向坂SAKISAKA~心の闇を照らしたもの~

鈴懸嶺

SAKISAKA27~男女~

 俺と向坂は、待ち伏せしていたであろう?小杉先輩、森内と合流して駅前にあるファミリーレストランに向かった。

 俺は小杉先輩や森内のあまりに暢気な言動にさらされて、深刻になっている自分が馬鹿らしく思われれて随分と救われた気分になっていた。

 鬱々とした気分が幾分分晴れてくると、停止していた思考が少しづつ回復してきた。

 なんだ、小杉先輩、なにげにグッジョブ!!じゃないですか!?



 ほどなくしてファミレスに到着して店内に入ると、ちょうど夕食時間のタイミングと重なり直ぐには席に通されなかった。

 しばらく待っている間、誰も会話を進めようとはせずみなが押し黙っていた。

 ほどなくして……店内の端に席に案内された。

 ここなら周りを気にせずに話ができる。

 向坂と森内の女性二人を奥の席に通して、俺と小杉は通路側に座った。

 小杉先輩に促され、俺は向坂の前に座ることになった。

 小杉先輩は自分のこと以外に関心を示せない典型的なオタクキャラに見えるのだが、意外にもスマートにこういうちょっとした気遣いができるのだ。サークルでもすぐに皆にコーヒーを入れてくれるのはやはりこの小杉先輩だ。

 さて……

 小杉先輩が珍しく自分からファミレスに行くことを提案してきたところから想像するに、小杉先輩と森内は田尻からに俺と向坂の相談に乗ってやれとでも言われて来たのだろう。

 この二人が向坂の深い事情をどこまで聞いているのかは分からない。おそらく何も知らないのだろうと思う。田尻にしてもクライアントである向坂のプライベートな話を易々と話すことはないだろう。

 だとするとこの二人を交えて話をしても向坂の問題に何か進展があるようには思えない。

 すでに俺ですらこの問題解決に関して存在意義がなくなりつつある。


 しかし……

 それでも田尻がわざわざ仕向けたとうことは意味があることと思ったほうがいい。田尻は意味のないことをここまで手を込んで仕掛けてくるはずがない。

 ではいったい田尻はこの二人に何を期待したのだ?



 ……まずはそこからだ。

 各々、ドリンクバーを注文して少し落ち着いてから小杉先輩が話を切り出した。

「では、櫻井……まずは状況を説明してくれ」

 やはり小杉先輩は、やる気満々のようだが……大丈夫だろうか?


 これから四人で話をする以上、ある程度はこの二人にも向坂の状況を説明する必要がある。

 俺は向坂の方を向き、視線で彼女へ”話していいのか?”という意味のアイコンタクトを送った。

 向坂は俺の視線の意味を感じ取り、ゆっくりと首を縦に振った。

 それを目聡く見つけてオカルト脳改め恋愛脳の森内がニヤニヤしていたのは言うまでもない…

 森内さん?……真面目な話しようとしてるんだから、今はその恋愛脳はしまっておいてね?……頼むよ?



 俺は向坂が職場環境のことで悩んでいること。

 その悩みの根本原因は、向坂の内面的なことが大きく関わっていること。

 そして、その問題解決に俺が協力していることなどを掻い摘んで話をした。

 ただ、向坂の異性を惹きつけすぎるという”問題”は敢えて伏せた。


 小杉はウンウンと頷きながら聞いていたが、森内はどうも合点がいかない顔をしている。

「森内、何か疑問点でもあるのか?」

 俺は森内に聞いてみた。

「今聞いた話だけだと、どうしてさっき櫻井君と向坂さんが抱き合っていたのか?という状況が見えないんだけど?」

 向坂がまた顔がまた真っ赤になってしまった。

「おい、またそれを蒸し返すのかよ?あれは、もう気にしないでくれ……」

 俺も慌てながらそう言った。もうだからその恋愛脳はしまっておいてくれよ!?

「でも……田尻先生が私達に依頼してきたのは、向坂さんの問題を解決することじゃなくて……落ち込んだ二人を慰めてくれってことだったから……」


「そうだぞ櫻井……俺ははなから向坂さんの問題に首を突っ込もうという気はない」

「だったら何を相談するというのですか?」

 俺はこの二人のずれまくった意見に少し苛立ちを感じた。

「だから俺は”櫻井と向坂”という極めて難易度が高い仲を、どうやって取り持ってやろうと思っていたところだ」

 なんで恋愛偏差値がメチャクチャ低そうな小杉先輩が、難しい恋愛を叶えてあげるみたいなこと言っちゃってんだよ?

 やれるもんならやってくれよ……ホント……マジで。


 そう腹だたしく思ってみたものの……

 しかし、考えてみればこの二人の言うことはもっともだ。

 田尻は、向坂にある難題を四人で解決せよなんてことを言うはずがない。

 それがどんなに困難なことかはまさに俺が田尻に釘を刺されたばかりだ。

 田尻は、おそらく純粋に、精神的に動揺しているであろう俺と向坂を励ましてやってくれということを二人にお願いしたのだろう。しかしそれによって田尻は何かを狙っている。……一体何を狙ってのことだ?

「で……櫻井はなぜそんなにションボリとしていたのだ?向坂さんにフラれた訳ではないのだろう?」

「なんでさっきから”思い、思われ、ふり、ふられ”みたいな少女マンガのタイトルみたいな話になってるんですか?……小杉先輩はさっきから恋バナしたいだけなんじゃないっすか?」

「バ、バカを言うな……ゴホン」

 ……なんだよ、恋バナしたいのかよ?

 このままではダラダラと恋バナに話を引っ張られそうなので一旦俺は話をまとめることにした。

「……まあ、真面目な話、向坂の問題に俺が安易に首を突っ込み過ぎてたんだけど……、田尻にそれは無意味どころか弊害だと言われたって感じです」

 そういってまた暗い顔をしている自分に気付き……苦笑いをした。

「いや、私は弊害なんて全く思ってないし、助かってるから」

 向坂は俺の表情をみてまた慌てて、フォローを入れてきた。

「櫻井……君にしては初歩的なミスを犯したね?」

「え?……なんですか?それ?」

「普段の櫻井なら、その答えにすぐに辿りつけると思うけど?」

 俺は小杉先輩のこの言葉でザワリと胸が騒いだ。

 このセリフは……さっき聞いている……そう田尻の口から。


「今の櫻井では……向坂さんを救うことはできないと思うぞ?」

「なっ……!」

 なっ、なんなんだ!?まただ。

 なんで田尻が言ったセリフを小杉先輩が言えるんだ?

「それから……」

「そ、それから何なんですか?」

 まだ小杉先輩は何かを言おうとしている。

「今の君と向坂さんとの関係では今後立ち行かなくなんじゃないか?」

 頭をガツンと殴られる程の衝撃を受けた。

「ど、どうして?……なんでそのセリフを?」

 信じがたいが……田尻の言ったセリフを小杉先輩がまたしても反芻した。

 俺は小杉先輩に田尻が乗り移ったかのような気味の悪さを感じた。

「こ、小杉先輩……それ田尻からそう言えって言われてたんですか?」

「は?……そんなことある訳ないだろう?純粋に今そう思ったまでだ」

 頭が混乱する。

 なぜ小杉先輩は田尻がさっき俺に話した内容を全て知っている?

 小杉先輩も実は田尻並のプロファイル能力があるのか?


 ……


 違う。

 これに関しては小杉先輩が田尻のようなプロファイリングをしているのではない。

 だとすれば……考えられることは一つだ。


 今まさに小杉先輩が指摘したことは、つまり……

(小杉先輩にはちょっと失礼だが……)小杉先輩でもたどり着ける簡単な結論ということだ。

 つまり誰もがたどり着ける簡単な結論……普段の俺ならば簡単にたどり着ける結論。


 一体俺は何を見落としているのだ?

「まだ分からないのか?櫻井……」

「……」

 悔しいが、俺にはその結論にたどり着けない。

 つまり今の俺は普段の俺ではないということなのか?

 普段の俺でないとはどういうことなんだ?


「ニュートラルな立ち位置にいない君が、向坂さんの深い問題を解決するポジションに立てないってことだろう?」

「……」

 俺は、小杉先輩には失礼だが、あまりに真っ当な答えにキョトンとしてしまった。

 そ、そういうことか?

 パズルのピースが少しづつ埋まっていく……

 カウンセリングでは中立的な立場でクライアントに対応するのは基本中の基本だ。

 俺が向坂に惚れているという時点で、すでにこの関係にはなり得ない。

 なのに俺はそんなことすら気付かずに”それ”やろうとしていた。

 ”今の櫻井では……向坂君を救うことはできない”

 この答えはつまり……今の俺では向坂に中立的なポジションをとれない……だから救うことはできない……そういうことだ。


 ならどうすればいい?

 俺が向坂への想いを断ち切ればいいとでも言うのか?

 そんなことは無理だ。想いは断ち切ろうと思って断ち切れるものではない。



「櫻井君がニュートラルになれないって、つまりアレってことだよね?櫻井君が向坂さんのことを……」

 森内が急に話に割り込んできた……

「森内!!……だからそういう詮索は止めろって!!」

「そ、そうだよ。義人は……そんな……ことないと、思うから」

 向坂……何、チラチラ俺の顔色読んでるんだよ……そんな顔すると……き、期待しちゃうだろ……






「櫻井君は、難しく考えすぎだよ」

森内はあきれたように言った。

「え?どういうこと?」

「櫻井君は向坂さんを助けたくて、がんばった。向坂さんは櫻井君の助けが嬉しかった……何か問題あるの?」

「だからそれでは向坂の根本解決にはなっていない……」

「そこにはフォーカスしないって話でしょ?ホント櫻井君は自分のことになると途端に鈍くなるよね?櫻井君が今なにもできない理由はなんなのよ?中立の立場をとれないなら、まずは自分の立ち位置をはっきりさせなさいよ!あたな男でしょ?男が女性を助けるならどうすればいいののよ?そこをまず考えなさいよ!」

 森内に捲し立てられて、俺はポカンと口を開けてしまった。

「櫻井よ、お前がニュートラルな立ち位置が取れない以上、出来ることは森内のいう男女の仲という役割で関わるしかないってことだ」

 小杉先輩が森内の話を継いだ。

 今日の小杉先輩は冴えすぎじゃないですか?

 二人の話を聞いて……

 ようやく俺はさっき考えていた思考が……収まるところに収まった。

 俺は肩の荷がゴソッっと降りた気がした。

 そうか……難しく考えることはない。

 男女の仲……その関係さえ構築できれば向坂を救えるのかもしれない。

 おそらくそんな簡単な話ではないのだろうとは思う。これで万事解決というほどこの問題は簡単ではない。ただ一つの結論は出た。

 俺は……田尻の場所にいる必要はない。

 つまり中立なカウンセラーの立場なんて度台俺には無理な話なんだ。

 そんなことを学生の俺がそもそも出来る訳がない。そのうえ俺は向坂に惚れてしまった以上は決して中立な立場をとることができない。

 まずは田尻が示したヒントに一つの答えはこれだろう。

「俺はカウンセラーとして向坂を救うのではない……別の立ち位置で俺は向坂を救う……その立ち位置とは」

 向坂が……すでに田尻との会話で悟った”結論”の意味するところ……

 これがその答えだ。

 そういえば……上條社長がすでに「このこと」を狙って俺に告白宣言をさせたのではなかったのか?

さすがだな……あの社長は。心理学の”し”の字も知らないのに直感でそれを見抜いていた。

「ハハハ……見えてないのは俺だけだったってことか……」

 そうか……向坂はこれに気付いていたのか……

 向坂……それを自分がやるって?

 それはダメだ……

 それは俺の仕事だから……

「そうだ櫻井……やることは分かってるんだろう?」

「意外ですよ……小杉先輩」

「何がだ?」

「小杉先輩……しっかり恋愛のアドバイザー出来てるじゃないですか?」

「当たり前だろう?……俺は彼女ができたことはないが、彼女をつくるためにした努力は君の比ではない」

 あちゃ~そのカミングアウト必要でした?せっかくカッコいいと思ったのに、思いっきり残念な人になってしまいましたよ?

 ほら森内までドン引きしちゃってますよ……



 ただ、向坂は”何か”を悟ったのか……落ちつかない表情になっていた。

 動揺のためか少し手も震えているようにも見えた。

「なんだ、面白くないな。すぐに問題解決してしまったじゃないか?」

 小杉はつまらなそうに……でもちょっと満足げにそう言った。

「そうよね。でも私は、二人はソウルメイトってとっくに気付いていたから、予想通りなんだけどね?」

 そういう森内さんがオカルトマニア以上に、実はハイスペックの恋愛脳であることを再度しっかり認識しちゃいましたよ。森内さんのさっきの怒涛のセリフ……グッときましたよ!



 俺達四人は、思ったより早くファミリーレストランを後にした。小杉先輩と森内は……田尻に報告してくると大学に戻って行った。



 俺と向坂は、自然と……少し遠回りして駅近くにある公園の中を歩いていた。

 向坂は、落ちつかない様子だった。


 それはきっと……向坂がこれから起こることに気付いているからだろう。

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