神獣殺しの精霊使い

ミナト日記

第35話 竜の訪れ

 初めてのお使い。
 なんだか、某番組を思いだしてしまった。あれは、波乱万丈の出来事が起こり続けていたが、俺たちはというと、順調に何の問題もなく進んでいた。


 あれから、半日も経たずに隣町についた俺たちはすぐに役場を見つけ、早速食料を用意してもらっている。
 役場曰く、これだけの量を用意するとなると、半日ほどはかかるというので、俺たちは町を観光することにした。


 町はそこまで大きくない、とはいえ、小さくもない。
 それこそ、町というよりも小型都市みたいな感じだ。


 町の主産業は農業であり、丁度収穫の時期らしい。そのため、あっちこっちで人々が忙しそうに作業に勤しんでいる。
 そんな彼らを傍目に、俺たちはとある店の前で立ち止まった。


『バル? この店は何?』
「んー、さっきも言ったけど、携帯食料店だよ。旅の途中でも美味しい食事がその場で食べられる携帯食を扱う店だよ」
『ふーん、それって高いんじゃないの?』
「ああ、でも、バールの奴がこれも報酬の内とか言って、これ用の手形をくれたから大丈夫だよ」
『そうなの? それなら、早く入ろう!?』
「うん」


 店内に入ると、外よりも明るいため、視界がかすかに霞む。だが、それも少し経つと慣れて来て、店内の様子が鮮明に見えてきた。
 店内はそこまで広くはない。
 それこそ、コンビニと同じくらいだ。入り口付近には椅子や机が並び、お客さんが買ったらしき商品を食べている。そして、奥の方に透明なショーケースに様々な携帯食が並んでおり、先客がそれらをじっくりと見ていた。


 早速、俺たちも見てみると、そこには様々な食品が並んでいた。


「色々とあるものだな……あ、これとか美味そう」
『これも、いいですよ。なかなか旅の途中には手に入りませんし』


 と、俺たちは目の前にあふれる携帯食料に目移りしつつ、色々なのを選び、買ってく。
 総金額は、お使いの報酬の2割ほどとかなりかかったが、まあ、これも旅には必要だろう。


 それから、俺たちは別の店にも足を運んだ。
 装備屋で武器のメンテナンスをしてもらい、また、ここら周辺の地図を買う。


「そろそろ、準備が整ったかな?」
『うん、多分』


 そして、俺たちは役場へと行き、手形と交換で荷物を受けとり、魔法袋に次々と入れていく。
 魔法袋の残量は結構あったはずだが、それ以上に運搬物があるせいか、残り僅かのみとなった。


「それじゃ、戻るか」
『そうですね』


 俺たちは、町の出口に向かおうと、歩き始める。
 だが、なんだかおかしい。
 足がふわふわし、まるで浮いているかのような奇妙な錯覚に落ちる。


 周りを見回すと、木々が尋常じゃないほど揺れ、地面が震えるかの如く轟音を上げている。


「こ、これは?」
『なんでしょう? これって?』
「地震……なのか……?」
『じ、しん?』


 この世界には地震が無いのか?
 それか、知らないだけか?
 どちらにせよ、何かおかしいことが起きていることだけは確かみたいだ。


『あ、あれ』
「なんだ……」


 地響きが止み、少しばかりの平穏の後、それは居た。
 俺たちからかなり離れた山々の頂上付近。
 木々が吹き飛ばされ、平野と化すとこに、一体の獣。
 全体を真黒な鱗が包み込み、四肢の先端には鋭いカギ爪、口には猛攻な牙。
 さらに異質なのは、その巨大さ。
 遥か先に居るにも関わらず、前身の形状がわかってしまったほどである。
 それこそ、竜とでも言うべきか。


「竜、でいいのか?」
『……確証はありません、ですが、もしかしたら、竜獣かもしれないです……先日、王都ラルトルスを襲った、神級の怪物。序列5位、煙火の黒龍……ご本人かも……』
「なんだか異名が長いね……それで、黒龍だっけ? でも、そいつって精霊神によって撃ち滅ぼされたんじゃないのか?」


『ははっ、流石に精霊神とはいえ、それは不可能さ!』
「えっ? バール? なんで、ここに?」


 俺たちの背後にいつの間にかにバールは現れていた。
 隣には、初老の男性を連れてだ。老人の右手には、煌びやかな剣を握り。
 そして、俺たちの近くに岩石が飛んできたと思えば、突如爆音が鳴り響き、岩石が木端微塵に吹き飛んだ。


「もう、わけわかんねえ、なに、これ!?」
「わからなくて、当然だ。だが、ここは協力してもらうぞ、無霊とその眷族よ……風解!」


 老人が叫ぶと、辺りが凄まじい風で吹き荒れた。
 まるで、ハリケーンみたいな感じだ。そして、目で見えるほどの勢いの魔力が付与された風が町を覆いつくした。


「そなたの精霊の言う通り、その化物は黒竜。我が仕留め損ねてしまい、辺りを逃げ回っていたのだ」
「えっ? 仕留め損ねた? あんたが?」
「ああ、いかにも」
「ってことは、あんたが……いや、あなたさまは、風の精霊神なのですか?」
「ふむ、そうだ」
『そして、僕が彼の契約精霊なのさ。つまりは、彼に力を与えた張本人なのさ。この場合、僕は人ではないから、張精霊っていうべきなのかな?』


 と、バールは追加して言う。
 風の精霊神と契約精霊。
 まさに、最強コンビ。
 いや、二人で一つみたいなものだから、最強なのか。


「それで、俺たちは何をすればいいのですか?」
「うむ、そなたたちは見たところ、無の精霊使いとお見受けするのでな、その力を貸してほしいのだ」
『要はさ、黒龍の前身、それを覆い尽くしている鱗は、通常の攻撃じゃあ、ビクともしないのさ……ただ一つ、複合魔力の攻撃を除いてね』
「ということは……つまりは、俺が炎とか、水とかを合わせて攻撃すればいいということですか?  でも、そんなのやったことはないのですが……」


 簡単に風の精霊神は言うが、そんなことを考えたことなんて一度もなかったし、それ以前にそんなことが出来るのかよ。
 炎と水を組み合わせると、それはそれで蒸気になってしまうような。
 だったら、風と炎か?
 でも、力加減の調整がかなり難しくないか? 下手したら、火が消えてしまうだろう。


「ふむ、だが、精霊はできるはずなのだが……そなたは精霊に身をゆだねたことはあるかね?」
「身をゆだねる? それなら、一度だけありますが……」


 神獣討伐のとき、銃を引くときにルシアに任せたんだよな。
 ……ってことは、また、あの支配されるような気持ち悪い感覚に陥るということか。
 それは、嫌だな。
 だが、ここで逃げれば、またあの時みたいに……。


「……それは、俺の力じゃないとダメなんですか? 複合とはいえ、それぞれの精霊使いを6人集めてもいいのでは?」
「うむ、それでもいいが」
「それなら……俺がやらなくても……」
「また、逃げるかのう?」
「えっ?」


 唐突な発言に、声を失う。
 また逃げるのか。
 そう、風神は聞いた。
 ということは、あの飛行艇のことを知っているのか?
 それとも、適当に言っただけか?


「……それは、どういう…?」
「ふむ。飛行艇のことなら、闇神から聞いておるぞ。そなた以外の乗客は皆死んだと。そして、一人すら救えない自分を憎み、嫌っている。つまりは、トラウマになったということかのう」


 トラウマ。
 まさに的を得ているか。
 確かに、あの事件で俺は自らの力弱さ、心の弱さを憎んだ。
 かなり不利な状況だったとはいえ、戦闘放棄したのだ。決して褒められる行為ではないだろう。
 メンタルが弱い。ならばと、俺は停止家の一件で、少しは先に進めたような気がしていた。でも、それは勘違いだったのかもしれない。
 まさに、今。
 俺は、逃げようとしている。
 後ろには、多くの住民が居るのに。


「俺は……」


 なんて無力なんだろう。
 なんて、考えても無駄か。
 ここで、進むか、進まないか。
 これは、己の心のこれからを決める意志の決定かもしれない。


 ここで、逃げ、風の精霊神が黒龍を倒せたとしても、俺は心の底から喜べないだろう。それどころか、逃げ、住民を見捨てようとしていた事実が苦しめるのかもしれない。


 でも、戦っても、もしかしたら、救えないかもしれない。
 それくらいは、己が弱いことを自覚しているつもりだ。


「俺は……救いたい。でも、力が足りない……」
「うむ、そうだのう。今のそなたが儂なみに魔法を使うことは無理であろう」


 やっぱりそうだよな。
 才能すら無い俺が、何もできるはずがない。
 やはり、諦めるしか……。


「だがのう、その心意気は流石であるのう。さすが、無の精霊に導きられた者ということかのう」
「えっ?」
「そなたが、そのトラウマを越えていくのに、ここで、力を貸しては貰えぬかのう。それにより、結果、住民を救うことに繋がるのだがのう」
「……はい、ぜひ、お願いします」


 ここで逃げない。
 逃げてたまるか。ここで、逃げるのは恥だ。
 例え、負けても、住民だけは救う。
 それが、俺の意志。


「ルシアもそれでいいか?」
『うん、もちろんだよっ!』


 あの時は、救えなかった。
 今もなお、強くはなっていない。
 それでも、メンタルだけは、今すぐにでも強くできる。
 逃げない、逃げてたまるか。


 俺は、黒龍を殺し、民を守るんだ!



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