もしも好意が数値化されたなら

てよ

第七話 ドラッグ

 あの妙な装置がはやる前、俺はクラスの支配者だったんだ。俺はとにかく周りより身体が大きい。双子の兄貴は高校生で身長が185センチある。俺もクラスでは首ひとつ抜けていた。物理的に。
 俺が誰かをいじめると、みんな一緒になってそいつを蹴ったり殴ったりした。俺は常に多数派であり、強者であった。クラスが変わるごとに、ターゲットを変えた。
 1年の時は野田。2年の時は山田。3年の時は戸塚。4年の時は松村。5年の時は北野をいじめた。
 でも、俺が装置の手術を受けた後、初めてのいじめで、あることに気付いてしまった。いじめに同調してたやつ、笑ってただみてるだけのやつ、知らないふりをしてるやつ、みんな俺を嫌悪してるってことに。
 その日は結局北野をいじめないで、装置を外して1日を過ごした。家に帰って、兄貴たちに聞いてみた。

「それはさ、今まで哲也が怖いから、みんな哲也に合わせてたんじゃないのかな?」
「でもよ、本当はみんないじめなんて嫌いだし、いじめを楽しんでるのはてっちゃんだけだったんだぜ。」

 いじめってみんな嫌いだったのか。兄貴たちの言葉は俺の5年間を全否定した。兄貴たちは心配そうに俺を見つめている。俺は兄貴たちと、もう二度といじめなんてしないって誓った。

 次の日から俺は変わった。いじめをやめることにした。でも俺って、いじめを通じてしか、人と関わったことがなくて、どうやって話しかけていいか分からなかった。
 とりあえず、一番好意の高かった、野田に声をかけてみた。野田は1年の時いじめてたけど、それからはずっと一緒にいじめる側に徹していた。気心の知れたやつだと思ってたけど、好意は15しかなかった。

「よう、野田ー。今日なにすっか。」
「竹田くん、北野の靴、隠さないの?」
「あー、実はさ、いじめはやめたんだ。みんな好きじゃないって気づいてさ。」
「…もう二度とやらないってこと?」
「ああ、やらない。これからは、新生竹田をよろしくな。」

 野田は返事をしなかった。そして、俺のことを無視してどっかに行っちまった。野田だけじゃない。山田も、戸塚も、松村も、全員無視しやがった。

 訳が分からなかった。家に帰って兄貴たちに聞いてみた。

「それはさ、いじめをしない哲也なんてもう怖くないから、一緒にいたくないって気持ちに素直に従ったんじゃないかな?」
「だってよ、脅されなければ嫌いなてっちゃんとつるむ必要ないもんな。」

 どうやらいじめをしなければ、俺は孤独になるらしい。だけど、いじめをすると好意は下がっていく。心が孤立していく。俺はどうすればいいのか分からなくなって、その場に蹲った。兄貴たちはただ俺を見つめていた。

 次の日、おれは学校を休んだ。兄貴たちも一緒になってサボってくれた。その日は3人で近所の川沿いに向かった。
 川沿いの土手に3人並んで座った。川の水面に写る、185センチの兄貴の間に座った俺は、強そうでも何でもない、ただの小学生に見えた。
 ぼうっとしていると、ふいに右の兄貴が学ランの内ポケットから何かを出して、口に放り込んだ。その何かをボリボリ噛んで飲み込んだかと思うと、ポケットの何かを左の兄貴にも渡した。それは透明な袋に入った錠剤のように見えた。

「兄貴、それ何?」
「ああこれ、これはね、好意を100にする薬だよ。」

左の兄貴もボリボリ薬を食べると、今度は俺にその袋を渡してくれた。

「それを食うとな、人間関係で悩まなくなっちまう。だってよ、みんなてっちゃんのこと大好きに見えるんだぜ。」
「すげえ、兄貴たちこんなのどこで手に入れたんだよ。」
「そんな細かいことは気にしないで、ほら哲也も食べてごらん。」

ボリボリ
ボリボリ
ゴクン

 帰り道、俺は幸福感で満たされた。過ぎ行く人、警察官、肉屋のおじさん、近所の鈴木さん、みんなが俺を愛してくれている。誰からも愛されているという実感が、これほどに心を満たしてくれるとは思わなかった。誰とも話さなくてもいい、みんな俺を愛してくれているって分かっているから。

 寝て、朝になり、効果は切れていた。学校に行くために家を出ると俺は絶望した。近所の鈴木さん、肉屋のおじさん、警察官、過ぎ行く人。誰も俺を愛していない。なんで、昨日まで愛してたじゃないか。俺はその場に蹲った。涙が出てきたので、ハンカチをポケットから探ろうと弄ると、なぜかあの錠剤が入っていた。薬。薬。薬。薬を。薬を飲まないと。

ボリボリ
ボリボリ
ゴクン

それっきり俺は、人と関わるのを辞めた。

◇◆◇

「先生、すごいですね。哲也、本当に好意が100に見えていたようですよ。」

 右の双子はポケットからラムネを取り出し、ボリボリ食べる。

「それより、治験代10万円、現金で頼むよー先生。」
 左の双子はポケットから薬を取り出し私に差し出す。
私はそれを受け取り、代わりに現金を包んだ封筒を渡した。

「へへ、毎度あり。でも、そんな薬作ってどうすんの?」

 人類を恒久的な幸福感へ誘う、壮大な我が科学がまた一歩前進した。

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