異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

48話 酒場なう

「やれやれ、天川達がそんなに注意深くなくて助かったよ。おかげで、こうして簡単に抜け出せた」


『ソリャアナァ! 俺サマがサポートして魔術を使ったンダ! アンナ奴らにバレルワケガネェゼ!』


 ヨハネスがうるさいので、俺は嘆息しながら元の状態に戻す。ヨハネスとは、一度しっかりじっくり話すべきだと思うけど……今はその時じゃない。
 ――さっきは、転移が完了する前に、俺はヨハネスの知識から、とある風の魔法を発動していた。光の屈折を利用して、姿が見えにくくなる魔法を。
 それを使うことによって、俺はあの場から逃げ出して全員を撒いてきたんだけど……


「まあ、アンタは撒けるわけないよね。キアラ」


「そりゃあのぅ。というか、あそこまで隠さずに魔法を使われてしまうと、むしろ誘っているのかと勘違いしてしまうぞ」


 俺の隠形は、そんなにも分かりやすいものだったらしい。
 少し自信を無くしつつも、キアラに近づく。


「じゃあ、今から俺は宿に戻るけど……キアラはどうするの?」


「ふむ、少し狭いかもしれんが、お主と同じ部屋に泊まろう。何、妾は覚悟ができておる。いつでも襲ってくれてよいのぢゃぞ?」


「――冗談がきついよ。なんで俺がキアラに手を出すのさ」


 肩をすくめつつ、俺はキアラの方を見ないで歩き出す。
 俺が泊まろうと思っている宿屋は、前ここに来た時に泊まった『幸楽亭』だ。そこに、佐野も呼んでいるしね。
 部屋が空いてなかったら、しょうがないから『幸楽亭』のご飯を食べるところで食べながら待とう。
 そう考えながら、歩いて15分ほど。やっと『幸楽亭』に到着した。


「ほぅ、雰囲気の良いところではないか」


「そう? まあ、デネブでは一番良かったかな」


 そんなことを言いながら、俺は『幸楽亭』の中に入る。


「ん? おお、兄ちゃん、久しぶりだな」


「ちょっと塔に潜っていてね。今からでも、部屋はある?」


「ああ、あるぞ。……というか、えらいベッピンな姉ちゃんじゃねえか。どこで知り合ったんだ?」


 宿屋のおっちゃんが、少し下世話な感じの話題を振ってくる。
 俺はそれに曖昧に笑いつつ、「塔でちょっとね」とだけ言ってから、お金を渡す。


「じゃあ、一人部屋を二つで」


「あり? 兄ちゃん、二人部屋じゃなくていいのか?」


「……俺と彼女の間には何もないからね。一人部屋二つで十分だ」


 周りを見てみると、いろんな人がキアラに向けて、様々な反応を見せていた。
 熱っぽい視線を向けるもの、嫉妬の目を向けるもの、下卑た目で見るもの……まあ、これだけ美人なら人目を引くのも当然か。
 俺はため息を一つ。こりゃあ佐野が来るまで部屋にいたほうがいいかもね。


「のぅ、キョースケ」


 俺が部屋に戻ろうと声をかけようとしたとき、キアラが先に俺の腕に絡みつきながら話しかけてきた。
 ……油断していたつもりはないのに、ずいぶんあっさり手をとられてしまった。多少、気は緩んでたかもしれないけど。
 そしてキアラが抱き着いてきた瞬間、周りの男どもの視線が一斉に俺に集まる。
 ……居心地が悪いね。


「何? キアラ。男が欲しいなら他で見繕って。俺は部屋に行くつもりだから」


「そう悲しいことを言うでないぞ、キョースケ。妾と一緒に呑もうではないか」


 見れば、もう酒を注文したらしい。すでに手に木製のジョッキを持っている。中身は……ビールかな。


「呑みたいなら一人で吞みなよ。そもそも、俺は酒をそんなに呑む方じゃないしね」


「ほう、そうなのかの? 仕方がないのぅ……妾が訓練してやろう。ちゃんと呑めるようにならんと、大人になれんぞ?」


「……そんな大人ならならなくていい。嗜好品に金を使いすぎると、本当にやりたいことができなくなっちゃうよ」


「ヘビースモーカーのお主に言われとうないわ」


 ぐうの音も出ない。
 口でキアラに勝つのは面倒そうだから、俺は宿屋のおっちゃんに向かって軽くご飯でも頼もうとしたところで――


「おうおう、姉ちゃん。そんな付き合いの悪い男は放っておいて、俺と飲まねえか?」


 ――なにやらガラの悪そうな男が、キアラの肩を抱いてきていた。
 なかなか鍛えられた筋肉だけど、不必要なところまで膨らんでいるところからして、実戦でつけた筋肉じゃなさそうだね。たぶん、こけおどしの鍛え方だろう。筋肉をつけるための鍛え方でつけた感じだ。そのこと自体が悪いとは言わないけど、強くはなれない。
 しかも、見ればわかる。この男は大したことがない。せいぜいDランクってところかな。
 キアラの方も、あの程度の男に肩を組まれることに気づかないとは考えずらいので、たぶんわざと絡まれたんだろうけど……さて、なんでかな。


(俺は助ける気はないからね)


 目線にそんな気持ちをこめて、キアラに送る。
 すると、キアラはにっこりと笑ってから、ビールをその男にぶっかけた。
 ……えらくアグレッシブにいくね、キアラ。


「うおっ、て、テメェ! 何しやがる」


 当然、激怒する男。しかし、キアラはその程度じゃ動じない。
 俺の方へと小走りで駆け寄ってきて、ひしっ! と抱き着いてきた。


「ああ、キョースケ! 怖いのぢゃ、助けておくれ」


 ……三文芝居にもほどがあるよ。


「おいこら! その女をこっちに渡せ!」


 見るまでもなく、相手の男が怒っているのは分かる。そして、標的が俺に変わったことも。


「……キアラ、面倒事を起こさないでくれると嬉しいんだけど」


「何を言う。美人に振り回されるのはいい男の証拠ぢゃぞ」


 どこの世界でそんなものが証拠になるのか。というか、別にいい男じゃなくていい。
 キアラといると退屈はしないだろうけど、その分ため息も増えそうだね……


「畜生! 見せつけやがってぇぇぇぇ!!」


 あ、目の前の男のことを忘れていた。
 目の前の男は思い切り拳を振り上げ、こちらへ殴りかかろうとして来ている――が、遅い。ヒルディやゴーレムドラゴンと比べたら、止まっていると言ってもいいようなレベルだ。
 ……いや、比べる相手が悪いかな。
 俺はその拳を躱し、男の胸ぐらをつかんでから相手の勢いを利用して投げ飛ばす。相撲で言うところの出し投げって言うんだっけね、これ。


「どわぁぁあぁ!」


 ドンガラガッシャン! と大きな音を立ててテーブルに倒れこむ男。一応誰もいないところを狙ったけど、テーブルはぶっ飛んで壊れてしまった。
 ……弁償かなー。あのテーブルを買うくらいのお金は持ってるけど、無駄な出費というものがなんとなく嫌だ。


「キョースケよ、そう派手にやるでないぞ」


 キアラの暢気そうな声が聞こえて、俺は少し肩を落とす。


「……誰のせいだと思ってるの?」


「それと、技が荒いのぅ。今のも相手の力を利用したのではなくて、殆どお主の力ぢゃろう」


 しかもダメ出しまでしてくるし。


「……俺は槍使いで格闘戦が本職じゃないからね」


 負け惜しみのようなセリフを言いつつ、俺は倒れこんだ男を見るけど……完全に伸びてるね。外に放り出しておいていいかな、もう。
 そんなわけにもいかないだろうから、俺は宿屋のおっちゃんに声をかける。


「あー、ごめんね? 騒いじゃって」


「別に酔っ払いの喧嘩に口出しするほど俺も野暮じゃねえ。……とはいえ、そこで伸びられても迷惑だから、部屋に連れて行ってやるか」


「へえ、優しいじゃん」


 思わぬ優しさを見て、俺は口元を緩める。


「そんで明日起きたら部屋代とこのテーブルの代金、そんで治療代をふんだくろう。なに、部屋ならまだ余ってる」


 前言撤回。この人は鬼。


「いいけど、恨まれないようにね」


「恨みは兄ちゃんに向かうようにしておいてやるよ、安心しな」


 何をどう安心しろと。
 少し苦笑を漏らしつつ、俺はおっちゃんが伸びてる男を部屋に連れて行く前に、軽く飲み物だけ頼んで、席へ着いた。


「なかなか食えん主人ぢゃのう。面白い」


「そうだね、その意見には同意。勝手に同じ席に着いてくるのはどうかと思うけど」


 当然のように相席して、しかもぐびぐびと飲んでいる。おつまみは自分で頼んだのか、それとも誰かのをもらってきたのかはわからないけど、割と量が減っている。
 嘆息。こっちの世界には、男も女も大酒のみしかいないのかな。
 俺は懐から活力煙を取り出し、マッチで火を起こしてからつける。こういう場所では、わざわざマッチを使った方がなんとなく雰囲気が出る。それに、魔術を使っているところを見られたくないしね。


「ふぅ~……」


 今日は疲れたから、いつもは吹かすだけの活力煙も、肺いっぱいに吸い込む。
 それにしても――


「キアラ、一つ訊いてもいい?」


「なんぢゃ? 妾のスリーサイズか?」


「それは永遠に興味が出ないから安心して。もしもゴーレムドラゴンと俺が戦っている時に俺が死んでたら――どうするつもりだったの?」


「力量不足ぢゃ。全員塔の外に出したぢゃろう。適合者無しという判定ぢゃな。そんなことありえんぢゃろうと思っておったが」


 ……物騒な話だ。
 ため息とともに、活力煙の煙を吐き出す。


「じゃあ次の質問」


「一つじゃなかったのかの?」


「細かいことは気にしないでよ。――この世界から戻る方法を知りたい」


「――ふむ」


 俺としては、かなり重要なことを聞いたつもりだったんだけど、キアラの顔に緊張感はない。
 むしろ、俺に質問されていることを楽しんでいるように見える。


「そうぢゃのう……覇王と魔王を倒せば――」


「――そんな与太話が聞きたいんじゃないんだよ。俺は、どういう手段で帰れるのかを訊いてるの」


 キアラの言葉にかぶせるようにしていう。


「俺が知りたいのは、手段だよ。それとも何? 試練の間みたいに魔王と覇王を倒したら、それだけで目の前に元の世界に帰還する扉が現れるの? なんの脈絡もなく。RPGでもあるまいし」


 RPGがこの世界の人間に通用するかはわからなかったけど、キアラのあの生活の感じからして知っていてもおかしくないと思う。
 キアラはより笑みを深めながら、楽しそうな表情を見せる。


「つまり、どんな手段を用いてお主らが帰ることができるのかを知りたいのぢゃな?」


「最初からそう言ってるでしょ。というか、魔王と覇王を倒せば元の世界に帰ることができるっていうのを、俺は最初から信じていないからね」


「ほっほっほ。そうぢゃろうな」


 愉快そうに笑うキアラ。何が愉快なのかは知らないけど、酒も入っているから、笑い上戸になっているのかもしれない。


「とはいえ、受肉するときに主神様と結ばされた誓約のせいで、喋れないがのぅ。まあ、この世界にお主たち異世界人を奴隷にするために連れてきたわけではない。お主らの自由が脅かされることは無いことは保証しよう」


「ならとっとと元の世界に帰してほしいところだけどね」


 俺は煙を吐きながら、結局軽いおつまみと酒を頼む。


「おや? 飲まないんぢゃなかったのか?」


「気が変わったわけじゃない。俺は飲まないよ。……けどね、こういう時は酒をふるまうものだって聞いたから、先に用意しておくんだ。俺は普通に……冷えた果実ジュースでももらおうかな」


 運ばれてきたおつまみは、ピーナッツのような木の実をバターで焼いた物だ。おつまみの定番で、向こうで言う枝豆みたいな立ち位置の料理だ。
 マルキムが言っていたけど、このおつまみの味でその酒場のランクは変わるらしい。簡単な料理だからこそ、腕が問われるって言っていたっけ。
 さて、ここの酒場のランクは……


「うん、なかなかいいね」


「そうぢゃのう。お主、よい宿を見つけたのでは無いか?」


 ……俺が頼んだおつまみなのに、勝手に食べてるし。まあいいけどさ。


「そうだね、デネブに来た時の俺の判断を褒めてあげたいところかな」


 そうしてしばらくは、酒場の喧騒を肴にぼんやりとジュースを飲んでいた。異世界に来てからこういう雰囲気には慣れた。……むしろ、こういうところは元の世界よりもモラルが緩みがちになるからか、喧嘩が割と頻繁に起きるので見ていてかなり楽しい。酒と喧嘩は酒場の華だね。
 お、あの人は剣を抜いたぞ。死人が出ると面倒だから武器は抜かないで欲しいところだけど――


「あ」


「ん? どうした、キョースケ」


 ふと、自分の中に疑問が出来た。
 そしてそれは、キアラに聞いても意味が無い。それはとても分かるんだが、分かるんだが――俺のことなのに、俺が一番理解できないこと。


「ねぇ……キアラ、一つ奇妙な質問をしていい?」


「構わんぞ。妾の答えられることならば答えよう。ちなみに妾は鎖骨フェチぢゃ」


 こっちの世界にもフェチとかあるんだね。って、そうじゃなくて。


「俺、こちらの世界に来てから、精神系の魔法や魔術がどうやら殆ど効いてないみたいなんだけど――キアラ、俺は何かされたのかな?」


「ほう?」


 キアラの片眉が興味深そうに、僅かに持ち上がる。少しは関心を持ってくれたらしい。
 俺は、向こうの世界では普通の人間だった。それが、こちらの世界に来てから急に凄くなるなんてありえないだろう。今のこの力は、あくまで後付けされた力。根本的な精神力や底力なんかは、元の世界にいた頃と変わりないはずだ。
 それなのに――俺はどうも、精神に干渉されるのには強いらしい。何故だろうか。


「まず、俺たちがこの世界に呼ばれた時、どうも精神が高揚する魔法をかけられていたらしい。だけど、王様からしたら俺は冷静そのもので、一切効いている様子が無かったみたいだった。その後は、ヒルディと戦っていた時に、彼女が『テンプテーションが効かないなんて』って言っていた。最後の試練の間なんて、みんなが恐慌をきたしていた時も、ウイングラビットに……アレはどういう状態だろう。篭絡? 骨抜き? ……まあいいや。ともかく、ウィングラビットの精神干渉も効かなかった。これは――俺の心が強いから、なんてそんな理由じゃないでしょ。もっと何か、他に理由はないの?」


「ふむ……興味深いのぅ」


 そう言うと、キアラはパチンと指を鳴らして……何やら、結界のような物を回りに張った。それに魔力を『視』る目を使ってみると、風の結界と、さらにそこに阿辺のような結界魔法がかけられているように見える。


「風を使って、音を遮断。さらに、認識阻害の結界とかも張ってあるのかな?」


「ほぅ、魔力を視るだけでよくわかるのぅ。その通りぢゃよ」


 って、アレ? なんで俺は、見るだけで魔法がなんとなくわかったんだ?


(ソレハ俺サマガ感覚ヲ共有シテヤッタカラダナァ!)


 この声……


(ヨハネス!?)


(ソノ通り。ッタク、キアラにはバレねぇヨウニナァ?)


 どうやら、ヨハネスらしい。神器はアイテムボックスの中。解放なんてしてないはずなのに……


(……神器を解放しなくても、出てこれるの?)


(数々ノ制限付きダケドナァ! マァ、手助けシテヤルダケアリガタイと思えヨォ!?)


 そりゃ、ありがたいんだけどさ、知りたがりの悪魔。
 俺は一つ煙を吐いてから、キアラの方をもう一度見る。


「それで……キアラ。この結界は?」


 俺が分かっているのはおかしいので聞くと、キアラは少し唇の端を吊り上げながら頭をつついた。


「そ奴は教えてくれぬのか?」


(バレてない?)


(キアラはコレヲ俺サマが出来るッテ知っているカラナァ!)


 そりゃバレる。
 俺はため息をつきたくなるのをこらえてから、この結界をもう一度見る。


「遮音と、気配遮断くらいしかわからないよ」


「大体そんなものぢゃ。というか、ヨハネスが出てくるのが遅かったのぅ」


「そうなの?」


「うむ。もしやすると……それも、お主に精神干渉が効きづらいことに原因があるやもしれぬのぅ……そうぢゃ、キョースケよ。神器を解放してヨハネスも会話に参加させてくれぬか? おそらく、妾よりもあ奴の方が詳しくわかるぢゃろうからのぅ」


「わかった。……この結界、本当に外からも見えないんだよね?」


「ん? ほれ」


 そう言うと、唐突に目の前のキアラが消えた。
 ……嘘、全くわからない。


(相変わらず、スゲェ魔法だナァ!)


(そう、だね……)


 俺が言うと、ヨハネスに目が切り替わったような感覚がした。どうやら、さっきキアラの結界を見破った、ヨハネスと視覚が共有する目になったようだ。
 すると、ぼんやりと魔力の塊が見える。おそらく、ここにキアラがいるんだろう。
 そこに向かって歩いていくと、


「ほう、さすがはヨハネスぢゃのう」


「そうだね」


 ……枝神どうしの戦いって、凄いことになりそうだね。なんかこう、チートキャラVSチートキャラの戦いみたいな……まさに、リアル神々の戦い。アメコミ的に言うなら、スー○ーマンとスーパー○ンが戦ったくらいの派手な戦いになりそう。


「まあ、これでわかったぢゃろう?」


「うん。じゃあ、神器解放するね」


 俺はアイテムボックスから『パンドラ・ディヴァー』を取り出し、胸の前で構える。


「神器解放――喰らい尽くせ、『パンドラ・ディヴァー』」


 いつものエフェクトが出て、『パンドラ・ディヴァー』が顕現する。……というか、うん、やっぱり神器は凄い迫力だ。
 キアラがいないと、これは確実に他人に全部バレているほどの威力であることは間違いないよね。


『ッタクヨォ! キアラ、調べるノガ面倒ダカラッテ俺サマを呼び出すノハヤメロ!』


「ふん、外の空気を吸う許可をやったのぢゃ。むしろ喜ぶべきぢゃと思うぞ」


 相変わらず仲が悪いね。


「それで、ヨハネス。何か分かる?」


『アァ。簡単ナコトダゼ。単純に、キョースケ――テメェ、進化シテヤガルナ?』

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