勇者に殺された俺はどうやら迷宮の主になったようです
三人の冒険02
過去の記憶が脳裏に浮かび上がる。
それはかつてのアンリ様とバルディアだ。二人とも、あの頃は自らの力を過信し、それ故に俺はいつも二人に振り回されていた。
そして、その日。
俺はかつての記憶を失いかけていた。
◆
バゼント迷宮には三つの入り口があった。
山頂の火炎に燃え盛る炎を落ちし道。
山の向こうにある湖を潜った先に広がる洞窟の先へと進む道。
そして、トオルたちが通った自然の抜け穴だ。
英雄でさえ、炎と水は潜り抜けることが出来たのは数人だけだ。それも高魔力の魔法を全身に発生させて命からがらなんとか通れたらしい。
それに比べ、自然の抜け穴は誰でも入れた。山の中腹に位置するポッカリと開いた穴から飛び込むだけでそこはもう迷宮だ。
だが、降り立った迷宮の位置から元の場所に戻ることはできないのが難点ではあったが。
それでも別の場所にある自然の通り道から戻るだけだで済む。だから冒険者たちの訓練にも使われていた。
だがそれは今回に限ってはとてつもない難題として三人に圧し掛かっていた。
「この迷宮の記憶がほとんど無くなっているですって?!」
大きな声が迷宮に響き渡った。それにバルディアは顔をしかめ、トオルは苦笑いするしかなかった。
バゼント迷宮にある自然の抜け道。それはいくつもあり、それは作戦を練るトオルだけが覚えていたというわけだ。
当然、道を知るトオルが唄により忘れたというのならばこの迷宮は初めて攻略するのと同じくらい大変なこととなる。
それがわかるからこそアンリはトオルに詰め寄って首元を力いっぱい掴んだ。
「ぐうぇっ」
「どこの誰かしら? 俺が覚えているから迷宮の地図なんて必要ないって大口をたたいのは?」
「いや、それは……すまない」
「そもそも、トオルは自信過剰なの! なんでもかんでも自分でやろうとして! このまえだって――」
シュンと項垂れるトオルであるが、アンリの追撃は止まらない。
「どうするの? どうすればいいの? ――このままじゃあ、私たちの思い出が消えてしまうのよ!」
そうアンリはトオルに声を張り上げた。その声は怒りと悲しさに満ちていた。あまり見たことがない表情に少しばかりトオルは動揺したが、それでも一呼吸置く。
そして腕を組み、指を3本立てるとアンリの不安を和らげるように微笑み、そしてトンと地面を叩く。
「方法は三つある。だけど、そのうち二つは俺たちの力では無理だ。それこそ英雄ほどの力を持ってないとね。だから、残す方法は一つしかない。この迷宮の唄を止めるほかないよ」
「でも、トオル。この迷宮の構造なんて全くわかってないのに進められるとほんとに思っているの? 確かにバルディアがいるけど、でもトオルは危ないのよ?」
「確かに、俺は二人と比べると弱いけど、この迷宮くらいならなんとかなると思うよ」
「ふん、ほんとにそれでいいのか」
と、今まで黙っていたバルディアが言う。その声には疑問が混じり、トオルの考えを否定するかのようにトオルたちには聞こえる。
「倒せば記憶は戻るだと? さっきお前は言った、記憶を壊す迷宮だと。それならば元に戻る保証もないではないか」
「うん、確かにその通りさ。倒しても俺の記憶が戻る可能性は低いと思う。だけど、倒さないと、もっと記憶は消えるかもしれない。だから、倒すことは最低条件だ。その上で記憶が戻ればラッキー程度に考えておいてくれ」
「だが、倒してもどうやって地上に戻る? お前の記憶が壊れたままだと打つ手がない」
「そうよね。それでどうするの、トオル?」
バルディアの言葉に先ほどまで賛成していたアンリも少しばかり上手くはいかないのではないかと思いトオルに聞いてみる。だが、トオルは苦笑いし。
「すまないね、俺にも方法はわからない――」
「はっ?」
「ぬっ?」
「……すまない――」
――――――ッ。
「えっえええええええええ!!」
その謝罪は迷宮に静かに響き、そしてその後にはアンリの大声が響き渡るもトオルは責任から逃れるように元気に言う。
「と、とりあえず、探索しよう」
「――バカァアアアアアア!」
そう意地悪く逃げるかのようにトオルが答えるのとアンリの二度目のパンチが当たるのはくしくも同じ瞬間だったのであった。
――そしてそのとき、唄が聞こえることはなかった。
◆
迷宮内を探索し、半日ほど経過した。
だが、唄の正体はわかっていなかった。
ついでに言えば、食料が尽きた。昼ご飯しか持ってきてなかったからだ。
それでも、三人は探索を続け。
◆
「――はあ」
アンリは地面に腰かけると小さく嘆息した。それもそのはず、トオルの言葉を信じて迷宮内を歩き続けた結果、手掛かりなし。
つまりはお手上げ状態に陥っていた。
「唄が聞こえてくればそこに行くだけなのに……」
「逃げたか?」
「いや、あぁーうん。そうかもしれない」
否定しようと思うも、案外その通りかもしれないとトオルも思ってしまう。
なんせ、最初に聞こえた唄の後はただただ静寂が続いていた。これは、己の幻聴だったのではとさせ思ってしまう始末だ。
だが、それが事実だとトオルの記憶は予期せず消えてしまう可能性があるということだ。それは参謀の仕事をしていく上でかなりやばい。
それがわかるからこそ、トオルは思考する。
「(最初の唄、いやあの音によって俺の記憶は壊された、まずはそう仮定するか)」
最初に聞こえた唄はなぜか記憶に残っていた。それ以外は何一つ迷宮内での出来事は覚えていないのにも関わらず。
そして、極めつけは二人には聞こえていないということだ。
「本当に二人には聞こえなかったのか?」
「ええ、そんな変な音が聞こえたら流石に気が付くわよ。だから、トオルの気のせいよ。うん、きっとそう」
「ああ」
トオルの聞き違いではないか、トオルがただ忘れただけではないか、そうアンリは思っていた。最初に記憶が無くなると聞いたときは驚愕したが、それはただたんに忘れただけの可能性だってある。きっとそうだ、とアンリは最悪の展開から逃れる様に思いこんでいた。
そんなアンリに対し、バルディアは短く返答するとまたその場で目を閉じた。
静かにその場の壁によりかかると、もう何も言わない。
寡黙な少年だとも思えるが、それが信頼によるものだと思い、トオルは小さくため息をついた。
「はぁ、俺に考えろということか」
トオルだけに施された魔法。
そう考えてみても、そんな魔法を三人とも知らないし、仮に存在してもトオルに使う理由はないだろう。
それならば、他族による魔法――例えばエルフによる魔術の可能性もあるにはあるがこんな人が住まう国にいるわけもない。
「まさに八方ふさがりだ」
「ちょっと、そんなこと言わないでよ。しっかりと考えなさい」
「お前が放棄すれば、三人とも死んでしまうぞ」
と、二人が非難してくるも、何も考えが浮かばないトオルにとっては苦痛でしかない。
いつもならば、そんな二人に軽い口を滑らせるのだが、今ばかりはそんな気にすらなれない。
「音、音、音か」
音を口で反復し言ってみる、迷宮の通路は広く長い。ゆえに大声でも出せば反響し遠くにも伝わるだろう。
だが、それによる音だとトオルだけに聞こえたのはおかしい。
ならば、先程の音は音では無いと捉えることもできるはずだ。
だが、トオルが知っている音にはそんなものはない。
「音、音のようなものを二人は思いつきますか?」
「音は音よ?」
「音は音である」
と、そんなことを聞いてみるのだが、二人とも音は音だとしか言ってこない。
音の概念を知っているつもりであったが、案外と知らないものだ。
――閑話休題。
音による攻撃ではない、音に似たもの。
それが、トオルだけに影響を及ぼした。そう考えることが今までの考えで一番当たっているような気がし、ポケットにあった硬貨を地面へと投げつけてみた。
チャリン
当然、高い音が響くだけだ。
「何をしているの?」
「気でも狂ったのだろう」
二人とも勝手な言い分だが、今度はその近くの石を投げてみると今度はカツンと鈍い音が響いた。
「音、聞こえない音。もしもそんな音があるとしたら――そして、それが俺に影響を及ぼしたのだとしたら?」
「ちょっと、何を言っているの?」
「ああ、音には種類があることがわかっただろ? 硬貨は高い音、石は低めの音。だが、もしもこの世界にもっと色々な音があるとしたら? そして、それが人によっては聞き取れない音があると仮定すれば?」
「――すれば?」
「俺だけが聞こえた音というものの証明がつく」
「それは、魔法なのからしら?」
と、当然魔法の可能性を疑うアンリ。
この世界の魔法は未だ発展途上だ。今も見たこともない魔法がどこかで作られている。それが今回の原因の正体、そう考えてみると一応のつじつまはあう。
「いや、それはわからない。でも、なんでいきなり音は聞こえなくなったんだろう。いなくなったのかな……」
敵は既にこの迷宮から去った。
そう考えるのは一番自然だ。
「だが、音の正体が魔物の場合、基本的に外に出ることは無い。ならば、この迷宮にいるはずだ。でも、それならば、何の魔物が――」
―――――…――――――
ふと、そんな音が耳から脳へと響いた。
それは優しく頭を包み込むと、急に脳に激痛を送り――
「ぐぁわぁああああああああああああああ!!」
謎の唄のあと、体中に激痛が走り思わずその場に片膝をついてしまうトオル。だが、バルディアとアンリの二人は何も感じていないらしく、驚き不安な表情でトオルへと近寄り――
「音なら塞げばいいんでしょ!」
と、己の体をアンリはトオルにくっつけると両耳を自分の手でギュッと上から包み込んだ。
「がぅあ、あぁう――はぁはぁ」
「大丈夫よ、私たちがいる、私がいるから」
と、聞こえていないはずだが、アンリはそっと優しくトオルに語り掛ける。そして、杖を使わない口詠唱を紡ぐ。
「《全てを拒め、風壁》」
その瞬間、三人を囲むように風が周りを吹き荒れた。それは大音を起こすと周りの砂をも巻き込んでいく。
「大丈夫? ねえ、トオル? トオルよね?」
涙目でトオルに抱き着いたまま聞くと、痛みが薄れてきたのかトオルは何回かむせると首を上下に振り。
「ええ、アンリ様。それにバルディア。二人のことはわかります。そして俺がトオルだということもね――今回は痛みだけだった。記憶は大丈夫みたいだ」
そうはいうも、顔色はよくない。
二人はそんな様子をみて心配するが本人が大丈夫だというのだからとりあえず安心する二人。
そして、アンリは魔法を制御しやすくするために放り出した袋の中の杖を取りに行き、バルディアは辺りを警戒するために風壁の外へといったん出る。
「はぁはは」
そんな二人を見て、トオルは自嘲気味に小さく笑うと、地面を見つめた。
そして、トオルは小さく言う。
「(また、記憶が消えたか)」
それは二人には聞こえることなく、風によって掻き消え。
そして、三人はこれからのことについて障壁内で話し合うのだった。
それはかつてのアンリ様とバルディアだ。二人とも、あの頃は自らの力を過信し、それ故に俺はいつも二人に振り回されていた。
そして、その日。
俺はかつての記憶を失いかけていた。
◆
バゼント迷宮には三つの入り口があった。
山頂の火炎に燃え盛る炎を落ちし道。
山の向こうにある湖を潜った先に広がる洞窟の先へと進む道。
そして、トオルたちが通った自然の抜け穴だ。
英雄でさえ、炎と水は潜り抜けることが出来たのは数人だけだ。それも高魔力の魔法を全身に発生させて命からがらなんとか通れたらしい。
それに比べ、自然の抜け穴は誰でも入れた。山の中腹に位置するポッカリと開いた穴から飛び込むだけでそこはもう迷宮だ。
だが、降り立った迷宮の位置から元の場所に戻ることはできないのが難点ではあったが。
それでも別の場所にある自然の通り道から戻るだけだで済む。だから冒険者たちの訓練にも使われていた。
だがそれは今回に限ってはとてつもない難題として三人に圧し掛かっていた。
「この迷宮の記憶がほとんど無くなっているですって?!」
大きな声が迷宮に響き渡った。それにバルディアは顔をしかめ、トオルは苦笑いするしかなかった。
バゼント迷宮にある自然の抜け道。それはいくつもあり、それは作戦を練るトオルだけが覚えていたというわけだ。
当然、道を知るトオルが唄により忘れたというのならばこの迷宮は初めて攻略するのと同じくらい大変なこととなる。
それがわかるからこそアンリはトオルに詰め寄って首元を力いっぱい掴んだ。
「ぐうぇっ」
「どこの誰かしら? 俺が覚えているから迷宮の地図なんて必要ないって大口をたたいのは?」
「いや、それは……すまない」
「そもそも、トオルは自信過剰なの! なんでもかんでも自分でやろうとして! このまえだって――」
シュンと項垂れるトオルであるが、アンリの追撃は止まらない。
「どうするの? どうすればいいの? ――このままじゃあ、私たちの思い出が消えてしまうのよ!」
そうアンリはトオルに声を張り上げた。その声は怒りと悲しさに満ちていた。あまり見たことがない表情に少しばかりトオルは動揺したが、それでも一呼吸置く。
そして腕を組み、指を3本立てるとアンリの不安を和らげるように微笑み、そしてトンと地面を叩く。
「方法は三つある。だけど、そのうち二つは俺たちの力では無理だ。それこそ英雄ほどの力を持ってないとね。だから、残す方法は一つしかない。この迷宮の唄を止めるほかないよ」
「でも、トオル。この迷宮の構造なんて全くわかってないのに進められるとほんとに思っているの? 確かにバルディアがいるけど、でもトオルは危ないのよ?」
「確かに、俺は二人と比べると弱いけど、この迷宮くらいならなんとかなると思うよ」
「ふん、ほんとにそれでいいのか」
と、今まで黙っていたバルディアが言う。その声には疑問が混じり、トオルの考えを否定するかのようにトオルたちには聞こえる。
「倒せば記憶は戻るだと? さっきお前は言った、記憶を壊す迷宮だと。それならば元に戻る保証もないではないか」
「うん、確かにその通りさ。倒しても俺の記憶が戻る可能性は低いと思う。だけど、倒さないと、もっと記憶は消えるかもしれない。だから、倒すことは最低条件だ。その上で記憶が戻ればラッキー程度に考えておいてくれ」
「だが、倒してもどうやって地上に戻る? お前の記憶が壊れたままだと打つ手がない」
「そうよね。それでどうするの、トオル?」
バルディアの言葉に先ほどまで賛成していたアンリも少しばかり上手くはいかないのではないかと思いトオルに聞いてみる。だが、トオルは苦笑いし。
「すまないね、俺にも方法はわからない――」
「はっ?」
「ぬっ?」
「……すまない――」
――――――ッ。
「えっえええええええええ!!」
その謝罪は迷宮に静かに響き、そしてその後にはアンリの大声が響き渡るもトオルは責任から逃れるように元気に言う。
「と、とりあえず、探索しよう」
「――バカァアアアアアア!」
そう意地悪く逃げるかのようにトオルが答えるのとアンリの二度目のパンチが当たるのはくしくも同じ瞬間だったのであった。
――そしてそのとき、唄が聞こえることはなかった。
◆
迷宮内を探索し、半日ほど経過した。
だが、唄の正体はわかっていなかった。
ついでに言えば、食料が尽きた。昼ご飯しか持ってきてなかったからだ。
それでも、三人は探索を続け。
◆
「――はあ」
アンリは地面に腰かけると小さく嘆息した。それもそのはず、トオルの言葉を信じて迷宮内を歩き続けた結果、手掛かりなし。
つまりはお手上げ状態に陥っていた。
「唄が聞こえてくればそこに行くだけなのに……」
「逃げたか?」
「いや、あぁーうん。そうかもしれない」
否定しようと思うも、案外その通りかもしれないとトオルも思ってしまう。
なんせ、最初に聞こえた唄の後はただただ静寂が続いていた。これは、己の幻聴だったのではとさせ思ってしまう始末だ。
だが、それが事実だとトオルの記憶は予期せず消えてしまう可能性があるということだ。それは参謀の仕事をしていく上でかなりやばい。
それがわかるからこそ、トオルは思考する。
「(最初の唄、いやあの音によって俺の記憶は壊された、まずはそう仮定するか)」
最初に聞こえた唄はなぜか記憶に残っていた。それ以外は何一つ迷宮内での出来事は覚えていないのにも関わらず。
そして、極めつけは二人には聞こえていないということだ。
「本当に二人には聞こえなかったのか?」
「ええ、そんな変な音が聞こえたら流石に気が付くわよ。だから、トオルの気のせいよ。うん、きっとそう」
「ああ」
トオルの聞き違いではないか、トオルがただ忘れただけではないか、そうアンリは思っていた。最初に記憶が無くなると聞いたときは驚愕したが、それはただたんに忘れただけの可能性だってある。きっとそうだ、とアンリは最悪の展開から逃れる様に思いこんでいた。
そんなアンリに対し、バルディアは短く返答するとまたその場で目を閉じた。
静かにその場の壁によりかかると、もう何も言わない。
寡黙な少年だとも思えるが、それが信頼によるものだと思い、トオルは小さくため息をついた。
「はぁ、俺に考えろということか」
トオルだけに施された魔法。
そう考えてみても、そんな魔法を三人とも知らないし、仮に存在してもトオルに使う理由はないだろう。
それならば、他族による魔法――例えばエルフによる魔術の可能性もあるにはあるがこんな人が住まう国にいるわけもない。
「まさに八方ふさがりだ」
「ちょっと、そんなこと言わないでよ。しっかりと考えなさい」
「お前が放棄すれば、三人とも死んでしまうぞ」
と、二人が非難してくるも、何も考えが浮かばないトオルにとっては苦痛でしかない。
いつもならば、そんな二人に軽い口を滑らせるのだが、今ばかりはそんな気にすらなれない。
「音、音、音か」
音を口で反復し言ってみる、迷宮の通路は広く長い。ゆえに大声でも出せば反響し遠くにも伝わるだろう。
だが、それによる音だとトオルだけに聞こえたのはおかしい。
ならば、先程の音は音では無いと捉えることもできるはずだ。
だが、トオルが知っている音にはそんなものはない。
「音、音のようなものを二人は思いつきますか?」
「音は音よ?」
「音は音である」
と、そんなことを聞いてみるのだが、二人とも音は音だとしか言ってこない。
音の概念を知っているつもりであったが、案外と知らないものだ。
――閑話休題。
音による攻撃ではない、音に似たもの。
それが、トオルだけに影響を及ぼした。そう考えることが今までの考えで一番当たっているような気がし、ポケットにあった硬貨を地面へと投げつけてみた。
チャリン
当然、高い音が響くだけだ。
「何をしているの?」
「気でも狂ったのだろう」
二人とも勝手な言い分だが、今度はその近くの石を投げてみると今度はカツンと鈍い音が響いた。
「音、聞こえない音。もしもそんな音があるとしたら――そして、それが俺に影響を及ぼしたのだとしたら?」
「ちょっと、何を言っているの?」
「ああ、音には種類があることがわかっただろ? 硬貨は高い音、石は低めの音。だが、もしもこの世界にもっと色々な音があるとしたら? そして、それが人によっては聞き取れない音があると仮定すれば?」
「――すれば?」
「俺だけが聞こえた音というものの証明がつく」
「それは、魔法なのからしら?」
と、当然魔法の可能性を疑うアンリ。
この世界の魔法は未だ発展途上だ。今も見たこともない魔法がどこかで作られている。それが今回の原因の正体、そう考えてみると一応のつじつまはあう。
「いや、それはわからない。でも、なんでいきなり音は聞こえなくなったんだろう。いなくなったのかな……」
敵は既にこの迷宮から去った。
そう考えるのは一番自然だ。
「だが、音の正体が魔物の場合、基本的に外に出ることは無い。ならば、この迷宮にいるはずだ。でも、それならば、何の魔物が――」
―――――…――――――
ふと、そんな音が耳から脳へと響いた。
それは優しく頭を包み込むと、急に脳に激痛を送り――
「ぐぁわぁああああああああああああああ!!」
謎の唄のあと、体中に激痛が走り思わずその場に片膝をついてしまうトオル。だが、バルディアとアンリの二人は何も感じていないらしく、驚き不安な表情でトオルへと近寄り――
「音なら塞げばいいんでしょ!」
と、己の体をアンリはトオルにくっつけると両耳を自分の手でギュッと上から包み込んだ。
「がぅあ、あぁう――はぁはぁ」
「大丈夫よ、私たちがいる、私がいるから」
と、聞こえていないはずだが、アンリはそっと優しくトオルに語り掛ける。そして、杖を使わない口詠唱を紡ぐ。
「《全てを拒め、風壁》」
その瞬間、三人を囲むように風が周りを吹き荒れた。それは大音を起こすと周りの砂をも巻き込んでいく。
「大丈夫? ねえ、トオル? トオルよね?」
涙目でトオルに抱き着いたまま聞くと、痛みが薄れてきたのかトオルは何回かむせると首を上下に振り。
「ええ、アンリ様。それにバルディア。二人のことはわかります。そして俺がトオルだということもね――今回は痛みだけだった。記憶は大丈夫みたいだ」
そうはいうも、顔色はよくない。
二人はそんな様子をみて心配するが本人が大丈夫だというのだからとりあえず安心する二人。
そして、アンリは魔法を制御しやすくするために放り出した袋の中の杖を取りに行き、バルディアは辺りを警戒するために風壁の外へといったん出る。
「はぁはは」
そんな二人を見て、トオルは自嘲気味に小さく笑うと、地面を見つめた。
そして、トオルは小さく言う。
「(また、記憶が消えたか)」
それは二人には聞こえることなく、風によって掻き消え。
そして、三人はこれからのことについて障壁内で話し合うのだった。
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