異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

73話 紅蓮の悪魔なう

「はぁっ、はぁっ……」


 地上に出てしまうと、領主は回復能力を使えない。しかし、最後の魔力を使って地下ごと奴は封印した。もう出てくることは出来まい。


「なんだったんだ奴らは……」


 最初に入ってきた二人組の女、あれも大概な強さだった。おそらく地上ではどちらにも勝てまい。
 あれほど地下に潜ったにも関わらず力負けした槍使い。とうとう一撃たりとも攻撃は当たらなかった。しかも終始余裕な表情だった。あれよりも上があるというのなら……敗北もありえたかもしれない。


「甘ちゃんでなかったらマズかったかもしれないな……」


 奴――キョースケと名乗っていたか――が一度も急所を狙ってこなかったおかげでこうして封印することが出来た。
 この封印は領主が解かないと中にいる人間は出ることは出来ない。如何に奴が強力な槍使いだろうとさすがに一ヵ月も飲まず食わずでいれば死ぬだろう。そのころ合いを見計らって封印を解けばいい。この封印を使っている間は他の魔法を使うことが出来ないからな。


「ふむ……地下の奴隷ごと封印してしまったのは残念だったな」


 せっかく珍しい亜人族の奴隷が手に入ったというのに……女子供ばかり、しかも一人は強い女奴隷もいた。あれを失ってしまうのは痛かったかもしれない。
 まあいい、と思考を切り替えて領主は前を向いた。


(まずは屋敷に戻って資金の確認。そしたら次は新しい護衛を雇わねば)


 ロクマンとピーシーは使い勝手のいい護衛だったがいなくなったものを惜しんでも仕方がない。早いとこ護衛を雇い、さらに地下空間を建設せねば。
 地上でもそうそう負ける気はしないし、あんな化け物が何度も出てくるとは思わないが……念には念を入れて、だ。
 そう思って立ち上がったところで……


「…………?」


 ビリリ……っ、と空気が震えた。それは嘗て領主になる前、魔法師として見分を広めている時に出会った化け物が発していた空気と似ている。
 そんな化け物がここにいるはずないのに――


「……ッ!? 馬鹿な」


 ――封印が、破られた。
 それに気付いた次の瞬間、目の前の地面が盛り上がり、火山が噴火するかのごとき爆炎が噴き出してきた。
 そしてその炎に乗って背中に炎の翼をはやした化け物が、一匹、現れた。
 寒くも無いのに――むしろ熱いのに――体が震える。目の前の存在が怖くて目をそらしたいのに、目をそらした瞬間殺されるということが分かり目を離すことができない。
 恐怖、圧倒的な恐怖――目の前の化け物は恐怖を具現化したかのような存在だった。
 あふれ出る魔力は、かつて見た化け物と同じかそれ以上。手に持つ槍の威圧感は王城で見たことのある宝剣以上。


(どれほど地下に潜れば――いや、無理だ。私の力ではこいつに勝てない……っ!)


「悪、魔……」


 思わず口からこぼれる。かつて見た化け物の名前が。
 もしもあの時、勇者と呼ばれる人が駆け付けなかったら自分は殺されていただろう、そう確信できるあの化け物の名前を。


「あ、あ、あ……」


 何とかしなくてはならない。あの時のように誰かが来るわけでも無ければ、あの時のように敵が自分に無関心なわけではない。明確に自分に敵意を抱いている。


「ま、待て、待ってくれ!!」


 もはや半分以上絶叫だった。無様だと自分でも思いながら、どうにか口を開く。
 自分にある力は――もう魔力は底をつきた、地に潜ることも出来ない。ならば、残っている力は、残っている力は――!


「か、か……金ならある!」


 もはやそれしかない。どんなことをしてでも手に入れてきた、金。これさえあれば誰でも自分の言う通りになる。
 金よりも大事なものがあると言っていたバカは、破産させてやったら金のためにあっさり娘を売った。今頃あの娘はバカ貴族の慰み物になっているだろう。
 金なんかいらないとほざいていたバカは、金で雇った傭兵たちであっさり殺せた。
 そう、金だ。まだ金があったじゃないか。
 あの時の悪魔とは違い、相手は人間だ。金に逆らえる人間なんていやしない。
 命よりも大切だと思っていた金だが――よく考えたら命が無いと金を稼ぐことは出来ない。
 金で命を買えるなら安いものだ。


「金ならある! いくらでもやる! だから見逃してくれ! 絶対にばれない奴隷売買のルートだって教えよう! だから、だから見逃してくれ!」


 そう叫んだ。たしかに配下にはならないかもしれないが、見逃すくらいはするだろう。ここで見逃してもらえれば後はいくらでも。
 化け物は紅蓮の翼をはためかせ、領主の目の前に降り立った。その姿は恐怖を越えて畏怖を覚えるほど神々しかった。


「金を払う、だから、だから……!」


 もはやプライドなんて関係なかった。命がかかっているとプライドなんてどうでもよくなっていく。
 そんな領主の姿を見て、化け物はあざ笑うでも憐れむでもなく、淡々と尋ねてきた。


「金、か。なんの意味があるの? それに」


 唐突な問いだった。金になんの意味があるのかなんて誰でもわかっているものだと思っていた。


「か、金があれば……なんでも手に入れることができる。女も、領地も」


「そう。それで? それだけ?」


 気のない返事だった。まるで金なんていらないとばかりの返事。
 自分の命がかかっているというのに、ついカッとなって言い返してしまう。


「金が無ければ生活できまい!? そのために人は金を稼ぐ、自分の欲望を満たすために! だから私だって奴隷を売る、奴隷を狩る! 人として当然だ!」


「すべては金のために?」


「そうだ! 金さえあれば――なんだって出来る!」


 堂々と言い放つ。すると、その化け物は目の前で槍を掲げた。


「……で? もう一度訊くけどなんの意味があるの、それに」


「は?」


 意味が分からなかった。今自分が説明した以上のことがあるのだろうか。
 化け物は呆れたようにため息をつくと、轟! と背の紅蓮の翼を燃え上がらせた。


「ヒッ!?」


「そうやって他人を踏みつぶして自由を奪って――他人を食い物にして手に入れた金に、なんの価値があるの?」


 燃え上がる炎は、化け物の怒りの量を現しているのかのようだった。そしてあの怒りが頂点を越えた時、自分は必ず死ぬ――。


「へっ、あ、ひっ……ま、待ってくれ! いや、待ってください! もうしません、だから、どうか、どうか!」


 そんな想像が頭をよぎり、恥も外聞もかなぐり捨てて――死にたくないという一心で、もはや涙さえ流しながら懇願する。


「さっき、金さえあれば何でもできる……って言ったよね」


 周囲の熱量に反比例するかのように冷たい声。その瞬間、領主の身体が全く動かなくなった。まるで空中に張り付けられているかのように。
 何故――そう思う間もなく、化け物の顔を見た瞬間に領主は悟った。


「ならその金で自分の身を護ってみろよ」


(――ああ、私は死ぬのか)


「紅蓮の、悪魔……」


 最後に見えたのは――化け物の、笑う顔。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「悪魔とか、酷いこと言ってくれるよね」


「むしろぴったりだと思うが……あの姿からすれば」


 領主が恐怖で気絶したので、俺は魔昇華を解いて炎の翼も消して取りあえず領主を縛っておいた。


「せっかくだしはったりを、と思って」


「だとしてもあれはなんだ……まさに悪魔だったじゃないか。炎の翼に角――領主の言っていた紅蓮の悪魔というのはピッタリだ」


 あきれた様子の冬子。


「もう少し穏便に脅したかったな」


「私の知っている穏便という言葉は脅すという動詞を修飾しないと思うんだが」


「まあそれはさておき……キアラ」


 俺は奴隷の首輪を外す作業をしているキアラに話しかける。


「なんぢゃ?」


「どうやって脱出したのか……はもう今さらいいけど、それで攫われた人は全部?」


「恐らくのぅ」


 そういうキアラの前にはかなりの人数がいる。十や二十じゃ足りない程。その殆どが女と子供だ。本当に、虫唾が走る。


「やっぱ殺してもいいだろ」


「京助、殴るくらいにしておけ」


 冬子も大分ムカついているらしい。詳しくは聞いていないけど、冬子もなかなか壮絶な体験をしたみたいだからね。


「おねえちゃぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁん!!」


 そして先ほどからリューとリューの弟さんがワンワンと泣きわめいている。しばらくぶりの再会だからだろうが、姉弟愛ってのは美しいものだ。俺には兄弟はいないから少しうらやましく感じる。


「……兄さんは元気にやっているだろうか」


 ポツリ、と冬子が呟いた。そう言えば冬子にはお兄さんがいるんだっけ。
 そんな切ない表情をされると、俺も日本のことを思い出してしまう。


「早く帰らないと、ね」


「……? 京助、どうしたんだ」


 すこし驚いたような、安堵したかのような不思議な顔をする冬子。どうやら口に出してしまっていたらしい。
 俺はフッと笑って活力煙を咥えて火をつけた。


「別に……早いところラノベの新刊が読みたくてね。そのためにも帰る方法を探さないと」


「そうか」


 ニコリと、柔らかい笑みを浮かべる冬子。やれやれ……なんだよその見透かしたような笑みは。


(カカカッ、オメーも女には弱いと見えるナァ、キョースケ)


(うるさいよ、ヨハネス)


 溜息を一つ。まったく……って、俺も?


(俺もってのは、ヨハネス。お前も弱いの?)


(アァ! オレ様も巨乳の姉チャンニハ弱いゼェ!)


 ……はぐらかすつもりか。
 まあ、いいか。


「さて、どうしようか……このままこいつを見てると殺しそうだし、俺」


「お前が言うとシャレにならないな」


「……冬子は俺のこと本当になんだと思ってるのさ。まあいいや。キアラが奴隷たちを解放したら――領主を起こそう。それまでみんな思い思いに過ごしておいて」


 俺が言うと、冬子は首を傾げた。


「起こさない方がギルドに突き出す時に楽なんじゃないか?」


「だって俺たちにはやることがあるでしょ」


 俺は活力煙を咥えて火をつける。ニヤリと笑みを作った口の端から煙が漏れた。


領主このクズが使っていた奴隷売買ルート――それを潰さないと」


「……ああ、そういうことか」


 冬子の目にも怒りの色が宿る。俺と冬子――あと暇ならリュー。そしてキアラがいれば大概のことではやられまい。ヤバけりゃ奥の手を出すし。


「そっちを滅殺すれば――報奨金も出るでしょ。これだけ働いてもただ働きってのもあれだし」


「ではその任務には私も連れて行ってください」


 唐突に後ろから声が聞こえた。この声は――リャンか。


「どうしたの、リャン。それについてきたいなんて。危険だよ?」


「危険なんてどうでもいいことです」


 リャンの瞳もまた、怒りに染まっている。領主に奴隷としてこき使われていたから……というだけではなさそうだ。
 でも信用が出来ない人を連れていくのはリスクが高まる。それは俺にとって看過できないことだ。


「そうはいっても、信用できない人を連れていくわけにはいかない。後ろからブスリとされちゃたまったもんじゃないからね」


「そう言うな、京助。取りあえず事情を訊いてからでもいいだろう。戦力は一人でも多い方がいいしな」


 冬子に窘められる。そうやって甘いからメローの時は騙されたっていうのに……。


(カカカッ! 別にイイト思うゼェ、オレ様は)


(ヨハネスは黙ってて)


 相変わらず茶々を入れるしかしない槍だよ、本当に。


「目的が同じならば裏切られることもあるまい。そうやって誰もかれも疑っていたら疲れるだけだぞ」


「……分かったよ。話くらいは聞くね。なんで行きたいの?」


 その前に、立ち話というのもなんだなと思いその辺の木を切断して切り株を作り俺はそこに座る。リャンはその前に来て頭を下げた。


「私の妹が見つからないのです。その奴隷商人ならば何か知っているかもしれません。妹を探すためにも是非、行かせてください」


「なるほど」


 見た感じ、嘘をついている様子は無い。というか、演技でこの鬼気迫る表情を出来るんだったら並みの役者なんか足元にも及ばないレベルの演技力だと思う。


「私はもともとシーフの真似事をしていました。探索や斥候ならお手のものです。少しはお役に立つと思いますが」


「そういえばキョースケたちのパーティーにはシーフはおらんからのぅ。ちょうどよいのでは無いか?」


 いきなり後ろから現れたキアラ。


「もう奴隷たちの解放は終わったの?」


「とっくのとうにのぅ。キョースケ、お主ももう少し懐を広くせい。今のお主はそうそう負けぬ。むしろ、女の一人や二人を御せんようではつまらぬぞ」


「……キアラは俺のなんなのさ」


 俺がため息をつくと、冬子も「そうだぞ」と同意してきた。


「さっきも言ったが戦力が増えた方が突入の成功率は上がる。味方が一人増えることによるメリットと、その人を疑ってむざむざ人数を減らすこと、どちらの方が成功率が高い。まして、彼女は強いんだろう?」


「まあ確かに強いけど……」


 うーん……。
 俺はちらりとリャンの方を見る。出会って一時間と経っていない奴を信用する方が難しいと思うけど……裏切る理由もないから大丈夫だろう。


「……分かった、今回だけだよ」


「ありがとうございます」


 頭を下げるリャン。その礼の仕方は堂に入っており、まるで日本人のようだ。


「裏切ったら躊躇なく殺すから」


「恐いことを言うな、京助」


 冬子からツッコまれてしまった。


「さ、行こうか」


 俺は活力煙の煙を吐いて空を見上げる。
 夜明けまではまだまだ時間があるね。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「うわぁあああああああああ!!」


「や、やめてぇぇぇぇええええ!」


「お母さぁぁぁぁぁぁん!」


 子供たちの悲鳴がこだまする。それを追う男たちの顔は嫌な愉悦に歪んでいる。クズが服を着て走っているというのは珍しいな。


「ひ、ぃ……おかあさぁん……」


「ぎゃははははは! お前がお母さんになるんだよ!」


 クズが少女の一人に手を伸ばしたところで――


「ゴミが」


 ――ドッ、と膝に槍が貫通した。


「……あ?」


 俺は槍を抜き、クズの後頭部に槍の石突を叩きこむ。やれやれ、奴隷狩りってのは全員こうも腐れ外道ばかりなのか。


「あ、あ、が……く、し、死ねぇ!」


「おっと」


 槍で足を刺されたクズは、短剣を抜いて放ってきた。首を傾けてそれを躱して喉を突く。これ以上不愉快な悲鳴を聞きたくなかった。そのまま炎を流し込み燃やし尽くす。


「ぎゃああああああ!」


 先ほどまでの甲高い悲鳴とは違う野太い悲鳴が響き渡る。これは冬子が追っている方か。


「冬子、殺してないだろうね」


「キョースケ、お主が言うか?」


「今のは正当防衛だから」


 キアラの呆れ声が聞こえるが、無視して次のクズを狩りに行く。炎の翼をはためかせ、甲高い悲鳴が聞こえる方へ。


「やれやれ、キアラが余計な記憶まで読むからこんな面倒なことに」


(カカカッ! ソノ割には嬉しソウジャネェカァ!)


「黙ってなよヨハネス」


 またも外道を発見。俺は飛んでそこまで行くのがめんどくさくて熱線でクズを焼く。多少加減を間違えたが、別に生きていようが死んでいようがどうでもいいだろう。


(カカカッ、テメーにトッチャ敵を殺さナイ方がストレスダロウナァ?)


「……別に」


 少し上空まで上がると、眼下では狩りが繰り広げられていた。冬子とリューのコンビは的確に敵を追い詰めていっているし、リャンは凄い。1人で敵の身動きをとれなくさせていっている。直接戦闘なら冬子の方が強いかもしれないが、こうして闇に紛れて敵を捕らえたりするようなアサシン的な動きは圧倒的だな、リャンは。


「あと五人かな」


 とはいえ、そのうち二人は冬子とリューがロックオンしているし、うち一人はリャンが追っている。なら俺は二人か。


「キアラが人を傷つけられたらよかったんだが……」


 魔力を『視』て、人の気配を探る。ああ、あそこか。嫌な魔力を感じるよ。


「死ね――」


 ゴッ、ゴッ、と風の刃を放って首を飛ばす。正確に飛んだ風の刃は頸動脈を正確に掻き切る。まああの出血量なら……うーん、まあいいか。


「誰も殺していないだろうな、京助!」


 全員の行動を封じた俺が空中でのんびりしていると下から冬子の声が飛んできた。


「んー……ちゃんと投降した人間は殺してないよ」


「そうか!」


 リャンも制圧完了したようだし、そろそろ大丈夫か。
 俺はキアラがやっているように、声を風に乗せてみんなに届ける。この風で声を届けたり拾ったりするのはとても便利だな。


「制圧完了。朝までに全部終わらせるよ」


 奴隷ルートを潰すとは――やれやれ、異世界に来て早数か月。こんなテンプレイベントをすることになるとはね。


「さぁ、逃げられるなら逃げてみなよ」


 俺の経験値になってくれよ?

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