異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

8話 登録完了なう

 さて、登録書に書くために宿屋を探さなくちゃならない。
 俺は夜の槍を片手にギルドの外へ出る。もうAGになったから武装を解除しなくていいというのはありがたいけど……やっぱり槍はかさばるね。
 いつもはアイテムボックスに入れておくべきか? とは思うけど突然襲われないとも限らない。ステータスのおかげか、常に持ち歩いてもそんなに疲れないから気にしなくていいか。


「えーと、こっちかな。地図書いてくれてよかったよ」


 ――マリルにオススメの宿を訊いたところ、『三毛猫のタンゴ』という所を紹介された。
 他の宿屋と比べて少し値は張るが、ご飯も美味しいし桶を借りて汗も流せるとのこと。それに加えて可愛い看板娘と美人女将がいるんだそうな。そこはあまり関係ないけど。
 一応ガイドブックを見てみるが、あまり詳しくは書いていない。こういうのはやっぱり口コミを信じるのがいいだろうね。
 そんなわけで俺は大通りを進み、地図にバツ印をつけられていた場所に辿り着く。看板に大きく「三毛猫のタンゴ」と書かれているので間違いあるまい。
 外観は二階建ての木造建築、といった風情。さっきのギルドよりは大きくないけれど、ここも中々の大きさの建物。二階にある窓からして部屋の日当たりも悪く無さそうだ。


「すみませーん、宿をとりたいんですけどー」


 扉をあけながら中に声をかける。一階は食事スペースになっているようでかなり広い。十個以上のテーブルがあり、カウンターはバーのようになっている。西部開拓時代のバーみたいな雰囲気だ。扉は普通だったけど。


「はーい。お母さーん! お客さん」


 カウンターの辺りから女の子の声がしたと思ったら、奥から一人の女性が出てきた。……ああ、確かに美人だね。
 ウェーブのかかった金髪を揺らし、おっとりとした笑顔を浮かべている。そして(どことは言わないけど)佐野に分けてあげたいくらい巨大だった。
 マリルの言ったことは嘘じゃ無かったんだね。別に期待してなかったけど。


「はいはい、いらっしゃいませ。何泊ですか?」


「しばらく泊まることになると思うけど、何泊かは決めてないね。……もしかして先払いですか?」


「はい。こちらが料金表でございます」


 素泊まり一泊は大銀貨三枚。朝夕付きであれば更に大銀貨二枚。水と桶は一杯中銀貨三枚。最大五泊ごとに更新か。
 素泊まりが大銀貨三枚ってことは、一泊千五百円か。ご飯を含めても二千五百円。高いと聞いていた割にはそれほどでもない。こちらの世界の相場は分からないけど、少なくとも前の世界よりは安く泊まれるみたいだね。


「ご飯は決まった時間に部屋に持ってきてもらえるんですか?」


「いえ、こちらでご用意した朝食、夕食を注文していただいて一階でお出しするようになっています」


 メニュー表の裏を見る限りランチもここで食べられるらしい。別料金だけど。


「朝食だけつけてもらうとか出来ますか?」


「その場合は大銀貨一枚ですね」


 割と融通は効くらしい。
 俺はふむと一つ顎に手を当ててから、懐からお金を出す。


「――分かった。じゃあとりあえず朝ご飯つき五泊で。大銀貨二十枚……は持ってないから、大金貨でお釣りください」


「はい、ではおつりの中金貨一枚と小金貨三枚です。部屋は204号室でございます」


 お釣りと鍵を受け取り、二階へ行こうと階段の方を向いたら――


「お客さん、AGなんですか?」


 ――と声をかけられた。
 振り返ると、さっきの店員さんを幼くしてもう少し活発にしたような子がいた。十五歳くらいだろうか? さっきの店員さんの娘さん……マリルの言っていた「可愛い看板娘」はこの子だろう。
 眼には好奇心が浮かんでおり、ワクワクとした雰囲気を感じる。


「そうだよ。よく分かったね」


「そんな槍を持ってますからね」


 名推理、とでも言いたげに俺の槍を指さす。それもそうか。


「でも、そんなにお若いのに凄いですね! って、あ、すみません。あたし、リルラっていいます。リルラ・スーイです」


 お若いって……君の方が若いでしょうに。どう見ても。


「リルラか、よろしくね。俺はキョースケ・キヨタ。まだAGになりたてなんだけどね」


「武器を持ってるってことは、Dランク以上なんですよね! 凄いです!」


「ん~、そうでもないよ」


 なんか目をキラキラさせてるリルラに少し照れる。この子はなんでこんなにも食いついているんだろうか。


「あたし、いろんなAGさん見るんですけど、槍を持ってる人なんて珍しいです。ちょっと振ってるところを見せて欲しいんですけど……いいですか?」


 振っているところ、か。『職』の補正もあるからそう無様なところは見せないとは思うけど……どうすべきか。
 これが『自分の力』かと言われたら微妙なところだから、誇らしげに見せるのも変な話だ。かと言ってじゃあ見せないというのも少し違う気がする。
 少しだけ悩んだが、彼女のキラキラした瞳に負けて頷いた。


「いいよ。――あ、そうだ。見せる前にさ、大きめな袋を貰えない? 狩った魔物の討伐部位とかを入れられそうなやつ」


「いいですよ! じゃあ早速用意しますね。母さ~ん」


 よしよし、これでギルドにアックスオークの斧とかホーンゴブリンの角とかを自然に持って行けるぞ。まさか大勢の目の前でアイテムボックスを使う分けにはいかないしね。
 リルラが大きな袋――米とかが入ってるような、麻袋っていうのかな?――を持ってきてくれた。受け取り、左右に引っ張ってみるがビクともしない。頑丈でいいね。
 一端部屋に入り、アイテムボックスから出した戦利品をその中にぶち込む。ちなみに部屋の中には机、ベッド、ソファがある。
 ビジネスホテルより狭いけど、寝に帰る分には問題ないからいいか。


「じゃ、どこでやろうか。テキトーな広いところがあるならそこでいいんだけど……」


「あ、庭がありますよ~」


 案内されたそこは、実のなっている木が数本と綺麗に咲きそろった花壇がある庭だった。鬼ごっこをするには狭いけど、槍を振るうには十分だ。


「いい庭だね」


「父の自慢の庭です」


「ちなみにあの実は食えるの?」


「まだ時期じゃないですけど、後数ヶ月もしたら食べられますよ」


「へぇ~。よし、じゃあ振ろうかな。リルラ、下がってて」


 俺は夜の槍を真っ直ぐ構えて腰を落とす。やってみたいこともあったので調度いい、孫文に振らせていただこう。


「シッ!」


 掛け声と共に槍を突き出す。返す刀で袈裟斬り、一歩下がって、突き、突き。横に一閃し、その勢いのまま回転させて……など身体が動くに任せて夜の槍を振るう。
 体が勝手に動くと言っても操り人形にされているような感覚ではなく、自分が『こう動きたい』と思うように動くとそれが最適な動きになる……みたいな。
 言葉では表しづらい感覚だが、『職』を持った異世界人は皆こんな感じなんだろうか。


「フッ、と」


 大分身体も温まってきた。そろそろさっき試したくなったことをしてみようかな。『職スキル』の無音発動を。
 さっきマスターがやってたし、出来るかもしれない。


(『三連突き』!)


 心の中で叫んでみる。しかし反応はない。
 じゃあ、あの時の動きをトレースするのはどうだろう。こう腰を落として、足と腰の力で……三連続で突く!


「おっ」


 身体が淡く光ったかと思うと、『三連突き』が発動した。どうやらスキルの動きをトレースすると無音で発動するらしい。
 最後に無音発動で『飛槍激』をやってみたかったが、さすがにそれをすると庭が壊れるので『三連突き』で止めておく。自慢の庭がぶっ壊れたらリルラの親父さんは激怒するだろうし。


「ふぅ~。ん、どう? リルラ」


「凄かったです! さすがAGさんですね! 剣を使ってる人はよく見るんですが、槍を使ってる人なんて滅多に見ないので、見れて嬉しいです!」


 それ、さっきも聞いたような。


「そっか」


 リルラのキラキラした目が俺の夜の槍に向いているのを見て……ふと、思ったことを尋ねてみる。


「もしかして、武器とか好きなの?」


「はい! 剣とか槍とかで戦っているのを見るのが大好きです! ホントは、自分で使ってみたいんですけど、女の子だからってお父さんもお母さんも使わせてくれないんです。だから、見るので我慢してるんですけど……」


 更に目を輝かせて剣や槍、鎧などについて語るリルラ。……うん、凄い勢いだね。
 こっちの世界にもオタクっているんだね。目が完全にオタクだよこの子。俺にも分かるよ、自分の好きな物を人に語るのって楽しいよね。


「あっ! す、すいませんあたしばっかり喋っちゃって」


「ん、別に大丈夫だよ。さて、そろそろ俺はもう一回AGギルドに行くかな」


 そう言いつつ、俺とリルラは宿屋に戻る。リルラからタオルを受け取り、汗を拭きながら首と腕をグルグル回してストレッチ。


「どんな依頼を受けられるんですか?」


「んー、普通にホーンゴブリン討伐、とかかなぁ」


 そんな依頼があれば、の話だけど。


「そうなんですか~。あたしも見に行きたいですね。剣とか槍とかで戦っているところ」


「危険だからダメだよ。さすがに」


 万が一……というか、俺そんなに強くないからたぶん守り切れない。そして、そうなったらとんでもない責任問題だ。
 万が一そんなことになったらさっきの美人店員さんから冗談なしに恨まれる。まだ見ぬリルラのお父さんにも殺されるだろう。比喩表現抜きで。


「そうですよね~。まあ、頑張ってきてくださいね!」


「うん」


 俺はヒラヒラと手を振りながら麻袋を持つと、宿から出た。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




『三毛猫のタンゴ』から歩くこと数分、俺は再びAGギルドの前にやってきた。ギルドまでの距離も遠くないし、マリルはいい宿を教えてくれたね。
 見ると、もう朝のような行列は無くなっていた。あの時間が一番混んでたのだろうか。
 扉を開けて中に入ると、マリルがカウンターにいるのが見えた。じゃあマリルに色々訊くか。


「あ~、マリルさん。宿屋決まったんだけど、どこに言えばいい?」


「あ、伺いますよ。えっと、結局『三毛猫のタンゴ』になりました?」


「うん、そこ」


「はい……では、登録完了しました」


 ふう、これでやっと依頼を受けられる。正直王様から貰った金にはあんまり手を付けたくないから、依頼を受けて金を稼がないと。


「で、依頼っていうのはどこにあるの?」


「あちらにクエストボードがあります。ちなみに、一番右常在クエスト専用板、真ん中がE、Fランククエスト専用板、一番左がDランク以上クエスト専用板です」


「常在クエストって?」


「常在クエストというのは、例えばホーンゴブリンや、モノアイワームなどの数の多い魔物の……まあ、数減らしみたいな名目で出されている、ギルドが依頼人のクエストと思ってくれれば」


 なるほど、つまり狩っても狩っても減らない魔物とかの討伐があるってことでいいのかな?


「他のは依頼人が別にいる、と?」


「はい。例えば畑の近くにモノアイワームが数匹出たので狩って欲しい、とか、村の近くにロアボアが出たので討伐を頼む、みたいなやつですねー」


 ふむ、これは普通の異世界物とかに出てくる、クエストとかと同じと見て間違いないね。


「ありがとう。……あ、そうだ。今朝狩った魔物があるんだけど、今から依頼を受けてそれを渡して『依頼完了』っていうのは出来る?」


「討伐部位があるのなら、問題ないですよ」


 よし、それならホーンゴブリンとかも金になる。一先ずマリルに一礼をして、依頼板に向かう。


「ふーん……」


 常在クエストの報酬は魔物によって一定だが、それ以外のクエストよりも一段落ちる値段になっている。
 一方でDランク以上専用クエストは、同じ魔物でも値段に差があるわけか。


「とりあえずホーンゴブリンのクエストを……お、あったあった」


『クエスト:ホーンゴブリン五体の討伐。
 報  酬:大銀貨一枚。       』


 ゴブリン一体約百円か。安いね。まあ弱いからこんなもんか。
 俺はそれと、アックスオークのクエスト書を探すけれど……残念だが、無いね。仕方が無いのでそれだけ持ってマリルの所へ。


「クエスト書持ってきたけど、ここでいいの?」


「はい。依頼する側の窓口以外は、基本全て同じです」


「ほうほう。それじゃ、このクエストで」


「はい、ではAGノートを出してください」


 俺はAGノートを出し、まだ真っ白な依頼欄を出す。


「では、ここに判を押して……はい、依頼受注完了です」


「OK。じゃあこれ、ホーンゴブリンの討伐部位」


 そう言って、俺はホーンゴブリンの角をゴロゴロと麻袋から出す。
 マリルはそれを一つ一つ数えてから、俺のAGノートにまた判を押した。


「はい、依頼完了です。こちらは報酬の大銀貨一枚です」


「サンキュー」


 キラリと光る銀貨を懐に入れ、さらに麻袋の中をゴソゴソと漁る。


「あと、魔魂石売りたいんだけど」


「はい。ホーンゴブリンの魔魂石ですね? Fランク魔物の魔魂石なので、一つ中銀貨二枚になります」


「うん。ああ、後アックスオークのも」


 俺が何気そう言うと、ギルド内の空気が変わった。ざわざわと奇異の目を向けられている。
 ん? なんだ?


「えっと、キヨタさん……アックスオーク、ですか?」


「うん、今朝一人で討伐したんだ。結構強かったよ」


 何せ槍が効かなかったし。目とか口内が弱点じゃ無かったらやられてた。


「おい、兄ちゃん。『職』は槍使いか槍術士でいいのか?」


 唐突に、声をかけられた。うん? なんだ?
 声の方へ振り返ると、頭が禿げた(というよりスキンヘッドか?)肌が黒くてゴツいオッサンがいた。
 身長は俺より高く……百九十センチってところかな。革の鎧を着ていて、腰には剣が下げられている。今朝のゴゾムと違ってこの人は強そうだ。


「うん、その辺だよ」


「誰と討伐したんだ?」


「俺一人だって」


「……魔法使いはいなかったのか?」


「いないってば」


 あまりにしつこいので、少し口調が乱暴になる。


「……俺一人で討伐したっていうのがそんなに怪しいの?」


 舌打ち混じりに、目の前の男を睨み付ける。
 しかし男はそれを意に介さず、言い返してきた。


「ああ、怪しいな。……いや、正確に言おう。お前が魔法を使えるなら一人で討伐したと言っても怪しまない。それでも凄いがな。しかし、それが槍使いや剣士なら話は別だ。まさかお前、アックスオークが『剣士殺し』って呼ばれているのは知らないのか?」


「うん、それは初耳だね」


 そんなカッコいいあだ名があるんだ、アイツ。


「……アックスオークは身体を硬くする特性を持っている。それのおかげで剣も槍も弓も通用しねぇんだ。だから、普通は魔法を使って攻撃する。アックスオークは魔法に……というか、遠距離から飛来する攻撃に弱いんだ。どうやら視力があまりよくないらしくてな」


「へぇ……」


 なるほど、魔法に弱かったのか。そんな分かりやすい弱点があったとはね。


「だから、みんな怪しむんだ。討伐部位もあんのか?」


「もちろん、ほら」


 俺は麻袋からアックスオークの斧をゴトリと取り出す。まるで血で染められたかのように赤黒い討伐部位を。
 男は目を見開き、しげしげとそれを眺めてから納得したように頷いた。


「……なるほど、本物だ。ってことは、本当に一人で倒したのか?」


「だからさっきからそう言ってるでしょ」


「いや、それくらい信じられないことなんだよ。まあゴゾムもあっさりやられていたし、兄ちゃんが強いってことは分かるけどな」


「……ん、まあ、いいよ」


 引き下がってくれるならよしとしよう。言いがかりをつけられてアックスオークの斧とか取り上げられたらどうしようかと思った。
 そう俺がホッとしていると、男はニヤッと笑って俺の肩を叩く。


「言い忘れたが、俺はマルキム。BランクAGだ。兄ちゃんは?」


 ふむ、Bランクか。どうりで強そうと思ったよ。


「俺はキョースケ・キヨタ。DランクAGだよ」


「Dランク? アックスオークを倒したんだからもうBランクだろう」


 そういや、そんなシステムだったね。


「とりあえず、まだDランクだからね。とはいえまさか初クエストもまだなのにBランクになれるとは驚きだよ」


「はっはっは。まあこれからが期待できそうな奴だ。キョースケ、頑張れよ」


 そう言って、マルキムはまた酒場の方に戻っていった。


「気を取り直して。じゃあこれお願い」


「は、はい。討伐部位から、Bランク魔物アックスオークを倒したと認めます。よって、キョースケ・キヨタさんはBランクAGに昇格です。そして、魔魂石は売却しますか?」


「うん」


「……では、Bランク魔物の魔魂石なので、大金貨百枚です。よろしいですか?」


 おお、百万円!?


「それはありがたいね。じゃあそれで」


 俺は魔魂石を売って、大金貨を受け取る。
 いやー、これならしばらくはクエスト受けなくてもいいんじゃないかな? これ、大金持ち……いや、小金持ちだろうし。
 俺がほくほく顔をしていると、マリルが苦笑して話しかけてきた。


「本来Bランク以上の魔物は単独討伐をせず、見つけたらギルドに報告していただいているんです。調査も含めて特別クエストという形でボードに貼り出し、パーティーを組んだ上で受注していただく形をとっていますので」


「あー……悪いことした?」


「いえ、討伐していただく分には問題はありません。ただ、危険なので今度からはパーティーを組んでから挑むようにしてくださいね」


「分かった」


 まさかそんなルールがあったとはね。


 俺は苦笑いをマリルに返すしか無かった。

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