異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

62話 冬子と模擬戦なう

「ではまずこちらに記入してください」


 マリルが出してきた書類に、黙々と記入する冬子。こっちの世界は言語はともかく、書き文字も日本語でどうにかなるってのはどういう理屈なんだろうね。まあ、楽でいいけどさ。
 そして、冬子のペンがピタリと止まる。ああ。


「冬子、宿屋なら『三毛猫のタンゴ』って書いて。今夜はそこに泊まるから」


「あ、キヨタさん、『三毛猫のタンゴ』が気に入ったんですね、良かったです」


 ニコニコと笑うマリル。そういえば、あそこはマリルに紹介されたんだっけ。


「うん、いい宿を紹介してくれてその節はどうもありがとう」


「いえいえ」


 そして、そのやり取りを見ていた冬子がまた不機嫌になる。なんでさ。
 そのことに少しため息をついて、俺は冬子に耳打ちする。


「この人と、ここのマスターは、俺が異世界人だっていうことを知っている。だから、ステータスプレートを見せても問題ないよ」


「……京助、この人たちには自分が救世主であることをバラしていたのか?」


「仕方なくてね」


 アレはこっちの世界に来てすぐだったからな。それに、隠す必要があるとはあまり思ってなかったし。俺が強いとは思ってなかったから。


「では、これを」


 ステータスプレートを見せて、そして諸々の手続きをすませる冬子。書類書いて、ステータスプレートを見せたら、あとは……。


「模擬戦、行いますか?」


「模擬戦?」


 オウム返しに訊く冬子に、俺は肩をすくめながら答える。


「Dランク以上のAGになるには、戦闘能力が必須だから、模擬戦をすることで確かめる――らしいよ。俺は一瞬で終っちゃったけど」


「ステータスが高い方は免除されることが多いんですが、せっかくですし地下の修練場のご紹介も兼ねて、キヨタさんと戦ってみてはいかがですか?」


 いや、なんで俺と。


「キヨタさんはBランクAGですし、勉強になりますよ」


 そう言って、俺の方を見てウインクをパチリとするマリル。


「冬子は俺と同レベルで強いんだけどね」


 AGとしては俺が先輩だから、なるほど、先輩として手ほどきをしてやれ、と。確かに、本来の模擬戦ってそういうものだよな。
 ……俺の時は、ちょっと先輩としての手ほどきって感じではなかったけどね。マルキムとかとやらせてくれたらよかったのにね。


「冬子、やる? 修練場で、木刀とか棒とかで戦う感じだけど」


 俺がそう言うと、冬子は少し考えるそぶりを見せて……しかし、ふと何かを思いついたような表情になった。


「木刀だけでやるのか」


「一応、ここは魔法師ギルドではないですが、魔法での戦闘もありですよ」


 マリルの補足に「なるほど」と頷いた冬子は、


「では、マリルさん。模擬戦をします」


「かしこまりました。では、キヨタさんも、こちらへどうぞ」


 そう言ってマリルさんがカウンターから出てきて、俺はいつもの、冬子は初めての修練場に向かう。


「というか、冬子。やるの?」


 俺が尋ねると、


「せっかくだからな。それに」


 冬子は俺の方を見てニヤリと笑った。


「私も一度、お前とやり合いたかったんだ」


 言ってる意味を一瞬考えたが、俺の方もニヤリと笑う。


「へぇ……確かに。俺もそうかも」


 たしかに、冬子とは一度もやり合ったことが無かった。正直、魔法もスキルも使わないと冬子の方が強いだろうが……。
 とはいえ、俺だってこの世界に来てからずっと戦っているし、槍だって練習している。未だにマルキムには模擬戦では一本もとれないけど、冬子には負けたくないな。
 そうこうしているうちに俺と冬子は修練場に着く。


「あそこにある武器を使用してください」


 いつも通り、俺は木槍を手に取る。冬子は、普通に木刀だね。


「さてやろうか京助」


「いつでもいいよ。ああ、俺は魔法もスキルも使わないから」


「では私もスキルは使わないようにしよう」


 俺は槍を下段に構え、冬子は木刀を……なんというか、形容しがたい構えをとった。抜刀術、そう抜刀術のような構えだ。ただし、普通の抜刀術とは違い、両手で木刀を持っている。


「先手はどうぞ」


 俺が言うと、冬子はフッと口元に笑みを浮かべて……


「では、遠慮な……くっ!」


 ダンッ! と地面を蹴って冬子が一気にこちらに肉薄してくる。
 ――接近戦は厄介だな。
 俺は一瞬で間合いを詰められないように息を短く吐いて、バックステップする……が、そのバックステップのために一瞬宙に浮いた――つまり踏ん張れない瞬間をついて、冬子が抜刀術のように右下から左上に斬り上げた木刀が飛んできた。
 咄嗟に木槍を縦に持ちそれを防ぐが、かなりの勢いで吹っ飛ばされる。


「グッ……っ!」


 重い、というよりも鋭い。これは……。
 悠長に分析している場合じゃない。俺は地面から足を離さないようにグッと踏ん張ると、息を鋭く吐いた冬子がもう眼前に迫っていた。
 喉元を狙った突き。俺はそれを槍で弾くと、その円運動を利用して石突で冬子の足を攻撃する。
 さすがに機動力を潰されるのは困ると思ったのか、初めて冬子が後ろに下がる。


「ふぅ……さすがに強いな、京助」


「んー……俺が強いって言われると、かなり申し訳ないかもね。というか、冬子の動きについていくのが精一杯なのにそう言われると困る気がする」


 そう言って、俺はもう一度木槍を下段に構える。さて、どう動こうか。
 冬子が低く、低く……低く俺の方に迫ってくる。その勢いは、まるで野生動物のようだ。チーターとか、豹とか、そういう類いの何かだ。
 空気を切り裂く音とともに、冬子の木刀が首筋に吸い込まれるかのように飛んでくる。これは、流石に防げない。
 ――ならば。
 俺は敢えて前に出て、ヒットポイントを若干ずらし、勢いが乗り切らないうちに体で冬子の木刀を受け止める。
 さすがに痛むが――耐えきれない程じゃない。俺は下段に構えた木槍で薙ぐように冬子の足を払う。


「ッ!」


 冬子はマズい、という顔をして、上に跳躍する。けれど、もちろん飛んでしまっては、素早く動けない。


「お返しだよ、冬子」


 俺は二連続の突きを繰り出し、冬子はそれを空中で捌くが、三発目の突きに見せかけたフェイントからの――左手を前に突き出し、右手を自分の方へ引いて石突で冬子の顎を狙う。


「ァッ!」


 ガッ! と手応えを感じる。しかし、まだこれは決定打じゃない。その証拠に、なんと冬子は俺の足元に木刀を投擲してきたからだ。
 まさかの一撃に、たまらず俺はバックステップで躱す。
 武器を投げ捨てるなんて血迷ったか――と思ったけど、冬子の目が死んでいないことから、それは苦し紛れの攻撃じゃなかったことが分かる。
 冬子は素手のまま、俺の方へ殴りかかってくる。剣術が得意だからといって、素手の喧嘩が出来ないわけじゃないか。


「シッ!」


 冬子が美脚を振り上げ、俺の側頭部を狙ってくる。ヘッドスリップでそれを躱し、木槍で心臓へ一撃を突き刺そうとするが――止められそうだね、これは。
 冬子は俺の木槍を手のひらで軌道をそらし、半ば体当たりするようにして俺のことを押し返す。
 バランスを崩した俺が体勢を立て直そうとした瞬間、冬子はクルリと――回転レシーブするかのように地面を前回りで転がり、木刀を再び手にとった。


「まったく、やりづらいったらありゃしない」


「ふっ、まだまだいけるぞ? 京助」


「いいよ。じゃあ、俺もそろそろ本気で――」


 ガンっ、と足で地面を踏みつけ、今まで下段に構えていた木槍を中段に構え直す。今まで以上に、突きの回転と威力を重視した構えだ。
 対する冬子も、先ほどの抜刀術のような構えではなく、野球のバッターのように、体の横で刀を構え、顔を俺の方に、体を横向きにする。


「「さあ――」」


「あ、あの~……熱くなっている時に申し訳ないんですが……模擬戦、なのでそろそろ終わりにいたしませんか……?」


 と、俺らが互いに本気になったところで、マリルに中断された。
 ふっ、と俺は短く息を吐き、冬子も構えを解く。残念、決着させたかったのにな。案外、俺は戦闘を楽しんでいるフシがあるのかもしれない。戦闘狂ってのは……あまり、よろしくないけど。
 ……元の世界じゃ俺は喧嘩もしたくない優等生だったのに、人とは変わるものだね、まったく。


「京助よ、何を考えているか知らないが、たぶんそれは間違っているぞ」


「間違ってなんかないよ、たぶん」


 俺と冬子がそんな話をしていると、マリルがこちらへ歩いて近づいてきた。


「では、模擬戦終了です。問題なさそうですね。では、再度上の受付までお戻りください。お渡しするものがあります」


 AG手帳などを受け取り、冬子は晴れてDランクAGとなった。


「これが……AGライセンスか」


「うん、たまにギルド以外でも呈示を求められたりするから、肌身離さず持っておいたほうがいいよ。……もっとも、冬子には言う必要ないだろうけど」


 アイテムボックスがあるから、携帯するのを忘れる、なんてことは無いからね。まったく、便利なものだよ。


「さて、どうする? もうキアラはどっか行ってるし、俺も行きたいところがあるからね。冬子も一人で探索する? それとも、俺に付いてくる?」


 俺が尋ねると、冬子は少し考える仕草をしてから……首を振った。


「私のこの防具、実は多少ガタがきていてな。だから新調しようと思っている。どこかいい防具屋は無いか?」


「ん? ……それなら、かなり腕のいい武器職人を知ってるから、そいつのところに行くといい。今、地図を書いてあげるね」


 俺はサラサラと地図を書き、冬子に手渡す。


「はい、これ。そこにヘルミナっていう職人がいるから、俺の紹介で来たって言えばいい防具を紹介してくれると思うよ。俺も後で行くけど、別に待っていなくていいからね。そこに今夜泊まる宿の場所も書いておいたから」


 さっき『三毛猫のタンゴ』までの地図はキアラのために書いて渡してるから、もう一度似たようなものを書くだけだし、そこまで大変でもない。


「ああ、わかった。しかし、お前がそう言うとは、かなり腕がいいのか?」


「うん、俺が知ってる中では一番だよ。さっき会ったマルキムに紹介してもらったんだ。……じゃあ、俺はこっちだから。もしもお金が足りなかったら、俺につけといてってヘルミナに言っておいて」


 十字路にさしかかったので、俺は右に曲がりながら冬子に言う。ヘルミナの店は左の方向に曲がらなくてはならないから、ここでちょうどいったん別々になるね。
 冬子も頷いて地図を見ながら進んでいったので、さてと俺も目当ての店に向かって歩きだす。
 目当ての店と言っても……活力煙の店なわけだが。


「こんにちは、店主。活力煙を200本おくれ」


「……相変わらず、化け物みたいな買い方するね。アンタは業者か。BランクAGはお金もちでいらっしゃるよ」


「一気に買った方がおまけする気にもなるでしょ? というわけで、半額でお願い」


「……値切り方が豪快なうえに雑だよ。いつも通り、三割引きでいいかい?」


 薬屋のメディ爺さんが、呆れたような声を出す。俺が一度目の値切り交渉で尋常じゃなく粘ったのがこたえたらしい。アレは一歩も譲らないなかなかの戦いだった。
 俺は頷いて、代金をメディ爺さんに手渡す。いつもニコニコ現金払いとは誰の――いや、なんのキャッチフレーズだっただろうか。よく親が言っていたから耳に残っているが、元ネタを聞いたことが無い。
 これで、ようやく活力煙が買えた。メディ爺さんに「また買いに来るよ」と言ってすぐさま外に出ると、俺は一本取り出し、口に咥えて火をつける。


「ふぅ~……ああ、久しぶりのこの感じ」


 煙が空に溶けていく。それを眺めながら、俺はふらりと街に繰り出す。次の目的地は、カリッコリーの店だ。地味に練習しているマリトンだが、少し詰まってしまっているのでその辺に関してアドバイスをもらいに行く。ちなみに今練習している曲はあの有名な少年が神話になるやつだ。いわゆる耳コピなもんだから、音が分からない部分があるんだよね。
 そんなわけでカリッコリーの店に来ると、カリッコリーが笑顔で出迎えてくれた。


「よう、久しぶりやな」


 ちなみに、俺の手には『パンドラ・ディヴァー』の代わりにマリトンが握られている。せっかく習いに来たのに自分の楽器を使わないと勿体ないしね。


「久しぶり、カリッコリー。相変わらず、いいアフロだね」


「せやろ」


 いつ来ても、カリッコリーのお店にはお客さんが少ない。もっとも、そもそも楽器屋さんって誰もかれも来て人が満杯になる……って場所でもないから、当然だろうけど。


「マリトンのチューニングか?」


「いや、ちょっと練習している曲で分からない部分があってね。こんな曲なんだけど」


 そう言って俺は歌いながらマリトンを弾く。自分で言うのもなんだけど、それなりに聞かせることが出来るくらいにはなってきた。
 ……異世界に来て習得したのって、魔法とこのマリトンだけじゃないか? 俺。魔法も若干チートがあったことも含めると、事実上俺はマリトンのみが自分の努力で覚えたものという事になってしまう。なんていうか、情けないね。


「で、ここでつまっちゃうんだよ。なんていうか、イメージ通りの音がでなくて」


「貸してみ?」


 そう言うカリッコリーにマリトンを渡すと、少しいじるだけで……綺麗な音を奏で始めた。あれ? さっきまでの違和感が……。


「ちょっとチューニングが狂ってたみたいやな。基本を疎かにしたらアカンで」


「……こっちはまだまだ初心者なんだから、ほいほいチューニングなんてできやしないよ」


 どうも、マリトンの腕前以前の問題だったらしい。こっちの世界に来てすぐからほぼ毎晩のように練習しているけど、やっぱりチューニング一つ満足に出来ていないらしい。


「まあ、凹んだらアカン。初心者にしては弾けているほうやと思うで? まだ金をとれるレベルにはなっとらんけど」


「金をとれるレベルになってる必要はないけど、うーん、まだまだ精進が必要みたいだね」


 はぁ、とため息を一つ。趣味とはいえ、凹むものは凹む。


「じゃあ、他にもいろいろ教えたろうか?」


 カリッコリーがついでとばかりに俺のマリトンを綺麗にしてくれる。なんていうか、俺は夜の槍の時もそうだったけど、物の手入れが下手なのかな。


「ありがたいけど、今夜は友達と約束があってね。また来るよ」


「そうか。せやったら、また今度ゆっくりやろうな」


「うん、楽しみにしてるよ」


 俺はカリッコリーに別れを告げて、外に出る。さて、ヘルミナのところへ行こうか。
 道中、適当に常連の店に顔を出しつつ、俺はヘルミナの店を目指す。


「ヘルミナ、いる?」


 俺が中に声をかけると、


「ああ、来たのか京助」


「あれ? 冬子、まだ帰ってなかったの?」


 なんと、冬子がいた。
 カリッコリーの店に行き、しかも軽く常連の店に顔を出したりしていたから、それなりの時間が経っている。だからてっきり帰ったとばかり思っていたのに。


「ああ、いや、その……どうにもしっくりくる防具が無いと言ったら」


 そう言って、ヘルミナの工房の方を見る冬子。その顔は少し申し訳なさそうで、そして半ば呆れたような顔をしている。


「防具は命を預けるものなんですから、しっくりくるものを使わないとダメですよって言われて、今新しく作ってもらっているところだ……」


「ああ、なるほど」


 たしかに、ヘルミナの意見は間違ってはいない。むしろ、俺もそうした方がいいと思う。


「だけど、律儀にここで待つ必要も無いんじゃない?」


 俺も何度か防具に付与してもらったりしているけど、別に待っていたことはない。すぐ終わるなら話は別だけどさ。


「いや、なんだか申し訳なくてな。だから他にも予備の武器でも買おうかと思って物色していたところだ。スリーサイズから測られたからな」


 わお、本当にワンオフで作ってくれるつもりなんだ、ヘルミナ。けど、普通はそんなことしていないはずだけど。余程気に入られたのかな、冬子は。


「私が京助の紹介で来た、と言ったら、えらく厚遇されたぞ。むしろお前が気に入られているんじゃないか?」


「そうかなぁ……」


 たしかに、大きめの魔魂石を手に入れたらよく持ってきていたけど。マルキムに言われて、魔魂石が値崩れしないようにギルドじゃなくてこっちに売りにくることも多々あったしね。
 とはいえ、それがヘルミナの助けになっていたのかどうかまでは分からない。だからこんな厚遇はどうしてなんだろう。


「まあ、冷遇されるよりはいいか」


「とはいえ、値段が心配なんだが……」


「ああ、俺が払うよ。懐は温かい」


「そんなにポンポン払っていて大丈夫なのか? 今後の生活もあるんだぞ」


「うん。貯金はそれなりにあるからね。家を構えるようのお金も貯めてあるし、何より装備はケチっちゃいけないから」


 実際問題、お金には余裕がある。何故か? ――俺が使わないからだ。生活費以外だと、それこそ装備品と、活力煙くらいで、俺は酒も飲まないし、娼婦も買わないとなると、お金を使うタイミングが無いんだよね。
 ……キアラはどうでもいいとしても、冬子を連れて行くことになったんだから、家を買った方が安上がりかもな。
 なんてことを考えながら、俺は冬子のために武器を見繕うのであった。

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