滝口君はもてあそぶ!

azamasu

ロムオとシュリエット 前編

 こんなに何度も鏡で自分の姿を確認したのは初めてかもしれない。
今日は待ちに待った滝口君とのデートの日、いつもよりも鏡の前にいる時間が7割り増しくらいで長い。洗面所の鏡を長時間占拠しているので、お母さんからの圧力がすごい。

「ユキ~白髪染めしたいから洗面所早く開けてくれない?」
「ご、ごめんちょっと待って~。」
「今日は友達と遊びに行くんじゃないの?だからそんなにしっかりおしゃれしなくてもいいんじゃない?」
うぐ、鋭い質問...
「わかってないなぁお母さんは。別に見られるのは友達にだけじゃないんだよ、何があってもいいように身だしなみはきちんとしなきゃ!」
「いつも適当なあんたの口から出る言葉だとは思えないわね。」
「うるさい!ハイ終わり!いってきまーす!」
これ以上追及される前にさっさと家を出ないとボロを出しそうだ。
「そう、じゃあ頑張ってきなさいよ。」
「へいへい」

話を適当に聞き流しながら家を出るとスマホの通知音が鳴った。

(ミホちゃんからだ...)

どうやら激励のメッセージらしい。返信をするべくスマホのロックを解除しようとすると、わりと差し迫った時間が目に入ってきた。

「やばっ!待ち合わせに遅れる!」

私は慌てて走り出した。



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 片吹駅には大型のショッピングモールがあって、その最上階に映画館がある。こういうタイプの映画館は大体最上階にある気がするのは気のせいだろうか。今日はその映画館の前で秋月さんと待ち合わせをしている。いわゆるデートというやつだ、こういったことは初めてなので柄にもなく緊張しているのがわかる。それにしても秋月さんはよくロムシュリのペアチケットを手に入れられたな...友人から貰ったらしいが、果たして本当なんだろうか?俺と映画に行くために自腹切ってたりしたら申し訳ないな。ロムシュリは一回見ておきたかったのもあって、今回の話を二つ返事でOKしてしまったが、さすがにちょっと軽薄だったかもしれない。特に恋愛感情があるわけでもないのに、相手の感情を利用してもてあそんだうえに新作映画もタダで見せてもらおうというのはちょっとクズ過ぎる気がする。まあ演技の練習にもなるとか自分に言い訳して、秋月さんをからかって遊んでいる時点で充分クズだとは思うが。...毒も喰らわば皿までだ。やるならとことんまでやろう。
そんなことを考えていると息を切らせた秋月さんがエスカレーターをダッシュで登ってくるのがみえた。時間ピッタリ。

「ごめん滝口君!遅くなった。」
「いやいや時間通り。一緒に見るのが楽しみでさ、早く来すぎた。」
流れるようにキザったらしいセリフが口から出てきた。
「そ、そうだね!楽しみだね。主演のフラット・ヒット」
恥ずかしそうな顔を必死に隠しながら話を逸らそうとしている。かわいい

上映まではまだ時間がある。

「時間あるし先に飲み物を買いに行こう。」
「いいね!」

映画を見るときはなるべく利尿作用の低い飲み物を飲むことが望ましい。理由はもちろん大事なところでトイレに行きたくなるのを避けるためだ。冷たくて甘い飲み物や、カフェインの入っている紅茶やコーヒー系統は危ない。よって水や麦茶なんかが望ましいが、流石に映画館で飲むには味気ないのでホットココアを選択する。ベストではないがそこまで悪くはない選択だ。
何にしたの?と秋月さんが大きな紙コップを持ちながら覗き込んできた。聞くに秋月さんはメロンソーダを選択したそうだ。しかもこの量だと絶対トイレ行きたくなるぞ...。

その後、ポップコーンを買ったりカタログやグッズを見たりしているとあっという間に上映の時間になった。秋月さんはもうメロンソーダを半分くらいまで飲んでいる。はやすぎ...



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 ロムオとシュリエットは引き裂かれた二人のラブロマンスだ。国境付近の森に迷い込んだシュリエットを助けたロムオ。二人は恋に落ちその後も森で何度も会うようになる。しかし、ロムオの国とシュリエットの国の戦争がはじまるとロムオは徴兵され、二人は引き裂かれてしまう。愛し合う二人は再び出会い、結ばれるのか...。展開はめまぐるしく変わり、ストーリーも抜群!俳優の演技も素晴らしいもので、滝口君は食い入るように見つめている。始まる前はちょこちょこ話しかけながら見ようと思っていたけど、ここまでかじりついて見られるとさすがに話しかけづらい。
映画の中盤あたりに差し掛かった時、だんだんと尿意が強くなってきた。やっべ緊張して喉が渇くもんで飲み過ぎた...。休憩まで待とうと思ってしばらく我慢してみるも、一向にそんな気配はない。あ、これ休憩ないタイプの映画ですかね?うぐぐ、我慢することに気を取られ過ぎて映画に集中できないのももったいない。仕方ない...トイレに行くか...。

「ごめん、トイレ行きたいからちょっと前通らせて。」
映画が始まってから初めてそう声をかけると、滝口君は呆れたような顔をした。
「あんなにガブガブ飲むから~。」
ハイ...おっしゃる通りデス...

私は早歩きでトイレに向かった。

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