パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~

お茶っ葉

十八話 罠師の本分

「なっ、変異種だと!? 何故奴がここに!!」


 小迷宮に君臨した支配者を前に、カルロスたちの足が止まる。
 邪魔なカザルを追い払い、急いでリーンを追いかけてきたのだが。
 思いがけない再会に【鋼の剣】の面々は、石造のように固まってしまった。


「いや、いやあああああああああああああ!!」


 現実を直視して、ラミアが悲鳴を上げ腰を抜かして転がった。


 【鋼の剣】は過去に何度か【森林の殺戮者】キラーマンティスを討伐している。
 ただし万全の状態での戦いだ。盾役のダントを失った現状、このまま挑むのは無謀である。
 それに奇襲によって植え付けられた恐怖がまだ残されている。カルロスですら唾を飲み込んでいた。


「……クソッ、リーンがいない。これも奴の仕業か!?」
「おかしいですね。戦いの痕跡がありません。これは……何らかの手段で変異種を出し抜きましたか」


 冷静に状況を分析してロロンドが呟く。
 ふと、彼の目の前でレッドスライムが通り過ぎていった。


「レッドスライム……? 妙ですね、スライム程度で変異種は止められない。何故召喚したのでしょう」
「フンッ、簡単な謎かけだな。それが奴の好物だという話だろ?」
「そうですね。しかし、我々にはスライムを召喚する術はない。カルロス、どうしますか?」


 未だに変異種はレッドスライムを求めて、首をしきりに動かしている。
 それもあと少しで、標的がカルロスたちに移るだろう。時間は残されていない。


「――――スライムがなくても餌はあるだろ?」


 カルロスはそう言い放ち、怯えているラミアの前に立った。
 全てを察したラミアは、這いつくばりながら逃げようとする。


「嫌、嫌よ、いやいやいや、死にたくない死にたくない!!」
「……ラミア、最期の出番だ。俺の為に、お前が喰われろ。リーンを逃した責任を取れ」
「確かに、これ以上戦えない臆病者は必要ありませんね」


 ロロンドもカルロスの提案に乗る。


「いやあああああ! 助けて! 誰か、助けて、ダント!!」


 カルロスはラミアの足を掴んで強引に引きずる。
 抵抗されれば、剣で何度も斬りつけて彼女を弱らせていく。


「ガッ、アァッ、イや……いやああ……」


 カルロスはラミアの身体を振り子のように投げ捨てた。
 変異種が、与えられたご馳走を前に瘴気の涎を垂らしている。
 そして鎌で両手を貫き、固定すると。横たわる女を頭から齧り付く。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「……この隙にリーンを追うぞ」
「はい」


 仲間の断末魔も無視して、カルロスとロロンドが外に出ていく。


 ◇


 二人の迷宮核に予備として残していた屑魔石を与えていく。
 こうもすぐ使う羽目になるとは思わなかったけど。必要経費だ。


「さて、確認するけど現状の魔力で何ができそう?」
「私の迷宮核ではウルフ四匹を召喚できます」
「ワタシはブルースライムちゃんが八、レッドスライムちゃんですと五が限界です」
「……これだけ戦力差が開けていると泣けてくるね」


 カルロスたちは第四層まで自力で攻略した経験がある実力者。
 カザルの生み出す魂無き獣ですら倒してしまう。そのカザル相手でも僕たちは苦戦するのに。
 第四層の魂無き獣は戦闘経験があるので、僕でも多少は足止めできるけど、それだけでは勝てない。


「ここはあの守護者を上手く利用して、先に人間たちを倒しましょう」
「つまり美味しいところ取りですね!」


 フォンの作戦にミリィが賛同する。
 敵の敵は味方とはいうけど、今回に限っては難しいだろう。


「いや、ここは先にカザルを倒そう。カザルを倒して奴の迷宮核を奪い取る」
「どうしてですか? 守護者と冒険者でしたら、冒険者の方が与しやすいかと」
「常にこちらの動きを把握できるカザルを残すのは厄介だ。順番を間違えてはいけないよ」


 カザルが僕を必要としている前提での話だが。
 こちらから誘い出せば乗ってくるはず。奴はカルロスに先を越されたくないのだから。
 しかし逆にカルロスを先に倒してしまうと、潜伏して次の機会を待ち続けるはずだ。
 急ぐ必要もなくなり、持久戦になると、迷宮核で劣る僕たちに勝ち目がなくなってしまう。


「カザルもカルロスも僕が狙いなんだ。この二人には戦う理由がないし、僕が姿を現せばどちらからも同時に狙われてしまう。乱戦に持ち込むのは寧ろ危険だ」


 先ほどの乱戦は誰しもが予期していないタイミングで、三陣営が揃った為に起こったものだ。
 つまり二度目はないと思った方がいい。もう一度同じ状況を望むのは無理がある。


「でもでも、先に人狼さんを倒すとして、どうするんですか? 他に方法なんて……!」
「それなんだけど。もう既に手は打ってあるというか、半分は僕たちの勝ちが決まっているんだ」
「……半分ですか? それはまた、リーンにしては曖昧ですね」
「残りの半分は、皆の協力が必要だけどね」


 カザル本人は気付いていないようだけど。それは確実に奴の身体を蝕んでいる。
 《罠師》としての本分。僕の能力は目立たず、地味で――とても陰湿なのだ。
 僕は二人に作戦を伝える。半ば賭けに近いけど、決して分が悪い勝負にはならないはず。


「この作戦には二人の――特にミリィの協力が必要不可欠なんだ」
「わ、ワタシですか……! でも……あの人狼さんを相手に……役割をこなす自信なんて」


 ミリィは下を向いていた。緊張で身体が固まっている。
 第六層から執拗に狙われていた彼女は、カザルの恐ろしさを身に染みて覚えている。
 僕もこれが酷い頼みなのはわかっている。それでも、生き残るために必要な戦いなんだ。


「ミリィ。僕も無理を承知で頼んでいるのは自覚している。だけど、一度だけ、一度だけでいいから。勇気を出して欲しいんだ。ラミアから僕を助けてくれた時のように……!」
「あの時は……リーンさんが危ないと思って、無我夢中だったので……」
「それでいいんだ。奴を倒せとは言わないよ。ただ、君の力で僕たちを救って欲しいんだ」
「ワタシが……リーンさんとフォンさんを……?」


 カザルへの恐怖心に打ち勝つのは難しくても。
 見方を変えて、カザルではなく僕たちを救って欲しいと頼む。
 そうすれば、多少はマシになるはず。フォンも協力してくれる。


「ミリィ、私からもお願いします。貴方の力が必要なのです」
「……わ、わかりました。ゆ、勇気を出して、が、頑張りましゅ!!」


 舌を噛みながらミリィは頷いた。それを確認して僕は立ち上がる。


「よし、それじゃ行ってくるよ」
「リーン。ご無事で……!」
「ワタシも……頑張りますので、リーンさんも!」
「当然。偉そうなカザルに目に物を見せてやろう!」


 そしてまずは僕一人で、フォンの小迷宮を飛び出した。


「――カザル、僕はここにいるぞ!」


 罠種を配置しながら、守護者の名前を呼ぶ。
 奴のことだ。既に僕たちの小迷宮の場所を把握し、近くに潜んでいるはず。
 名前を呼び続けること数分、目の前の茂みから毛深い獣が姿を現した。


「ふむ、まさか貴様の方から我を求めるとはな」


 カザルが迷宮核を握りながら現れる。
 周囲には第四層の魔物を模した魂無き獣たち。
 更には低ランクのウルフといった雑兵まで用意していた。
 総勢二十を超える軍団。まともにぶつかれば一瞬で壊滅させられる量だ。


「抜け目のない貴様のことだ。勝算があってこの場で待ち構えているようだが」
「……お前こそ、姿を見せたのはその勝算を打ち崩す自信があるからだろう?」
「その通りだ。時を与えれば貴様はそれだけ罠を仕掛ける。ならば、速やかに数の力を持って強行突破するまでよ。如何に罠が強力とはいえ数には限りはあるだろう。力を蓄える余裕も与えん!」


 命じられた魂無き獣たちが動き出す。統制の取れた動きだ。
 事前に仕掛けた罠が発動していく。広範囲にばら撒いたので効果が分散している。
 泥沼に嵌ったウルフが矢に当たって魔石になる。しかし主力は無傷だ。
 相手はかなり考えてきている。常に雑兵を盾にして罠を無理やり突破してきた。


 僕は少しずつ後ろに下がりながら、残りの罠種を撒いていく。
 焦らず、自分の作戦を信じて、敵の全体の動きを把握し続ける。
 カザルの主力がこちらに接近したのを確認して、最後の落石罠が二重発動する。


「……どうだ、今のは効いただろう!」
「甘いぞ、我の主力はまだ健在だ」


 僕とカザルの間に、瓦礫の山が生まれていた。
 主力の一部に損害を与えることに成功したが、まだ八匹ほど残されている。
 僕一人で対処できる量じゃない。瓦礫越しにカザルの勝ち誇った顔が見えた。


「――そこまでです、カザル!」


 少女の声が、獣が支配する森を木霊する。
 僕から見て遥か前方、カザルの真後ろにフォンとミリィの姿が現れた。


「……何ッ、背後を取られただと!? なるほど、人間を囮に使い小迷宮を広げたのか!」
「魂無き獣に細かい指示を与えている間は、魔力探知は難しいはずです。まんまと乗せられましたね」


 フォンはウルフを従えながら迎撃の準備を整える。


 カザルは僕に固執しすぎて、本来倒すべき守護者の存在を軽視した。
 僕が時間を稼いでいる間にフォンは小迷宮を拡張、裏に回れるようルートを伸ばした。
 そして今、カザルを守る魂無き獣は、瓦礫を挟んだこちら側に分断されている。


「主力をリーンさんに集中させ過ぎましたね。あ、貴方を守る魂無き獣さんはいませんよ!」
「ふむ……分断作戦とは考えたな。しかし――そこのスライム族は我に追われて泣き喚いていた小娘ではないか。勇ましい言葉とは裏腹に怯えが見てとれるぞ?」


 カザルはミリィを脅すように声を張り上げた。
 当時の恐怖を思い出してか一瞬、ミリィは身体を強張らせる。
 それでも、彼女は勇気を振り絞って前に出た。目を閉じながら懸命に声を出す。


「――い、今のワタシは一人じゃありません! ワタシだって、いつまでも追われて泣いているような小娘じゃないです! 貴方の後ろを取るぐらいには成長しているんですからぁ!!」
「……面白い。それが虚勢だとしても、確かに以前よりは成長しているようだな。ならば、そのちっぽけな勇気に免じて、我が直々に相手してやろう。重症の地龍と、無力なスライム族にどこまでできるかは甚だ疑問だがな?」


 カザルは直接決着をつけようと、フォンとミリィに近付いていく。
 盾として前に出たウルフたちを一撃で葬っていた。守護者自身も強いとか反則だ。
 彼女たちを守る護衛はいない。カザルは既に勝ちを確信している。ミリィが飛び出す。


「わ、ワタシは怖くない。貴方なんて怖くないですから!」
「貴様たちのその蛮勇、我の糧としてやる。しばらく眠ってもらうぞ!!」


 カザルが腕を振り上げる。そして――――簡素な起動音が森に響いた。


「――ガハッ」


 鈍い衝突があった。カザルが胸を抑える。地面に一本の矢が落ちていた。
 分厚い体毛を貫通できず弾かれたのだろう。しかしかなりの衝撃はあったはずだ。
 守護者の異変を察知して、魂無き獣たちの動きも止まってしまう。命令が途切れたのか。


「……お、お前が罠を召喚したのか? 馬鹿な、小迷宮内でなければ守護者は罠を生み出せないはず!」
「少し、違います。私はただリーンから受け取った種を植えただけです」
「な、何だと……!」


 そう、僕は切り札をフォンに手渡していた。
 《罠師》は罠を種に変える力だ。そして罠種は僕じゃなくても扱える。
 当然、発動条件を調整したりはできないけど、召喚するだけなら問題ない。


「ミリィの挑発にまんまと乗せられましたね」


 カザルは僕たちを、フォンとミリィを甘く見過ぎていた。
 脅威は僕だけだと考え、彼女たちは己の力だけで屈せられると思い込んだ。
 長きにわたってミリィを追いかけ回し、その過程で彼女を無力だと認識していたのだろう。


 その慢心が、一本の矢を急所に届かせたのだ。


「たかが……たかが矢罠一つ通しただけで、我が屈するとでも――――グッ、身体が動かないだと!?」


 カザルは全身を痙攣させてその場に膝をつく。


「ふぅ……やっと症状に現れた。まさか二発も使わされるとは。守護者には耐性でもあるのかな?」
「貴様、我に何をしたのだ……!?」
「僕が最初にお前に当てた矢と、先ほどの矢。ただの……矢罠だと思った?」
「……そ、そうか。毒が、塗られていたのか。初めから……これを狙っていたんだな」
「そう。見た目に違いがないから油断したね。あれは麻痺矢だよ。遅効性でじわじわと身体を蝕み、気付いた時には手遅れだ。効果が薄かったから追加でもう一本使ったけど、もう満足に動けないはずだ」


 矢罠は威力が低く、数も多いので見慣れてくるからか、甘く見られがちだ。 
 しかし、極々稀に毒が塗られている矢が低階層から混ざっている。魔族にすら通用する強力な毒。
 毎年油断した冒険者の死亡報告が上がってくる。高ランクパーティは低階層からも罠には意識する。


「魔族は身体が強靭だから。フォンもそうだったけど、避けるよりまず受け止めようと考える。力を示すためかもしれないけど、よくないよそれは。……僕みたいな、陰湿な輩につけこまれてしまう」
「……クッ、ククク、み、見事だ。第二層の守護者たちよ。我の……完敗だ」


 カザルはそう言って迷宮核を手放した。
 潔く負けを認めて、勝者の僕たちを称えてくれる。


「リーン、やりましたね! 貴方に賭けて正解でした」


 フォンが喜びを抑え切れず片腕で僕に抱き着いてきた。
 すぐに離れてしまったけど。それだけ彼女にとって大きな前進なのだ。
 ミリィもまた、その場に尻持ちをついて安堵のため息を出していた。


「これで、お二人の夢に一歩近付きましたね。はぁ……怖かったぁ……!」
「二人ともよく頑張ったよ。……ミリィ、君がいたからこの戦いに勝てたんだ」
「うぅ、嬉しいですぅ。何だかもう一生分褒められた気がしますっ」


 彼女がカザルの威圧に屈せず挑発してくれたから。
 カザルがそれに乗って、フォンが罠を仕掛ける隙を生み出してくれたんだ。
 初めての本格的な守護者の戦いは、全員の協力があってこそ得られた勝利だ。


「さてと……服従の首輪だったっけ? カザル、お前にも僕たちの目的に協力してもらうからな」


 最上層を目指すために、倒した守護者を仲間にするのは必須だ。
 カザル自身もそれが狙いで、なるべくフォンやミリィを害したくなかったんだろう。
 彼が最初から迷宮核だけを望んでいたのなら、ミリィは多分、僕たちと出会う前に殺されていたはず。


「フッ……敗者が勝者に従うのは、守護者の、魔族の掟だというが……」


 カザルは腹に力を込めて必死に言葉を吐きだす。
 その双眸は地を這う敗者のものではなく、炎を宿していた。


「我は王の中の王を目指した気高き獣だ。ここでおめおめと生き恥を晒す訳にはいかん。我に仕えてくれた同朋たちに示しがつかんからな。他者に服従するくらいならいっそ――」
「ま、まさか……! フォン、急いで迷宮核を吸収するんだ!!」
「早まってはいけません!」


 カザルの不審な行動に、フォンも慌てて迷宮核に手を触れる。
 全身が麻痺しているはずなのに、己の意志だけで身体を動かしている。


「――孤高の死を選ぶ」


 カザルが口から血を吐きだした。
 身体を地面に伏せて、そのまま動かなくなる。


「……駄目です、死んでいます。リーンさん、口からこんなものが」


 ミリィが見つけたのは二層で自生する毒性の植物。
 致死量を遥かに超えていた。そこまでして死を選択するなんて。


「その覚悟、恐れ入ったよ。お前もカルロスと同じだと思っていたけど……訂正する」
「……怖い人狼さんでしたけど、守護者でなければ、仲良くなれたかもしれないんですね」
「目指す場所は同じだったとしても、誰しも譲れないものはあるからね」


 カザルは同朋がどうとか言っていた。以前は仲間がいたのかもしれない。
 上層での戦いで失ったのか。知りたい事が多かったのに、聞く機会を失ってしまった。


「リーン、見てください。私の迷宮核が……!」


 カザルの迷宮核を吸収して、フォンの迷宮核に輝きが宿っていた。
 等級が一つ上がっている。守護者の命と、意志を引き継ぐかのように。


「……成長した迷宮核が魔力を探知してくれました。この場所に二つの反応が近付いてきます」
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 リーンの所持罠種


 矢罠 17→9(-8)
 矢罠(麻痺) 2→1(-1)
 矢罠(毒) 1
 トラバサミ 4→2(-2)
 岩石罠 3→1(-2)
 爆発罠 0
 泥沼罠  4→2(-2)
 移動床 2
 ワープ罠 1
 落とし穴 2
 警報罠 2

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