異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

74話 事後処理なう

「それで……その……ま、マスターを呼んできます!」


 翌朝、俺は諸々の事情を説明するためにAGギルドに来ていた。領主だのなんだのはそれこそ領主の館に置いてきている。


「ギルマスと会うのは二回目か」


 謎の関西弁を操るあの人……強いということくらいしか分からないけど、今回の話もちゃんと理解してくれるのは間違いないだろう。なんせマルキムがちょいちょい頼っている人らしいからな。
 カウンターで待っていると、後ろの方の扉からマスターが顔をひょっこりと見せて親指で部屋の中を指した。……そっちに入れってことか。


「失礼します」


 中に入ると、マスターとマリルが座っていた。二人とも、いつになく真剣な表情だ。


「……まず、言うとく」


 マスターが切り出した。というか以前はまだ普通に敬語で話していたのに……いきなり素なんだろうか。


「どえらいこと……やらかしよったな」


 物凄いジト目だ。なんていうか、威圧感が果てしない。さすがは元SランクAG。


「と、言っても……こういうことよくあるのでは?」


「無いわアホ!」


 怒られてしまった。


「なんでこっちになんの声もかけず……そういうことやってしまったんですか」


 マリルにまで呆れられてしまった。マスターのジト目も大概恐いが、マリルの呆れ顔は怖いというよりも罪悪感が半端じゃない。なんかすみません。


「とはいえ……奴隷狩りのグループは全滅させましたし、数人は生きてます。失敗したわけじゃありませんし」


「失敗しとったらどないするつもりやったんや……」


 失敗したら冬子もリューもキアラも連れてアンタレスから逃亡だ。いくら相手が領主とはいえ、領主でしかない。領主の自治権が強いということは、他の領地に行ってしまえば逃げ切れる可能性は高いということだ。他の領地の捜査権はその領の領主にあるはずだからね。


「なにはともあれ、ようやってくれたわ。その奴隷狩りグループはなかなか尻尾を捕めんかったんや。ついこの間別の街で捕まった奴隷狩りの一味からは辿れへんかったんや」


「それって……メローのことですか?」


 俺が問うと、マスターは少し驚いた顔をして……それと同時に納得した顔になった。


「ああ、あれはキョースケの仕業やったんか……確かにこの辺のSランクAGは出払っとるけども……」


「き、キヨタさん……奴隷狩りに何か恨みでもあるんですか?」


「恨みはないけど、嫌いかな」


 ということは、メローが言っていたバックって領主のことだったんだね。別の領の付近まで出張していたら運悪く俺と出くわして一網打尽にされてしまった、と。


「まあ、なんにせよギルドからは報酬を出さんといかん。ただ、トーコっちゅう嬢ちゃんにはやれへんで。というか捕まえたことにも出来ん」


 キアラのことならまだわかるが、冬子まで?
 俺が不思議そうな顔をしていたのは予想の範囲内だったのか、何も訊く前からマリルが俺に説明してくれた。


「すみません……なりたてのDランクAGが奴隷狩り組織を壊滅させてしまったとなると、それに追従する人が現れないとも限りませんので……。公表するわけにはいかないんです。勿論、報酬とは別の形でお礼の品をお渡ししますが、公表できないのでランクを上げることは出来ないんです」


「? 俺がアックスオークを倒した時はすぐにBランクAGに上げてくれたのに?」


 妙な説明だと思い問うと、マスターが少し疲れたような顔をしながら答えてくれた。


「あの時は魔物やったやろ。その辺もルールや。魔物の場合は問答無用でランク上げしてもかまへんのやけど、相手が人やったら簡単にあげたらいかんのや」


「……ああ、盗賊の一味が裏切って賞金首を殺して戻ってきた時にほいほいBランクとかあげちゃいけないって感じかな」


「人が相手やと魔物以上に偶然の勝利が発生しやすい。実力不相応にランクを上げてしまって魔物相手に殺されてしもうたAGもおる」


「基本的に、AGが戦闘する場合は魔物との戦闘が主です。なのでランクを上げるには魔物の討伐が不可欠なのです」


「無論、例外はあるで。BランクAGがAランク賞金首を倒した場合にはランクは上がる」


「なるほどね」


 だから俺はいいけど冬子はダメ、と。ましてAGではないキアラは言うまでもない。


「取りあえず、キョースケには報酬として大金貨が200枚贈られる。いつも通りお前の金庫に入れておくぞ」


「ありがとうございます」


 マルキムに教えてもらってから、俺はよくギルドの貸金庫を利用している。ギルドカードさえ呈示すれば他の支部でも引き出せるらしいからね。普段使う分はアイテムボックスに入れてあるし、今頃かなりの額になっているんじゃないだろうか。
 貸金庫の中身は確認するのが少し面倒だからね。


「そしてトーコさんには……こちらを」


 大金貨20枚。


「これは非公式やからな。頼むで」


「分かりました」


 そんなに凄まなくても誰にも言わないのに。
 その後は、今後の領主がどうなるか――おそらく領地は没収で強制労働――とか今までの被害などを聞かされて、最後にもう一度お礼を言われて俺はギルドを出た。




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「どうだった? 京助」


「うん、俺は大金貨200枚、冬子は大金貨20枚だね」


「やはりだいぶ待遇が違うな……」


 まあ十倍もあるもんね。


「その代わり、今後はランクが上がりやすくなるって言ってたよ。それと、Dランクだけど特別に上位のクエストを受けたりできるって」


「なるほど、それはありがたいな」


 なんて報酬について話していると、キアラからちょいちょいと指でつつかれた。


「なに?」


「キョースケ、そろそろ行かんと遅くなるぞ? リュー達はもう行ってしまうんぢゃろう?」


「あー、そうだった。早く行かないと」


 ――そう、もうリュー達は旅立つのだ。だいぶ早い旅立ちだけど、かなりの人数の獣人だ。アンタレスはただでさえ獣人の奴隷が普及しているので、脱走奴隷と間違われたりでもしたらことなので早めに出発することになっている。
 俺の金で宿に泊まっているのも罪悪感らしい。リルラにも何も言わずに何部屋か貸してっていう凄く無理なお願いの仕方をしている自覚はあるので、宿のことに関してだけは早く出ていってくれるのはありがたい。
 だが……。


(リュー、行っちゃうのか)


(カカカッ! 寂シイノカァ?)


(別に。少し距離が離れるだけで一生会えない距離ってわけでもないし)


 ヨハネスに茶化されたので、少しイラっときつつリュー達が待っている森の中へと急ぐ。耳を隠した少年少女、女性が森の中に消えていく様はさながらハーメルンの笛吹き男のようだっただろう。
 俺が益体も無いことを考えながら待ち合わせ場所まで行くと、リュー達獣人が勢ぞろいしていた。


「ヨホホ! キョースケさん、こっちデス!」


 この特徴的な笑い方も滅多に聞けなくなってしまうとなると寂しくなる。


「うん、みんな無事かい?」


 俺が尋ねると、小さい獣人の少年――たぶんリューの弟――が胸を張って答えた。


「おれたちは子供のころから戦えるんだ! 人族みたいな卑怯な手を使ってこない魔物なんていちころだぜ」


「そう? それはよかった」


 まあリューがいるから心配はしてなかったけどね。それにリャンもいるし。


「トーコさん、お世話になりましたデス」


「いや、こちらこそ。いろいろと教えていただいて感謝してま……している」


 あれ、トーコが敬語じゃなくなった。リューから何か言われたかな。


「キアラさん、みんなの奴隷紋を外していただいてなんとお礼を言っていいやらデス……」


「ほっほっほ。気にせんでよいぞ。キョースケが頑張っていることぢゃったからな。それにその程度の労力ならせいぜいエール一杯分くらいにしかならん」


 そしてチラリと俺を見るキアラ。今夜奢れってことかな。まあ、臨時収入もあったしそのくらいならいいんだけど。
 わらわらと獣人の子供たちも俺たちを取り囲む。


「本当にありがとう兄ちゃん!」


「ありがとうお姉ちゃん!」


「兄ちゃん、かっこよかったぜ!」


「ありがとう!」


「ありがとう!」


「ありがとう!」


 周囲を取り囲まれてのありがとうコール。これがもしもおめでとうだったならシ○ジ君になってしまう。
 冬子は子供が好きだからか、一人ひとりの頭を撫でたりハグしたりしているけど、俺としては困るだけだ。


「まあなんにせよ、気を付けてよね。リュー」


「ヨホホ。大丈夫デスよ。危険な道はそうそう通りませんデスし、元々ハンター……人族でいうところのAGのようなことをやっていた方も何人かいらっしゃるデスし」


「それはよかった」


 大人の獣人が何人かいるけど、その人たちだろうか。たしかにそこそこ強そうだ。


「井川がいたら瞬間移動できるのか……改めて異世界人のチートってすごいね」


「まあそうだな。あいつは足としてはとても役に立つ」


 獣人の子供たちから解放された冬子もこちらへきて、リューと改めて握手をする。この二人も仲良くなったみたいで何より。


「これからはなかなか会えないね」


「ヨホホ! またアンタレスには戻ってくるデスよ。そしたらまたクエストに行きましょうデス」


「うん、その時はよろしくね」


 俺もリューと握手する。今考えてみたら、魔法師らしからぬ身体能力は獣人とのハーフだからだったんだね。


「そうそうデス。どうもピアさんからお話があるようなのデス」


「ピア?」


 誰だろう、ピアとは。
 俺が首を傾げていると、リューの後ろからリャンが出てきた。


「なんだ、リャンのことか。話って?」


 俺がリャンと呼ぶと、後ろの獣人たちが「や、やっぱり……」とか「本当だったんだ」とか「ピアお姉ちゃんにも……春が……」とか言っている。
 なんだろう、なんか嫌な予感がする。


「キョースケさん、いや、マスター」


 リャンは右ひざを立てて左ひざを地面につき、右手を胸の前に当てて小さくお辞儀してきた。


「どうか、私のことも連れていってください」


「…………は?」


 俺がキョトンとしていると、キアラがニヤニヤとした顔で近づいてきた。


「無知なキョースケに教えてやろうかのぅ」


「……何、キアラ」


 とてもぶん殴りたい笑顔で肩を組んできたキアラの顔を押しのけると、キアラはそのニヤケ顔のままで説明を始めた。


「獣人というのは、基本的には親につけてもらった愛称で人に呼ばれることを好むものらしいのぢゃ。ほれ、リューも確か別に本名はあったぢゃろう?」


「うん、リリリュリーだっけ」


 呼びづらい名前だから困る。


「結論から言おう。両親以外に愛称をつけてもらうのは、その人に一生を捧げるという覚悟が出来た時だけぢゃ。平たく言うなら結婚ぢゃな」


「………………ん?」


 なんかキアラがさえずっている。というか、何を言っているんだ。


「えーと、つまり?」


「ピアはお主のことを旦那と認めたということぢゃ」


 …………?


「ウェイウェイウェイウェイ」


 ちょっと脳が混乱している。えーと、リャンが、なんだって?


「Fラン大学生か?」


「誰がウェイ勢だよ。冬子は黙ってて。……キアラ? そんな無駄な嘘をついてなんになるの? ここには獣人族はたくさんいるんだ。そんな嘘はすぐにばれるよ?」


 俺が言うと、リューが「ヨホホ」とぎこちなく笑ってこちらへ歩いてきた。


「本当のこと……なんデスよねぇ。えっと、ピアさん? なんでいきなりそんなことに?」


 リューがリャンに問うと、リャンはすっと立ち上がり俺にむかって一歩詰め寄ってきた。


「マスターは私に愛称を付けた後、私のことを完膚なきまでに叩きのめしました。無傷のまま組み伏せるという圧倒的な実力差を見せつけて」


「えーと……なんか凄く誤解を生みそうな言い方なんだけど……」


「つまり求婚されたということです」


「その理屈はおかしい」


 だから何度も言うけどこの世界の女性は全員サバンナのライオンなの?
 俺が本気でこの世界の貞操観念について悩んでいると、冬子がバッとリャンの腕を掴んだ。


「な、ななななな! 何を言っているんですか!」


「……ああ、やはりそうなのですね」


 冬子の慌てぶりを見てどこか納得のいった表情を見せるリャン。いや、俺は何も納得いってないどころかむしろ謎しか増えてないのに勝手に納得されても困るんだけど?


「というか、そもそもついてこさせないよ?」


「何故ですか?」


「昨日の夜のあれは例外。俺はこれ以上パーティーメンバーを増やすつもりはないよ。やっぱり信用できないものは信用できないからね」


 寝首を掻かれちゃたまったもんじゃない。俺はまだ死にたくないからね。
 そう言って拒絶すると、何故かリューが不思議そうな顔をしてこちらを見た。


「ヨホホ……キョースケさんが用心深いことは知っているデスが、どうしてそこまでこだわるのデスか? 最初はワタシと一緒にクエストへ行ったりもしていたじゃないデスか。それがあるときから殆ど誰とも組まないでクエストに行くようになったと……」


「それは……」


 俺が反論しようとしたら、リャンが俺とリューの間に割り込んできた。


「求婚して私を押し倒しておきながら、マスター。何故他の女といちゃいちゃしているのですか?」


「きょ、京助! 押し倒したってなんだ!? 何を言っているんだ!?」


 血相を変えて俺の腕を掴んで振り回してくる冬子。ちょ、ちょっと待って、さすがに腕が折れる。
 やんわりと冬子の腕を外しつつ、リャンを睨む。


「リャン、変なことを言わないでよ。ただでさえ冬子は混乱してるんだから……」


「ですが、事実です」


 まっすぐ俺を見つめてくるリャン。多少睨まれたくらいじゃ怯んでくれない。正直、俺が出会った人の中ではだいぶ厄介な部類に入る。


「歪曲しすぎだよ。それに……」


 リャンが俺に付いて来たい理由、か。


「俺に求婚されたとかなんとか、そんなファンタジーはどうでもいい。それよりも、何故ついて来たいのか本当の理由を言ってくれない? 俺が人を信用できないのはさておいて、嘘をついている人を信用しようとは思わない」


 だいぶ低い声が出た。おそらく目つきも悪くなっているだろう。
 出会ってまだ一日。
 俺に求婚されたから――?
 ばかばかしい。


「出会って五秒で恋に落ちて、その日の晩には合体――なんて今日日異世界転移俺TUEEEE小説でもなかなか見ないよ。理由が無いとは言わせない」


 後ろで冬子が「いや、この状況はどう見ても異世界転移俺TUEEEものじゃないのか?」とか言っていたけど無視。まさか自分が当事者になるとは思ってなかったからそんな言い回しをしたけど、もっと別のたとえの方がよかったかな?
 リャンはふうとため息をついて肩をすくめた。


「私は自分で言うのもどうかとは思いますが……美人ですよ? マスター」


「まずそのマスターってのもやめて欲しいけど。というか、今美人かどうかは関係ない。なんでついて来たいのかを聞いてるんだから」


 再度問うと、今度こそ観念したのかリャンは少し悲し気な目をしてから口を開いた。


「妹は……昨夜襲撃したアジトにもいませんでした」


 そういえば、昨日の夜、リャンは妹を助け出したいと言って俺たちについてきたんだっけ。


「妹は、あの男に売られたのは間違いありません。ということは、この人族の国のどこかで奴隷として使われているということです。……生きていれば、の話ですが」


 まさかせっかくの獣人奴隷を獣人の国に売り渡すバカもいまい。人族の国の内部で売られているだろうな。
 リューの弟は助けられたけど、リャンの妹はもうどこかへ売り払われた後だったようだ。


「それで?」


「このまま集落へ行ってしまっては人族の国で妹を探すことができません。かといって、獣人である私は人族の国では自由に動き回ることは出来ないのです」


「……なるほど、それで俺たちについて来たいと」


「はい。それが一番効率的で最も成功確率が高いと考えました」


 最初からそう説明してくれたらいいのに。
 もっとも、だからと言って連れていくわけじゃないけど。
 俺は活力煙に火をつけてから煙を吸い込む。
 真剣なまなざしのリャンは……ダメと言ったらこのまま一人で人族の国を探索しそうだ。素の俺と互角以上に戦えるということは、BランクAG並みの強さを持っていると考えられる。それなら獣人とばれてもそうそう殺されることは無いだろう。


「いかがでしょうか?」


 縋るような目をされても、俺の気持ちは変わらない。


「ダメ、としか言いようがないね」


 俺が答えると、その場にいた全員ががっくりと肩を落とした。

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