ついでに訊いてみる。


「あ、そうだ。一つだけいい?」


「な、なんでしょうか」


 むちゃくちゃビクッとなる黒服。……普段は威圧感を与えているんだろうと思うと、もはや滑稽にすら思えてくる。


「別にそんなにビビんないでよ。とって食おうってんじゃ無いんだから。……俺、獣人族の食人衝動なんて初めて聞いたんだけど、ホントにそんなのあるの? この通り、彼女も獣人なんだけど知らないって言うし」


 俺に訊かれた黒服は「はぁ……食人衝動ですか……」と少し考えるそぶりをしててから「ああ」と気の無い返事をした。


「いつ頃からか支配人が言い出したことですね。なんでも高ランクのAGパーティーが言っていたとかで……私は知らなかったのであまり気にしていませんでしたが、それがどうしたのですか?」


「ん、いや少し聞きたかっただけ。ありがとう、呼び止めちゃってごめんね」


「い、いえ」


 黒服は最後に「失礼いたしました」と一礼してから、吹っ飛ばされた黒服を回収して部屋をこんどこそ出て行った。
 ティアールはその光景を見ていた後、ぶるぶると拳を震わせてからガン! とテーブルを殴った。鍛えていないその拳でそんなことをすれば……案の定、血が見える。ありゃりゃ。


「これだから……これだから亜人族と関わると碌なことにならん! 奴らは騎士団の試験に落ちたところを拾ってやったというのにその恩も忘れ……!」


 ありゃ、俺の推測は当たっていたのか。
 そんな見当違いなことを考えていると、ティアールは懐からタバコを取り出して咥えると火をつけた。


「それで? 何が目的だ。金か? 私の身柄か?」


 なんでそうなるのか。
 って、俺が暴力を振るったからか。自分のボディーガードが吹っ飛ばされれば普通はそう思う……のかな。
 俺はそんなティアールに首を振ると、活力煙を咥えた。彼がタバコを吸っているから別にここで吸ってもいいんだろう。それにしても、この世界は本当に喫煙率が高い。


「ふぅ~……別に俺はあんたを殴りに来たわけでも無ければ金を脅し取るつもりもない。リャンをここに泊める許可が欲しかったんだけど……それでも、少し気になることがある」


 俺は部屋の中の調度品をリャンに片付けるようにお願いしてから、椅子を起こしてそこに座る。


「誰に吹き込まれたの、獣人族に食人衝動があるなんて」


「……吹き込まれたわけではない。実際に食人衝動はある、亜人族には」


 頑ななティアール。


「ならもうそれでもいいけど……いつ、聞いたの、それ」


「君に話す理由は無い」


 それもそうだけど。
 なんて俺が思っていると、後ろからリャンが「マスター」と言って袖を引っ張ってきた。


「こちら、大事なものだと思われるんですが……壊れているようなので、キアラに頼んで来ましょうか?」


「んー?」


 振り向いてリャンが持っている物を見ると……絵、か。ティアールと女性が一人、そして小さい女の子が一人。奥さんと娘さんかな。
 たしかに額縁の一部が欠けている。さっき俺が暴れたせいか。
 非が俺にあるとは思いたくないし、暴れないと言った手前キアラに頼みづらいけど……壊れたものを直せるのはキアラしかいない。頭下げるしかない……のか?


「あー……これ、あんたの奥さんと娘さん? えらい美人さんだね」


 ひとまず無難なことを言いながらティアールの方へ振り向くと、なんとティアールがものすごい勢いで俺の手の中にあった絵にむかって突進してきた。


「か、返せ!」


「っと」


 俺は思わず絵を引っ込めると、ティアールが物凄い表情で睨んできた。それこそ、最初にリャンを睨んでいたときのような顔で。


「貴様……それだけは返せ。別に持っていてもいらんだろう!?」


「そりゃそうだ。……でも、なんとなく察した気がする」


 俺は彼に絵を返すと同時に、こんな推測を話してみた。


「思うに、獣人族にその家族を殺されたのかな? そうだね……この王都にいて獣人が唐突に襲ってきたってのも考えられるし、目の前で食べられたとかならそれを信じるのも分かるな。だけど、この王都でそんなことになるとは考えづらい。誰かの奴隷の獣人が暴走したとかならワンチャンあるけど、リャンがとらえられていたことから分かるように王都では獣人が一人で歩いていたら通報される。では、別のところで殺された――別の街に旅行中に殺された。そして護衛としてい付けていた冒険者から聞かされた。『獣人族には食人衝動があり……これだけしか取り返せなかった』なんて言って戻ってきたのは無残にも食いちぎられた腕だった。とか?」


 ぺらぺらと、我ながらかなり無神経な推測を披露する。当たっているかどうかはさておいて、これなら彼が食人衝動を信じるのもうなずける。
 ティアールは少し目を見開いて、タバコを落とした。
 ……え? 俺正解?


「……何故、君がそのことを知っている」


 当たっちゃったよ。
 俺は頭に手を当てて、ため息をつく。


「マスター。少しいいですか?」


 リャンが俺の耳元に口を寄せてくる。
 はて、と思って俺はリャンに耳を貸す。


「(……マスターにとってはどうでもいいことかもしれませんが、獣人族に悪評が立つのは私としては……その……)」


 あー……。
 リャンの言ってることも分からんでもない。
 俺は少し考えてから……ふぅ~……と煙を吐く。


「いつ頃の話? そのAGがそんなくだらない嘘をついたのかも気になるし、こっちのリャンが獣人族の悪評を流す奴も嫌だっていうし。なにより、かたき討ちにもなるかもよ?」


 ティアールはしばし黙考して……「ふむ」と頷いたかと思うと、


「あれは……二年前のことだった」


 なんて語りだした。



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