もしも好意が数値化されたなら

てよ

第六話 自由恋愛

 好意が見えるようになってから、恋愛の形は変わった。まず最初に、これは想像に容易いことだが、草食系男子が滅亡した。彼らが胸の奥底で大事にしていた『僕だけの気持ち』は、僕だけのものではなくなったのだ。
 双方が気持ちを理解できるようになったことで、恋愛観が変化した。告白は男の役割という考えは、合理性の陰に隠れた。気になっている者同士、くっつかない理由はなくなった。

 また、出会いの場は限定的なものから、よりソーシャルに変容した。変な話、今までドラマなどでしか見なかった、『通学中にいつも目の合うあの人』とは、目が合った瞬間お互いの気持ちを知ることができるのだ。どっちも好きならその場で付き合えばいい。
 これらの弊害として、マッチングアプリや婚活など、男女の出会いを促進させる活動は停滞・縮小を余儀なくされ、関連企業のライフサイクルは短命なものとなった。

 性意識もより開放的になった。性交渉までの駆け引きは不要の産物となり、ラブホテルなどレストルームは、需要の拡大に対応するため増設された。その結果、今年の合計特殊出産率は、1.5を超過した。これは、女性一人当たりが生涯に産む子供の数であり、1.5を超過したのは21世紀では初となる。
 同時に、安易な性交渉は中絶手術件数を引き延ばした。フリーセックスが日本中で流行していた。

 大学に入学して、私はフットサルサークルに入ることにした。俊一が東大理三に入学して、忙しくなるだろうと分かっていたので、サークル活動は会えない時間の暇つぶし程度に捉えていた。
 初めてのサークル活動の後、新歓コンパで少しはしゃぎすぎてしまい、気が付くと時計の短針は頂点を越していた。私は人生で初めて終電を逃した。
 俊一のことを思うと少し気が引けたが、帰る場所がない私に、三年の智也先輩が泊っていけば?と優しく提案してくれたので、私は好意に甘えることにした。私への好意が80を超えていたので、監禁・暴行などの恐れはないだろうと安心できた。案の定、智也先輩は私をベッドに寝かせてくれて、自分はソファに寝た。

 それから、俊一が忙しい日は智也先輩と過ごすことが多くなった。サークルのみんなと遊ぶことも多かったけど、二人で映画に言ったり、ただ部屋でぼーっとしたりする時間も増えていった。
 
 ある日、先輩の部屋で過ごしていた時、何となく先輩の好意を確認してみると、100になっていた。普段あまり気にしていなかったので、私は面食らってしまい、コーヒーを少し、クリーム色のカーペットにこぼしてしまった。

「瑞樹、火傷してない?」
「はい、こぼしてごめんなさい。それより、先輩、私のこと好きなんですか?」

 唐突に聞いたが、特段隠すことではない。好意は二者間では共通認識なのだ。

「ああ、気づいているよな。俺の好意って今いくつなの?」
「100です。」
「まじか!笑。最近ますますお前のことかわいいなって思うようになってたんだ。」

 唐突なほめ言葉に思わずドキッとした。先輩も隠す気がないらしい。隠せるわけないのだが。

「…私の好意っていくつなんですか?」

 私には俊一がいる。先輩のことももちろん好きだけど、俊一に抱いているこの気持ちとは違う気がする。先輩は少し迷ったそぶりを見せたが、私の目をじっとみつめて確かにこう言った。

「…100だよ。」

 私は固まってしまった。先ほどまで自分が考えていたことが分からなくなる。先輩のことはもちろん好きだけど、それが俊一と同等のものだったようだ。数字は嘘をつかない。私の気持ちは、私自身よりも相手が理解できる時代なのだ。

「ごめんなさい、私混乱してしまって…」

 言い切り切る前に、言葉を紡ぐ口がふさがれた。先輩の唇は見た目より柔らかくて、ほのかなミルクの香りがした。カフェオレを飲んだいたからだろう。
 その日、私は初めて俊一以外の人と寝た。目を閉じると俊一と先輩の顔が同時に浮かんできて、目の前で私の女茎を愛撫する人間がどちらなのか分からなくなった。

 それから私は、寄ってくる男を拒まなくなった。もちろん相手の好意が俊一や智也先輩と同様に100であることが条件だけど、私の好意を相手に尋ねて、100って答えた場合は、二人と同様に心も体も許した。

 その日、私はすべてを俊一に打ち明けることにした。いまや、俊一と他の男性の違いはよく分からなくなっていたが、こんな私を受け入れてほしいと本気で思った。
 俊一は怒らなかった。軽蔑した様子もなかった。どちらかというと心配というか、同情しているような表情をしていた。

「瑞樹、君がいろんな男性から受けている好意は、僕が君に向けている愛情とは違う。それは友情であるかもしれないし、色情であるかもしれない。好意はいろんな感情が包括された、不確かな指標なんだよ。もしそれに気づいてくれるんだったら、もう一度君とやり直したい。」

 何を言っているのだろう。そもそも、なぜ赤の他人の俊一が、智也先輩や他の男の好意を識別できるのだ。第三者に好意を観測することはできないのに。俊一は都合のいい解釈で、私を丸め込もうとしている。

「ねえ、わたしは愛情や友情って、俊一の言っているように識別できるものだと思わないの。それらすべては好意という一つの指標の中で複雑に絡み合って、その時々で一つの顔として表れる。だから、友情がある日突然、恋に発展するんだよ。」

 俊一は押し黙っていた。俊一は私を受け入れてくれなかった。私は俊一と別れることにした。

 今、私は毎日違う男と過ごし、愛を謳歌している。みんな顔や性格は違うけど、愛の質量は変わらない。いろんな男がいるから、私が一人になることはないし、常に100の好意を受け続けることができる。もちろん私も100の好意を相手に向けることができる。私の生活は常に愛で満たされた。これこそ自由恋愛。好意が見える世界万歳。

◇◆◇

 俺は、瑞樹が最後に残した言葉について考えていた。愛情と友情が識別できない。言われた当初は全く理解できなかったが、周囲の人を思うと、俺が抱いているこの好意は、友情なのか、愛情なのか、はたまた別の感情なのか、自分でもよくわからなくなった。
 着信音がした、出ると相手は、高校の同級生の志保だった。俺は志保に、実は高校時代から瑞樹と付き合っていたこと、この前瑞樹から振られたことを話し、今悩んでいることを思い切って相談した。

「そうなんだ…難しいね。」

 志保は、頭を悩ませつつも、俺のむなしさややるせなさに共感してくれた。

「ありがとう、気持ちが楽になった。」
「…ねえ、もしよければなんだけど。好意の正体が友情なのか、それとも愛情なのか、これから私と二人ですこしずつ、考えていかない?」

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