パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~

お茶っ葉

二十一話 個人的な我儘

 ユグドラシルは各階層を移動するのに配置された転移ゲートを使う。
 これらは人の手が加えられていない最初から存在したもので、今でも自動的に魔力が供給されている。
 第二層【幻影ノ森】には第一層へ繋がるゲートが三つある。その内の一つを僕たちはついに発見した。


「……ふぅ、助かったよ。フォンの成長した迷宮核の《魔力探知》がなければどうなっていたことやら」
「はい。これでより一層、お役に立てることが増えます。リーンの負担を減らせます」


 フォンは嬉しそうに頷いた。全員、体中が泥と葉っぱで汚れている。
 【幻影ノ森】を彷徨い続けること五日。必死になってゲートを探している最中。
 偶然、他の冒険者の反応を見つける事で、何とか開拓された道に出ることができた。


「このゲートを潜るのも五回目です。いつ見ても大きな台座ですね!」


 ミリィは目の前の大きな建築物を見上げていた。
 四方を黒柱が囲み、その中央に台形の台座。真ん中に青い渦が巻いている。
 数百人の人間を同時に転移させられるほどの規模がある。原理は未だ不明だとか。
 冒険者たちは何も恐れずに、誰しもが当然のようにこの転移ゲートを利用している。


「ミリィは一人で六層からここまで降りてきたのですよね?」
「そうです! もう命からがら、必死に逃げてきました……!」
「……何度聞いても奇跡のような逃避行だよ」 


 第六層は複数の高ランクパーティが協力してやっと辿り着ける場所だというのに。
 そこから単身で生き延びるだなんて、関係者が知れば卒倒しそうなほど恐ろしい偉業だ。
 スキルには《幸運》と呼ばれるものがあるが、ミリィはそれに近い何かが備わっているのだろうか。


「さっそく第一層に移りましょう。準備はいいですか?」
「うん、いつでもいいよ。はぁ、やっと森から離れられるよ」
「これは何度使っても慣れないです。怖くなってつい目を瞑っちゃいます」


 転ばないよう全員で手を繋いで同時に渦に入り込む。
 視界が暗転。浮遊感が全身を覆い、そして一瞬にして世界が入れ替わった。


「わぁ……とても綺麗な草原です。まるで翠の宝石のようです!」
「第二層とは雰囲気が違いますね。大迷宮を抜けたような清々しい開放感があります」


 ミリィが詩人のような感想を述べた。フォンもまた、片目を大きく見開かせている。
 第一層は【輝ノ草原】と呼ばれていて、ユグドラシルの中では一番平和で長閑な異世界だ。
 魔物は大人しく危険も少ないし、ここまで来ればもう安心できる。恐ろしい変異種もいない。


「ここから道に沿って五日ほど歩けば地上世界に戻れるはずだよ」
「地上ですか。第一層もそうですが、ユグドラシルから出るのも初めてです」
「わ、ワタシもです……大丈夫なんでしょうか……人間さんに襲われませんか?」


 フォンとミリィが不安げにしている。
 魔族である二人の反応は至極当然のもので。
 僕は二人が安心できるように、これから向かう街の説明をしていく。


「地上世界のミズガルズには冒険者街があって、そこは検問がかなり緩いんだ。ユグドラシルを出てすぐにあるし、国の重要施設や、住宅街に近付かない限りは魔族でも問題ないよ」


 冒険者街はユグドラシルを中心に巨大な円型に広がっている。
 世界一の自由を謳っている街だ。種族や国の隔たりも関係なく受け入れている。
 共通しているのは自分に誇りを持つ事。神樹に敬意を払い、冒険者であれば皆兄弟だ。 


「……それで街の治安は大丈夫なのですか? 簡単に魔族に侵入されそうですが」
「良くはないけど、悪くもないね。なんせ周りは屈強な冒険者たちばかり。世界各地の強者が集まるのだから。問題を起こせば袋叩きに遭うし、表立って悪さをしようと考える馬鹿は少ないよ。だから多少魔族が入り込んだところで、変に目立たなければ誰も気にしないんだ」


 ある意味、人間が地上世界を制覇したからこそできる尊大さ。
 敵であろうと全てを受け入れて、懐の大きさを見せつけることで反抗の牙を折る。
 あくまで冒険者街での常識だけど。これが上手く回っているのか魔族関連の事件は起こっていない。


 あとはユグドラシルは日夜出入りが激しいので検問を強化すると単純にコストが掛かる。
 冒険者たちからの不満を集める結果になるので、どの国も進んで検問をやりたがらないのだ。
 ミズガルズの外周にある住宅街や重要施設には国が直接防衛に当たっているけど。
 それ以外では国は街に全てを委任している。よって細かい部分で結構適当だったりする。


「ほぇ……地上は凄いんですねぇ」
「なるほど。それを聞いて安心しました。リーンを信用していない訳ではないのですが、なにぶん初めてのことばかりなので、勉強になります」


 フォンもミリィもユグドラシルで生まれたからか、地上世界を知らないらしい。
 地上で生まれた人間の僕からしたら衝撃的な事実だけど。これが種族の差と考えると面白い。


「あとは龍族の治療ができる医者を探すだけだけど。そこが一番の課題なんだよね」


 街に魔族が入っても問題がないとはいえ、治療となると話が変わってくる。
 フォンの怪我はかなり重症で、高位の治療魔法を必要とする。適任者を探すのに苦労しそうだ。
 それにお金の問題もある。最悪、闇医者に頼る必要があるだろうし。どうにか工面しないと。


「リーン、何度も言いますが、無理をしないでください。私はこのままでも平気です」 
「何度でも言い返すけど、これはこの先の戦いに必要な経費だから。我慢させるつもりはないよ」


 これまでに繰り返し聞かされた言葉を突っぱねる。
 片目と片腕を失って戦えるほど上層の争いは甘くないだろう。


「そうですよ! フォンさんの身体はボロボロなんですから、早く治してもらわないと!」
「ですが……それでリーンに負担を強いるのは……私はとても心苦しいです」


 フォンはそう言って、僕の腕を握って俯いていた。 
 今さら遠慮する間柄でもないのに。彼女は変に真面目というか。
 僕たちは運命共同体だ。フォンは守るべき対象で、僕は彼女の守護者のようなものだ。
 本人にも戦えるようになってくれた方が楽で。いや――違うな。そういう打算的な話は抜きにして。


「――僕はただ、君が元気になった姿を見たいんだ」
「リーン……?」


 自然と零れた言葉を受けて、フォンは茫然と僕を見上げていた。
 これまで苦しい思いをしてきた彼女が、救われる世界を僕は作りたい。
 フォンが地龍が安心して暮らせる世界を望むなら、何より彼女自身が報われる必要がある。


「だから、これは僕の個人的な我儘でもあるんだ。悪いけど、フォンには付き合ってもらうよ?」
「えへへ。とても素敵な我儘ですね?」


 僕の強引な主張にミリィが賛同してくれる。


「……リーンは思いの外、意地悪です。……………………うれ……しい」


 フォンは語尾に本心を乗せながら、頬に涙を添えて拗ねたように顔を背けた。
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 ◇第一層【輝ノ草原】
 ユグドラシルに入って最初に広がる広大な草原。
 出現する魔物の大半がGランクであり、初心者でも安心して攻略できる。
 宿泊できる亜人の村など施設も豊富で、第五層に直接繋がる転移ゲートが置かれている。
 魔物が大人しいためか、外れの方には野盗が潜んでいる場合があるので注意が必要。
 第一層に慣れてから第二層に挑むと地獄を味わう。油断しないように心掛けよう。


 リーンの所持罠種


 矢罠 11→31(+20)
 矢罠(麻痺) 1
 矢罠(毒) 0
 トラバサミ 5→12(+7)
 岩石罠 1
 爆発罠 0
 泥沼罠  3→8(+5)
 移動床 2
 ワープ罠 1
 落とし穴 2
 警報罠 2

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