勇者に殺された俺はどうやら迷宮の主になったようです

ミナト日記

迷宮の侵攻 08





 混濁した景色が透き通り何もかもが鮮明に見える。
 壊れた体も治り、元通りの状態になれたようだ。


「あの、大丈夫ですか?」


 と、近くから声が聞こえた。だが、聞き覚えない声だ。とてもじゃないがアンリ様ではない。声質的に高く子供のような。そして後ろにいるようで姿を伺うことはできなさそうだ。




『貴様は敵か』


「えっ? ち、違いますよ?」


 若干疑問形ではあったものの敵ではないらしい。
 だが、正体不明の少年の言葉を信じても良いものか、例え善人だとしても少しでも危険があるのであれば。


『貴様は誰だ? 王国兵か? それとも――』


「うーん? 僕は勇者アンリさまの助手です。それが僕です」


『アンリ様の助手だと?』


「はい、って僕と会話出来ていることに疑問を抱かないのですか? 普通ならあなたは打ち首にでもされちゃいますよ」


 ふむ、言われてみればその通りだ。
 だが、不思議と少年と会話できていることに違和感はない。
 なぜなのだろうか?




「それに勇者さまから聞いておりますし――あなたがトオルさんだってことを」


『は?』


「ああ、だから! 死んでゴーレムになっちゃったトオルさんですよね!」


『ああ』


「つまり、僕はあなたの後釜として勇者さまに仕えることになってしまったのですよ」


『後釜? それは付き人になったってことか? でもさっき助手って』


「付き人、助手とは少し違いますね、どちらかといえば、バルディアさまと同じ感じです」


『ふむ、だいたいわかった』


「それは良かったです。トオルさんと戦うことになったらどうなることかと思いましたよ」


『だな、だけど俺は人と戦うつもりなんてないよ、ほんと』


「それは良かったです、まあ、僕は力試しで挑んでみたいところでしたが――流石にトオルさんを殺すわけにはいきませんからね。そんなことをしたら勇者さまに首を吹き飛ばされて爆破までされてしまいますよ」


『はは、そんなことをアンリ様はしないよ』


「そうですね、昔はそうだったのかもしれません。でも今の勇者さまは! 勇者さまは変わってしまったのです」


『なんで?』


「そんなの、勇者さまがあな――」


「ストップ!!」


「ぐへあ!」


 少年の悲鳴が聞こえ、そしてドシンと着地の音が後ろから聞こえる。




『……アンリ様?』


「ええ、そうよ」


 後ろを向くと少年を踏みつぶすようにアンリ様が上に乗っかっていた。右手はスカートの裾を押さえつけ、左手が苦しむ少年の後頭部をがっしりと地へと押さえつけている。


『大丈夫か?』


「ええ、なんともないわ」


『いや、その少年のことなんだけども』


 未だに華奢な脚で背中を踏みつぶすアンリ様。もしや、そんな趣味が!


「ああ、何か勘違いしていますね。これは調教です」


『調教って、もっとダメです』


「ならば、これは支配よ」


『はあ、アンリ様、避けてあげてください』


「むー、元はと言えばこの子が悪いのよ、勝手に余計なことを言おうとするからじゃない!」


 確かに少年が何か言いかけたのをアンリ様が妨害した形だ。それにしても、何を言いかけてここまでするはめに……




『ええと、「勇者さまがあな――」の後を言ってくれ』


「ふえっ、ごほおほ」


「ひぃいいいい!」


 意表をつかれ咳き込むアンリ様と真っ青な顔で怖がる少年。
 これを聞きだすのは至難なようだ。




『アンリ様、この話はいずれ』


「ええ、もちろん話すわ。でも雰囲気というものも大事なの!」


「た、たすかった――」


 とりあえず、からかうのはここまでにしとこう。
 それにしても、ようやく顔を見られたわけだがどこか見覚えのあるような。
 うん、何か鋭い痛みがしてくるような――


『この少年にどこかで攻撃を受けたような気が――』


「ひぃいいい、ひゅいまっせん!」


「そうよ、もっと頭を下げない!」


 少年の襟首を握りしめ本当にギリギリと絞めていく。これは冗談ではなく本気の殺意だ!
 もがく少年だが、上に乗っかられては何もできない。


「ぐぐうぐ」


「さあ、謝りなさい!」


『その辺で、確かに傷つきはしましたが、それでも殺すのはダメですよ』


 この少年に受けた攻撃で俺たちは傷を負った。でも人間からしたら俺たちはモンスターだ。だから、攻撃されても仕方ない。
 それに、この子は勇者の子だ。いずれ世界を変える素質を持つ天才だ。
 ここで殺すのはあまりにももったいない。




「ま、まあトオルが言うのなら、ここまでにしとくわ。でも、フィア! 次はないわよ」


「はい!」


『んん、それで、なんでアンリ様たちがこちらに?』


「えーと、まあ命令されたのよ。最近出かけていないからって理由でね」


『へえ、アンリ様がどこにも出かけずに部屋にこもるなんて珍しいですね。何かあったんですか?』


「ええ、とっても重要なことがあったのよ。ねえ、フィア!」


「は、はい。王国に激震が走る! とまではないですけど。それでも勇者さまにとってはかなり重大なことが起きました」


『それで、どこにも行かないって子供ですか!?』


「うるさいわね、元はと言えば、トオルのせいなんだからね!」


「俺のせいですか?」




 何か仕出かしただろうか?
 だけど何も思いつかない、それにもう一月は前のことだ。迷宮内での出来事のほうが記憶に残りすぎて、何も浮かばない。




「――斧のせいね……」


 と、黙っているとアンリ様がぽつりと言った。
 短くも絞り出した声からは怒りや悲しみが溢れてくるような気がして




『大丈夫です。俺はここにいます』




 ふとそんな言葉を掛けていた。
 俺は人でない、ゴーレムだ。
 それでも、この人の無く所だけはもう見たくない。仲間を、大事な人の悲しみに溺れたのを見るのはもうこりごりだ。


「そうね。そうよね。ふふっ、トオルはトオルね」


『そうだ。俺はトオル、アンリの付き人だ。あの時よりも強いから期待してくれ!』


『ずいぶんと頼もしくなったわね。でもあなたを守るのは私よ』


「じゃあ、ゴーレムのトオルさんと勇者さまが組めば百人力ですね。最強のコンビです!」


 と、からかうようにフィアが言い、それにアンリも






「そうね、トオル。だから私の騎士になりなさい!」


 と、いつも通りの突拍子もない発言をするのであった。
 って!




『き、騎士ですか?』


「そうよ。今決めたわ。私調べたのよ。そしたら人工のゴーレムっているらしいの! 違いは主人の言うことを聞くかどうかだけなの。だからばれる可能性も低いわ。トオル! あなた、私だけの騎士になって!」


「ええと」




 アンリの考えはいつでも突然で奇想天外だ。
 いつもならば、了承するんだろうな
 でも、俺も変わってしまった
 だから










『すみません、それは無理です』


「えっ……?」






 ぽかーんと、口を開けたまま固まり半笑いになるアンリ。
 そう言えば、こうして面と向かって言うのは初めてだったかもしれない。
 そう、勇者アンリの頼みごとを断ることは





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