もしも好意が数値化されたなら

てよ

第三話 はじめまして

 お母さんから聞いた話だと、昔は好きじゃない人とも仲良くしなきゃいけなかったらしい。なんでも、嫌いじゃないふりをしないと、協調性がないなんて言われて、ひどくバッシングを受けたそうだ。
 好意測定装置が普及して、自分が相手にどう思われているか分かるようになった現代では、全員社交辞令はやめて、好きな人同士とだけ過ごすようにしている。なぜなら、嫌いな人同士、同じ集団にいても、お互いにはっきりと分かってしまうので空気が悪くなり、それこそ協調が成立しなくなってしまうからだ。
 この測定器の不便なところは、第三者が好意を知るすべがないこと。例えば、私が同じクラスの颯太をどう思っているかなんてことを知っているのは颯太と私だけだ。(颯太には数値で見えている分、私の好意を私よりよくわかっている訳だが。)先生は当然知らない。これの何が不便かっていうと、この前のグループワークの時に厄介なことがあったのだ。

 私、吉野麻衣が通う海道中学は、全生徒90人の比較的少人数な学校で、1学年1クラス、30人の生徒が同級生だ。私は今二年生だけど、実は30人中10人の生徒とは、一度たりとも会話したことがない。なぜなら、お互いに好意が分かってしまっているから、敢えて話す必要がないのだ。好きじゃない人と、わざわざ話す必要も、協力する必要もない。北野颯太は、その一人だった。

 颯太は、私だけでなく、クラスから孤立していた。私の友達の19人の生徒から、颯太から向けられる好意を確認したところ、すべて0から10の中に納まっていた。私は颯太のことが嫌いなわけではない。おそらく彼の目には50くらいに見えているだろう。彼は自ら孤立している。おそらく私の友達でない9人の生徒への好意も0から10の間なのだろう。

 そんなこんなで、クラスは完全に三分割されていた。
  ・私が所属する20人のグループ。(私から見て、全員が好意70以上)
  ・颯太を除く9人のグループ。(私から見て、全員が好意30以下)
  ・颯太(私から見て、好意10)

 ある日、国語の時間に先生がグループワークを提案した。

「お前ら、小説を書いてみよう。きっと楽しいぞ。」

 私は小説など書いたこともないのだが、読書は好きだし、授業の内容自体には好感を持てた。先生が説明をしている時、なんだか尿意が襲ってきてしまい、やむなく席を立ちトイレに向かった。
 用を済ませ、教室に戻ると厄介なことになっていた。なんとグループ分けが終わっていたのだ。
 最悪だったのは、今日はうちの仲良しグループの美香が、ハワイ旅行で(先生には内緒にしてと言われているが)欠席していたということ。
 20人グループの中でトイレに行っていた私はハブになってしまい、9人グループでもひとり欠席者がいたので、自動的に颯太と私がペアになってしまったのだ。
 颯太の隣に座ると、仲良しグループのみんなは、不安そうに私を見つめている。先生は私たちの好意なんて知る由もないから、もちろん気遣ってくれない。

「あの、北野君、はじめまして。私、吉野です。なんだか二年生にもなってはじめましてって変な感じだね。」

 変な感じだろうと初めて会話するのだから、はじめましては適切である。

「…僕なんかがペアでごめんね。」

 前々から、卑屈な印象を持っていたが、やはりこういうタイプだったか。接しづらいなと思うと、一瞬颯太の目が私の頭の上あたりをとらえたような気がした。

 いくら接しづらい相手でも、話し合わないと小説を書くことはできない。私たちは会話を半ば強制されている。

「北野君はどんな小説が書きたい?」
「吉野さんは。僕は吉野さんが書きたいものに合わせるよ。」
「うーん私はね、やっぱり恋愛物かな。イケメンの2人がヒロインを取り合う話とか。」
「うん、わかった。とりあえず考えてみるよ。」

 ひとまず、恋愛小説路線で確定したため、次回の授業までに話の骨格を用意し、それぞれ持ち寄ることに決めた。
 帰り道、仲良しメンバの千佳が、心配そうに私に話しかけてきた。

「麻衣、北野とペアで大丈夫?変なことされてない?」
「ううん、特に何もされていないけど。変なことって?」

 千佳いわく、颯太は小学校低学年の時、いわゆる勘違い野郎というやつで、周りの人間がみな颯太に好意を寄せていると思い込んでいたらしい。美香なんかは特に好かれていて、スカートをめくられることなんてしょっちゅうあったとか。
 それが、装置が普及する少し前に、まるで装置を付けているかのように、周囲の評価に気づいて今のような性格になってしまったらしい。
 私は中学に入学する直前、この地区に引っ越してきたから、その辺の事情には疎かった。

「そうだったんだ。まあ、今日接した分には変な感じはなかったかな。」
「そっか、何かあったら私に言ってね!」

 千佳は心配してくれているようだが、なぜか頭の数値は5ポイント下がっていた。

 次の授業、私は徹夜で考えたストーリーを颯太に披露した。自分の脳内ではすでに、君に届けのキャストで映画化されていた。颯太は原稿に目を通すと、私の注意を惹きたいのか、右肩にちょんと触れてきた。虫が止まったような心地がして、思わず驚いてしまった。

「驚かせてごめん、でも、すごく面白かったよ。次は僕の原稿を読んでくれるかな。」

 颯太はそういうと、カバンの中からキレイにファイリングされた原稿を取り出した。私の手書き原稿とは違い、文書作成ソフトで作成されていた。
 物語を読み進めると、全く予想していなかったのだが、なんと感動してしまった。ここが教室でなく家だったら涙が出ていたはずだ。先ほどの仕返しに颯太の肩にちょんと触ると、ビクンと体を動かし、こちらを向いた。

「驚かせてごめん、北野君、もしかして天才なの?私、この話もっと読みたいよ。」

 気が付くと、私たちは国語の授業以外の時間にも、集まって小説を作っていた。いつの間にか颯太の私に対する好感度は70を超えていた。

 小説発表の授業は無事終わり、私は颯太に感謝の気持ちを述べた。颯太には友達以上の何かを感じていた。

「いや、僕のほうこそとても楽しかったよ。本当にありがとう。」
「ねえ、北野君。もし嫌じゃなかったら教えてほしいんだけど、私の好感度っていくつになってる?」

 颯太は恥ずかしそうに、左手のひらに、四本の指をのっけた。

「9?笑」
「90だよ。笑。吉野さんは?」
「私も90だよ。」

 颯太は優しく微笑んだが、目か口か、どこかその表情には切なさが宿っている。

「…そっか、それじゃあ僕たち、元の関係に戻ろう。」
「…え?なんで?」
「…君の仲間の好感度をみてごらんよ。」

 そういえば最近、千佳や美香たちの好感度を意識していなかった。よく見ると彼女たちの私への好感度は50まで低下していた。

「うそ…」
「ごめんね。授業とはいえきっと僕と長くつるんでいたから、彼女たちはいい思いをしなかったんだ。僕は嫌われ者だからね。」
「そんな、北野君は面白くて優しい人なのに。…私みんなのこと説得してみるよ。」
「その言葉だけでうれしいよ。でもそんなことしちゃだめだ。戻るならいましかないんだ。吉野さんが居場所を失ってしまったら、僕はとても悲しい。」
「…分かった。私たち、元の関係に戻ろう。」

◇◆◇

 吉野さんはさよなら、と短く言い、僕のもとを去った。これでいい、と思い僕は机に突っ伏した。
 人から90以上の好意を向けられたのは、父と母が僕の変わりように辟易とした3年前以来のことになる。今やこの世界で僕に90以上の好意を向けてくれる人間は、吉野さんしかいなかった。その吉野さんを失うことは想像以上に胸を締め付けた。思わず泣きたくなったが、彼女の同情心を誘うわけにはいかない。瞼を強く閉じ、涙がこぼれるのをこらえた。
 
 突然、何かが肩にとまったような感触を覚える。びっくりして上体を起こす。振り向くとそこには吉野さんが立っていて、僕のクシャクシャの顔を覗き込んでいる。

「…どうして。」
「颯太君、はじめまして。麻衣って呼んでください。」

麻衣は右手を差し出す。彼女の手にふれると、その温もりが小さいころ抱きしめてくれた母の姿を想起させ、安心感に包まれた。気が付くと、瞼に込めていた力は緩んでいた。

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